アブソリュート・エゴ・レビュー

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稲妻

2010-11-02 19:21:28 | 映画
『稲妻』 成瀬巳喜男監督   ☆☆☆☆☆

 最近、成瀬映画にはまっている。気分の問題なのか季節のせいなのかはたまた歳のせいなのか、黒澤より溝口より、成瀬が心地よいのである。このじんわりと来る感じがたまらない。『めし』なんてもう何度観ても飽きない。で、これも傑作という評判の『稲妻』を観た。

 これは基本的に腹が立つ映画である。主人公の清子(高峰秀子)を取り巻く人間模様を描いたホームドラマなのだが、はっきり言って清子の回りにはろくな人間がいない。だらしない奴、頼りない奴、気弱な奴、ずる賢い奴、浮気な奴、愛人、などどうしようもないのばっかり。次女の夫が死ぬとみんなで保険金をたかろうとするし、長女は自分の愛人と清子をくっつけようとする。たまらん。こういうのを成瀬監督の緻密なリアリズムでやるものだから実にいやらしく、わずらわしく、やりきれない。最悪なのは長女の縫子(村田知栄子)とパン屋の綱吉(小沢栄)だが、綱吉を恨んでいながら卑屈に金の無心をする縫子の夫や、ぐうたらしている清子の兄にもうんざりする。

 光子の死んだ夫の愛人(中北千枝子)もかわいそうな人かと思ったら、やがてとんでもない本性をむき出しにしてくる。清子が逃げ出したくなる気持ちがよく分かる。

 この映画はこういうやりきれない人間模様を描いて観客を物語に引きずり込むが、一方ではその中からかすかに立ち上ってくる涼しげな香りがあり、それは例えばバスの中のいたわりあう老夫婦、下宿人の女性が集めているレコード、壁にかけられた絵、大家さんが作っている人形、そして隣に住む兄妹、などから漂ってくるものだ。これらは人生の中にあってささやかな光を放つ美や優しさ、気高さなどを表している。本作が美しい映画となっているのはこれがあるせいだ。清子は全篇に渡ってこの香りに惹かれ続ける。

 そして主人公の清子と同じくらい重要なキャラクターが母親のおせいである。この複雑で魅力的な女性を浦辺粂子が見事に演じている。この映画の核心であり、またタイトルの「稲妻」が出てくるのは最後近くの母と娘の喧嘩の場面だが、ここでの浦辺粂子と高峰秀子のぶつかり合いと仲直りがとても自然で、劇的で、なんともいい。この映画は全然何の決着もついていないところで終わってしまうけれども、それを納得させてしまうだけのカタルシスがある。この映画であれこれのプロットに落ちをつけてしまったら、逆にわざとらしくなってしまっただろう。

 それにしても成瀬監督というのは不思議な人だ。これはホームドラマだけれども、こんな映画は小津監督だったら絶対に撮らないだろう。ともあれ、小沢栄ファンは必見である(小沢栄のいやらしさが全開になっている)。


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