アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Passion

2005-09-30 09:00:55 | 音楽
『Passion』 Peter Gabriel   ☆☆☆☆☆

 パッション、というと最近はメル・ギブソンの映画が有名だが、これはピーター・ガブリエルのサントラのこと。映画は邦題が『最後の誘惑』、ウィリアム・デフォー主演のキリスト映画である。映画もなかなか評判が良いようだが、私はまだ観たことがない。いつか観てみたい。

 さて、サントラの方は私の大昔からの愛聴盤にして大傑作である。サントラだと思ってなめてはいけない。ピーター・ガブリエルの全作品の中から一つ最高傑作を選べと言われたら、私はひょっとしたらこれを選ぶかも知れない、いやおそらくこれを選ぶだろう、というくらいの素晴らしい出来なのである。普通のサントラとはわけが違う。もしピーター・ガブリエルは好きだがこれは聴いたことがない、という人がいたらただちにCDショップに走るべし。これはガブリエル・ミュージックのエッセンスが結晶化したような作品なのである。

 全部で21曲とたくさん入っている。一曲一曲は短く、基本的に歌詞はない。インストである。ヴォーカルが入っているものもあるが、スキャットやバックグラウンド・コーラスの類である。ヴォイスはガブリエルの他、よくガブリエルと一緒にやっているユッスー・ンドゥールや少年合唱団みたいなコーラスが参加している。

 時期的には確か『SO』と『US』の間の作品のように思う。音的には『ビコ』以来のワールド・ミュージック+シンセサイザーの融合路線だが、エスニック色の濃さが『US』に非常に近い感じがする。大雑把にいうと、エスニックで複合的なドラム、パーカッションの上にアンビエント風のシンセサイザーが被さる、というのが音の骨格で、そこに様々なワールド・ミュージック風の器楽音、エレピ、ヴァイオリン、フルート、ヴォイス、ノイズなどが絡んできて曲を構成する。曲は短いインストなので、ワン・アイデアというか、断片的というか、曲想はシンプルである。Aメロ、Bメロ、サビ、ブリッジ、みたいな構成にはなっていない。そういうところもアンビエント的ではあるが、ただしメロディの存在感の強さ、劇的な情緒がアンビエントとは明確な一線を画している。

 この断片的な音のタペストリーという形式が本作品のキモである。ポップ・ミュージック的な構成から解き放たれることによって、ガブリエル・ミュージックの原風景とでもいうべきものがあらわになっている。もともと彼はストーリー・テラー的なところがあって、曲の背後にそれぞれ物語というかコンセプトの存在を感じさせるが、この作品の場合その部分は『最後の誘惑』という映画が全部引き受けてくれて、おまけに歌詞を書く必要もなくポップソング形式に仕立てる必要もないということで、とことん自由に音の創造のみに集中できたのではないだろうか。すべての枠を取っ払ったガブリエルの脳内音楽がそのままま聴こえてくるような、そんな錯覚を覚える音楽である。

 『最後の誘惑』がキリストの映画であるからして、そのサントラである本作も重厚かつ崇高、荘厳なムードを濃厚に漂わせている。当然ながら悲劇的であり、ものすごくドラマティックである。断片的な21の楽曲は、神秘的な瞑想、静謐な哀しみ、宗教的恍惚、至福、そして絶望と慟哭、魂の叫びまで、ものすごい振幅の情緒を縦横無尽に表現する。これがアンビエントと本作との決定的な違いである。決して聴き流せる音楽ではない。オーディエンスの感情を揺さぶる音楽だ。
 もともとガブリエルが持っている重厚さ、エスニック音楽への傾倒が、この映画に求められる宗教的な深遠さ、ヨーロッパ的な悲劇の情緒と見事にマッチしたということだろう。映画も観ないでこんなこと言うのもなんだが、私が持っている受難劇の知識にこのサントラをオーバーラップさせるだけで異様な感動を覚えてしまうのだ。頭の中で、名画を一本観たぐらいの感動が醸成されてしまうのである。

 それから私はとにかくガブリエルが作るリズム・トラックが大好きで、彼のセンスには絶大の信頼を寄せているのだが、このCDではもうそれが心ゆくまで堪能できる。絶妙に音響処理され、配置されたドラム、パーカッションの音の群れ、絡まり方。大地の祈り、豊穣さを感じさせる深遠なるビート。ダンスフロアのビートとはまったく異質である。かと思うと、パーカッションがまったくないボーイズ・コーラスだけの静謐な曲もあって、これがまた美しいのである。

 リズム・トラックがとにかく印象的なCDだが、にぎやかというより瞑想的な音楽である。夜のしじまの中で聴くのが似合う。私は一時期、就寝前の音楽は必ずこれと決めてきた時期がある。毎晩聴いていたのだが、いくら聴いても飽きなかった。いまだに聴き飽きない。

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4 コメント

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Unknown (淳水堂)
2010-08-25 23:18:38
バックナンバーから記事を辿ったので、古いところにコメントすみません。

ウィリアム・デフォーの映画は公開当時見に行きました。デフォーのキリストにハーベイ・カイテルのユダなんて強面過ぎです。そのうえピラトはデヴィッド・ボウイだし。しかしデフォーはあんなにコワい顔なのにちゃんとキリストに見えるから不思議。
公開当時は、迷い続けるキリストや、十字架で死に瀕して悪魔の誘惑に負けそうになる(これが「最後の誘惑」なんだが)姿、そしてその1つとしてのマグダラとのマリアのセックスシーンなどで反対運動が起きていましたね。
この主題曲(というのか)は、かなり印象的なので、聞いたことはあるけれど題名が分からない曲、みたいな感じかも。フィギュアスケートで使う選手も結構いて、友人と「この曲他の選手も使ってたけど何の曲?」って話になったりします。
またここ読んで懐かしくサントラ借りてみようかな、と思いました。
他のキリストの映画では、ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」がかなり好きです。

なお別のところにコメントした「アメリカ滞在地に映画が1ドルだった」は、学生の短期留学中、滞在先大学の映画館が1ドルだったんです。一般映画館じゃないです。でも学校内に映画館があってそれが1ドルなんて日本人学生からすればびっくりだった。

あと…、URL欄に、私の読書等感想のブログアドレス記載しましたので、よろしければいらっしゃいませんか。
こちらのブログと同じような本もありまして。
宣伝のようになったらすみませんが...。
Unknown (ego_dance)
2010-08-26 09:02:35
実はいまだにこの映画観たことがありません。音楽も映画の中で聴くとまた違うのかも知れませんね。でも、このサントラは傑作ですので是非聴いてみて下さい。

それからブログのアドレスありがとうございました。さっそくお邪魔していくつか記事を拝見しました。確かに同じような本も取り上げられていますね。ラテンアメリカ文学は私も大好きなので、時間がある時にじっくり読ませていただきたいと思っています。
Unknown (la-hawks)
2014-01-22 08:26:33
はじめまして、クリスティ作品の検索からこちらのブログにたどり着きました。

この作品を高く評価されている方がおられるのに軽く驚き、日頃めったにコメントなんて書かない私がひと言書いてみることにしました。

この映画、私が学生の時に映画館に観に行きました。大変懐かしいです。

実はその映画に興味がわいたのは、他でもない、Peter Gabrielが大好きだったからです。(ちなみにSoは余り好きではなく、IIIとIVが好きでした。)

なので、実は映画の中身はあまり覚えていません。

きっとPeter Gabrielの歌声が聴けるだろうと思っていたらそれが無かったので、バックグラウンドミュージックで Of These, Hope が流れた時に、『今のはPeter Gabrielの声だよね』とニンマリしたのを思い出します。

ちなみに、ご存知かもしれませんが、Passion Sourcesというタイトルのアルバムも存在し、こちらは同映画のPeter Gabriel以外の作品を集めたサントラです。興味があればお試しください。

Unknown (ego_dance)
2014-01-26 02:13:05
こんにちは。このサントラはいまだに大好きで、夜聴くとトリップできます。映画そのものは未だに観ていません。

Passion Sourcesというアルバムは知りませんでしたが、やはり似た雰囲気のアルバムなんでしょうか。情報ありがとうございました。

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