アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

天国への階段

2005-10-03 05:20:17 | 
『天国への階段(上・下)』 白川道   ☆☆☆☆

 友人から借りて読んだ。この作家さんは名前を知らなかったが、面白かった。ミステリである。ミステリといってもパズラーではなく人間ドラマである。ピカレスク・ロマン、というものの一種だろうか。重厚な読み応え。

 北海道の絵笛にある牧場で育ち、幼なじみの亜木子と将来を誓った柏木圭一は、牧場を奪われ、亜木子を奪われ、父は悲惨な死を遂げる。天涯孤独となった圭一は裏切られた失意と憎しみだけを胸に抱き、ひとり東京に出て行方をくらます。26年後、後ろ暗い金を元手に財をなし、カシワギ・コーポレーションの支配者となった圭一の姿があった。一方、自分からすべてを奪った男、江成達也は亜木子を妻として政治の世界にいた。そして今、圭一の復讐が始まる……。

 ストーリーだけ見るとかなり直球勝負である。牧場での牧歌的な子供時代、幼馴染の美しい恋人、将来の誓い、裏切り、そして復讐。主人公は二枚目で、ヒロインは美人だ。テレビドラマっぽい匂いがしないでもない。しかし重厚な筆致とディテールの書き込み、そしてご都合主義に陥らない丁寧な作劇で、かなり渋い読みごたえがある。あらすじこそ派手だが、個々のエピソードはむしろ地味である。政界、財界の内幕も雰囲気が出ているし、警察の捜査もリアリティがある。派手で思いがけない手がかりで捜査が展開するのではなく、地道で手堅い捜査がジワジワと効果を上げてくるプロセスが良い。

 ちなみに主人公の柏木圭一は45歳であり、亜木子も同い年である。完全に大人のドラマである。それも渋さの原因かも知れない。ただヒロインが45歳の亜木子だけじゃ寂しいという配慮からか、亜木子の美しい娘未央もキーパーソンとして活躍する。

 物語は圭一、未央、亜木子、そして刑事の桑田と視点が移り変わりながら進行する。当然柱となるのは主人公である柏木、そして刑事の桑田である。追う者と追われる者。桑田の捜査は先にも書いたように地味なコツコツ型だが、聞き込みをする際のベテランらしい着眼点、注意点、そして判断の方法などが細かく描出されていてなかなか面白い。
 一方、主人公の圭一はクールで怜悧、頭が良くて内面に孤独を抱え、実は情に厚いという典型的ヒーロー像といっていい。まあこういう物語なのだからそういうハードボイルドな主人公になるのも無理はないが、ちょっと類型的で、印象が薄いきらいがないでもない。もちろん充分に重厚な描かれ方をしているのだが、人間味が薄いのだ。聡明で美しい未央がたちまち圭一に惹かれてしまうのもちょっと不自然。未央は若いが地に足のついた考え方をすることになっているのに、自分の親と同じ歳の既婚者にああもやすやすと恋をしてしまうものだろうか。しかも食事に行ったり映画に行ったりしては単純によろこんでいる。不倫だぞ、おい。
 ヒロインである亜木子も絵に描いたようなヒロインというか、よき母親でありよき恋人であり、賢明であり善良でもある。まあそこいらへんは娯楽小説のフォーマットを感じさせる。

 それにしても、結末が近づくにつれてこれどうやって終わるのかなと思ったものだが、ああいう終わり方とはちょっと予想外だった。ううむ。圭一と刑事の桑田の一対一の会話が犯罪小説としてのクライマックスなのだが、この重厚な物語の締めくくりとしてはちょっと物足りないと思う人もいるかも知れない。個人的には、地味で渋いこの小説に合っている気はするが。
 そして、人間ドラマとしてのクライマックスはエピローグで訪れる。このエンディングもある意味微妙である。感動的であることは確かだ。しかし、これでいいのだろうか、と読者の多くは思うのではないだろうか。それぞれの登場人物の思惑が、微妙にすれ違っているのでは……。しかしまあ、小説の結末ですべてが整然と片付いてしまうというのもハリウッド映画的でなんだし、こういう微妙な感慨を残す結末もいいのかも知れない。

 ところでタイトルの『天国への階段』は、なんとレッド・ツェッペリンの『天国への階段』のことだったのだ。途中で圭一がその話をするところでは驚いた。もちろん名曲なのだが、有名曲すぎて本のタイトルにするのは度胸がいったに違いない。しかし、物語の雰囲気はあんまりツェッペリンって感じじゃなかった。 
 

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