アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

手紙

2007-06-02 12:06:24 | 映画
『手紙』 生野慈朗監督   ☆☆☆

 レンタルビデオで鑑賞。原作は読んだことあるが、細かい部分は忘れていた。でもミュージシャン志望からお笑い芸人に設定を変えてあるのは分かった。

 まあいわゆる感動もので、最後にかなり泣けるシーンがある。あのラストは確かに良かった。しかし全体的に安易なテレビドラマ的紋切型がやたら目について、それが気になった。『The Pursuit of Happyness』と同じ日に観たので余計そう感じたのかも知れない。

 たとえば工場の先輩達。直貴が兄からの手紙を読んでいると先輩達が帰ってきて、「あの娘とどこまでいったんだ?」なんてゲスなからみ方をする。そして信じられないことに、先輩の一人が彼のポケットに入っている手紙を抜き取って勝手に開いて読む。そして刑務所に入っているのは人間のクズだと罵倒し、殴り合いになる。ものすごく極端な展開だが、まあ、こういう史上最低の人間がたまたまここに三人いたということもあり得ないわけじゃない。そう思って観続けると、その直後、部屋にいる直貴のところに例の先輩がやってきて、数学を教えて欲しいと穏やかに頼む。そして自分も刑務所にいたことを明かし、きちんと謝罪し、理解のある感じで兄に手紙を書いてやれ、夢は諦めるな、などと直貴に語りかける。明らかに人格が変わっている。この人物は多重人格者だ、と私は判断するしかない。精神分裂症かも知れない。

 町工場の食堂の娘が直貴を好きになる。まるでモデルのような美貌の、モデルのようなメイクをした娘である(それにしてももうちょっとそれらしいメイクにできないものだろうか、ハリウッド映画だってもう少し気を遣ってる)。直貴はとことん彼女に冷たくするが、彼女は諦めない。彼にプレゼントを渡し、嫌がっている彼をにこやかにデートに誘う。まるでホステスに言い寄る中年男並みの心臓の強さ、厚顔さである。この映画を最後まで観ると、彼女が聖女か菩薩であることが分かる。

 この美少女には理不尽なまでに冷淡だった直貴はある令嬢と恋に落ち、父親に会いに行く。父親は大金持ちの社長で、結婚に反対する。もちろん、令嬢には親が決めたいいなずけがいる。そして当然のごとく、いいなずけはちょっとキザな感じの鼻持ちならない奴である。父親は直貴に娘と手を切れと迫り、札束で膨らんだ封筒を渡す。直貴は絶望で荒れ狂って部屋中のものを壊し、ひとしきり壊したあとは床に崩れ落ちてむせび泣く。ここまでお約束のオンパレードだと、さすがに気になると思うが、どんなもんでしょう。

 音楽の使い方なんかもいわゆるお涙頂戴的で、ここぞというところでブワーッとストリングス系の感傷的旋律がかぶさってくる。まああまり突っ込むと私の性格が悪いみたいなので止める。ただ、現代の日本で服役者の弟というだけでここまで差別されるものだろうか、という基本的な疑問はやはり持たざるを得ない。結婚が駄目になることはあるだろうが、アパートの壁に人殺しだの出て行けだの落書きされるだろうか。まあ、そんな心無い人も全然いないことはないかも知れないが。実際どうなんだろう。
 
 あと気になったのはあの会長。不当な人事で転勤させられた直貴のところへやってきて彼を諭す。会長が言いたかった趣旨が「差別はどうしてもなくならないから、それを覚悟してがんばれ」ということは分かる、それに異存はない。けれども話を面白くしようとしてか、ついでにおかしなことを言う。君はこの人事を不当と思っているんじゃないか、しかし会社としては当然の処置だ、差別はされるのが当然なんだ、なぜなら犯罪者からは遠ざかりたいと思うのは自然な感情だから、それを含めて犯罪者の罪なんだ、というのだ。
 この言葉をそのまま受け取れば、差別は不当ではない、差別するのは悪くない、となる(つまり悪いのは犯罪者で、差別者ではない)。しかし差別が現実になくならないことは、差別が不当でないことを意味しない。理不尽や不正が残念ながら世の中には存在する、ということに過ぎない。それでよしとする人間もいれば、それを改善しようと尽力する人間もいて、世の中にはいつもせめぎ合いがある。この会長はどうやら前者らしい。会長によれば、老人を差別するのも、身体障害者を差別するのも、エイズ患者を差別するのも、男女差別も人種差別も出身地差別もすべてOKということになる。少なくとも、人間の中に「自然な」差別感情があれば会社はそれをやるのが「当然」らしい。馬鹿を言うな、脚本家出て来い。
 一種のレトリックのつもりだろうが、こういう杜撰なロジック、軽薄な見せかけのエスプリほど危険なものはない。子供が真似するぞ。ますますモラル崩壊が進むぞ。続けて会長は言う、「君はもう太い糸を作っているじゃないか。それを二本、三本と増やしていけばいいんだ」しかしみんなが差別を当然だと思ってたらそれらの糸は決して増えないだろう。言ってることが矛盾してる。

 まああまり目くじら立てるのもなんだが、あの会長は結構重要な役どころだと思うので気になった。色々ケチをつけたが、ラストは感動的だったし、加害者の親族にスポットを当てたストーリーは悪くなかった。ということで、個人的には☆三つ。


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