アブソリュート・エゴ・レビュー

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別離

2013-02-28 19:28:33 | 映画
『別離』 アスガー・ファルハディ監督   ☆☆☆☆☆

 いやー面白かった。2011年のイラン映画だけれども、アカデミー賞外国語映画賞、ベルリン映画祭金熊賞その他色んな賞を総なめにしたと聞いて観てみたら、大当たりだった。

 タイトルや評判から、家族愛や苦悩を扱った人間ドラマだろうと思って観たが、ハズレではないもののかなり予想と違っていた。なんとなく文芸映画っぽいものを想像していたのである。特徴としてはまずこのドキュメンタリー・タッチ。これ見よがしではないけれども手ぶれカメラだし、人々の表情、会話、アングルや編集などすべてが生々しく、リアルだ。音楽が入るのはラストシーンのみで、他はまったく入らない。

 そしてこのドキュメンタリー・タッチのカメラが人々の葛藤、苦悩、争いとそれに伴う感情の高ぶりを容赦なく映し出す。その緊張感はハンパなく、見ている方もずっと息をつめて見入ることになる。おまけに話の見せ方や緩急も実にツボを抑えていて、観客の気持ちをたちまち画面に引き込んでしまう。この監督はサスペンスものの娯楽映画を作っても相当イケるのではないかと思わせる。つまり芸術映画だといって観客に忍耐を要求するのではなく、いかに観客を物語に引きつけるかというところにも神経を使い、テクニックを凝らしてある。それが最初に書いたように生々しいドキュメンタリー・タッチと結びついているので、その力強さは尋常じゃない。

 たとえば冒頭、主人公夫婦(ナデルとシミン)が並んで座り、インタビューを受ける場面。カメラは彼らを正面から映し、観客は二人が自分達に向かって話しているような錯覚を覚える。妻は離婚を申し立て、夫は拒む。口論になり、二人の感情の高ぶりが手に取るように伝わってくる。緊張感溢れるシーンだが、実のところ、この物語では同等の緊張感が二時間ずっと続くのである。おまけにこの短い場面で必要な情報がすべて、手際よく与えられる。なぜ妻は離婚したいのか、なぜ夫は離婚したくないのか。たちまち物語が転がり出す。

 映画の中ではさまざまな事件が起きるが、メインとなるのはラジエーの流産とその裁判である。ラジエーは夫婦が雇った介護人で、アルツハイマーであるナデルの父親の面倒を見る。が、父親を放り出して外出したことでナデルの怒りを買い、口論になり、家の外に押し出される。彼女は流産し、ナデルが突き飛ばしたせいだといって裁判になる。ラジエーの夫は失業者で気が短く、何かといえば激高して、話をややこしくする。

 裁判といっても判事の前で簡易的に行うもので、いわゆる法廷ものみたいな厳かな雰囲気ではない。弁護士も検事もおらず、役所みたいなところで、判事の机の前に座って質疑応答するだけだ。が、その緊張感はやはりハンパない。憎悪むき出しにしてくるラジエーの夫、控えめながらも頑固なラジエー、そして困惑しながらも理性的に振舞おうと努める(そしてなかなかうまくいかない)ナデル。ナデルは裁判以外にも妻シミンとの離婚問題、父親のアルツハイマーなど問題を抱えているし、裁判の影響で娘テルメーの学校でも噂の的になってしまう。いやー人生って辛い。

 あの時本当は何が起こったのか、というミステリーが観客の興味を最後まで引っ張るが、結果的に明らかになる真相は誰が悪いというのでもなく、偶発事の連鎖の中でやむなくこうなってしまった、というものだった。それが関係者全員をこれほどまでに苦しめることになるのである、訴えられたナデルとシミンの夫婦も、訴えたラジエー夫婦も。人生のアイロニーと不可解さ、残酷さを浮き彫りにする物語だ。

 ところでブルーレイ特典に監督のインタビューがあり、その中でファルハディ監督が脚本にすべてを書くのではなく、観客の理解力を尊重することが重要だ、と語っていたのが印象的だった。それからまた、シミン役の女優さんがインタビューの中で、他の監督の場合はできるだけ感情表現するように求められるのに、ファルハディ監督からはむしろ感情表現を抑えるように依頼されたのが意外だった、と語っている。やはりこの監督はデキるな。今後要チェックである。



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