アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

女ざかり

2008-03-09 21:20:03 | 
『女ざかり』 丸谷才一   ☆☆☆☆☆

 ハードカバーで再読。ずいぶん昔に買った本だが、今じゃ文庫も出ているようだ。

 まーとにかく面白い。練達の文体で自由自在にコントロールされる、知的で優雅でエスプリに満ちた最高のエンターテインメント。軽薄さはかけらもない。登場人物もほとんど40代以上で、洒脱な大人のドラマである。主人公の弓子と哲学教授の不倫なんかもごく淡々と余裕の筆致で描かれる。

 メインのプロットは新聞社の弓子(40代前半、独身、離婚歴あり、娘あり)が書いたコラムが妙な場所で問題になり、新聞社に微妙な圧力がかかって左遷させられそうになり、それに対し弓子が自分の豊富な人脈を使って対抗する、というもの。彼女の人脈の豊富さはものすごく、同じ新聞社内の記者をはじめヤクザの親分、官僚、音楽家、学者、女優の伯母、そしてそこから現職の総理大臣にまでつながっていく。ワクワクする。ただAmazonでは「窮地を脱しえるか?」なんてサスペンスものみたいな紹介のされ方をしているが、実際は稚気とエスプリに満ちた悠然とした小説で、そういう政治謀略ものみたいな作品ではない。余裕と愉悦に満ちた大人向けの小説である。

 テーマは贈与である。というか日本独特の贈与文化、といってもいい。冒頭の選挙違反についてのコラムに始まり、メインプロットである弓子への圧力も贈与の一形態だし、その他伯母が話す神様の話、哲学者が幹事長との会談で話す憲法廃止論、総理大臣と弓子の会見、そして結末の哲学者が考えるアマチュアの神を演じる人間という考察など、ありとあらゆるところで贈与というテーマが顔を出し、考察され、発展していく。これがまた刺激的で面白い。

 個人的には、凄腕の記者でありながら原稿が書けない浦野というキャラクターが最高である。原稿が書けないでどうやって記者をやっていられるのかと思うだろうが、そのへんも丸谷才一らしくユーモラスに、しかし「意外とこんなこともあるかもな」と感じさせる曖昧な(つまり上質な)文学的リアリズムで納得させられてしまう。弓子と一緒に浦野が配属されるところから小説は始まり、コラムが書けない浦野が弓子を拝んで原稿に手を入れてもらうわけだが、浦野の原稿はヘタで支離滅裂だが妙に精彩があって面白い、弓子が手を入れると無難にすっきりまとまるが面白くなくなってしまう、と弓子が感じ入る場面があるが、ここで読者は添削前と添削後のコラムを全文読み比べることができる。大変面白い。こういうことができるのはやはり丸谷才一の達人芸と言うしかない。

 浦野は序盤で大活躍し、大いに笑わせてくれる(弓子宛のラブレターに鉛筆で消した部分があり、透かしてみると「あなたとやりたい」と書いてあったりする)が、後半では出番が少なくなってしまうのが残念だ。ちなみにこの小説は吉永小百合主演で映画化されているが、浦野を演じた三國連太郎もすごく良かった。

 本書も丸谷才一の他の小説と同じく旧かなづかいで書かれているが、慣れない人でも心配ご無用、読み始めるとすぐに気にならなくなる。とにかくこれは達人の文章だ。砕けているのに格調高い。ユーモアと知性と悠然たる気品が渾然一体となって漂っている。


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