アブソリュート・エゴ・レビュー

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乱暴と待機

2012-07-17 20:52:45 | 映画
『乱暴と待機』 冨永昌敬監督   ☆☆☆★

 間違いなく、ヘンな映画である。普通じゃない。いい映画かと問われれば多分否と答える。が、結構面白い。

 夫が無職で妻が妊婦の若い夫婦が郊外に越してくる。その近所に変わり者の女と男が二人で住んでいる。女は異常に他人の感情を害することを怖がっていて、いつもビクビク、愛想笑いをしている。男性を「カン違い」させないようにといつもスエットにメガネで、趣味は読経及び写経、同居人を「お兄ちゃん」と呼んでいるが兄ではない。そして「お兄ちゃん」はカセットテープ・マニアで、人生を狂わせた「妹」に復讐すると宣言し、復讐の方法を日々考えている。ついでに、時折「マラソンに行く」と称して天井裏によじ上り、「妹」の行動を覗き見する。この奇人たちと引っ越してきた妊婦の若妻は知り合いで、スエット女は昔自分の彼氏と寝た恨み骨髄の女であった。ちなみにスエット女は人の感情を害するのを恐れるあまり言い寄られても絶対断らないので、クラス中の男とエッチしていたサセ子だった。妊婦の若妻は二人に「気持ち悪いから出て行け」と詰め寄り、無職の夫はスエット女に興味を持って言い寄り始める…。

 「乱暴と待機」という変わったタイトルは、多分妊婦の若妻(小池栄子)が奇人二人組の家を破壊したりするので「乱暴」、スエット女(美波)がお兄ちゃんの復讐を待っているので「待機」、だと思います。

 という奇妙な設定でリアリズムは最初から皆無。こういう設定でこういう奴らです、ということを受け入れた上で観なければならない。言ってみれば大掛かりなコントみたいなもので、ほとんど中身はない。役者のやりとりのおかしさだけだ。まあこれを見て「現代人の病を描いている」とか「屈折した愛情を巧みに表現」とか言おうと思えば色々言えるだろうが、そんなものは所詮後づけのお題目である。あんまり深読みするような映画じゃない。

 じゃあどこが結構面白いのかというと、コント的面白さもあるが、役者たちがそれぞれのキャラに沿って芝居をしているその芝居が面白い。設定は奇抜なのに芝居だけは妙にリアルだ。無職で女好きのダメ男を演じる山田孝之、復讐心に燃える乱暴な妊婦を演じる小池栄子、ともにうまい。特にボソボソ喋る山田孝之がいやらしくてうまい。それからいつもは自然な演技をする浅野忠信のとことん不自然な演技は一番コント的だが、おかしい。「ななせ、おれはマラソンに行ってくるぞ」「ななせ、おれはお前に復讐するぞ」この映画の中の妙なキメ台詞は大体浅野忠信だ。ちなみに、この擬似兄妹の間では復讐についての会話が日課になっている。

「お兄ちゃん、明日は思いつきそう?」
「思いつくかなあ。ななせ、おれはお前に、絶対に復讐してやるぞ。これまで誰も思いつかなったようなすごい方法で、復讐するぞ」
「うん。がんばってね、お兄ちゃん」

 アホである。しかしなんといっても、この映画の面白さの大部分を背負っているのはななせ(美波)である。他人の気持ちを害することを異常に恐れる、というテーマの芝居は面白い上に、結構可愛い。スエットにメガネという格好が美波のきょとんとした顔立ちに似合っているので余計に可愛い。そのななせが声をかけられると「ほよ~い!」なんて奇声を発して驚いたり、おしっこ我慢してもじもじしたり(会話の途中でトイレに行けない)、罵倒しにやってくるあずさに愛想笑いをして媚びたりするのは妙に愛おしい。うーん、まずいなあ。これがひょっとして、萌えというものだろうか。

 結局色んなことが説明ないまま放置されて終わるので、辻褄を気にしてはいけない。かといってこういう映画を深読みするのも不粋である。やはり瞬間瞬間のやりとりのおかしさ、空気感を愉しむ映画なのだ。しかしこれを観ると、美波という女優さんが妙に気になってくるな。


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