アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

髪結いの亭主

2005-09-17 12:09:12 | 映画
『髪結いの亭主』 パトリス・ルコント監督   ☆☆☆☆☆

 私を熱烈なルコント・ファンにしてしまった作品である。その後ルコントの映画を観まくったが、これを越える作品には出会えなかった。

 この作品も、ルコントの他の作品と同じように現代のおとぎ話的なテイストがある。どこか人を食った、現実ばなれしたところがある。おまけにユーモラスで、エロティックで、ロマンティックで、ファンタジックで、エキゾチックで、ノスタルジックで、とびきり哀切な結末も用意されている。さらに、音楽、映像ともに素晴らしい。これ以上何が望めるだろうか。

 音楽はマイケル・ナイマン。『ピアノ・レッスン』やルコントの『仕立て屋の恋』でもお馴染みの名匠が、甘美で胸を締めつけるような音楽をちりばめる。そしてこの映像の美しさは筆舌に尽くしがたい。ヨーロッパ映画には華麗な映像美を見せてくれる監督がたくさんいるが、ルコントの映像はまた独特である。『仕立て屋の恋』では寒色系の色使いが印象的だったが、本作では全篇を官能的な暖色が覆い尽くしている。美貌の女理容師マチルダの赤いドレスの鮮やかさがそれを象徴している。
 この映画の色彩の美しさ、芳醇さは、いつも私に香りのいい果物を連想させる。観るたびに陶然としてしまう。

 この映像とマイケル・ナイマンの美旋律が溶け合うだけで至福だが、エキセントリックな物語とルコントのスタイリッシュな演出がまた素晴らしい。
 ストーリーに関していうと、近所の女理髪師に憧れる子供が髪結いの亭主になること夢見てそのまま年を取り、初老となって美しい女理髪師マチルダに出会う。プロポーズし、二人は結婚し、小さな理髪店で二人だけの愛の時を重ねていく。そしてある日突然、マチルダは川に身を投げて死ぬ。二人の愛が色あせることを恐れ、最も素晴らしい時を永遠にするために。
 このようにリアリティを欠いたアントワーヌとマチルダの物語は、人間ドラマではなく一個の詩と見るのが正しい。この二人は生身の人間ではなく、官能性とロマンチズムが生み出した蜃気楼なのである。だから二人のエピソードはどれもこれも非現実的だ。髪を切ってもらったあといきなりプロポーズするアントワーヌ、そしてそれを受けるマチルダ。二人が暮らす理髪店はさながら一個の小宇宙と化し、二人はどこへも出かけていかない。友人もいない。アントワーヌは気が向いた時にアラビア歌謡をかけ、奇妙な踊りを踊る。整髪料や香料を混ぜ合わせてカクテルを作り、二人で乾杯する。

 このように見ると明らかなように、アントワーヌとマチルダはボリス・ヴィアンの愛の神話『うたかたの日々』に出てくるコランとクロエの末裔なのである。だから二人の愛はありえないほど完全であり、かつ必然的に悲劇的な結末を迎えることになる。

 マチルダ役のアンナ・ガリエナは実に素晴らしい。美しく、官能的で、はかなく、幻のようだ。彼女がいなかったらこの映画は成立しなかったと思えるほどだ。そしてアントワーヌ役のジャン・ロシュフォールも良い。ルコント映画に良く出てくる変なおじさんである。この人のアラビア踊りは一度観たら忘れられない。

 官能性、エロティシズムがこの映画の重要なテーマなので、エロティックなシーンもふんだんに出てくる。客の髪を洗うマチルダをアントワーヌが後ろから抱くシーンなどが典型だと思うが、こういうシーンもリアリティがないので私はあんまり生臭さを感じず、愛の寓話としての美しさを感じるが、中にはこういうところに拒否反応を示し、男のエロい妄想を映像化しただけと批判する向きもあるようだ。
 エロい妄想の映像化というのはある意味当たっていると思う。しかし愛の寓話にエロティシズムは絶対に欠かせないし、エロティシズムというのは多かれ少なかれ妄想的なものではないだろうか。アントワーヌが少年時代に抱く女理髪師への憧れはプラトニックなものでなく、性の目覚めでもある。この映画ではそのような性の目覚めが実に美しく描き出されていると思う。まして愛の神話を生きているようなアントワーヌとマチルダがセックスをしないわけがない。天使的存在である彼らのセックスには他者への遠慮などない。彼らはしたくなった時にするだけだ、互いの愛に導かれるがままに。

 『うたかたの日々』の中で、「君は何をしているんだね?」と問われたコランは答える。「クロエを愛しています」

 エロティシズムを汚らわしいものと見る必要はないと思うのだが、これは私が男だからそう感じるのだろうか。女性の意見を聞いてみたい気もする。
  

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2 コメント

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TBさせてくらさい。 (カゴメ)
2005-10-09 12:51:59
検索で貴記事を発見!

拝読させて頂きました。



>これは私が男だからそう感じるのだろうか。女性の意見を聞いてみたい気もする。



女性の方が実感が湧く映画だと思います。

と言っても、私も男ですが(笑)。

私なんかが観ると、この映画のエロティシズムは、

とてもとても上品だと感じました。



是非、私の記事、TBさせてくらさい。

(ブログの趣旨にそぐわないと判断された場合には、

遠慮無く削除して下さいませ)
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いらっしゃい (ego_dance)
2005-10-10 00:37:59
カゴメさんいらっしゃいませ。拙文がお目に止まって光栄です。



そうですよね、私もこの映画の官能性は素晴らしいと思います。他の映画を観てもルコント監督には独特のエロティシズムのセンスがあるようで、そういうとこ好きです。



また是非遊びに来て下さい。こちらも貴ブログにお邪魔します。
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