崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

鰊漁の力強い男性合唱

2016年04月01日 05時27分23秒 | 旅行
 昨日は年度末の日、閑散としたキャンパスの研究室で読書会を行った。1960年以降間歇的はあったが続けてきた。恩師から見習ったことである。毎週曜日、日にちを決めて一人でも二人でも続けて本を読んで議論するという形式である。一時啓明大学ではメンバーが40人ほどまで増えたことがあった。日本留学時代以降も続けた。ただ楽しい時間である。昨日は博士課程の中国留学生の宮さん、メンバーの倉光誠先生の3人であった。私が前日曜日に東京で行われた日本映像民学の会の「海域の植民地」の報告をし、それを議論のテーマにした。
 会で話題にした国策映画の「国策」とは何かの問題である。今、国立、国家公務員など日常的に使われている言葉も戦争などの敵国のことであれば異様に感ずる。植民地という言葉も同様である。戦前には日常的な言葉が「国策」であることに戦後教育を受けた倉光氏は戦前とは断絶、戦前のことは検討する余地もなく無知であったのに国策ということばには戸惑うような感じがあると言う。意外な反応があった。ただ反米平和運動に参加したことがあったという。私は戦前に戦争賛美した人たちの反米平和ではないかと疑問を提議した。民衆は天皇に関する態度からも戦前と戦後は断絶せず連続しているようだという意見は一致した。
 植民地時代の国策映像の中から国策精神への批判、ナレーションにも注意すべきであろう。民族音楽研究者の酒井正子氏が

「北進日本」の鰊漁の力強い男性合唱には感銘を受けました。音頭一同であったり、二手に分かれて音程を変えハーモニー感覚を伴っていたり。声もよく揃って素晴らしい男性合唱でした。集団の作業はほかにも沢山あったのに、何故鰊漁に突出して優れた作業歌が伴っているのか、考えさせられます。小島美子さんが以前北海道の映像を、少しTVで紹介していました。大変充実した記録で素晴らしかったです。

会長の北村皆雄氏は「今回の大会は今までの中でも指折りのものであったと思います。成功は先生の力に依る所が大です。」と身に余るお言葉を頂き恐縮している。

 私はこれから大会の報告書作成に入る。