崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

ホセ・リサール

2015年07月30日 05時14分24秒 | エッセイ
昨日フィリピンの映画(2時間54分)「ホセ・リサール」を視聴した。映画は1998年作であり、スペイン語と英語の字幕のものである。周知のとおりフィリピンはスペインに377年間植民地とされ独立運動も多く、ホセ・リサールは植民地政府のスペインに留学し医者になって文学創作、画家として活動をし、教育を通して独立運動し、1896年に公開処刑された人である。私は以前に彼が処刑されたマニラのリサール記念公園を見て回ったことがある。彼の著書などを読み資料を集めていて、彼のゆかりのあるところを中心に調査に行こうとしている。私は植民地が生んだ英雄の調査中であるがその調査の続きである。韓国の安重根、アイルランドのケースメント、シンガポールのラッフルス、南アフリカのセシルルーズなど植民地が生んだ英雄シリーズと言える。
 ホセ・リサールは1861年にフリピンで生まれ、1896年12月30日に処刑された。その日が「リサールの日」と指定され、祭日になっている。長い植民地において政府と教会は彼の敵、特に総督やカソリック神父たちの偽善などと戦う小説を書いた。さらに自由主義の改革運動を起こした。逮捕され追放されても眼科を専攻とし、スペイン支配の長い植民地から自由、独立を訴えた。フィリピンは1898年からはアメリカの植民地なった。1945年戦後のナショナリズムにより最も有名なヒーローとなった。私はヒーロー作りのもう一つのプロパガンダ映画かと憂いたが、日本植民地の朝鮮の安重根とダブらせながら見ることができた。宗教と政治が複合されることの怖さ、彼の小説が焼却されるのをみて古代中国、日本植民地、現在の韓国などでも普遍的に存在するものであるように感じた。残酷なことや悲惨なことから悲劇的な人物が生まれる、つまり英雄出生の構造が理解できる。犠牲が報われ英雄になるのである。ただの犠牲は悲しいだけである。