幸子さんは〈ゆきこさん〉と誤読しがちだが、〈さちこさん〉が正しい。先日立ち寄ったジュンク堂書店で、詩歌ご担当のTさんと大好きな詩人吉原さんの話をしていたとき、どういうわけだかそのフルネームの正しい読みを瞬間分からなくなって〈よしはらゆきこさん〉と口に出し恥ずかしい思いをした。吉原さんの名前は〈よしはらさちこさん〉が正しい。その吉原さん、高畑勲さんよりも三つほど歳上でおなじ東大仏文で学ばれているから、もしかしたらおふたりはお知り合い同士だったかもしれないなどと思いつつ、今宵は吉原さんの詩集『樹たち・猫たち・こどもたち』のなかの一編『その日』を寝床でぶつぶつ読んでいる。
〈その日〉 吉原幸子
山奥の小さな村にも 点々と
まあたらしい墓標があって
赤い野の花が供えてあった
蝉しぐれにまじって とぎれとぎれに
"正午の放送"が流れた
おとなたちは たぶん 複雑な思いで泣き
こどものわたしは 何もわからず泣いた
(その日 まだ
遠い都市(まち)では 数え切れない母が 子が
地上に横たわって うめいていた)
墓の中で ひっそりと
死者たちの爪はのびつづける
ふたたび この国に
地下からのラジオが重くひびくとき
こんどの放送をきく 蝉しぐれもなく
こんどの墓には 花を供える者もいない
〈その日〉 吉原幸子
山奥の小さな村にも 点々と
まあたらしい墓標があって
赤い野の花が供えてあった
蝉しぐれにまじって とぎれとぎれに
"正午の放送"が流れた
おとなたちは たぶん 複雑な思いで泣き
こどものわたしは 何もわからず泣いた
(その日 まだ
遠い都市(まち)では 数え切れない母が 子が
地上に横たわって うめいていた)
墓の中で ひっそりと
死者たちの爪はのびつづける
ふたたび この国に
地下からのラジオが重くひびくとき
こんどの放送をきく 蝉しぐれもなく
こんどの墓には 花を供える者もいない