Mさんは数ヶ月前から通院を始めた八十八歳のお爺さんだ。年齢に比して歩き方もしっかりしているし、話もまとまりがある。どこか飄々としておられ、なんだか仙人のような不思議な印象を与える人だ。午後は暇だったので、少し雑談をした。
高血圧の薬を飲み始めてもう二ヶ月になるのに、診察室の血圧は160/90くらいで高めだ。
「まだ、ちょっと高いですね」と言うと、
「さっき体育館で測った時は138の74だったよ」と言う。
「体育館て、西丸の」。
「ええ、そうですよ」。
「あれ、ここまでどうやって来たの」。
「車ですよ」。
「車って、まだ運転できるの」。 暫く時間をおいて、にやっと笑って
「パイロットだったんだよ」と言う。
「えー、飛行機の」。
「そうですよ」。
どうもあこがれだった飛行機のパイロットなどと聞くと、恐れ入るというか感心してしまい、「あー、そうでしたか」と最敬礼してしまう。八十八歳で車が運転できることとパイロットだったことが、どう関係しているかというと、つまり乗り物を運転する才能があるんですということらしい。
おつむの方も良いんでしょうねと言うと、破顔一笑、いいえ全然と手を横に振られ「関係ないですよ」。
別に謙遜という風でもない、まあ成績はともかく地頭が最高級品なのは間違いなさそうだ。