駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

生ものを扱う

2014年01月08日 | 診療

                             

 繁華街にある老舗の果物屋の前を通る度に大変だろうなと同情している。このご時世、創業百年近い老舗もいつまで頑張れるかと思う。五十年前なら**の柿とは豪勢、**の葡萄なら間違いないと言われていたのだろうが、この数年は通りかかっても、前の方に出ていた品物が後ろに下がったりしているのに気付くことはあっても、買い物をしているお客が居たためしがない。いづれ、別口の収入があるんだろうが、所在なげな親爺の顔には私でお終いと書いてある。

 患者さんを生ものと比喩すればけしからんというご批判もあろう。でも、似ているところはある。生きていることは実はとても不安定なことなのだ,そして否応なくどんどん古くなっていく。運が悪いことは確かにさほど多くはないが、何時誰に重大な病変が襲いかかってくるかはわからない。

 数千人の掛かり付け患者を持ち、それに往診で寝たきりや癌の末期の患者さんを抱えていると、いつ何時電話が掛かってくるかも知れない。総合病院と違って一分を争うこともなく、現場に出向くことは少ないのだが、生ものを扱っているという実感がある。幸い、二十年前に比べれば電話の数は四分の一くらいに減ったので自宅での中座は減ったが、携帯電話の普及で外出中に電話が掛かってくるようになった。正直に言えば、慣れているのでさほどストレスには感じない。とは言っても些細な問い合わせや横柄な口吻には、腹も立つ。人間、私もその一人だが、というものは丁寧な物言いと感謝が表明されると心に波風が立たないのでそうして欲しい。

 話が飛躍するが、若返させるような健康食品?や器具の宣伝の氾濫は常軌を逸していると思う。三十分以内に電話すると三割引きとかあなただけと言うような文句に釣られる人は多いようだ。余程儲かる業界らしい。生まれれば老いていつか死ぬ、若作りも好いがどう生きるかの方が大事じゃあありませんか、あなたの惰性の生活はそれでいいのという番組を提供する会社はないものだろうか。

 

 

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