故郷は遠くにありて思うものと・・犀星は書いた。犀星先生には普通の人とは違う故郷を離れる事情があったようだが、仕事の関係で故郷を離れている者にも分かる書き出しである。
このたびの災害事故で止む得ず故郷を離れざるを得なかった人達に望郷帰郷の念が強いようである。生まれ育った所で住み慣れた所で暮らしたいというのは人間と言うよりも生物の習性本能なのかも知れない。人間はそれに加え仕事のこともあり、農漁業のように土地に強く結びついた職種の方には死活問題だろう。果たして、どのような形で帰郷が叶うものか。原発周辺のようになかなか帰郷が叶わない人達も出てくるだろう。
災害や事故で故郷を離れて暮らさざるを得ない人と仕事や配偶者の都合で故郷を離れた者を同じように論ずることはできないが、人生至る所に青山あり住めば都も古来の事情で、高齢者でなければ、これも人生と踏み出す手もありそうに思う。
私も妻も高校を卒業して以来、故郷を離れて暮らしてきた。我々には毎年墓参りに訪れる二つの故郷があるわけだ。妻には何度も、彼女の故郷K市に住んでも良いと言ったじゃないと責められたが、今ではこの土地が第二の故郷になって、漸く受けいれてきた様子である。
思い浮かんで書いたが、何の慰みにもならないと被災され慣れぬ土地に仮住まいの人に怒られそうである。
ちなみに犀星は繊細叙情の詩を書いたが、犀川のゴリに似た美男子からはほど遠いえっこれが作者と驚く風貌である。こんな事を書いてぶん殴られそうだが、意外なことにモテたのだ。だから、意に介されない?だろう。