一昨日の会食を再現。
介護保険制度はドイツを真似ているそうだが、いかにも日本官僚式に換骨奪胎されている。それはきめが細かい、手続きに手間が掛かる、書式に凝っている、責任が分散されているの四点に特徴づけられる。まあ、手続きや書類の煩雑さはお役所仕事の特徴で万国共通の悪弊だが、これはかなり改善されてきている国も多い。
Hが主張するには、介護保険制度は立ち上げ維持評価運用に莫大な費用が掛かっている。俺の計算では要介護者一人当たり、4,5万円掛かっている、こんな馬鹿な制度は止めて、とにかく申請通り介護給付すれば、制度のための費用が浮いて十分まかなえる。応分の負担があるのだから、必要十分な給付に落ち着いて、無駄なく運用できる。 確かにそうかもしれないが、それがなんだか日本じゃ難しいんだよなと思いながら聞いた。
Yが言うには介護保険認定のための調査に行くと本人は調査が来たからと精一杯頑張るのだそうだ。部屋の中を歩いて見せたり、認知度を調べるための質問にも上手く答える。ところが家族はこんなことはいつもはできないと、できるだけ介護度が重く評価されるように答えるのだそうだ。
大分の教師の心は日本の心で、時々介護認定を受ける家族がわざわざ来院し、このたび認定を受けることになりましたのでどうぞよろしくと深々と頭を下げてゆく。(何ももっては来ません。万が一これから持ってくるようなことがあっても決して受け取りません。念のため)。このどうぞよろしくを読み解けば、介護認定ができれば重く判定されるように医師の意見書を書いて欲しいなあと言うことなんだろうと思う。当院では家族の意向が考慮されることは全くない。
介護認定の判定には数%の不服申し立てがある。と言うことは20%くらいの人は判定に不満なんだろうと思う。厚労省はこの不服申し立てを何とか減らそうと、あれこれ調査し、指導してくる。
Kが言うには、不服申し立てをこれ以上減らすのは無理、不服のある人はいつでも数%居るものだ。無駄な努力に金を使わない方が良い。説明を丁寧にするだけで十分。
それもそうだがと3人の話を聞いた。「しかしねえ、なんだか今の日本では、そうはゆかないんだよ、なんというか無駄があるから回っているところがあるんだ」。 それでもそれだからこそ、日本にもCHANGEが必要なんだろうな?。「べらぼう」よりも「なるほど」か。
介護保険制度はドイツを真似ているそうだが、いかにも日本官僚式に換骨奪胎されている。それはきめが細かい、手続きに手間が掛かる、書式に凝っている、責任が分散されているの四点に特徴づけられる。まあ、手続きや書類の煩雑さはお役所仕事の特徴で万国共通の悪弊だが、これはかなり改善されてきている国も多い。
Hが主張するには、介護保険制度は立ち上げ維持評価運用に莫大な費用が掛かっている。俺の計算では要介護者一人当たり、4,5万円掛かっている、こんな馬鹿な制度は止めて、とにかく申請通り介護給付すれば、制度のための費用が浮いて十分まかなえる。応分の負担があるのだから、必要十分な給付に落ち着いて、無駄なく運用できる。 確かにそうかもしれないが、それがなんだか日本じゃ難しいんだよなと思いながら聞いた。
Yが言うには介護保険認定のための調査に行くと本人は調査が来たからと精一杯頑張るのだそうだ。部屋の中を歩いて見せたり、認知度を調べるための質問にも上手く答える。ところが家族はこんなことはいつもはできないと、できるだけ介護度が重く評価されるように答えるのだそうだ。
大分の教師の心は日本の心で、時々介護認定を受ける家族がわざわざ来院し、このたび認定を受けることになりましたのでどうぞよろしくと深々と頭を下げてゆく。(何ももっては来ません。万が一これから持ってくるようなことがあっても決して受け取りません。念のため)。このどうぞよろしくを読み解けば、介護認定ができれば重く判定されるように医師の意見書を書いて欲しいなあと言うことなんだろうと思う。当院では家族の意向が考慮されることは全くない。
介護認定の判定には数%の不服申し立てがある。と言うことは20%くらいの人は判定に不満なんだろうと思う。厚労省はこの不服申し立てを何とか減らそうと、あれこれ調査し、指導してくる。
Kが言うには、不服申し立てをこれ以上減らすのは無理、不服のある人はいつでも数%居るものだ。無駄な努力に金を使わない方が良い。説明を丁寧にするだけで十分。
それもそうだがと3人の話を聞いた。「しかしねえ、なんだか今の日本では、そうはゆかないんだよ、なんというか無駄があるから回っているところがあるんだ」。 それでもそれだからこそ、日本にもCHANGEが必要なんだろうな?。「べらぼう」よりも「なるほど」か。