三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

バーバラ・エーレンライク『捨てられるホワイトカラー』

2009年01月25日 | 

バーバラ・エーレンライクが実際にウエイトレス、清掃婦、ウォルマートの店員として働いた『ニッケル・アンド・ダイムド』を読み、時給7~8ドルで生活する人たちの実態に驚いたものだが、アメリカではホワイトカラーも厳しい状況にあるらしい。
「貧困についてはずいぶん書いてきたから、身動きのとれない苦境に陥った人からの訴えを聞くことはよくある。立ち退き通告が届く。子供が深刻な病気だと診断されたのに、健康保険は期限切れになっている。車が故障して通勤手段がなくなった。こういうのが、慢性的な貧困に陥っている人々を苦しめる、いわば定番の非常事態だ。ところが、驚いたことに、2002年ごろからこの手の話が、かつては中流の立派な地位にいた人々―大学卒業者や中堅のホワイトカラーの職についていた人たち―からもさかんに聞かれるようになったのである」

ホワイトカラーというのは単純労働ではない専門職で、中流以上、年収6万~10万ドルということらしい。
会社は人員削減をすることによって人件費を抑え、利益を上げようとする。
2003年、失業者のうち20%、約160万人がホワイトカラーの専門職にあった人だった。
2004年に行われた管理職を対象とした調査では、95%が今の職場はいつか辞めることになるだろうと予測し、68%は突然に解雇や休業を言い渡されるのではないかと心配していた。
管理職や専門職は生涯に平均で10回から11回仕事を変える。
1995年、非正規就労をしている人は全労働人口の31%。
2004年、次の仕事が決まる前に失業保険を打ち切られた失業者は360万人。
中流から下流へ、まじめに一生懸命働いていた人がウエイター・セールスマン・スーパーの店員など時給7~8ドルの仕事をするはめになる。
中には、不法移民がするような仕事をしている人もいるそうだ。
がんばって働き、高給を取りすぎて経費削減の対象となった人もいる。
「貧窮しているホワイトカラーに、失敗だったと責められるような点は何一つないのだ」
就職活動に一日何時間もとられることはざらなわけで、「低賃金の生き残り仕事の罠にはまったが最後、永久にそこから出られないということも大いにありうる」

会社勤めに代わる仕事としては不動産売買業、フランチャイズによる出店、セールスが主なものらしい。
新参の公認不動産業者は1年目で86%が失敗し、生き残ったとしても、その70%は年収3万ドル以下。
フランチャイズに加盟するには企業名の使用料として1万5千ドルから4万ドルを支払わなければならない。
加盟者の生き残り率は25%、平均年収はおよそ3万ドル。
セールス(委託販売員)のうち年収5万ドルを超えるのは8%、半数以上が1万ドル未満。
実際の収入は新しい販売員を勧誘して初めて生じるという仕組みになっている。

そこで、エーレンライク自身が覆面リポーターとなってホワイトカラーの世界に飛び込み、身をもって問題のありかを探ろうとした。
「計画はしごく単純だ。仕事を見つけること。健康保険に入れて、五万ドルほどの年収が得られて、安定した中流の生活ができるような、最低限ホワイトカラーの職場と言えるいい仕事を見つけること」
「就職活動をするということになれば、当然、ホワイトカラー企業労働者として最も苛酷な状況に置かれてしまった人々、つまり失業者のなかに、自分もその一員として飛び込むことになるわけだ」

ところが、10ヵ月をかけて就職活動を行い、6000ドル以上を使ったにもかかわらず、仕事を見つけることはできなかった。
「私は全力を尽くした。料金を払って複数のコーチを雇い、ネットワーキングと言われる就職情報を交換する交流集会に出席し、エグゼクティブの就職活動研修に参加した。イメージチェンジにも挑戦し」、「長時間コンピュータに取りつき、電話をかけまくる日々を過ごした」
求人広告や求人サイトに応募した会社は200社以上。
ほとんどは不採用の通知も来ない。
面接できたのは2回、保険と化粧品のセールスである。
10ヵ月間就職活動をした間に知り合った就職志願者11人に取材したが、「ほんとう」の仕事を見つけた人は1人もいなかった。
履歴書に空白期間があればダメ。
子育て、病気療養、個人でのコンサルタント業などであれ、いかなる空白も許されない。
というわけで、『捨てられるホワイトカラー』は就職活動報告となってしまった。
もっとも、エーレンライクは1941年生まれ、2003年には62歳なんだから職を見つけることができなくても仕方ないとは思うのだが。

では、エーレンライクはどういう活動をしたのだろうか。
まず就職活動のためのコーチ(3人)につく。
あるコーチは週1回30分の電話によるコーチングで月400ドル。
性格診断テスト(60ドル)を受けたり、履歴書作りに何週間もかけたり。
就職ネットワークのイベント(講師の話、就職志望者の自己紹介、討論やアドバイス、コネ作り、就職情報の交換などをするらしい)やキャンプにも参加する。
まったく仕事にありつけない人たち、仕事はあっても自分が希望するよりはるかにたくさん働かなくてはならない人たち、そして大勢の仲間が解雇されているのだから自分もそろそろクビになるかもしれないと感じている人たちが来ている。

このネットワークやキャンプは就職のきっかけになるというより、自己啓発セミナーというか、集団心理療法みたいなものという感じである。
「あなたの問題はあなた自身だ」
「すべてのことは自分の責任だ」
「前向きな態度は前向きな結果を実現する」

なんてことを言われるのだから。
「不幸のどん底に突き落とされた人に向かって、あなたの問題はすべてあなた自身が作り出したものなんですよ、と言うのは、とてつもなく残酷なことに思える」
「そこから発せられるメッセージは、変わらなければならないのは世間のほうではない、あなたなのだということだ」

そこで、イメージマネジメント(衣装やアクセサリなどの外見をレベルアップしてくれる)は3時間のレッスンで250ドル。
あるセミナーを主催している人から、コネを紹介してほしいなら昨年の年収の4%を前金として払い、なおかつ採用が決まったらその給料の4%も支払わなければならないと言われ、エーレンライクは4000ドル払う。
それから、専門職開発セミナーの受講料800ドル。
アメリカでは職探しが一つの産業となっているわけである。

教会主催の就職セミナーにも参加する。
どうも福音主義の教会らしい。
「一生懸命働いたのにクビになり、次の職場でも同じことを繰り返して、しまいには年齢制限のためにまともな働き口もなくなるというような―努力がたまにしか報われない人生には、これまでより厄介な説明が必要となる。自分の人生をそういう形にしてしまった制度を探してそのせいにするか、でなければ、予測のつかないキャリアの浮き沈みを、絶対的な力を持ち、どこまでも細かいことにこだわる神のせいにするしかないのだ」

よりよいところに就職するためには先立つものがなければだめだということになる。
「就職活動中に出会った人の多くが、一年以上持ちこたえるだけの資金を、就労しているあいだに貯めていた」
ここまでしても結局はダメだったわけである。
「社会の階層を下降するということは、挫折感と、疎外感と、恥辱をもたらすものなのだ」

で思ったのが、困難に直面したり不安になった時に心理療法か教会に足を向けるのが、アメリカ人にとっては当たり前ということなのだろうかということ。
派遣切りどころか正社員切りが言われている日本では、職を失った人、失うのではと不安になっている人はどこに相談をしに行くのか。
神社仏閣を訪れる人はほとんどいないだろう。
精神的危機に対するセイフティーネットも必要なのだが。

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