三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

五年生 私の還らぬ灼熱(あつ)い夏 2

2010年09月07日 | 戦争

 8時15分。瞬間その時、何が起きたのか全然記憶がない。ただ朦朧とした意識の中で夢でも見ているようで、高い熱にうなされて体中の節々が砕けたようで、手にも足にも力が入らないし動かすことさえ出来なかった。目は覚めていて開けているのに何も見えてこない。その間、どれくらいの時間が経過したのかは全く憶えがない。

 次第に戻る意識の中で目の前のものが見えてきた。そこは今まで自分がいた教室のはずだったが、無残に押し潰されたジャングルジムの中に閉じ込められているようだった。猛烈な爆風で木造の校舎は一瞬にして完全に倒壊していたのだった。爆心地から1・5キロの近距離である。木造の校舎などひとたまりもなく崩れ去った。

 折り重なる瓦礫に押さえ付けられて身動きが自由にならない。それでも首だけは動く。上の方に目を向けると、少し隙間があって明かりが見える。だが体は金縛りになったようで動かない。誰も助けに来てくれる気配がない事はわかった。
 何とかここから出なければと、手を延ばし体をひねり足を踏張り、無意識のうちに覆い被さっていた机や折れた柱の間をくぐり、明かりに向かって少しづつ這い出す。するとだんだん明かりが大きくなり、やっと潰れた校舎の上に這い上がる事が出来た。二階の校舎は無残にも平屋建ての建物ぐらいに低く押し潰されていたのだ。

 その間、どれだけの時間か経っていたか解らないが、その時にはすでに校舎の端から火の手が上がり燃え広がっていた。もうもうと立ち上がる煙と土埃で、あまり遠くまでは見えなかったが、潰れた屋根の上から見えたのは、小学生の子供の想像力の限界を超えるものだった。

 朝方出ていた空襲警報は解除されていたので、爆弾にやられたとは思えず、それは途方もなく大きな地震が、街全体を一呑みに押し潰したように感じられた。近くで何箇所からも火の手が上がり炎を吹き上げている。

 足がすくんで何かを考え、どう行動するかの意識が完全に失われて、目の前の出来事は夢ではなく現実なんだと、すぐには理解できなかった。360度、視野に入る全てが破壊し尽くされている。

 だが、潰された校舎の下から助けを呼ぶ生徒の声や、兵隊さんの悲痛な叫びで現実に引き戻された。建物の下からは「たすけて、たすけて」の声が、あちこちから聞こえてくるが、どうしようにも手の出しようがない。崩れて折り重なる材木に手をかけ、渾身の力で引き上げようとしてもびくともしない。

 音をたてて燃え上がる焔は、勢いを増してすぐ近くまで迫ってきた。救(たす)けを呼ぶ声は絶え間なく聞こえてくるが、子供の力はそれを叶えることが出来ない。一人も助けることは出来なかった。何一つとして出来なかったのである。

 もし、自分も瓦礫から這い出せなかったら同じ運命をたどったであろう。火勢に追われるように校庭に飛び出すと、今まで元気に校庭を跳ね回っていた生徒の顔や手足が、赤黒く灼(や)けただれ、倒れ、ひざまずき、うずくまりながら必死に何かを訴えようとしている。だがそれが何を訴えているのか、声に、言葉になって出てこないし、聞こえてこないのだ。
 確かに友達であるはずなのに誰だか見分けがつかない。それほど黒く酷く灼(や)け爛(ただ)れていた。顔から腕、胸、足にかけて肌の出ていた所は全部灼かれていて、着ていたものと肌との区別がつかない。真っ黒い顔で目と口を一杯に開き、手を差し伸べて声にならない苦しさを訴えてくるが、何もしてやることが出来ない。学校に駐屯していた兵隊さんもかぶっていた帽子の所だけ髪を残して、その下から線を引いたように火傷を負っていた。

 校庭の大きな柳の木。この木は学校のシンボルだったが、無残にも引き裂かれ、小枝は吹き飛ばされて、太い幹が剥出しになってブスブスと煙をあげている。威風堂々と校庭の真ん中で学校の全てを知り尽くしていた大木も、強烈な熱線と爆風に抗す術をもたなかった。

 比較的傷の浅い人たちもいて、それぞれ大きな声で叫んでいる。「早く火を消そう」とか「そこに人がいる。救(たす)けろ」とか聞こえてはくるが、周囲は完全に倒壊していて、常日頃から準備してあった消火器材等も下敷きになり、手のほどこしようがない。当時は空襲に備えて各戸別に防火用水槽があったが、そんな物は何の役にも立たなかった。

コメント
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