百姓通信
自然と素直に向き合い、全身で風を感じて私は百姓しています。
①土づくり②循環型③無農薬・無化学肥料④永続性を大切に!
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先日、あることが原因で村上春樹の本を整理していると、懐かし過ぎてなかなか作業が進まない
そういえば表紙のデザインを担当した安西水丸さんは亡くなって早7年、そういえば明日が誕生日だったような
当時、村上さんは安西さんに本の表紙を良く担当していただいていたが、この作品では初めて挿絵まで担当して頂いたことをたいそう喜んでいたように思う
今や「世界のムラカミ」になられた(「世界のムラカミ」というと現代アートの村上隆になるのか⁈)わけだが、独特の文体はなんとも心地良い風を送ってくれる
「日和」にはなんとも穏やかなやさしさを感じ、いろいろな意味で「世界のムラカミ」の原点だった気がする

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猛暑  


昨日は「晴天が続いて欲しい!」と願いながら
今日は一日曇天かと思いきや、
一転、湿気ムンムンの「猛暑」に!
一日に三度死んでしまいました
参った!参った!
予定の作業の半分しか達成できず
なんと残念な、「晴天」を過ごしてしまう
なんとも残念、無念‼︎
明日は頑張るぞッ!

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晴天  


今日は久しぶりの「晴天」に恵まれ
風もなく、夏の日の様相を・・・
でもまだ梅雨は続くようで
なかなか段取りがつかない
晴れた日が3日間ぐらい続くと嬉しいのだが
なかなかそう思い通りにはならない

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コロナ禍の勢いが止まらない
所謂“第2波”なのだろうか

おそらく時代は変わるのだろう
資本主義も限界にきているし、
世界経済は大恐慌以来の景気後退に陥る
この危機に世界はどう協力体制が取れるか

「人類は進化しているのではなく、後退している」という人がいる
進化しているのならこの苦難に対して乗り越えることのできる知恵を持ち得るだろう

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なが〜い梅雨の珍しい晴れ間
7月に入って、2度ほど雨のない日があったが、
ほぼ毎日雨が降る降っている
7月に入って低温が続く

6月の方が高温だったが、すでに過去の記憶になりつつある
野菜もなかなか成長期に気温が下がり、雨の日が続くと思ったようには大きくならない
人参やジャガイモ、玉ねぎは腐ってしまう
少しまだ掘り起こしを残しているサフランも心配になる

しかし自然と共に生きていく気持ちを持てば、それはそれ、出来ることしかできない
やけに焦らず、しっかり一日一日を送っていく

ここでいきなり夏が訪れると身体がついていけないのでは、こちらの方も少し心配しながら。

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明日から公開される「劇場」にはいろいろな想いが交錯する
この映画は映画本来の慣行を破り、ネットとの同時配信に挑戦する
コロナ禍での劇場のあり方を問いかける
ハリウッドではネット配信への転身をいち早く手がけたが、日本の映画界は未だに模索している
正しい道はわからない
顧客は何を望むのか
今劇場ではジブリ映画がスタジオジブリの男気で4本同時上映されている
何が正解かはわからないが、一歩前に進む
それが大切な気がする

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最近、ネット環境の充実からか、いろいろな国の方から相談がある。
どこの国も、このコロナ禍のもと、自国で如何に食を準備し、如何にすれば持続可能な安心・安全な食の確保が可能か検討している。
そんな中、自国が実はもっとも危機感がなく、あくまでも経済優先で効率化の追求にこだわっているようでは未来はない。
GDPに関しても、もう経済成長で測定するものではなく、情報や技術、ネットワーク等の数値化が必要なのではないか。
持続可能な農業は無理な話ではなく、如何に無理をせずに自然に寄り添うか、にかかっている。つまり積み重ねた中に答えがあり、フロー経済ではなく、ストック型の経済にこそその解がありそうだ。

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昨日は「黒人の解放を願う!」ようなブログ内容になったが、われわれ黄色人種と言われるアジア人も白人からは差別を受けていた時代があった(こちらも現実は決して過去形ではないが・・・)。
それはジャニー(昨年の7月、お亡くなりになられたジャニー北川)さんがジャニーズ率いてアメリカへの進出を試みた1960年代後半(日本にはビートルズが来日したり、安保でワサワサしている時期)、やはり壁が厚くて売り出すことができなかったという。
英語が下手くそ、音楽水準が低すぎて等々、いろいろくだらない評価はあったようだが、そんな中、実はあおい輝彦がリードヴォーカルで「never・my・love(かなわぬ恋)」の録音がされていたという。
カスケーズなど男性ヴォーカル・グループを売り出すことが上手かったヴァリアント・レコードのオーナー及びプロデューサー、ソングライターのバリー・デボーゾンがレコーディングの指揮をとったという。
しかしその録音は決して日の目をみることなく、翌年アソシエイションズ の 「Never My Love(1967年)」としてアソシエイションがカバーし、キャッシュボックスで最高1位、Billboard Hot 100で最高2位を記録した。
このように「ジャニーズの海外挑戦!」はなんとも辛い海外進出になった訳だが、当時、白人の歌は白人のルートで、黒人の歌は黒人のルートで、スパニッシュ系はスパニッシュ系のルートで販売されることが常で、東洋系の黄色人種、イエローモンキーのそれなんかは誰にも相手にされず、曲まで盗まれるというなんとも悔しい結果となったようだ。

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「人生は公平ではない」と言ったのはあのビル・ゲイツ
確かに公平ではないが、「公平じゃない、それに慣れよ」と言われてもなかなか理解はできても納得はできない
しかし言い方を変えてみる
「自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ」ならどうか?
こんな風に言えるなら、カッコいい
そんな言い方をしたのはレゲエで有名なあのボブ・マーリー
彼は宗教家ではないが「ラスタファリ運動」(1930年代にジャマイカで生まれた労働者と農民を中心として発生したアフリカへの回帰を唱える宗教・社会運動)を世界に拡め、黒人の解放を願った
そんなボブ・マーリーが亡くなって39年、未だに肌の色で差別されなくなる時代は到来していない。いつになれば、みんなの望む世界になるのか?実はみんなが望んでいないことなのか?

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1976年1月発行の「わが小説」は編者が「朝日新聞社学芸部」で発行所は「雪華社」
143篇の「わが小説」が掲載されている。(「わが小説」の連載は143回だったが、幸田文、庄野潤三、中野重治の3名から掲載への承諾が得られなかったため、実際は140篇の収録となっている)
小説は最近読まれなくなったと言われているが、このコロナ禍のもと、結構本は売れているそうだ。143名の作家の面子はそうそうたるもので、そういうメンバーが戦後の日本文学を創り上げたわけだが、これからネット社会の中でどういう小説が未来を築くのかわからないが、長編ではなく短編が好まれているようだ。

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