無意識日記
宇多田光 word:i_
 



Hikaruが「出来た曲を聴く事は少ない」と言うのは恐らく2つ理由があって、更にその2つは緩く関連付けられる。

1つには、制作の過程で何度も聴き返し、楽曲の隅々まで理解し、考え抜き、もうこれ以上直す所のない領域まで突き詰めてしまう為、"聴く"という行為が"残る"事は即ち、まだ直すべき/修正すべき箇所が存在する事を比喩してしまうので、完成即ち聴かなくなる事、という等式が成立してしまっている為だ。

そしてもう1つは、本人がハッキリと言っている通り、「作品とは創造過程の結果に過ぎない」と考えている為、だ。Hikaru自身は音楽を聴く事よりは、何かを創造するという行為自体に価値を見いだしている、或いは好んでいる、若しくはそういった衝動に突き動かされてどうしようもなくそうしてしまう、といった所か。Hikaruが真に"したい"行為は創造であって鑑賞ではない、と。ならば確かに、出来上がった作品にはもう興味は無いだろう。

今言った2つには緩く関連性がある。いや人によっては「同じ事言ってない?」と捉えてくれるかな。それでもいいのだが、ここに論点を提供しよう。「では作品(曲)はいつ完成するのか?」或いは「いつ誰が曲はもう完成したと言えるのか?」である。

ここが難しい。2つめの言い方に立ち返ってみよう。創造という過程が好きなのであれば、或いはそうしているのであれば、曲は完成する必要は無い。延々作り続けても何の問題もない。どこまでも編曲を修正し続け、パートを継ぎ足し、或いは間引きし、どこまでもどこまでも"創造的な行為"を続ける事が出来る。その結果使う楽曲や声部は何十何百と膨れ上がり、ミックスは熾烈を極め、何十時間にも連なった演奏時間は……さて、何故そうならないのだろう? どこかで彼女は"飽きる"のだろうか?

1つめに立ち返ってみる。何度も何度も聴き直して、もう直す所が無い、となれば完成である。果たして、その瞬間は実際にやってくるのか? そんな保証はどこにあるだろう? 永遠とは空間的無限に頼らない。ただ輪をぐるぐる回るだけで時間は永遠を手に入れる。そして、時間もまた輪になればよい。何が言いたいかといえば、選択肢が2つ以上あり、それらの間で優劣が決まらなければ、永遠に楽曲は完成しない。或いは、例えば選択肢が3つならば3つの(とてもよく似た)楽曲が出来上がる。それは始末のいい方で、選択肢に対する優柔不断が組み合わせ爆発を生めば瞬く間に何万というバージョンをこの世に生み出すだろう。それは果たして「完成」と言えるのか?


ほぼ同じ意味の話を2つに分けた意義の雰囲気が何となく伝わり始めただろうか。1つめの言い方では、創作者に浮かび上がってくる感情は"苦悩"であり、2つめの方は"享楽"であろう。嬉々として楽譜や楽器と戯れ続けユートピアに住み続けるような感覚と、どこまでも選択肢に苛まれ続ける感覚と。

Hikaruがプロフェッショナルな音楽家として向かい合うのは1つめの方だ。最後には「納期」や「締切」に救われる仕組みだが、眉の溝が埋まる事は無いだろう。

この4年間、もしかしたらHikaruは2つめの方を存分に堪能したかもしれない。完成や納期や締切に囚われる事なくいつまでも創造の過程を楽しめる。どうだったのだろうか。


1つめと2つめのいちばん大きな違いは、深く考えずに「あなたは自分の曲を聴くの?」と訊いた時、前者はNoと、後者はYesと答える事、だろう。何しろ2つめは永遠に完成しないかもしれないのだから、作曲者は生きてる間ずっと自分の曲を、自分の未完成な曲を聴き続ける事になるのだから。完成へのこだわりや強制力の有無が、Hikaruを「自分の曲を聴く人」にしたり「自分の曲を聴かない人」にしたりする。はてさて、今のHikaruはどちらなのだろうか?

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年度末となると、昔は様々なリリースがあったなぁと感慨深くなる。今思えば、FIRST LOVEアルバムが3月10日発売だったのは、まだヒカルがレコード会社の主力と思われていなかったからなんだわな。それも当然の話で、アルバム制作が終わる1月中旬時点ではAutomatic/time will tellが売り出し中の新人で、リリース・デートを遅らせれる立場にはなかった。2月に入る頃には話題沸騰、Movin' on without youを初登場1位に送り込むのだが、流石にそこまでの盛り上がりを事前に予測するのは無理だった。年度末の主力リリースなんて半年前、いや1年前から決まっていてそこから逆算してプロモーション活動を行う訳なので、ヒカルがその立場に立つのは2001年の事になる。

「Distance」アルバムが発売になったのもこの時期だ。浜崎あゆみとの売上対決は記憶に新しい…いや、もう14年前だから新しい訳ないんだけど、印象が鮮烈という意味で記憶に残っている。CDの売上が頂点に達したのは市場的には1998年だが、2001年のあの時が、人々が売上に一喜一憂したピークだった気がする。もしかしたら、「なんだ、1stの半分しか売れてないじゃん」と理不尽な落胆を投げかけられていたのかもしれない。

他にも、2002年の「光」の発売や2003年の「20代はイケイケ!」、2004年の「Single Collection Vol.1」、2008年の「HEART STATION」アルバムなど、年度末に発売されたものは多い。それだけ大きな売上を見込まれていたのだろう。特に2004年のシンコレ1は、英国本社EMIのプレスリリースに、2003年度の売上に貢献する作品の1つとして半年前から期待されていたのが印象深い。その時点ではまだそのアルバムがシングル・コレクションになるかどうかの明記はなかった為、「ま、まさかオリジナル・アルバムってこたぁないよね!?」と訝ったものだ。当時はUniversal Music傘下で「EXODUS」制作真っ最中。EMIからのリリースがあるとすればLIVE盤かコンピレーションしかない状況だったのだが、後にHikaruはほぼ同時進行で二枚のアルバムの制作に取り組み、2008年3月に「HEART STATION」アルバム、2009年3月に「点」「線」「This Is The On
e」の連続リリースを行うなどリリース・ラッシュを見せつけた。

今にして思えば完全にオーバー・ワークだったのだが、次に復帰する時は今度こそ体調管理には気をつけて貰いたいものだ。もう年度末にエースとして駆り出される事も、ないかもしれないからね。Universal Musicは、それくらい大きな会社なのですよ、えぇ。

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