無意識日記
宇多田光 word:i_
 



一方ヒカル本人はといえば、最近はどうやら能楽を楽しんでいるようで、恐らく、これは勝手な想像だが、「日本語の歌」のルーツを探る一環なのではないかと思われる。前も書いたように「日本の心」と呼ばれる演歌も演奏は基本的に洋楽がルーツにある。純粋にただひたすら日本語と向き合ってきた、いやもっと言えば"日本語から生まれた音楽"とはどういうものかを知る事によって、歌詞の書き方と、それに合うメロディーを探っているのではないか。

人間活動中にどれだけ音楽的な側面に触れているかは不明だが、ここまでドップリ浸かっていると離れている方が不自然だろう。漫画家でも、仕事の合間をぬって休憩中に何をするかといえば気ままに落書きしたりしている。絵を描く仕事の息抜きが絵を描く事だなんて常人からは理解し難いが、そこまで染まれば天晴れである。なので、たまにヒカルが音楽に触れている事を匂わせる呟きをしているが、だからといってそれが即復帰とは限らない。仕事か否かとは全く別次元と捉えるべきだろう。

日本語の歌のルーツを探って能楽にまで辿り着いた、と言っても別にヒカルの書く歌詞がいきなり和風になったりする訳ではない。ルーツを辿るだけ辿ったら、そこからまた現代に辿り返してくる事だろう。前にオリジナリティとは「辿れる事」だと書いたが、そういうルーツを現代に向けて辿っていった今という時代にこうして生きる宇多田ヒカルの存在こそ個性なのだ。ルーツを辿るとは、そこから何かネタを拝借してくるとかいう事ではなくて、世界の中で自分はどこらへんに居て、どういう存在であるかを知る事なのだ。知っただけでは、自らの個性に変化はない。しかし、今ココからどっちにどういう風に歩んでいくかの指針は与えてくれる事だろう。それはまさに、Single Collection Vol.1の表紙詩に書かれている通りだ。過去からの歌声が、或いは愛のアンセムを引くなら名も無い魂の歌が、ヒカルを在るべき場所へと導くのだ。今のありのままは変わらなくとも、次の私がどうなるかは、誰にもわからない。

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ヒカルが15歳の頃から業界を背負ってきた事実をどう捉えるか。少しネガティブに考えてみる。

ヒカルは、周りに育ててもらったという感触が薄い。いや本人に訊いたらそんなことはないと言うに決まっているけれど、師匠や先生と呼べそうな人が母以外に見当たらないのは確かではないか。父は先生なのかというとどちらかといえば保護者とでもいうべきか…。兎に角、ヒカルの歩み始めた道は最初から前人未踏なので、切り開いてきたのはヒカルである。

今や時代は流れ、小学生の頃ヒカルを聴いていたという世代がプロの歌手としてデビューするようになった。元々高校生歌手なのでさほど年齢の離れていない人たちからも憧れられていたが、いよいよ本当に"次の世代"への影響力を発揮する段階に来ている。

しかし、毎度指摘しているように、ではそういった"フォロワー"な彼女たちと共演したりするかといえばどうだろう。そもそも今までのヒカルの共演は単発ばかりである。大黒摩季椎名林檎くずTheBackHorn…以後継続的に連絡を取り合っているのかといえばわからない。"ファミリー"の中でポジションをみつけその中で生きていくというスタイルをヒカルはとらない。

横の繋がりとしてそうなのなら、縦―といっても時間軸方向だが―の繋がりはどうなるか。同じ事だと思う。

これに関しては構造上の問題というか、上記のようにヒカルは誰かにじっくり育てられた経験が薄い為、次の世代をじっくり見守り育てるといわれてもピンと来ないのではないか。もし共感できるとするならば、同じように誰からも育てられず自ら道を切り開いてきた孤高の存在たち、という事になるだろう。そして、彼らは互いに孤立している為に群れる事はない。それは、前の世代に対してもそうだし、次の世代に対してもそうかもしれない。

この、世代のバトンを受け渡していく感覚に乏しい、という点をどう捉えるか。本当にネガティブな捉え方なのだろうか。ここは、難しい。アーティストであるのなら、その個性は歓迎すべきことであろうが、その"一世一代"である事に対しての淋しさみたいなもんはないのかな。ないのであれば、これはこれでいいのかもしれない。結論は出ない。

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