明日から、岡山と高松、さらになぜか追加で神戸も巡る、4日ほどの取材に出かけてきます。よって週明けまで更新はお休み。念願だった本場・高松の讃岐うどん屋めぐりを予定しており、評判のスタンド店に話題のセルフ店、さらに製麺所直営の店など、様々なタイプの店を「うどん遍路」してこようと思います。ほか岡山庶民の伝統の味「祭り寿司」にB級グルメ「えびめし」、近頃話題のサワラ料理など、瀬戸内のローカルごはんを飽食の予定です。
あともうひとつ、この場を借りてお知らせ。拙書「旅で出会ったローカルごはん」が、諸般の事情により今後在庫が希少となることが予想されます(絶版ではないのですが、それに近い状態になります)。関心のある方は、まだ書店にあるうちに、お買い求めいただければ幸いです。オールカラーでこれだけ写真がふんだんな食エッセイ、類書はそうありません。ぜひともパラパラと眺め、お腹を空かせながら旅心と食欲を盛り上げてください。
九十九里浜の長大な、かつ雄大な景観からして、千葉県の太平洋に面した海岸線はほとんどが砂浜であるようなイメージが強い。ところが実際は全長約120キロの海岸線のうち、九十九里浜は58キロと約半分ぐらい。北端の刑部岬から犬吠埼にかけてと、南部の太東崎から鴨川、千倉を経て房総半島南端の野島崎までは、暗礁や海根などといった岩礁が展開している箇所がかなり多い。この海岸線沿いには漁港がいくつも点在していて、どこもやや沖合に出れば黒潮と親潮が合流する好漁場に近いため、イワシやサンマ、アジなどをはじめとする鮮魚の漁獲が、かなりの額にのぼっている。その一方で、各漁港の周囲にある磯根や天然の磯でとれるアワビやサザエ、伊勢エビなどもまた、重要な漁獲になっている漁港も少なくないようである。
房総半島の先端に位置する千倉から、外房を北上していく列車に乗って揺られていると、岬や小さな湾、砂浜、断崖と、変化に富む風景が車窓に流れていく。そんな海岸美を目で楽しんでいると、このあたりではちょうど今頃がアワビ漁の最盛期かな、と味覚の方にもつい、思いが巡ってしまう。白浜や千倉、鴨川では、4月から秋口までがアワビの漁期である。中でも房総半島の先端に位置する白浜では、今もなお海女が活躍していて、白の潜襦袢に水中眼鏡という昔ながらのスタイルで漁を行っているという。何といっても獲物はほとんどが高級食材だから、白浜の漁獲高の半分以上が海女による、ということもあるほどの大活躍とか。
アワビのことをあれこれと頭に思い浮かべているうちに、列車が終点の安房鴨川駅に近付いてきた。ここは網焼きやステーキ酒蒸しなど、多彩なアワビ料理が楽しめる宿や料理屋が豊富な土地なだけに、つい途中下車したい衝動に駆られてしまう。しかし、この日の目的地である銚子まではまだまだ先が長く、今日のところは途中下車してアワビ料理を堪能することは断念。安房鴨川駅では、アワビを使った駅弁を売っていると聞いていたので、せめてとばかりにその『あわびちらし』を買い求めて、乗り継ぐ列車の車内で頂くことにした。
乗り換える予定の特急列車が出発するホームで、弁当の売店を探したが見あたらず、「あっちのホームでしか売っていないよ」と駅員に教えられて、隣の各駅停車のホームまで階段を上り下りして走る羽目となってしまった。列車が出発して早々に赤い弁当箱のふたを開けると、うっすらと醤油色に煮込んであるアワビが、どっさりのっているではないか。これは走った苦労も報われる、と喜んで数切れ口に放り込むと、「サクッ」とした歯応え。よく見たらほとんどがタケノコだ。アワビと見かけが実によく似ているな、と感心するやら、がっかりするやら。まあ、720円の弁当に、過度の期待はかけてはいけない。
昔からアワビの産地である鴨川ならではの、海の幸を生かした弁当を作ろうと、発売元の「南総軒」の先代の主人が考案したこの弁当は、贅沢な海鮮弁当というよりも「手作りちらし」といった方が似合う、素朴な駅弁だ。山盛りのタケノコの中から、わずか3切れのアワビをようやく探し出して、ひと切れ口に運んでみる。旨みを逃がさないように、醤油と砂糖でさっと軽く煮てあり、透けるほどに薄いながらも、かみしめるごとに豊穣な磯貝特有の旨味がじっくりとにじみ出てくるのが分かる。アワビの高貴な味の余韻が消えないうちに、ご飯をひと口、ふた口。
味が甘く染みたシイタケや卵焼きなど、アワビの味を生かすために薄味に仕上げたほかの具の中でも、アワビと間違えてぬか喜びを喰らったタケノコが、シャキシャキと歯ごたえが軽い。甘辛い味付けに、箸がどんどん進む。ちょうど弁当を食べ終わる頃に、列車は大原駅へと到着したようである。そういえばタケノコは、ここから分岐するいすみ鉄道の沿線にある、大多喜町の特産だったことを思い出す。タケノコだってアワビと同様に、立派な房総の名物というわけだ。
列車を乗り継いで、さらに九十九里浜に沿って北上を続けて、安房鴨川から3時間ほどで目的地の銚子へと到着した。ここも千倉や鴨川と同様に、屏風ヶ浦や犬吠崎などの断崖や岬に代表される、沿岸に天然の岩礁が豊富なところだ。駅を出たら、駅前通りを利根川に向かって下り、銚子第1魚市場へと直行。これまた岩礁でとれる名物の岩ガキを探して、市場周辺の直売所を巡り歩いてみることにしよう。(7月上旬食記)
あともうひとつ、この場を借りてお知らせ。拙書「旅で出会ったローカルごはん」が、諸般の事情により今後在庫が希少となることが予想されます(絶版ではないのですが、それに近い状態になります)。関心のある方は、まだ書店にあるうちに、お買い求めいただければ幸いです。オールカラーでこれだけ写真がふんだんな食エッセイ、類書はそうありません。ぜひともパラパラと眺め、お腹を空かせながら旅心と食欲を盛り上げてください。
九十九里浜の長大な、かつ雄大な景観からして、千葉県の太平洋に面した海岸線はほとんどが砂浜であるようなイメージが強い。ところが実際は全長約120キロの海岸線のうち、九十九里浜は58キロと約半分ぐらい。北端の刑部岬から犬吠埼にかけてと、南部の太東崎から鴨川、千倉を経て房総半島南端の野島崎までは、暗礁や海根などといった岩礁が展開している箇所がかなり多い。この海岸線沿いには漁港がいくつも点在していて、どこもやや沖合に出れば黒潮と親潮が合流する好漁場に近いため、イワシやサンマ、アジなどをはじめとする鮮魚の漁獲が、かなりの額にのぼっている。その一方で、各漁港の周囲にある磯根や天然の磯でとれるアワビやサザエ、伊勢エビなどもまた、重要な漁獲になっている漁港も少なくないようである。
房総半島の先端に位置する千倉から、外房を北上していく列車に乗って揺られていると、岬や小さな湾、砂浜、断崖と、変化に富む風景が車窓に流れていく。そんな海岸美を目で楽しんでいると、このあたりではちょうど今頃がアワビ漁の最盛期かな、と味覚の方にもつい、思いが巡ってしまう。白浜や千倉、鴨川では、4月から秋口までがアワビの漁期である。中でも房総半島の先端に位置する白浜では、今もなお海女が活躍していて、白の潜襦袢に水中眼鏡という昔ながらのスタイルで漁を行っているという。何といっても獲物はほとんどが高級食材だから、白浜の漁獲高の半分以上が海女による、ということもあるほどの大活躍とか。
アワビのことをあれこれと頭に思い浮かべているうちに、列車が終点の安房鴨川駅に近付いてきた。ここは網焼きやステーキ酒蒸しなど、多彩なアワビ料理が楽しめる宿や料理屋が豊富な土地なだけに、つい途中下車したい衝動に駆られてしまう。しかし、この日の目的地である銚子まではまだまだ先が長く、今日のところは途中下車してアワビ料理を堪能することは断念。安房鴨川駅では、アワビを使った駅弁を売っていると聞いていたので、せめてとばかりにその『あわびちらし』を買い求めて、乗り継ぐ列車の車内で頂くことにした。
乗り換える予定の特急列車が出発するホームで、弁当の売店を探したが見あたらず、「あっちのホームでしか売っていないよ」と駅員に教えられて、隣の各駅停車のホームまで階段を上り下りして走る羽目となってしまった。列車が出発して早々に赤い弁当箱のふたを開けると、うっすらと醤油色に煮込んであるアワビが、どっさりのっているではないか。これは走った苦労も報われる、と喜んで数切れ口に放り込むと、「サクッ」とした歯応え。よく見たらほとんどがタケノコだ。アワビと見かけが実によく似ているな、と感心するやら、がっかりするやら。まあ、720円の弁当に、過度の期待はかけてはいけない。
昔からアワビの産地である鴨川ならではの、海の幸を生かした弁当を作ろうと、発売元の「南総軒」の先代の主人が考案したこの弁当は、贅沢な海鮮弁当というよりも「手作りちらし」といった方が似合う、素朴な駅弁だ。山盛りのタケノコの中から、わずか3切れのアワビをようやく探し出して、ひと切れ口に運んでみる。旨みを逃がさないように、醤油と砂糖でさっと軽く煮てあり、透けるほどに薄いながらも、かみしめるごとに豊穣な磯貝特有の旨味がじっくりとにじみ出てくるのが分かる。アワビの高貴な味の余韻が消えないうちに、ご飯をひと口、ふた口。
味が甘く染みたシイタケや卵焼きなど、アワビの味を生かすために薄味に仕上げたほかの具の中でも、アワビと間違えてぬか喜びを喰らったタケノコが、シャキシャキと歯ごたえが軽い。甘辛い味付けに、箸がどんどん進む。ちょうど弁当を食べ終わる頃に、列車は大原駅へと到着したようである。そういえばタケノコは、ここから分岐するいすみ鉄道の沿線にある、大多喜町の特産だったことを思い出す。タケノコだってアワビと同様に、立派な房総の名物というわけだ。
列車を乗り継いで、さらに九十九里浜に沿って北上を続けて、安房鴨川から3時間ほどで目的地の銚子へと到着した。ここも千倉や鴨川と同様に、屏風ヶ浦や犬吠崎などの断崖や岬に代表される、沿岸に天然の岩礁が豊富なところだ。駅を出たら、駅前通りを利根川に向かって下り、銚子第1魚市場へと直行。これまた岩礁でとれる名物の岩ガキを探して、市場周辺の直売所を巡り歩いてみることにしよう。(7月上旬食記)