ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん62…鳥取・賀露漁港 『かろいち』の、ベニズワイガニ

2007年02月26日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 各地の漁港を訪れていると、カニが水揚げの主力、という土地に出くわすことがある。水揚げ地だからもちろん鮮度は抜群、そして値段も割安でたっぷり食べられる… ということはさすがになく、鮮度が良くてモノがよければ、やはり値段は高い。カニというと高級魚介、かしこまった料理という印象が強く、しかも分解してほじるのに熱中していると店の人の話を聞き漏らしたり、丸1杯食べても満腹感はイマイチ…。同じ額の予算があるなら、安いローカル魚を色々頂くほうが好みなのは、カニに原因があるのではなく、自分の不器用さと食欲ゆえか? 値段も数百円程度、食べるまでのプロセスに手間いらず、なんてカニなら、こんな私でもカジュアルにどんどん頂けるのだが。

 このたび訪れる鳥取や境港といった日本海沿岸は、まだ松葉ガニの解禁には早い。2日目に訪れた、鳥取の賀露漁港に隣接する直売所「鳥取港海鮮市場かろいち」も、各店の店頭には解禁になったばかりの底引き網漁でとれ、その日に水揚げされた鮮魚がズラリ。そんな中、カニを扱っている店も結構目立ち、何と松葉ガニもちらほら見かける。まだ解禁前なのに不思議に思い、最奥に位置する鮮魚店『若林商店』のおばちゃんによると、鳥取近海とは漁期が異なる北海道から取り寄せたズワイガニ、その名も「北海ズワイガニ」とか。ここは場所柄、関西方面からの旅行客や買い物客が中心らしく、カニ好きの関西人御用達の「本場」としては、端境期でも切らす訳にはいかないということか。

 北海ズワイガニは高級品らしく、スチロールの箱にゆったりと収まって、ブクブクと泡を吹いて元気そうである。その隣には対照的な扱いで、店頭にどちゃっと山盛りの山積みにされている、深紅の体に細長い足のカニ。こちらは解禁になったばかりの、ベニズワイガニだ。北海ズワイガニよりひと回り小さい子分、といった感じで、品札に目をやると3枚で2000円程度と、「親分」よりもゼロがひとつ少ない値段にビックリ。甲羅の大中小、足の太い細いなど大きさは様々、「手にとって、好きなのを3枚選んでいいよ」とおばちゃんが勧めてくれる。松葉ガニに比べて相当大雑把な扱いだが、かえって庶民派ローカル魚ならでは、という雰囲気。持って重さを比べていると、足の太さで値が違い、ハサミが太いのが身が詰まっているよ、と選別のアドバイス。「身が詰まっているといっても小さいなりに、だけどね」と笑っている。

 ベニズワイガニは呼称に「ズワイガニ」と付くけれど、松葉ガニとは別の種類のカニである。松葉ガニに比べるとやや小柄、名の通りゆでる前から鮮やかな紅色をしているのが特徴。賀露漁港が誇る、お手軽な値段の地のカニ、かと思ったら、賀露漁港は松葉ガニ漁が専門でベニズワイガニ漁はやっていない、と店のおばちゃん。かろいちで扱っているベニズワイガニは、県内の浜坂や境港、香住で揚がったものという。ちなみにベニズワイガニは、全国シェアの6割が境港のものとか。いわば境港を中心とした、鳥取沿岸のローカル魚介ということだろう。「ベニズワイガニは本来はカニ缶、つまり缶詰用のカニで、昔は鮮魚としては売らなかった。でも今は安い上に身が甘いので人気が出ている」とおばちゃんが話すように、松葉ガニと値段が10倍ほど違う割に味に極端な差はない、との意見も。「旬の松葉ガニは絶品だけど、この時期の地元の味ならベニズワイね」と勧められて足を一本、ぺキッと折って渡されたのをしゃぶってみると、確かに瑞々しくホロリとした食感に、ほんのりとした甘さが漂う。

 試食でいただいたのが松葉ガニだったら、味見した以上買わないと、でも高くつくな、などと心配のあまり落ち着かなくなるところだが、お手ごろ値段のベニズワイガニなら気楽なもの。あとで2、3枚買っていくことにしよう、とのんびり試食を続けていたら、気に入ったのなら真ん中にある広場にあとで行ってごらん、とおばちゃんが教えてくれる。この日はかろいちの「秋の味覚魚まつり」が行われていて、サービスでベニズワイガニ汁がお客に無料で配布されるという。会場ではすでに大きな鍋がグツグツ、中には大量のベニズワイガニが入っている様子。紅色の足が、何本も覗いているのが見える。

 配布開始の時間にはまだちょっと早いけれど、若林商店のおばちゃんが、鍋の面倒を見ている親父さんと交渉。味見役をやりますから、ということで、一般のお客よりフライングさせてもらった。「一番乗りで食べると、カニ味噌がたっぷりだからうまいよ」と親父さんによそってもらった椀からはたっぷりの味噌汁の中から足が3本、はみ出すようにのぞいている。そばにあるテーブルに腰を下ろして、さっそく汁からひとすすりする。味噌味がやや薄い分、カニの香ばしさがよく出ている印象で、親父さんの言うとおりこれがカニ味噌ならではの味のよう。続いて足をつまんで身をひっぱり上げると、ふたつに断ち割った半身がそのまま入っていて、豪快というか大サービスだ。足を胴から外して、節を折った拍子に汁がビュッ。足はストローですするようにツルリと頂くとトロリと甘く、胴は殻ごと口に入れてしゃぶると、しっとりとした身がいっぱい。不器用な自分でも思ったよりも食べやすく、気が付くと椀の中には殻の残骸だけとなった。

 店頭で足を試食させてもらい、遅い朝食代わりにカニ汁ですっかり温まったら、若林商店に引き返してベニズワイガニを買っていかない手はない。底引き網の魚介についてあれこれ教授いただくなど、お世話になったお礼も込めて、おばちゃんにベニズワイガニと、ついでに生の北海ズワイガニもリクエスト。足が太いのを見繕ってくれて、合わせて5枚ほどのカニが発送用のスチロール箱の中に仲良く納まった。さらに列車で食べるといい、とおまけにアゴちくわもサービス。礼を伝えると、「しっかり勉強していった?」と笑いながら、自分の顔を手のひらでピタピタとやられてしまった。松葉ガニのような高貴さ、気品はないけれど、押しの強い庶民的な味というイメージの「地ガニ」ベニズワイガニ。高価な上食べるのがめんどくさい、という自分のカニに対する認識が少しは改まったのは、元気なおばちゃんの勧めのおかげか、それとも簡単に食べられ、しかも安い(というかタダの)カニ汁のおかげか。(2006年9月24日食記)