ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん61…鳥取・賀露漁港 『かろいち』で、底引き網の魚介を見物

2007年02月24日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん
 賀露漁港へ向かうバスに乗ろうと、ホテルからバスターミナルに向かう途中、鳥取駅前で面白い銅像を見かけた。大和時代の装束をまとった男が、ウサギに向かって何やら諭している様子。「おきのしま」という島から因幡国へと、ウサギがワニの背中を伝って渡ってきた、という、出雲神話で有名な「因幡のしろうさぎ」の1シーンである。因幡国とは今の鳥取県のことで、渡ってきた海とはもちろん、9月に解禁された底引き網漁が最盛期の日本海だろう。神話では、ウサギにだまされて飛び石代わりにされたワニが怒って、ウサギの皮をはいでしまう、というオチだけれど、何隻もの船が網をじゃんじゃん引っ張りまわして騒々しい日本海を、ワニはどう思っているんだろう、あれ、そもそも日本海にワニなんているんだろうか。

 賀露漁港へ向かうバスは鳥取駅を出ると、市街を抜けて田園地帯、さらに郊外の住宅街の中を進んでいく。坂道を登ったところで、眼下にパッと広がる凪の海。漁港へ向かうのに、全然海らしさを感じないな、と思っていたところで、ハッとするほど鮮烈なインパクトだ。その坂道を下るとようやく、漁師町風情の漂う細い路地へと分け入り、抜けたところで海、というより幅広の河口に面したバス停へと到着した。「鳥取港はここだよ。かろいちへはあっちへ向かってちょっと歩くかな」と運転手に教えられ、ここで下車。市街を流れる千代川の河口に位置するこの鳥取漁港、西日本有数の貿易の拠点で、大型船舶が停泊できるバースが整備されるなど、大規模な港湾設備が充実している。そして西浜地区に位置する漁港が、通称「賀露漁港」。こちらも立派なコンクリートの岸壁に、大きな体育館のような荷捌き所、そして周辺にも漁業関連施設がずらり。山陰の漁港、と聞いて、たたきつける波濤に耐えるようにたたずむ、小ぢんまりした港を想像していたが、実に大型で近代的な漁港だ。とはいえ土曜日は競りがないらしく、寄航している漁船の数はまばら。巨大で近代的な分、かえって閑散とした印象が強まってしまう。岸壁を歩いていて見かけるのは釣り人ばかり、まるで巨大な釣堀のようにも見える。

 天気は快晴、右手には水平線で接する、秋晴れの青空にベタ凪の碧い海。荒波逆巻く日本海、というイメージとは対照的な中、気持ちよく港町散歩を楽しむこと10分ほど。ようやく左手のやや高台に、「かろいち」と書かれた大きな倉庫のような建物が目に入ってきた。こちらは閑散とした漁港とは対照的に、広い駐車場には大型バスやマイカーでほぼ満車の状態。まだ昼前だというのに、観光客や買い物客で結構な賑わいを見せている。正式名称は『鳥取港海鮮市場かろいち』。隣接する賀露漁港ほか、県内の主な漁港でその日に水揚げされたばかりの鮮魚を扱う直売所である。館内にはいくつもの鮮魚店をはじめ、干物や練り物といった加工品を扱う漁協の直売所、さらに農協の直売所に郷土のみやげも揃い、フィッシャーマンズワーフというよりは「観光物産店」「道の駅」といった感じもあるか。いけすを備えた食事処や寿司店、海鮮料亭など、食事処も充実。まさに海産物の総合マーケットといった感じの施設だ。

 場内狭しと並んだ鮮魚店では、スチロール箱に色々な魚を詰めて売っていたり、大箱にドンと大物の魚を一匹入れて売っていたり、台の上にカニや小魚をズラリ並べて売っていたり。さすが漁港に隣接の直売所、どこも素朴な港の魚屋風情が漂っている。この時期は9月解禁の、隠岐の近海を漁場とする底引き網漁の漁獲が豊富… とは、昨晩飲んだ居酒屋「ぐらっちぇ」で、お兄さんにレクチャーして頂いた成果が出ているというもの? 見たところカレイが種類豊富で、煮つけや干物にするやや高級な赤ガレイ、身が水っぽく安価な山ガレイ、干物中心で白っぽいエテガレイなど。イカは茶色っぽい白イカに、昨日刺身で頂いた黒っぽいシマメイカ(スルメイカ)は、箱売りで結構安いようだ。どの魚も水揚げ港の札付きで、網代、境、鳥取などの札がのっているのがさすが、県内の漁港直送、といった感じ。昨晩、店で話を伺ったり、刺身で食べた魚を、こうして丸一匹の姿を「実地学習」していくのは何だか楽しい。

 鮮魚店をあちこち覗いて場内を歩いているうちに、気がつけば市場の最奥まで来てしまった。店頭を眺めて話だけ聞いては買わずに次の店へ、と飛び石のように鮮魚店を点々としているのは、まるで因幡の白兎のごとし。でもこのまま何も買わないと、市場を出る前に皮をはがされかねないか。最奥にある「若林商店」で、腰をすえて品定めして、何かひと箱買っていくことにしよう。出迎えてくれたおばちゃんは、どうぞ、ゆっくり勉強していってねと、皮をはがれそう(?)どころかとても親切。この時期は赤ガレイやモサエビ、白ハタが旬とのことで、お勧めはモサエビ、というあたりは、昨晩のレクチャー同様である。見た目はというと茶色っぽく、ずいぶん地味な印象で、鮮やかな赤色が食欲をそそる甘エビの方がうまそうだ。味が濃厚で野趣あふれる風味のため、「刺身もいいけど甘エビよりも身にこくがあるから、塩焼きがおすすめ。うまいエビなのに、PR不足ね」と店のおばちゃんの話すとおり、ご当地で食べてこそうまい「ローカル魚」だろう。

 同様に白ハタも、あまり聞きなれないからこの地方のローカル魚と思ったら、ハタハタのこととか。本場、秋田のより脂がのってうまい、とおばちゃんが胸を張る。秋田が誇る地魚という印象が強烈だが、日本海沿岸では賀露漁港での水揚げ量は屈指、本場の秋田へ回しているほどというから恐れ入る。そのすぐそばに並んでいる魚の「視線」を感じて振り向くと、白っぽい太目のドジョウのような魚体に、つぶらな菱形の瞳がキラキラ輝いているのが何とも愛らしい。これまた珍しいローカル魚「ドギ」。底引き網でとれる深海の魚で、今はまだ身がやせているが、冬になると太くなり、味噌汁の実にするという。汁椀のなかからこの瞳で見つめられたら、ついつい食べるのをためらってしまいそうだ。余談だが、白兎の皮をはいだワニも、山陰地方のれっきとした地魚だ。ワニといっても地元ではサメのこと、と説明するまでもなく、日本海にクロコダイルやアリゲーターがいる訳ない。境港や島根県の大田市などに水揚げされ、鮮度落ちが遅いために古くから山間部へ運ばれて食べられていたという。

 と、ローカル色が強い個性的な地魚についつい興味がそそられてしまったが、日本海のキング・オブ・地魚といえば、何といってもカニだろう。鳥取県は全国のカニの水揚げ量で、常に上位4位に入り、鳥取市の1世帯あたりのカニの年間購入量は、全国でトップという、まさにカニ処、カニの国だ。店頭にドッと山積みにされている紅色鮮やかなカニは、9月に解禁になったばかりのベニズワイガニ。賀露漁港ではベニズワイガニ漁は行っていないため、店に並んでいるのは境港など、県内の別の漁港で水揚げされたものである。そして11月1日の解禁になると、かろいちにもいよいよ冬の味覚の王者・松葉ガニのシーズンが到来する。だがこの時期にも、あちこちの店頭で松葉ガニが並んでいるのを、結構見かけるのが不思議だ。おばちゃんによると、「あれは松葉ガニじゃなく、北海ズワイガニ」。松葉ガニとはズワイガニの雄を指す山陰地方での呼称だから、つまり「北海道でとれたズワイガニ」である。ズワイガニは山陰地方と北海道では漁期が違うため、このあたりの禁漁期には北海道のズワイガニが入ってくる。カニ処だけに、端境期とはいえズワイガニは品切れ、という訳にはいかないからなのだろうか。

 この店の店頭のは紋別から生で空輸しただけあり、店頭で泡を吹いているほどのイキの良さである。たっぷりの塩を加えて20分ほどしっかりゆでるか、足に切れ目を入れて焼きガニにするとうまい、と勧めつつ、「松葉ガニの漁期まではこれを扱うけど、味はやっぱり地物が一番」とおばちゃんは正直だ。この時期にカニを食べるなら、詰まり方は北海ズワイ、味のよさはベニズワイと、もうひとつのお勧めであるベニズワイガニについては、次回にて。(2006年9月23日食記)