ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん80…新橋 『伍味酉』で、名古屋コーチンを頂きつつ名古屋の未来を考える

2007年02月22日 | ◆町で見つけたオモシロごはん
 大盛況のうちに終わった2005年の「愛知万博」が、この国に伝え残したメッセージは何だろう。自然との共存の大切さか、新たな技術進歩への期待か。いや何といっても、その筆頭は「名古屋グルメの日本席巻」と思うのは、多分私だけでないはず。味噌カツ、天むす、名古屋コーチンなど、東京周辺でもこうした料理を普通に出す店が、ずいぶん増えたような気がする。

 その後2年近くが経ち、現在の万博会場は、そして名古屋はいったいどのように変貌を遂げたのか、と関心をもつ人は、多分私も含めあまりいなくなったのでは(笑)。地元はそんな状況に一念発起してか、名古屋を中心とした愛知県の観光懇談会が東京で行われることになり、自分も招待して頂いた。この懇談会、ここ数年毎年行われていて、いずれも名古屋グルメの地元の有名店の東京店で開催されてきた。今回の会場は『伍味酉』という店。名古屋ではよく知られた、手羽先が評判の居酒屋である。最初に参加したときは味噌カツの「矢場とん」銀座店、その翌年は名前は忘れたが、同じく銀座でずいぶんファッショナブルなのにフードは名古屋流、という面白い店、そして今回は手羽先と、毎年趣向が変わっていて楽しい。

 来年の会場は味噌煮込みうどんか、はたまたひつまぶしか… など、少々気の早いことを考えながら、新橋駅から歩くこと5分ほど。手羽先とのことなので、最初に参加したときの庶民的路線なのか、と思ったところ、席に通されて少々驚いた。暗めの照明に簀の子風の壁面装飾、天井はブラックでパイプがむき出しと、前衛的というか個性的というか。「フランス人のデザイナーにお願いして、内装は凝りました。もっとも、名古屋の店は普通の古い居酒屋風ですが」。店はハイソだけど味は土着、と笑う主催者の説明によると、本店は名古屋の栄にある、昭和31年創業の老舗で、本場・名古屋直送の純系名古屋コーチンと、八丁味噌を素材にした郷土料理が自慢という。この日は名古屋コーチンを用いた各種料理が頂けるとのことで、ぜひとも「土着の味」を満喫することにしよう。

 乾杯、とともに伺った同席した役所の方の話によると、市街には今年と来年に高層ビルが立て続けにオープンするほか、名古屋テレビ塔のリニューアルに名古屋開府400年など、「ポスト万博」の話題はそこそこあるようだ。話が盛り上がりつつ、最初の1品であるどてみそ串かつと手羽先揚げを肴に、ビールをグイッ。味噌カツといえば、揚げたてのトンカツに味噌ダレをかけたのが思い浮かぶだろうが、実は味噌カツのルーツは、屋台で串カツをどて煮(スジの味噌煮込み)のタレに誤って落として食べたらうまかったのが起源、なんて説もある。だからこのように串カツスタイルで頂くのが、元祖流なのかも。味噌は例の「八丁味噌」で、赤黒い見た目がかなりくどそうだけど、サラリとした食感で意外に軽い。そしてもう一品の手羽先揚げは、もとは捨てる部位だった手羽先に、タレをつけて揚げただけのシンプルな料理。骨を外すのに悪戦苦闘しながら、歯でこそげるようにして頂くと、甘めの味付けに皮がパリパリ。身が少ないから、皮の食感とタレの風味を楽しむ料理のようだ。

 味噌カツの味噌ダレの材料にもなっている八丁味噌は、まさに名古屋庶民の味、ソウルフードといっても過言ではないだろう。名古屋から30キロほど東に位置する岡崎に醸造元があり、大豆と水と塩だけからつくる甘い「豆味噌」。以前工場で醸造過程を見学したことがある、と話すと、名古屋は「モノづくりの街」、今後は工場見学など、産業観光も柱にしていきたい、なんて話も出てきた。トヨタの「産業技術記念館」にノリタケのミュージアム、さらに瀬戸や常滑、有松といった伝統工芸の町など、見て、遊べて、学べて、ついでにおみやげも、という体験観光は、これから注目されるかも知れない。もちろん食文化だって、体験観光のひとつの要素だ。せっかくだからご当地である役所の方に、地元でも人気の「名古屋グルメ」の店を挙げてもらったところ、みそかつの「矢場とん」に、手羽先は「山ちゃん」と「風来坊」、ひつまぶしは熱田神宮前の「蓬莱軒」、さらに、実は台湾料理じゃないんだけど、と笑いつつ、台湾ラーメンの「味仙」といったところがピックアップされた。

 続く串焼きからいよいよ、本格的名古屋コーチン料理の登場だ。もともと愛知では、江戸期・尾張藩の頃から鶏の飼育が盛んで、明治期に旧尾張藩士を中心に養鶏の技術が工夫・改良され、この「名古屋コーチン」という品種が確立したという。一方、評価が上がるにつれいわゆる「まがいもの」が、幅を利かせるようになってしまった。そのため現在では名古屋コーチン普及協会の会員が、公認の種鶏場より供給された種鶏を、名古屋周辺で生育させた鶏のみが「純系」名古屋コーチンと名乗ることができる。この店で扱っているのも、もちろん「純系」だ。その貴重な串焼きは、コーチンつくねと肉皮ネギの2種。地鶏、といえば独特のくせがあるのだが、つくねをひとかじりするとコクのある澄んだ旨み、ほんのりと香る甘味に絶句。肉皮ネギもまた同様、力強い味と雑味のなさは、さすが地鶏の中の地鶏、といった感じである。そしてそのまま名古屋コーチン鍋に突入である。肉とつくねに白菜、エノキ、シメジを煮込み、これまたつくねから頂くと甘いこと。砂糖っぽさのないギリギリの甘味で、もったりした食感もまたいい。肉の方は鍋で頂くと串よりも旨みがしっかりと濃く、煮込んでもダシガラにないからゆっくりと頂ける。

 煮込んだ肉からつゆに甘味が出て、それが野菜の味のいい下支えにもなっている。その最良の鶏のダシで雑炊、ではなく、そこは名古屋グルメ。鍋の仕上げに入れるのは飯でもうどんでもなく、きしめんだ。きしめんは普通、広めの麺を醤油やカツオのダシで頂くけれど、旨み濃厚な名古屋コーチンスープで頂くと、平麺に味がいっそう良く染みる。例えれば豪華なチキンラーメンのような、締めの麺ものを頂いたところで、ちょうど宴たけなわ。味噌カツや名古屋コーチンのように、インパクトの強さと分かりやすさが、今後の名古屋観光のキーワードでは、などと結論になっているようななっていないような感想を述べて、席を立った。おみやげにと渡されたのは名古屋名物のういろう、そしてその手提げ袋の派手なこと。真っ赤な地に手羽先、味噌煮込みうどん、台湾ラーメンなどのイラストがデカデカと描かれ、電車の中で注目されること必至だ。これぞインパクトの強さに分かりやすさ。しっかりごちそうになったのだから、しっかり提げて名古屋の宣伝をしながら帰るとするか。(2006年12月食記)