ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

旅で出会ったローカルごはん79…日光 『ふじや』の湯葉に、『ゆば御膳みやざき』の湯葉料理

2007年02月11日 | ◆旅で出会ったローカルごはん
 先日のお知らせどおり、岡山、高松と回り、昨日帰ってまいりました。岡山では日本の和牛のルーツといえる系統の牛「千屋牛」を賞味、漫画「築地魚河岸三代目」でとりあげられて全国的に注目されるようになった、サワラ料理もいただきました。1本1.5メートルの、玉島名物しのうどんに、えびめし、岡山ラーメンといったB級グルメもこなし、高松では讃岐うどん四ヶ所遍路を敢行。それぞれの模様は、追ってアップしますので、よろしくご覧ください。それにしても、今回は体重が増えたこと間違いなし。何といっても名物料理の多くが、炭水化物系だったからなあ…。 

 京都では「湯葉」、日光では「湯波」という表記のしかただけでなく、それぞれの地でつくられる「ゆば」には様々な違いがある。豆乳を加熱して、20分ほどたった頃に表面に浮いてきた膜を、細い棒で引き揚げるという製法は、日光のも京都のも共通している。しかし、京都の湯葉が浮いてきた膜を端から引き揚げるため、平たい仕上がりになるの対して、日光の湯波は中央から引き揚げる。この際に波のような模様が付くから、日光の「ゆば」には「波」の字が当てられたという。湯波はもともと、輪王寺を中心とした仏徒修行に携わる修験者達にとっての、貴重なタンパク源だった。だから今でも精進料理にはもちろん、何とラーメンやカレーの具にまで使われているほど。湯波は、精進料理においては肉や魚の代用品なのだから、カレーやラーメンでチャーシューや牛ぶつ切り肉の代わりと考えれば不思議はないか。

 東武日光駅から、東照宮や二荒山神社がある山内へと続く日光門前の商店街の中でも、湯波の老舗としてその名が知られているのが、通りを挟んで向かい合って立つ「海老屋」と「ふじや」の2軒だ。そのうちの海老屋へ、お目当ての揚巻湯波を買いにやって来た。しかし入口に「お入り下さい」と札がかかっているのに、中に入ると揚巻湯波、刺身湯波ともに「本日売り切れ」の札が。その上、まだ12月に入ったばかりなのに「年内の揚巻湯波は予約締切」との札まで見られる。産地や品種を限定した良質の国産大豆を素材に使用した、この店の湯波の評判は高いが、市内の旅館や料理店への卸売が中心なために店頭で販売する分はわずかしかなく、入手するのは大変困難だという話は聞いていた。それにしてもまだお昼前、売り切れてしまうのが少々早すぎる。

 そこで、向かいにある『ふじや』の暖簾をくぐると、こちらにはあった、あった。干し湯波は蝶々縛りにしてある島田湯波と、細長く刻んだ細切り湯波、さらに、海老屋では年内は売り切れだった揚巻湯波まである。揚巻湯波とは名の通り、引き揚げた湯波を何重にも巻き込んでから油で揚げたもの。京都にはない、日光独特の湯波である。平たい湯波よりもボリュームがあるから味がしっかりしている上に、煮崩れしにくいという利点があり、色々な種類がある湯波の中でも、煮込み料理の材料として使い勝手が良い。カレーやラーメンで使われているのもこれで、皿や丼の上で湯波がぐるぐると渦を巻いている様子が、何だかユーモラスだ。

「ふじや」も海老屋と同様に、創業以来130年あまりの歴史を持つ、日光門前の店の中では老舗の部類に入る。店外への卸売は一切せずに、ひたすら店頭売り一筋にこだわっており、海老屋のように品薄ではないが、ここもなかなか頑固そうな店だ。袋入りの干しゆばを2つと揚巻湯波を10個、一緒に詰め合わせにしてもらう。すると支払いの際に、「刺身湯波はいかがですか。ちょうど、今日の分が入ったばかりですよ」と、店の人に勧められた。湯波の持つ、独特のつるりとした舌触りや甘味を楽しむならば、引き揚げて水気を切ったばかりの湯波をそのまま冷やして食べる、刺身湯波が一番だ。ただしあまり日持ちしないので、どの店でもその日に作った分は、その日に売り切るようにしている。そこで、でき立ての刺身湯波もひとつ追加してもらった。銀色の保冷パックにしっかり包装されていて、今日中にかならず食べて、と店の人に念を押されて店を後にした。

 東武日光駅の2階にある食堂「芭蕉庵」で、揚巻湯波がのった湯波ラーメンで早目のお昼を済ませたら、東武電車を乗り継いで鬼怒川温泉へと移動する。鬼怒川の温泉街に、湯波を中心に使った料理を出すいい店がある、と聞いていたので、東京へ帰る前に足を延ばしてみることにした。駅から10分ほど、鬼怒川に沿って上流へ向かって歩いたところにある『ゆば御膳みやざき』は、料亭ではなく小さな宿である。フロントで聞くと、昼間は温泉の入浴と、湯波料理の食事をセットにして受け付けている、とのことだった。そこで入浴と、湯波御膳「梅」をお願いして、先に渓谷を見下ろす岩風呂で汗を流してから、食事処へと向かった。

 食前酒、湯波炊き合わせ、紙湯波の酢の物、煮物、湯波味噌田楽、生湯波の刺身、湯波飯、ひも湯波味噌汁… と、卓いっぱいに並んだ湯波料理の中でも、まずは刺身湯波から頂く。ここではワサビ醤油ではなく、昆布ダシで頂く仕組みだ。舌にのせると、まさに豆乳が固まるギリギリといった固まり加減で、ふわりと柔らかで優しい湯波の食感の後に、大豆の濃厚な味と香りが、口の中にどんどんと広がっていく。板前さんによると、豆乳を温めはじめて、最初に張った膜を引き揚げて作った湯波は刺身に使い、以後引き揚げた湯波は、調理用にするとのこと。

 煮物は湯波の高野豆腐巻き、酢の物は湯葉と青菜の和え物、湯波味噌田楽は揚げた湯波に味噌を塗った物と、手の込んだ湯波料理がどんどん続く。湯波はいわば、大豆から蛋白質だけを取り出したようなものだから、脂肪分が豊富で腰があり、熱を加えると甘味がより引き立ってくる。料理に使う湯波は、すべてこの店で作っているんですか、と女将さんに尋ねると、何と、「海老屋の湯波も使っています」との答。この店の女将さんが、海老屋の人と古くからの知り合いで、日光まで毎日、湯波を仕入れに行っているという。国産大豆と、「二荒山御神水」と呼ばれる水の良さが特徴です、と、鬼怒川の温泉宿の女将さんに、日光・海老屋の湯波のおいしさの秘訣を指南して頂くこととなってしまった。しかし、あれだけ早い時間に店を訪れても手に入らなかったのに、あきらめていたらあっさり食べられるとは。

 料理も終わりに近づき、甘辛く煮た湯波が乗ったご飯を頂きながら、湯波入りの味噌汁を飲んでいると、「試作ですが、よろしければ試してみて下さい」と、板前さんが板場から料理を一皿、追加で運んできてくれた。ありがたく味見役を務めることにして、頂いてみる。湯波とそばを一緒に、海苔で巻いてから揚げたもので、パリパリの湯波と、しっとりしたそばとの食感の違いが、なかなか好対照。海苔の香ばしさに湯葉の風味が負けず、酒がほしくなる品だ。ぜひ品書きに加えていただきたい1品です、と感想を述べたところ、「まだまだ湯波を使った1品料理はたくさんあります。よろしければ、今日はお泊まりいただいてはいかがですか」と、板前さんに誘われた。窓の外はすでに暮色蒼然としていて、酒が恋しくなってくる時間だ。お誘いを受けることに決めて腰を据えて飲むことにするが、その前に、「今日中に食べて下さい」と念を押された、カバンの中にある「ふじや」の刺身湯波を、失礼してここで開けさせてもらうとするか。(12月上旬食記)