[第三部 セカンドシーズン]
「第一章 ストーブリーグ」 ―1――
(柴門推薦の選手の入社面接)
大手町にあるトキワ自動車本社の就職面接会場で、ある男が3人の面接官を相手にしている。
その男は、柴門が君嶋に推薦したニュージランドの大学を卒業の日本人・七尾圭太という若者だった。
「なぜ、ウチを選んだんですか」
「国際的な自動車メーカーだからです。トキワ自動車さんはニュージランドでも人気で、性能に対する信頼は群を抜いていました。日本で就職したいと考えたとき、真っ先に浮かんだのはトキワ自動車さんです」
「柴門監督とはどういう関係 ? 」
「私は大学3年生の時に怪我をして2年間棒に振りましたが、監督はその間も、忘れないでくれました」
「それなのにラグビー部に入ることを決めかねているのですか」
「怪我をしてみて、スポーツで生きていくリスクに気づいたからです。ラグビー一筋で生きてきたのに、たった一つのタックルで将来の道が断たれることもある。そのことは監督にも伝えてあります。監督からは気が済むまで考えたらしいい、納得する答が出たら、そのときは待っていると言われました」
「第一章 ストーブリーグ」 ー2―――
(滝川の意見を元にした地域密着路線の今シーズン活動計画)
君嶋はクラブハウスの監督室を訪ねた。
「例の新人、第二新卒枠での入社が決まったそうだ。配属は海外事業部ということだ」
柴門が推薦した七尾圭太という男だ。「とりあえず、仮入部という形で預かりたい。それでいいか」
「まあ、よかろう」
仮入部というのは初めての扱いだ。
「それと―—ー明日、本社に呼ばれてる。脇坂さんが常務取締役に昇格する人事が内定した。その脇坂さんが、その脇坂さんが今後のことを話し合いたいというんでな」
ラグビー部の所管は総務部だが、常務になった脇坂は広報、゚経理、そして総務といった事務部門を総括する総責任者になるらしい。
脇坂の意見が今後、ラグビー部の存続に影響を与えることは間違いないところだ。
「手柄を横取りされたからな」、柴門はからかった。
「あんなものは手柄じゃない」
君嶋は真顔で否定した。「カザマ商事の秘密を暴いたのは事実だが、そうしたのは、会社のためであって別に誰かを陥れるためじゃない。なのに、脇坂さんは、それを出世の道具に使った。取締役会まで伏せておいて、土壇場で滝川さんに事実を突きつけたんだ。やり方が汚い。あれじゃ滝川さんも浮かばれないだろう」
「天敵じゃなかったのか」
また、柴門はからかったが、君嶋は首を横に振った。
「少なくともラグビー部に関しては、あの人の意見は正しかった。俺も同じことを思ったからこそ、改革に着手しようと思ったんだ。これが今シーズンの活動計画のたたき台だがどうだ」
君嶋がイベントなどのリストを差し出すと、柴門は真剣な表情で目を通した。
「全部できるかどうか分からないが、やってみよう。必要なことだからな。チームの活動計画に組み入れてみる」
「おかげで、昨シーズンの観客動員数は前年の約3倍にまで増えた。一試合の平均観客動員数が1万人を超えるところまで改善したからな」
「第一章 ストーブリーグ」 ―3―――
(組織改編で脇坂は社長レースに、しかし、評判は悪い)
七尾圭太は海外事業部で教員担当の藤島レナの下で仕事を覚えている。
「はい、これからも気を付けます」
悪びれることもない明るい返事を七尾に寄越す。ひと昔前、「新人類」と呼んだ時代があったらしいが、レナから見ると七尾はまさにそれに近い。
今度の組織改編で、滝川は関連会社の社長に転出し、経営戦略室長の脇坂賢治は常務取締役へ昇格した。脇坂が次期社長レースに躍り出た瞬間である。そしてそこにはもう一つ、密かな噂も混じっていた。
脇坂が手柄にした買収案件の不備の指摘は、実は君嶋によるものだった、というものだ。
部下の手柄は自分の手柄。部下のミスは部下のミス―—ーそれを地で行くような話である。その脇坂の評判は決して良くない。
「第一章 ストーブリーグ」 -4、5―――
(セカンドシーズンに向けての紅白戦)
藤島レナがラグビー好きの友達、中本理彩と横浜にあるトキワスタジアムに向かったのは、よく土曜日のことであった。
まだラグビーシーズンが始まる前の5月に、こんな形でイベントが開かれるのは、昨年に続いて今年は2回目だ。
午前中はアストロズの選手たちが直接指導する親子ラグビー教室があり、午後から昨年創設されたジュニア・アストロズの子供たちの試合、さらにこれから始まるメインイベント、アストロズ「紅白戦」のあとには、握手会もセットされていた。ファンだけでなく、ファミリーが一日遊べるいい企画だ。
レナの見たところ昨シーズンからアストロズは明らかに変わった。市民との交流を深めようと意図が明確にわかるようになった。
2年前だったら、本番の試合でも見たことのないぐらい多くの観客が、この日スタンドに詰めかけているのは、君嶋が推進した地元密着路線の結実を如実に表していた。
紅白戦は真紅のファーストジャージーを着たレギュラーメンバー組と白いセカンドジャージーを着た控え組の戦いとなった。当然、熾烈なポジション争いが存在するわけで、紅白戦といっても、真剣勝負である。
今年は、柴門が城南大監督時代に目を付けていた選手も加入して、選手層も厚くなっている。この日の紅白戦は、地元ファンを大勢招いての、" お披露目 "の意味もあるはずだ。
試合はレギュラーメンバー組優勢で進められるものと思われるが、開始3分、スタンドにどよめきが起きる。
控え組10番がパスをインターセプトし、軽快なステップでタックルを交わしトライを決めたのだ。トライを決めたのは、控え組のスタンドオフの七尾。
ちょっとした番狂わせが起ころうとしていた。
すでに後半も15分が過ぎている。試合時間は前後半20分ハーフだ。あと、5分。
スコアは20対15でリードしているのは白組のほうだ。
期待通りの、本番さながらの熱量を放つ試合だった。ポジション争いの激しさがそのままプレーに出ている。
試合は一進一退の攻防を繰り広げる。そしてフルタイムの笛が鳴ると、白熱した展開に健闘をたたえる拍手が鳴りやまなかった。
「第二章 楕円球を巡る軌跡」-1ーー に続く