台風は豊後水道を四国に沿って北上、当地も一日中、風雨でした。
[第一部 ファースト・ハーフ]
「第四章 新生アストロズ始動」 ―4ーー
(ボランティアなどに時間をとられ過ぎて練習不足になるとの不満が出始めた。選手へ説諭)
プロップの友部が提案した、ボールの土産を持参しての小児病棟へのお見舞いボランティアは、テレビ局の取材もあって有名になり、小中学校、老人ホーム、町のイベントなどに引っ張りだこになった。
しかし、フィジカル中心の練習からスキルや戦術に主眼を移し始めた4月にはいってから、ジュニア・アストロズも5月には立ち上がらないといけないし、選手の中にボランティアはいつまでするのですかという不満が出始めた。
君嶋は、3分の1ほどの選手が同じような不満を持っていることを知り、全選手に向かって、「意義をしっかり説明しなかったのは俺の責任だ」、と詫びて、改めてその必要性について説明した。
「昨シーズン、我がアストロズの成績は低迷した。だが、成績以上に低迷したのは、観客動員数だ。平均、3500人。その前の年は、4000人を超えていた。2015年のワールドカップ以降、プラチナリーグの観客動員数は減少の一途だ。一方、このアストロズのために、会社は16億円という巨額の経費を毎年負担している。このままでいいと思うか」
君嶋は改めて問うた。「諸君は何も思わなかったか。自分たちの声が反響するような空席のグラウンドで試合をしてきて、疑問に思わなかったか」
誰もが気まずそうに俯いている。
「俺は、もっと大勢のファンの前で、諸君に試合してもらいたい。そのためには、この地元の人たちに、そして日本中の人たちにアストロズのことをもっと認知してもらう必要がある。関心を持ってもらい、応援したいと思ってもらえるチームにならなければ、いくら安いチケットだろうとお客様は来てくれないんだ。世の中はそんなに甘くない。そう思わないか」
再び投げかけられた問いは、選手たちに咀嚼され、それぞれの心の中へ沈んで行くのがわかる。
「俺の夢は、スタジアムを埋めた満員のお客さんに、アストロズの試合を観てもらうことだ。パスやスクラムでの攻防、キックの一つ一つに熱い声援が降り注ぐグランドの中に君たちにはいて欲しい。俺がそのような夢(目標)を持つ理由が二つある」
君嶋は続ける。「一つは、チケット収入を得るためだ。しかし、いまのプラチナリーグは、コスト倒れでチケット収入がまったくチームに入らない状況が続いている。それよりも肝心なのは二つ目の理由だ」
君嶋を真剣なまなざしで見つめる選手たちに向けて、口にする。
「ラグビーの人気がなくなったら、将来、日本のラグビーは必ず弱くなる。ラグビーが好きで、ラグビーをやりたいと思ってくれる子供たちがいなくなったら、どうやってラグビーを強化するのだ。私はラグビーを強化し、人気を上げたいのだ。そのために、いまおれたちにできることは、一人でも多くのラグビー好きの子供たちを増やすことだ」
そして、君嶋は言った。
「君たちをボランティアやイベントに駆り出しているのは、ラグビーを守るためだ。今の活動を続ければ、少しずつだが、アストロズは地元のチームになる。みんながアストロズを応援し、我々の勝利を後押ししてくれる。そして、我々は応援してくれる人達のために、ラグビーを愛してくれる人達のために、戦うことができる。そういう関係をつくりたいんだ。いまやグランドだけが、君たちの戦場じゃない。力を貸してくれ、頼む――ヒロ、わかってくれ。ユウキも」
多くの選手たちが、「たくさんの人にラグビーを好きになってもらうよう、頑張ります」、と声をあげた。
「第四章 新生アストロズ始動」 ―5,6――
(新生アストロズの初めての練習試合と協会への改革提案書提出)
5月の風にノーサイドの笛が吹かれ、前後半併せて40分間の練習試合が終わった。
2部リーグに所属する格下相手ではあるが、50点差をつける勝利だ。
「この練習試合、去年も組まれましたが、そのときはワントライ差でした」
隣で試合のビデオを撮り続けていた多英が言った。「すごい進歩です。スクラムは圧勝だし、ものすごく攻撃的。見ていてわくわくします」
あるべきアストロズの夢を叶える道のりは、決して安穏としたものではなかった。
君嶋が理想とするアストロズの姿は、実はアストロズだけでは完結しない。そもそもそこが問題であった。プラチナリーグ全体、ひいてはそれを傘下に収める日本蹴球協会まで巻き込んだ改革が必要になるからだ。
君嶋が、「今度のプラチナリーグ連絡会議に提出する提案書をつくった」、と柴門に見せた。
ひと通り目を通した柴門は、「日本蹴球協会ってのは腐りきった組織で、協会を牛耳っている連中は、そういう動きを悉く潰し、ラグビー界は今のままでいいと思っている奴らばかりだ」、と言う。
数日後、君嶋は提案書を持って日本蹴球協会の本部で開かれたプラチナリーグ連絡会議に出席した。
協会側から担当の専務理事の木戸祥助とリーグ担当部長の片桐努の二人が出ていた。
「以上が今シーズンのプラチナリーグ運営方針です。……何か質問があれば承りますが」
君嶋が挙手をして発言許可を求めた。
「先ほどの大会運営についてなんですが、いくつか改善すべき点があるのではないかと思います。お話してもよろしいでしょうか」
木戸専務理事はどうぞと発言の許可を与えた。
「このような少ない平均観客動員数では、実は社内の予算案が通りづらくなっているのです。その半分ぐらいは協会側からの分配金で賄えるように仕組みを考えていただきませんか。私なりにアイデアを纏めてきましたので、検討をいただきたいんです」
書類を配った。
「まず、チームが存続するためにはファンの獲得が不可能です。そのために地域密着方のチームにしてはどうかと思います。今のような方式ではなく、たとえばホームアンドアウェー(各々のホームタウンで1度ずつ計2回対戦する方式)にして、各チームと2度当たるようにすることはできませんか」
「だと試合数が増えて、シーズンに収まらなくなって―—ー」
「いま実質9月から1月半ばまでの5ヶ月ほどしか稼働していません。プラチナリーグのチーム数を絞り、ホームアンドアウェーで2試合ずつ。開催期間も、6月から真夏を除き、9月から翌年5月まで9か月間になりませんか」
木戸は言った。
「我々はプロじゃないですし、採算を最優先にして興行をするのが正しいんでしょうか」
「アマチュアのスポーツだというのなら、アマチュアらしくカネをかけず、細々とやればいいじゃないですか。なのにプラチナリーグを創設して、我々は毎年15億円前後かそれ以上のカネを投じているんですよ。しかも、胴元の協会側はチームに集客まで頼って当たり前だと思っている。人気がなければ強くなりませんよ」
「本件については理事会にも意見を聞き検討します。では今日の会議はこれで閉会します」
と片桐はさっさと閉会を宣言した。
君嶋が日本蹴球協会にその後の経過を訪ねたのは、その1か月後の6月半ばのことである。
電話に出た専務理事の木戸は、
「富永会長以下、ラグビーは金儲けではないということで一致していて、一議に及ばずということになり、以後このような提案は慎んでいただきたいと富永会長もおっしゃっていますのでお伝えしておきます」
一方的に切られた受話器を戻し、君嶋は、ここには、それを糾弾する社外取締役も株主もいない。一番の被害者は選手たちであり、ファンである。
いったい日本蹴球協会にとってラグビーとは何なのだろうか。
「第五章 ファーストシーズン」に続く