[作品の文章を抜粋してのあらすじ]
※ 「作品のポイントだと思えた文章」を薄緑色の蛍光ペンで彩色する。
※ 「心に留まった文章」を薄黄色の蛍光ペンで彩色する。
※ 「私が補足した文章など」を薄青色の蛍光ペンで彩色する。
[第一部 ファースト・ハーフ]
「プロローグ」
(君嶋次長、本社から横浜工場へ左遷となる)
君嶋隼人は、トキワ自動車の経営戦略室の次長として大型買収案件に関わっていた。
今回の買収を先導しているのは、常務取締役営業本部長の滝川桂一郎である。
滝川は、君嶋が昨日提出した意見書を「書き直せ」とテーブルに叩き付ける。
案件を取締役会に出すには、社内手続きとして経営戦略室の審査を受けることになっているのだ。次長の君嶋は、審査意見の取りまとめ責任者である。
総合的に考えて、カザマ商事買収の予算の1千億円は高すぎるというのが、君嶋らの判断である。
滝川は、「金額の問題でない」と頬を震わせ、次のように吠える。
「カザマ商事を買収すれば、自動車メーカーとしてのウチの事業と関連して、大きく収益に寄与する。その相乗効果が読めないのか。この買収には将来があるんだよ。何考えてんだ」
「相乗効果を評価していないわけではありません。カザマ商事が扱うバンカーオイル(船舶用燃料)が中堅海運会社でシェアが高いのは事実です。ウチが製造する車や、販売網で扱うエンジンオイルの供給元としての役割を果たすという理屈もわからんではありません。ですが、一例として記載されている大手の白水商船とのバンカーオイルの取引も継続的な取引になっていない。それを将来の実績予測に組み込むのは時期尚早でしょう。明確な根拠がなければ評価はできませんし、根拠もなしに評価すれば、我々経営戦略室の存在意義が問われます」
と反論する。
「この買収は将来、必ずウチの業績に寄与する。こんなふざけた意見書は一議に及ばずだ。再評価の上、書き直して来い」
滝川は、君嶋の横にいた自分と同期入社の経営戦略室長の脇坂賢治を睨みつけた。
「わかった。営業部の意向に沿うよう再検討してみよう」、と脇坂はあっさり白旗を掲げたのである。
冗談じゃないと―—ー君嶋は慌てた。
「根拠もなく賛成意見は書けません。社内政治で結論が変わるような意見書なら、経営戦略室の審査などないほうがマシです。この意見書のまま、出させてください。もし反対意見があるのでしたら、取締役会で正々堂々、論陣を張ればいいことです」
「お前も相変わらず、頑固だな。そんな態度だと、いずれ足元を掬われることになるぞ」
滝川に客が来て、話は打ち切りとなった。
滝川がメンツをかけて臨んだ取締役会でカザマ商事買収案件が退けられたのは、その翌週のことである。
取締役会から戻った脇坂は、にんまりとして言った。
「気をつけろよ、君嶋。あいつは根に持つタイプだからな。何をしてくるかわからん」
君嶋は、トキワ自動車は正しい意見を言ったからといって飛ばす会社ではないと信じていた。
ところが、君嶋が人事部から呼び出されたのは、それから3か月ほど後のことであった。
異動の内示である。
君嶋は、長く本社で経営管理や企画畑を歩んできた。経営戦略室には7年も在籍していた。
人事部長が告げたのは予想外のひと言だったのだ。
「横浜工場に行ってくれないか。総務部長だ」
それは明らかな左遷人事(誰の仕業か不明、君嶋には滝川と思られた)であった。
「第一章 ゼネラルマネージャー」 に続く