[第十二章 緊急避難計画]
(1)
午前0時5分前、高幡から、赤松の自宅に電話があった。
「柚木妙子さんと貴史君の死傷事故の件、あなたの会社に過失はありませんでした。それと、ホープ自動車の証拠品の中から、改ざん前の検査データを発見し、赤松さんの事故車両のハブの摩耗は0.2mmで交換する必要の全くない摩耗量で、他に異常もありませんでした。ハブ破損の原因は、部品の構造的欠陥によるものと当捜査本部では結論するに至りました。今までのご無礼お許しください」
赤松を歓喜の底へと沈め、泣き出した妻を抱きしめたとき、込み上げてきた涙をついに耐えきれなくなった。
朝が来て、妻の声で、家族全員がテレビニュースに注目する。
「先ほど、神奈川県警本部は、ホープ自動車社長の岡本平四郎容疑者、常務の狩野威容疑者、品質保証部長代理の一瀬君康容疑者、同研究所長ら7人を、道路運送車両法及び業務過失致死の疑いで逮捕しました。ーーー」
赤松は、切り替わった港北署の建物を凝視した。
(2)
取調室で、自分がなぜ逮捕されたのか理解してないように平然とした狩野に、高幡は、沢田が持ち込んだパソコンを立ち上げてファイルを読み上げた。
「T会議、記録。日時、10月20日。
タイトル、ハブ破損にかかる当社の基本方針の確認。
出席者、狩野常務、柏原品質保証部長、一瀬部長代理 他20名。
指示事項、 1、頭書の件、当社ハブに起因する事故原因については、
整備不良として処理する。
2、国交省に対するハブ強度の比較鑑定結果につき、
当社ハブの数値を再調整し、同省担当者に報告する。
3、ハブに関するクレームについてはその都度改修し、
リコールは厳に回避する。 」
まだ、いくらでもあると高幡は続けた。
「メール・タイトル、熊本の件。発信者、狩野威。
熊本市内で起きた弊社車両事故に関する事故調査報告について、
クラッチハウジングの欠陥は報告せず、プロペラシャフトの脱落に関して
のみコメント。
また、同ハウジングを搭載した車両に対して、販社を通じて定期点検時
に回収するよう品証部から指示のこと。 」
「メール・タイトル、横浜の死傷事故の件。発信者、狩野威。
昨日惹起した横浜市内の死傷事故に関する状況を調べ、
至急報告のこと。ーーーー 」
これに対して報告されたものはこれだと調査報告書のファイルを高幡は表示した。この通り赤松運送のハブは強度不足という致命的な欠陥を除いては、なんら異常はなかったんだ。
その報告書を見て、最初のメールから10日後に、あんたから出した、柏原部長へのメールがこれだ。
「 当該事故にかかわる調査結果のデータは再調査のうえ、
報告書に添付のこと。---- 」
その後、高幡は、いまから2週間前にあなたが発したメールだと、また読み上げた。
「 赤松運送のハブについては、裁断、廃棄のこと。ーーーー 」
高幡は、この男は落ちるなと確信した。
(3)
重工、商事、銀行のホープ自動車金融支援会議は、ホープ自動車不在のまま開かれた。
三橋重工社長の結論は、ホープ重工としては、社内事情を勘案し、自動車への直接的金融支援は見送りたい。銀行さんの申入れもあって再検討してみたが結論は変わらなかった。ついては、従来主張してきた間接的支援の方向で、銀行さん、商事さんに検討をお願いしたいということであった。
討議が詰まった頃、東郷頭取は、後日、当行から抜本策を提案させていただきたいと発言した。
支援会議が終わった後、外へ出た東郷は、巻田に君はもう外れてくれと言う。
(4・5)
3社によるトップ会議、行内役員会が開かれ、その後、東京ホープ銀行本店営業部会議室で、ホープグループ関連企業を担当する次長、調査役が招集された会議が開かれ、浜中部長から、「重工、商事、銀行の協調支援は見送りにする。現状を踏まえたホープ自動車支援の抜本策、いわば緊急避難計画として、当行資産の健全化のためにホープ自動車救済をセントレア自動車に打診している、いわゆる救済合併を申し入れていると決定的な発言がなされた。
(6)
社長以下役員が逮捕された直後、ホープ自動車が赤松運送に和解を申し入れてきた。
ホープ自動車から元販売部長の花畑常務、長岡課長、富田弁護士が、赤松運送からは、赤松社長と小諸弁護士が集まって東京地方裁判所の本村判事のもとで行われた。
本村判事の言葉で、富田から、「最初に、原告からの事故の影響による売上損失等の損害賠償請求額1億6千万円は全額支払います。次に、弊社製部品の返還は、廃棄により返却できなくなったので、構造的欠陥を認める発表を行ない、ご迷惑をかけた慰謝料として80万円を別途お支払することで如何でしょうか」と発表された。若松は不満であったが、小諸弁護士の助言もあって、検討のうえ後日お知らせすると言って話し合いは終わった。
その日の夕方、赤松の心境に変化をもたらす出来事が起こった。
柚木雅史が訪ねてきて、お宅への訴訟を取り下げることをお願いしてきました。そして、赤松がホープ自動車を相手に訴訟を起こされるんでしょうと尋ねると、柚木は、あのホープ自動車にこれからの人生をかき回されたくありません。それよりも、事件を風化させないことのほうが大切だと思いますと返答された。赤松は貴方のおかげで気持の整理がついたとお礼を言った。
[終章 ともすれば忘れがちな我らの幸福論]
ホープ自動車は、社長代行の橋爪を最後の社長に昇格させた。
また、真相究明委員会からの報告を受けて、橋爪が、前社長の岡本や前常務の狩野らを罷免することになった。一方、狩野らは道路運送車両法虚偽報告と業務上過失致死傷の容疑で起訴される予定である。
セントレア自動車とホープ自動車の合併の発表と共に、両者の合併委員会なるものが設置され、沢田と小牧、杉本も選抜された。
ホープ自動車は合併後の新会社発足と同時に、僅か30年の社歴を閉じて、ホープグループから分離独立することになる。
東京ホープ銀行でも、様々な変化があった。巻田専務は系列のクレジットカード会社社長に転出する。セントレア自動車との救済合併というウルトラCの抜本策を企画立案し、オペレーションまで取り仕切っている浜中は、次の役員人事で常務への昇格が目されている。自由が丘支店長の田坂は、オペレーションセンターの部長職という閑職に左遷が決まっている。
赤松運送では、嬉しいことが二つあった。
一つは、大口取引先の相模マシナリーの平本から、謝罪があり、ぜひ弊社の運送を、とくに重量物機械の運送はお宅に特定したいとの話があった。
もう一つは、門田がオヤジになったことである。宮代からの電話に、赤松は、ちょっと寄り道して帰ると、産婦人科に急いだ。
(終)