T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

「夜の小紋」を読み終えて!!

2010-02-25 17:51:09 | 読書

乙川優三郎の短編時代小説。

(今回は本の解説部分の文章を多く借用した。)

 五つの短編には、主人公でない場合もあるが、様々な女性達の懸命に生きる姿が鮮やかに描かれている。

 女の地位が低く、生き方に幅がなく、女の幸不幸は関わる男に左右される事が多かった封建社会に、女がどう生きたか、また、そんななかで女達は何を心の支えにして生きたか、その生き様は読み応えがあった。

芥火

 かつ江は家が貧しかったために早くから身体を売って生きてきた。といってわが身を嘆いているわけではない。塵や芥のなかで逞しく生きようとしている。

 ある商人の囲いものになったが、九年後男から別れ話を持ち出される。いったんは惨めな思いをしたもののすぐに頭を切替えて、明日からの生きる手立てを考える。

 彼女は男に暮らしを頼りきる女ではなかった。着物に興味を持つ彼女は自分を最も凛々しく見せる着物を着て、売りに出ている女郎屋を手に入れようと金策に走り回り、金のありそうな男に早速媚を売る。

 彼女の先輩格で、昔働いていた水茶屋の主人でもあり、今は娼家の主のうらに借金を申し込むが、かつ江以上に修羅場をくぐってきている彼女は、甘え心の見えるかつ江をおいそれと助けようとはしない。

 かつ江は、知恵と気力で商才を尽くし娼家の主になったうらの「生きるのが商売だから」という言葉を理解し、次の金策のことを考える。

 その身一つを頼るしかない女が男よりしたたかにならずに、どうして生きてゆけるだろうか。女は弱い、だからこそ強く、したたかにならねばならない。

 おそらく、かつ江はこれからも弱音を吐くことなく、男から上手く金を引き出して生き続けてゆくだろう。

夜の小紋

 大店の魚油問屋の次男由蔵は着物の小紋に惹かれ、紺屋に入り浸るようになり、型彫師の職人になるつもりでいた。

 しかし、兄が急死した為、兄の子供が一人前になる10年間だけ主人になってくれと父親に説得され、家が大事な封建社会では、個人の自由は許されず、夢を捨てて家業を継ぐことになる。

 由蔵には、紺屋で知り合い将来を誓い合った裏店生まれのふゆという女がいたが、嫁取りは親の許しが得られず、といって別れられず、別宅にふゆと住み店に通うという由蔵に対して、ふゆは妾と同じだと断り、色挿し職人の道を進んでいった。

 それから九年。由蔵は心のどこかで小紋への夢を捨てきれないでいた。

 甥も一人前になり、仕事にも暇ができて自分の将来について心の迷いが出ていた由蔵は、着物好きの女将に惹かれているゆきつけの小料理屋で、銚子縮の着物を泊りがけで買いに行こうと誘うと、女将は頼りない男と感じてか、漸く自分で自分の面倒が見られるようになったばかりだとそっと断られる。

 その女将から、ある時、仕立てたばかりの見事な小紋を見せられ、由蔵はその出来栄えに心が高ぶった。それは明らかにかって好き合ったふゆの仕事だった。

 自分は挫折せざるをえなかったが、ふゆは、その後も自身の可能性を求めて小紋の世界に生き、見事な職人になった。

 ふゆの小紋を見て、由蔵は遅い出発かもしれないが、もう一度、夢を追おうと心に決めた。

虚舟

 72歳の老女いしは一人暮らしを幸せに感じている。夕暮れになると晩酌の支度をし、1日良く働いた自分に与える。これがささやかな幸せだった。

 いしは、子供の頃から家族のしらがみの中で生きてきたが、夫に先立たれた後、日本橋の通りで炭団と漬物を売る小商いで自分の身は自分で処して何とか暮らしを立てている。

 船大工と結婚し、幸せに暮らしている娘から一緒に暮らそうと言ってくれるが、いしには、その気は無い。

 そもそも一人娘を嫁がせ暮らしを分けた親が老いたからといって、娘に頼るのはおかしいし、いしは、見栄も捨てて、一人で暮らしかった今の一人暮らしが一番いいと思っている。

 血の繋がりだけが人の寄る辺なら肉親が多いほど幸福なはずだが、いしの生涯からはそう思っていないのだった。

 いしは、父親の病気で、12歳から奉公に出され、両親と弟の一家を支えてきた。

 そして、いしが弟子も持つ表具師と所帯を持った後も、母親と弟は仕事を怠けて、姉のいしに度々無心に来た。

 そのため、いしの夫婦関係も悪くなり、夫に妾ができた。その後、夫が急死したので弟子への後始末をして無一文になってしまった。

 いしは、そのような人生から、世間の隅でひっそりと暮らし、心を悩ませるものから開放されると、つましい暮らしにも何時しか安らぎが生まれたのである。

柴の家

 二百俵の大番組番士の次男・新次郎は17歳の時に三百石の直参旗本の養子になった。

 蔵米取りと違い知行地のある身分なので、経済的には裕福で家の生活の心配は無いが、無役のため若い新次郎にとっては、家の飾り物のような存在に毎日が苦痛でならなかった。

 妻は跡取りができると、露骨に用済みの夫を拒みはじめ、姑と二人で跡取りを宝物のように育てることだけが生き甲斐になった。

 といって家族の形を保つ事が女二人にとっては大切な事で新次郎の離縁は許されず、三十路を前に彼自身は途方に暮れ、生きてゆく支えが欲しいと思い、何かを始めずにはいられない気がした。

 そんな時に、向島に紅葉狩りに行ったとき、老人の陶房があることを知り、焼き物の世界に強く心惹かれる。そして、ひそかにその家に通い、老人から手ほどきを受けるようになった。

 不自由な家から逃れて個人の夢を追い、市井のあばら家のような陶房にささやかな幸福を見つけた。

 老人には、ふきという孫娘がいて、新次郎から見ると娘のような年齢だが、身なりなどに構わず黙々と焼き物の仕事に専念する。その一途な姿に次第に新次郎は惹かれていく。

 間もなく老人が亡くなるが、ふきは夢を求めて陶器の技法をいったん捨てて磁器を焼く事を目指す。

 新次郎も家を捨てて、ふきへの愛情と作陶への情熱が一杯で陶房に向った。

妖花

 佛師の夫と暮らす妻さのは男の子にも恵まれ、傍目には幸せに見える女だが、心は不安に揺れていた。

 一時、体を壊していた夫が達者になり、仕事で度々長く家を空けるようになると、賑やかな浅草に生まれたさのにとっては、江戸を一歩はなれた川向こうの竹薮がある家での暮らしは淋しくてやり切れなかった。

 浅草をぶらつくだけでは寂しさは直らず、一時は無意識のうちに万引もやっていた。

 そのような彼女を励ましてくれるのは、夫に先立たれ一人で生きている幼馴染みの女友達しなだった。健康的で逞しいしなの存在が、崩れそうになるさのの心を救ってくれていた。

 夫が女遊びをしていたことをしなに話すと、女が別れてくれたのだからそれでいいじゃないか、すんだことをほじくり返して苦しむのはあんただし、後ろ向きに歩くようなものだよと言う。

 しなも夫が女道楽で苦労したが、夫の看病で一年を過ごした時期には、夫からまるで観音様だといわれたこともあった。何もなく円満に過ごしてきて、夫の死亡でその幸せを失っていたら、立ち直れなかっただろうと思うと言う。

 嫉妬や激情があって、恨み辛みがあったからこそ、尽くした後はかえって吹っ切れよい想い出にもなり、そのために平穏な日を手にしたと言う。

 さのは自分の力強い気持のなさを知り、夫婦でなければ味わいようのない苦楽を終えてしまったおしなよりましかと思うのだった。

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