T.NのDIARY

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「風の果て」を読み終えて! -「下巻あらすじ」4/4ー790回ー

2013-03-16 08:39:18 | 読書

「天空の声」(首席家老との立場を捨てきれず、私闘としての果たし合いを避ける)

(第一章 -以下、各章現在ー)

ーー市之丞を信用して果たし合いに向かおうと思ったーー

 又左衛門は、昨日のうちに2人の男に会って話を聞いた。藩年寄の高橋と片貝道場にいた中根である。

 高橋に確かめたことは、小黒一族が自滅したあの政変の夜に、年寄が市之丞を呼んで忠兵衛を護衛につけたかどうかであるが、高橋はそのような事実はなかったと断言した。市之丞は確かに嘘をついたと思った。

 中根からは、道場で忠兵衛が市之丞は陰扶持を貰っていると言ったことについて、誰からかと言ったかを聞いていないかと尋ねた。中根は聞いていないが、その当時、小黒家老の指示によって陰で動いていた者3人が刺殺されたが、市之丞がやった仕事と思っていると答えた。

 この二つの回答で、明確な事実ではないが、市之丞への陰扶持は忠兵衛が出していたとの確信が持てた。

 市之丞の背後には常に忠兵衛がいて、市之丞が忠兵衛の走狗であるからには、果たし状は私憤を装った暗殺の一手段と見るべきだった。その手に引っ掛ってたまるかと、果たし合いの場所には藤蔵を一緒に連れて行き有無を言わせず市之丞を討ち取る腹を決め、昨夜は早々に床についた。

 今朝の目覚めはいつもより早く、又左衛門は仰向きで静かな呼吸を繰り返し、欄間からの光を見つめていた。

 その時、「貴様だってあまり立派なことは言えまいと、遠くから囁く声」(天空の声?)を聞いた。市之丞が耳元で囁いているようでもあった。

 昨夜、眠りに落ちるまでは、又左衛門は自分こそ正義たと思っていた。忠兵衛は政権を手に入れるまでに打った手は目に余るものがあり、政権を手にしたら自派で独占し、忠兵衛の政策の根底には百姓は絞れば吐き出すという思想があった。忠兵衛の藩政は藩を自滅に導くものと、又左衛門は正義のために反撃し、そこにはやましいところはないと考えていた。

 しかし、又左衛門は、その囁きを聞いて、家老になってからの6年の歳月を振り返った。

 政策の論争にはかって知らなかった気持の充足があった。富商や富農に又左衛門が持つ権力を小出しに分け与えることも快い仕事の一つだったし、その見返りには自分の周りに味方を増やすために使った。

 執政は名誉と権力が持て富の集まる場所だと思い、ある時、執政も三日やったらやめられないと、苦笑いしたことがあった。

 人からあがめられるのは言いようのない快さがあり、富をむさぼらず権力をひけらかしもしないが、それは行使を留保しているだけで、何時でも使える力を握っている意識が不思議な満足感をもたらすものだ。これが、その地位を得たものが知る権勢欲だ。それは、門閥もさほどの野心のない人間の俺をもしっかりと掴まえて離さないでいる。

 市之丞は執政の地位に執着する忠兵衛と五十歩百歩のそのような俺を見抜いたのかもしれない。だとすれば、うしろに忠兵衛の手が動いているかどうかはこの際問題でない。また市之丞は必ず一人で来る。市之丞はそういう男だ。

 又左衛門は、大目付の奥村を屋敷に呼んで、市之丞の果たし状を見せた。藤蔵を連れて行き、いざという時には二人で立ち向かうゆえ、心配しないでくれと言う。

 又左衛門は、もしものために、妻と月番組頭に遺書をしたため、ひと時仮眠をとった。

(第二章)

ーー風が走るように、一目散に走ってきたが、何が残ったのかーー

 藤蔵を伴い、果たし合いの場所に向かう道々、藤蔵と、果たし合いの場の地形と藤蔵の助勢のための待機場所、助勢の時期、その手順を再度打ち合わせをした。

 昨日と少し考え方が変わったのだ。大目付に言ったように、市之丞の顔を立ててやるが、藩政を預かる家老として、私闘で命のやり取りは許されるものでないので、自分の命が危なくなったら藤蔵の助勢を求めることにしたのだ。

 又左衛門は、市之丞に会って、半年ぶりに見る頬の肉が落ちた老人のような面変わりした市之丞の変貌に胸を締め付けられる思いがした。

 体の具合は、どこに隠れていたのか、斬り合う前に話さぬかと言う又左衛門の言葉に、市之丞は、執政などに納まりやがって腹の底まで腐ったかと思ったが、そうでもなかったらしいな、一人で来たのは上出来だと言う。

 そして、忠兵衛の差し金かと言うと、安心しろ、貴様の執政面が目障りでならんのだと言う。

 50歳を超えた2人の果たし合いは、刀を振り回して荒れ狂うというわけにはいかなかったが、市之丞は斬られ、又左衛門は傷ついた。

 側に来ていた藤蔵に、奥村の配下が担ぐ市之丞の亡骸に付き添って町に帰るように言って、又左衛門は庄六の家に向かった。

 庄六夫婦に傷の手当てをしてもらいながら、市之丞との果たし合いの経緯について話をした。

 庄六は目に涙して、3日前に工事現場に来て、死病を患っていて、もう長い命でないことだけを言っておったが、お主に斬られて死にたかったのかもしれんと、声を詰まらせた。

 庄六、俺は貴様が羨ましい、執政などという者になるから、友達とも斬り合わねばならぬと又左衛門が言うと、そんなことは覚悟の上じゃないかと、庄六は突き放すように言った。

 続けて、庄六は、情に溺れては家老は務まるまい。それに、普請組務めは、時には人夫に交じって腰まで川に浸かりながら大槌を振るうこともあるので、命がけの仕事よ。羨ましいだと?馬鹿を言ってもらっては困ると言う。

 数日後の昼過ぎ、又左衛門は太蔵が原の南端に立っていた。寒い風に、雑木林から小鳥のように落葉が舞い上がるのが見えた。

 風が走るように……。一目散にここまで走ってきたが、何が残ったか。

 庄六め、言いたいことを言いやがってと苦笑いしていた又左衛門は、村役人が近づくのに気付き、威厳に満ちた家老の顔になっていた。

                                     終

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