漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 

習作  


習作の小品

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 ……娘が結婚して、子供を三人授かった。あたしには孫ができた。絶えるのかと思っていた血が繋がった。そのうち孫たちもどんどんと成長し、結婚して、さらに子供が生まれた。血はさらに分かれ、広がった。あたしの血は、もう当分は絶える心配はないだろう。皆はあたしのことを幸せだと言ってくれる。あたしは、おかげさまでと言う。だが、実をいうと、もうあたしにはその先のことはそれほど興味がないんだ。あたしの血が続いて行くということは、嬉しい事は嬉しいが、本当に、なんだかとても遠い気がするよ。血の重みは確かに重いが、時間はもっと重いね。どんどんと忘れて行くし、強い気持ちが消えて行く。あたしが本当に気に掛かっているのは、一つか、せいぜい二つ先までで、その先はなんだか夢物語のようだと思うことがあるんだよ。それに、遥かな未来のことを思うと、自分と血が繋がっていないだろう子孫まで、全てが自分の血の末裔のような気がしてくる。こう言うと随分大層なことのようだが、それはもう、関心があるとかないとかいう、そんな問題じゃないんだろうね。何となく願っているだけ。諦めているのと、ほとんど変わらないかもしれないね。皆が幸せで、ずっと未来まで人々が繁栄してくれればいいと思う。そうは思うけれども、そうね、それはもう個人的な感情とは呼べない気がするよ。それは多分、生物としての本能なんだろうね。もうそれだけでしかないんだろうね。
 あたしには波の音に未来を託したいという気持ちがあるよ。実際のところ、他にあたしの言葉を聞いてくれるものがあるとは思えない。だから、波の音に未来を託したいと言うよ。じっと一人で座っていると、あたしが幼い頃に空腹を満たした海岸、そこに意識は戻って行くんだ。その波の音が、ずっと昔と、ずっと未来を貫いて、響いている。


 私は祖母の家に預けられていた頃、よく買ってもらったアメリカンドッグの味を思い出そうとしていた。近所のスーパーの店先で売っていたアメリカンドッグ。甘いドーナツ生地と、ケチャップの味。最後に木グシにこびりついた、カリカリになった生地まで齧った。それから私は、やはりそこでよく買ってもらったソフトクリームのことを考えた。止せばいいのに、コーンの尻を齧って、そこからソフトクリームを吸って食べたりしていた。上手く吸えずに、溶け出したソフトクリームは、アスファルトの上に点々と染みをつけた。
 アメリカンドッグを食べてみたい。ソフトクリームを食べてみたい。あの場所で。そう思った。気が付くと、目の前の、潮だまりの中の祖母の部屋に私は意識を飛ばしていた。意識は、水紋の天蓋を破って、祖母の家の居間に滑り込んでいた。私は祖母と向かい合って座っていた。祖母は少し頭を傾けて、眠っているようだった。私はそっと立ち上がり、襖を開いて、廊下に出た。そして玄関の扉を開いた。するとそれを待っていたかのように、すっと猫が足をすり抜けて入ってきた。夜の散歩から帰ってきたのだ。私は家の外に出た。そして、門の外から家を見上げた。
 私は突然思い出した。
 私はかつて、やはりこうしてこの家を見上げたことがあった。
 この家で過ごしたのは、随分長く感じるが、今にして思えばたった半年ほど。そのあと、両親の事業が失敗して、逃げるように皆で別の土地に移ったのだ。長い間、仕方なく置き去りにしてきた猫のことを思い出して悲しんだりしていたが、それも次第に過去のものとなった。やがて、父と母は別れ、私と弟と妹は母と祖母によって育てられることとなった。そしてその新しい土地で私達は成長した。
 高校生の時だった。私はふと思い立って、一人で電車とバスを乗り継ぎ、この家を目指したことがあった。なぜそんなことをしたのか、今ではよく覚えていない。失恋したとか、そんなはっきりとした理由はなかった。ただ、どうしようもないほど切実な気持ちだったのだけは覚えている。やはり暑い夏だった。私は汗をかきながら、バスでこの場所までやってきた。
 家はまだそこにあった。十年も経っていたから、さすがに古くはなっていたし、多少改築もされていたが、基本的にはそのままに、そこにあった。蝉の声が聞こえていた。田の稲穂を、風が撫でている音が聞こえていた。私は表札を読んだ。見知らぬ名前がそこにある。
 私が家の前に立っていたのは、せいぜい一分ほどだったと思う。激しく動揺して、それ以上そこにいることが出来なかった。辺りは昼下がりの気だるさに包まれていて、誰の姿も見えない。ただ影がそちこちに黒々と横たわっているだけだった。踵を返した私は、そのまま再びバス停を目指して歩いた。


 不意に娘が私の手を引いた。私は我に返った。そして空を見上げた。空には、雲がまるで水紋のような模様を形作っていた。大気の流れが速いのか、その文様が揺れている。強い風が吹いた。波が強く岩場に打ち付けている。潮が満ちてきているし、波が強くなってきている。これ以上ここに居ては危ないかもしれない。私は立ち上がり、娘の手を引いた。
 でも、おばあちゃんが。娘は言った。私は構わず、娘の手を引いた。
 その時、さっと波がやってきた。私達は慌てて後ろに後ずさった。波は潮だまりを越えて、私達の足を少し濡らした。私達は慌てて、階段を目指した。
 私達が岩場から離れると、大きな波がやってきて、岩場を洗っていった。

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 不意に風が吹いて、潮溜まりの水面を揺らした。水紋が、激しく形を変えた。私は顔を上げた。沖を、大きな黒い船が通り過ぎようとしていた。その船は、奇妙なほど静かに、空を切り取りながら航行していた。私は娘を見詰めた。娘は、じっと何かに耳を澄ましているようだった。


 ……あたしが結婚したのは、だから三十歳を随分過ぎてからだった。その頃にしては随分な晩婚で、見合いだったが、話があっただけ幸いだとさえ思った。そうして結婚したが、結婚して二年経っても三年経っても、子供は出来なかったから、あたしはもう子供を持つこともないだろう、あたしの血はあたしで終わるんだろうと思った。あたしはでもそれでも仕方ないと思っていた。その頃は日本は戦時下だったが、もう敗戦が濃厚になっていた。当時はそんなことは思わなかったが、もう負けかけていたんだ。あたしの主人も、ついには徴兵にあった。赤い紙をもらって出かけていって、ビルマで消息を絶った。一連隊が全滅だったというから、望みはないということだった。ずいぶんあっけなかった。だが、不思議なもので、もう生きて戻れないかもしれないという生物の本能のせいなのかね、あたしは妊娠していた。あたしにはたったひとり女の子が残されたんだ。戦争はまだ続いていた。空襲は数日に一度はあったし、そのたびにあたしは生まれながらにして父親を失っていた子供を抱え、防空壕に逃げ込まなければならなかった。天井の低い防空壕に子供の頭をよくぶつけたものだよ。そのせいでこの子の頭が悪くならなければいいと思ったね。戦争が終わった後、あたしはあちらこちらの世話になりながら子供を育て、やがて再婚した。そのときあたしはもう四十歳を過ぎていた。


 私が祖母の家で過ごしたのは、ちょうど七歳の頃だった。父と母は事業で忙しく、私と弟は祖母の家に預けられていた。祖母の家は新しく区画され、分譲された並びの、角にあった。小さな家だったが、部屋は三つあり、一人で住むには十分な大きさだった。家の前には、広く、田畑が広がっていた。
 私はそれまでも時々祖母の家に泊まりに行ったりはしていたが、ある時、当分はおばあちゃんの家に居て欲しいと母に言われた。それから私と弟は、飼っていた猫を抱えて、祖母の家に住む事になった。一番幼かった妹だけは、父母と行動を共にすることになった。
 最初の数日は落ち着かなかったのを覚えている。夏の暑い頃で、家の前が田んぼだったから、夜になると刷き出し窓の網戸にびっしりと、光を求めてやってきたウンカや羽虫がついていた。そして、その虫を狙ったヤモリもいつもやってきた。私はよく、窓際にだらりと寝転がって、蚊取り線香の香りを嗅ぎながら、ヤモリが虫を捕食するのを見ていた。
 連れて来た猫は、最初の日は、迷子になるからと絶対に外に出さないようにしようとしたのだが、祖母がドアを開けた隙を狙って、すっと逃げるように家から出て行ってしまった。猫を外に出してしまった祖母を私は責めたが、今にして思えば随分な言いがかりだった。猫はそれから一週間ほど帰ってこなかった。しかし、もう帰ってこないと諦めかけていたある朝、窓を開けたとたんにすっと何事もなかったかのように家に入り込んできた。おそらくは近所に挨拶でもして廻っていたのだろう。猫はそれから、夜になると出かけて、朝になると帰ってくるようになった。
 祖母の家で私が覚えたものは、トーストと珈琲だった。それまでは食卓にトーストや珈琲が並ぶということがなかったから、随分新鮮な気がしたものだ。日曜の朝、明るい居間でトーストを甘い珈琲に漬して食べるのが習慣になった。それまで私が育った家に比べて、祖母の家の居間は、光がよく入ったから、格段に明るかった。明るい日曜の朝の珈琲とトーストに、私は、優雅な気分を感じていたのだ。そう、あの頃日曜の朝のテレビのコマーシャルに、「洋菓子のパルナス」のものがあった。地方ローカルの洋菓子店のCMだったが、「モスクワの味」を謳う、どこか寂しいその曲と、儚さを感じさせる映像は、今でも印象に強く残っていて、離れない。


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 好奇心から思わずタイドプールに手を伸ばそうとする娘の手を、慌てて圧し止めた。
 驚かせないでね、と私は言った。それから、もう少しこっちへ。影になるから。
 娘は、素直に私の言葉に従って、身体をこちらに移した。言葉はない。娘なりに戸惑っているのだ。それでも好奇心は押さえられないようで、潮だまりに影が射さないように頭の位置を色々と変えながら、一心に穴の中を見詰めている。その視線は、真剣そのものだった。
 これは誰、と娘は言った。そしてすぐに、何、と言い直した。
 私は答えなかった。言葉が見つからなかった。代わりに、私も娘に並んで、じっと潮だまりの中を見詰めた。
 水紋の天蓋の先に、見知った部屋があった。間違いなかった。私がちょうど私の娘の年頃に過ごした、祖母の家の居間だ。
 見覚えのある、赤いテレビが窓の側にあった。その頃飼っていた猫が、朝出入りしていた窓の側だ。テレビにはVHFとUHFのダイアルが並んで付いている。チャンネルを回す時の感触が、手の中によみがえってくるようだ。テレビの上には、毛糸の服を着た小さなキューピー人形が三体、並んで座っていた。刷き出し窓の側には桐の箪笥がある。複雑な木目が、時々怖く思えた箪笥だ。その箪笥の隣にはビニールクローゼットがあって、上には雑誌が数冊乗っている。あの頃私が買っていた漫画雑誌だろうか。壁には、竹籤を編んで作った壁掛けが掛かっている。
 部屋の真中には、夏はテーブルとして使っている炬燵がある。見覚えのある、光沢のある赤い天板。赤い天板に金色の文様が描かれている。退屈な時には、その文様を迷路に見立てて遊んでいたことを思い出した。天板の上には丸い菓子鉢が乗っていて、ホワイトロリータやル・マンドなどのブルボンの菓子が、カリントウと並んでいる。そういえば祖母はカリントウが好きで、ぽきぽきと折って食べていたが、その形のせいか、私はどうしても食べる気にはならなかった。私が食べていたのは、もっぱらブルボン菓子の方だ。
 炬燵を前にして、見覚えのある割烹着を着た祖母が、背中を丸めて座っていた。
 その姿を見ていると、私の周りから、世界が消えて行くような気持ちになった。血が、身体の中で跳ねているようだった。この青い水紋の天蓋の下に身体を滑り込ませれば、もう手が届かないと思っていた、過去の時間に戻れるのかもしれない。頭を、そんなことがよぎっていた。
 その時、音が、そっと私に追いついてきた。何かを巻き戻すような、低く、静かな音。


 ……あたしが生まれたときは、誰にも歓迎されなかった。あたしの父親は男の子が欲しかったし、あたしの前に生まれた三人はみんな女だった。だから、四人目こそは男の子に違いないと思っていたんだ。でも、あたしは女だったから、父親だけでなく、母も医者も、みんな随分と落胆した。父親は、もうこれ以上子供を作ってもみんな女だったら堪らないから、もうこれで最後にすると宣言した。それであたしは末っ子になった。その頃はもっと子供がたくさんいる家も珍しくなかったのに、よほどうんざりしたんだろうね。それでもあたしはすくすくと育った。食べ物が豊富な時代ではなかったけれど、海が近かったから、自分で貝を採って、お八つに食べたりしてしていたから、ひもじい思いはしなかったね。けれども、一つだけ不満があった。父親がけして本を読ませてはくれなかったことだ。女が本を読んだら、理屈っぽくなって始末に終えないということだった。一度内緒で学校の先生から本を借りてきて、こっそり読んでいたことがあったけれど、見つかって、取り上げられてしまった。随分酷いと思って、泣いたね。でも当時はそういう時代だったんだろうね。父にしても、嫁ぎ先で煙たく思われない女として娘を育てたかったのだろうね。今ではそうも思うけれども、そのときは寂しかったよ。あたしが十二歳になったとき、父は私を知り合いの医者の家に奉公に出した。たった一人で、田舎の漁村を離れて、都会へ行かされたわけさ。たったひとりで旅をするのは不安で、父に、私は誰と行けばいいのでしょうと訊いたら、父は怒って、お前、目と耳と口は何のためについていると怒鳴った。私は小さく、はい、と頷いて、一人で家を出た。母は見送りには来てくれたけれども、父は姿も見せない。港から船に乗って、一日がかりで奉公先の家に辿り着いた。それから十年、あたしは一度も家に帰ることもなく、働いていた。奉公先の方はよい方で、随分よくしてもらったけれども、随分忙しく働いていたから、ついにはあたしは身体をこわしてしまった。それからさらに十年、あたしは療養をしながら生活しなければいけなかった。娘としていちばん良い時期を、あたしは棒に振ってしまった。


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 水平線がちかちかと光っている。それは太陽の光のせいだが、正視できないほどの眩しさだ。砕けた鏡の欠片が沢山翻っているようだと私は思った。そうでなければ、鏡の鱗を持った魚が大挙して水平線の辺りにいるのかもしれない。私は空を見上げた。雲が、複雑な形で、複雑な色彩で、空に散っていた。その向こうに、真っ白い太陽が見えた。
 低い音が聞こえていた。何かをゆっくりと巻き戻すような音。その音は、風の中に散って時々途切れるのだが、また気がつくと耳の奥で鳴っていた。どこかの漁船のモーター音なのかもしれないが、本当のところ、何の音なのかまるでわからなかった。
 その時、私は7歳になる娘の手を引いて、断崖の上から海を見下ろしていた。風が頬を撫でていた。私達がいたのは海を拝する公園だったが、これだけ眺めのよい場所なのに、公園にも磯にも、見渡す限り誰の姿も見えない。見えるのは、人ではなく、風に乗る鳶の姿だけだ。海辺は、夏の盛りでなければ、実はそれほど人は来ないものなのだ。
 春から夏へ向かおうとしている季節だった。風は香りを孕んで、穏やかだった。だが、遥か上空ではそうでもないのか、雲は絶えず形を変えていた。その合間からさっと射し込む光は、空へ向かう道のように見えた。
 私は娘の手を引いて、多少目眩のする急な階段を下り、眼下の磯に向かった。

 実際に降りてみると、そこは岩場というよりも、粘土質の土地が海底から隆起して出来たという方が正しい場所のようだった。まるで巨大な洗濯板の中に迷い込んでしまったかのようだ。荒々しく尖った岩が、背鰭のようだ。所々には丸い穴があって、それが一定の間隔で穿たれているから、一見しただけでは人工のもののようにも見えるが、おそらくそれは小さな穴の中に落ち込んだ石や砂によって、気が遠くなるほどの時間をかけて、穿たれたものだろう。こうして下に下りて見ると、上にいたときよりも、波の力強さがわかった。波は激しく磯に打ち付け、音と共にざっと破裂して、消える。この波の手に捕らえられたら、一気に陸地から引き離されてしまうに違いない。
 私は娘の手を引いて岩場を歩いた。波の音に消されて、先ほどはずっと聞こえていた低い音はもう聞こえなかった。ただ、どこかから私を呼んでいるような気がした。娘は時々足を止めて、潮だまりを覗き込んでいた。潮だまりの中の世界は多彩で、娘はその中に様々な小さな宇宙を見ているようだった。
 どれだけそうして歩いたのか、不意に娘が私の手を強く引いた。
 どうした、と私は言った。
 見て!
 娘は一つの潮だまりを指差して、明らかに興奮していた。
 私はその小さな丸いタイドプールを覗き込んだ。
 そして息を呑んだ。
 そこには、一人の老婆がいた。
 潮だまりの中が、一つの部屋になっていて、老婆がじっと座っているのだ。
 とても小さな、一つの世界がそこにあった。
 私は声も出なかった。
 なぜなら、その潮だまりの中の部屋はかつての祖母の家の居間だったし、座っていた老婆は、私の祖母に違いなかったからだ。

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 無性に海岸線を歩きたくなった。
 昨日から、岩場を、渡るように歩いている自分の足元が目に浮かんで仕方がなかった。こうなると、もうどうしようもない。それで、今日は久々に三浦半島へ。行き先は、泳げる場所ではないからこういう時しか行く事もない、盗人狩にした。

 毘沙門から盗人狩を経て、三崎へ。とても暖かい一日で、上着が邪魔なほど。久々の海岸線散歩を愉しんだ。海の水をすくって、口に含むと、ほっとした気持ちになった。水は美しく、少し潜ってみたいという気分にさえなった。
 三浦海岸駅には、一足早く河津桜も咲いていた。
 
 

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 今日(2/24)、ラジオでJ-WAVEを聞いていて、2月22日が「猫の日」だったということを、初めて知った。「ニャーニャーニャー」で「猫の日」ということだ。

 で、過去に向かって投稿することにした。

 その番組では、猫のキャラクターの人気投票というものをやっていて、ドラえもんだとかキティちゃんだとかが競っていた。
 最終的には、一位が「モナー」で二位が「のまネコ」だった。それはまあ、どうでもいいのだが、三位になんと、アタゴオル物語のヒデヨシが入っていたのには驚いた。相当マイナーなキャラクターだと思っていたので。

 写真は、毘沙門のネコ。餌をくれと、擦り寄ってきました。向こうに見えている黒いものは、ひじき。



 
 多少太めですが、器量よしのネコでした。



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美しい小説

 「あなたの人生の物語」
 テッド・チャン著 ハヤカワ文庫SF


 を読了。素晴らしい短編集。

 ヒューゴ賞やネビュラ賞、ローカス賞など、SFの分野で名のある賞を総嘗めにしているという折り紙つきの短編集だが、それも十分に頷ける、粒揃いの一冊だった。過度に抑制された文体がややとっつきが悪いが(これは多分、翻訳のせいというより、元がそもそも分かりにくい文章なのだろうと思う)、一度入り込んでしまえば、読み進めずにはいられない。SF小説ならではのその想像力には感嘆するし、何より、それだけではない事に驚く。この短編集に収録されている作品群は、SF小説である以上に、現代文学としての評価を得ることができるはずだ。

 著者のテッド・チャンは中国系アメリカ人。大学で物理学とコンピュータ・サイエンスを専攻し、卒業後はフリーランスのテクニカルライターの傍ら、創作をしているという。幼い頃は中国語も話せたが、現在は全くだめだというのを聞いて、なるほど、それで幾つかの短編の中で打ち出されている「書き言葉としての完全言語」が、どこか漢字を思わせるのだと納得した。彼の作品の多くが、言語に対する探求を一つのテーマとしているのは、「表意文字文化を持つ中国」という自らのルーツを見詰めているからであり、おそらくは彼なりのアイデンティティの探求なのだろう。

 粒揃いのこの短編集の中でも、僕が特に好きなのはやはり表題作の「あなたの人生の物語」。緻密で痛切な、優れた文学作品だと言って差し支えないのではないか。この一作のためにこの本を手にする価値があると僕は思う。

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 ティム・バートン監督の「チャーリーとチョコレート工場」を観た。
 公開当時から期待していたのだが、ようやくDVDで観た。
 期待は、違わなかった。

 マイケル・ジャクソンウォンカ役のジョニー・ディップは、相変わらずなんともいえない存在感である。こういう役をさせると、彼の右にでる役者はいないかもしれない。
 映画そのものは、「ロッキーホラーショー」か、あるいはインド映画の影響を受けているような印象だったが、愉しい仕掛けがいっぱいで、一瞬も飽きさせない。先日観た「CASSHARN」にせよこの「チャーリーとチョコレート工場」にせよ、「映画でなければ表現できない映画」は、良いですね。

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街草  




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 「奇術師」
 クリストファー・プリースト著 
 ハヤカワ文庫FT

 を読了。
 
 分厚いが、巧みな語り口に引き込まれるので、どんどん読めてしまう。面白かったが、読み終わった後に、結局本当はどうだったのか、分からなくなってしまうという小説。はっきりしたものが好きな人には、フラストレーションが残るかもしれないが、あれこれと考えるのが好きな人には、いろいろな解釈のできる小説だから、余韻まで楽しめると思う。
 ドッペルゲンガーのテーマは、僕も一つ、もう20年以上にわたって暖めているどうしてもいずれ書きたい小説があるから、この小説は特に興味深く読めた。かつてナボコフが「ドッペルゲンガーのテーマは退屈だ」と言っていたとかいないとか、聞いたことがあるが、ナボコフにそういわせるのだから、作家には興味深いテーマであるのだろう。
 この小説は、舞台が19世紀末から20世紀始めのロンドンということで、交霊術が大きなキーになっているあたりも、僕にはなかなか興味深かった。特に奇人として有名なニコラ・テスラに関する記述を読んでいて、ふと、これまで考えていなかったことだが、ホジスンの「カーナッキ」のモデルとしてテスラはありうるとも思った。この辺り、もう少し調べてみよう。

 ところで、この「奇術師」、なんと映画化されるそうだ。そのテスラ役には、デビット・ボウイの名があるとか。

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 紀里谷和明監督の「CASSHARN」を見た。

 公開当時から、予告編などで気にはなっていた。しかし、評判の余りの悪さに、なんとなく見ないできてしまっていた。曰く、「自己満足な映画」。そうした評価ばかりを目にしていた。

 ところが、数日前にテレビでこの映画が放映されているのを、たまたま目にした。ごたごたとしていて、途中30分ほどしか見ることが出来なかったが、それでも興味を持つには十分だった。「これはもしかしたら、凄い映画なんじゃないか」。僕はそう思ったし、一緒に見ていた妻も同じ意見だった。で、「これはちゃんと最初から見なきゃね」ということで、意見が一致した。

 「CASSHARN」の評価が低かったのは、理解できないわけではない。
 でも、それはおそらく、「CASSHARN」を見ようと思った観客層にも問題があったのではないかと思う。
 多分、公開当時に劇場に足を運んだのは、主に、かつてのアニメのファンだった層と、話題につられて見ようと考えた層だったのではないか。前者にしてみればアニメとの差が余りにも大きかっただろうし、後者にとってみれば何を言いたい映画なのか、全く理解不能だったのではないか。

 この映画のテーマは「反戦」である。「憎しみの連鎖を断ち切ること」。それは、明白に打ち出している。しかし、同時にこの映画の本質は、映像を愉しむということでもある。メッセージのある美術作品を愉しむ事。それが出来ないのなら、この映画を愉しむことは出来ないだろう。確かにストーリーに破綻もあるが、僕はこの映画がよい映画だと思うし、これほど辛烈な評価ばかり受ける理由がわからない。映画がまず「映像」であるなら、この映画は評価されるべきだ。そう思う。これだけ、無駄な部分に無駄に凝っている映画は、余りないはずだ。映画の隅々にまで、こだわりを感じる。「ブレードランナー」を始めとする映画や、過去のドラマやマンガへのオマージュが処々にちりばめられていたり、音楽と映画の中の効果音が混ざって一つの曲として成立していたり、そうした仕掛けも愉しい。


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 今日、クリストファー・プリーストの「魔術師」を読み始めた。これは面白そう。読み終えたら、また感想を書こう。

 ところで、その「魔術師」は、世界幻想文学大賞を受賞している。それで、ふと思い出した作品のことを、少しだけ。

 数年前に読んだルイス・シャイナーの「グリンプス」という作品は、やはり世界幻想文学大賞を受賞していた。創元SF文庫から出ていたその作品は、分厚い本だったが、僕が風邪で寝込んでいたときに布団の中で読んだ。
 内容は、簡単に言えば、60年代のロックに捧げるオマージュのような作品だった。レイという主人公は、ふとしたことから、自分には想像力を扉にして、過去へ旅する能力があることに気が付く。正確には、精神だけが飛ぶわけだが、彼はその能力を使って、例えばビーチボーイズの「スマイル」など、幻となったロックアルバムを完成させようとするのだ。
 この作品の背景を、僕はリアルタイムで知っているわけではないから、思い入れの深さという点ではさほどないわけだが、やはり甘酸っぱい香りは感じた。小説としての完成度は、僕にはさほど高いとも思えなかったが、この時代に生きた人々にとってはたまらないだろうという気もする。とくに、ジミ・ヘンドリックスの好きな人には。
 さて、この物語の主要な登場人物は、ビートルズを筆頭として、ブライアン・ウィルソン、ジム・モリスン、それにジミ・ヘンドリックスなどがいる。この三人の幻の作品の中で、実は幻ではなくなった作品がある。それは、唯一今でも現役のブライアン・ウィルソンによる、「スマイル」である。
 この作品が完成していれば、音楽の歴史は変わっただろうとまで言われていた「スマイル」。それが去年完成してしまった。
 だが、僕は「スマイル」について、語るべき言葉をもっていない。理由は簡単で、聞いていないからだ。なぜか、聞きたいという気にならない。
 「スマイル」は神話で良かった。そんなことを言う気もない。だが、もはや「スマイル」の割り込む余地は、どこにもない。そんな気がする。
 とりとめのない文章でしたね。

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 「象られた力」飛浩隆著 ハヤカワ文庫JA 
 
 を読みかけて、挫折した。短編集だったのだが、最初の二作での挫折。評判は悪くないようだが、僕には合わないようだ。

 それはそうと、古書店で谷内六郎の文庫を二冊買った。
 「谷内六郎の絵本歳時記」 新潮文庫
 「旅の絵本」 旺文社文庫
 の二冊。それぞれ200円と250円。破格の値段。

 どちらも絵とエッセイの文庫。
 僕は見るたびに、いつも谷内六郎は本当に凄いと思う。
 絵はもちろん、まだちゃんと読んでないのだが、エッセイもいい。
 僕には真似ができないし、多分誰にもできないだろう。
 

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