漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 




「ゴシックスピリット」 高原英理著 朝日新聞社刊

を読む。

 ゴシックに対する愛の深さを感じる本。だけど、読めば読むほど、「ゴシック」というものが何なのか分からなくなる本でもある。もともとどこか曖昧な「ゴシック」という分野だが、結局のところ、これこそがゴシックだという定義はできないのかもしれない。途中から主に取り上げられている「和ゴス」に関して言えば、これはもう「ゴシック」とは言わないんじゃないかという気もする。「猟奇趣味」とか「耽美趣味」とか、そういう言い方が正しいんじゃないか。そうは思うが、渋沢龍彦や寺山修司らによるアングラの流れから、ビジュアル系ロックを経て開花した日本のゴスは、もう今では立派な市民権を得ているようだから、もうまとめて「ゴス」という新しい分野と考えるべきなのかもしれない。
 でも、一体日本の「ゴス」の始まりは一体どこにあるんだろう。一番大きいのは、やっぱり江戸川乱歩、それから渋沢龍彦、そして寺山修司、土方巽らだろうと思うのだが、その時点では「ゴス」というよりは「アングラ」とか「デカダンス」という言い方の方が近いだろう。それでは一体。
 これは多分、やはりロックの影響がかなり大きいに違いない。思いつく限りでは、まず、遠藤ミチロウの「THE STALIN」。豚の臓物を投げたりするめちゃくちゃなステージのはしりとなったバンド。「虫」というアルバムのジャケットを丸尾末広が描いていたことでも有名。それから、「マリア023」という釜釜しい名前のバンドをやっていたジュネが、ボウイの布袋らと結成した「AUTO-MOD」。「死の葬列」という13夜連続のギグで解散した。これもジャケットを丸尾末広が描いていたっけ。ロリータの先駆け、戸川純も忘れてはいけない。その後は、「トランス」というレーベルを主催していた北村昌士さんが編集していた雑誌「Fools Mate」だろうか。このレーベルは、イギリスのジョイ・ディビジョンをはじめとするネオ・サイケに当初は焦点を当てていた。この前後から、ライブハウスに来る女の子たちの格好が、今のゴスロリファッションになったように思う。やたらとリスカの跡を見せたがる女の子も、沢山いたっけ。その後は、XとかDead Endらが出てきて、ハードロック界ではゴス全盛。その辺りから先はよくわからないけれども、少女マンガなんかを巻き込んで、今にいたるという感じのような気がする。
 要するに、ゴスはサブカルチャーにしっかりと寄り添っているわけで、やはり日本で独自の進化を遂げているようだ。 

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 今でもはっきりとあのときの光景は憶えています。初夏の宵のことでした。あちらこちらの家から夕餉の香りが漂い、愉しそうな声がしていました。細い路地にも、灯りが漏れていました。見上げると、空はまだ完全には暗くなりきれていないといったような群青で、それでも一面に星が出ていました。触れると痛そうな、鋭い三日月が空にかかっていたのも憶えています。家を飛び出したところで、行く当てなどあるはずはありませんでした。両親のどちらかでも、追いかけてくるかとも少し期待していましたが、その気配さえありません。それでわたしは余計に寂しくなって、知らず知らずのうちに涙が出てきました。けれども顔を伏せて、誰にも見られないようにしながら路地を歩いて行きました。行く当てなどありませんでしたが、足は次第に町から離れて、今わたしたちがいる此の場所へ向かっていました。理由は単純なことです。あの頃、わたしたちはよくこの場所に集まって、皆で遊んでいたのです。よく知っている場所に足が向かうのは、当然のことでした。
 ところが、暫く歩いているとどこからかわたしの名前を呼ぶ声が聞こえてきました。それで、ふと足を止めました。近付いてくる足音がして、またわたしの名前を呼びます。その時、わたしの名前を呼ぶその声が『彼』のものであることに気付きました。わたしの目はまだ涙で濡れていましたし、きっと腫れてもいるに違いありません。それで、きまりが悪くなったわたしは気付かなかった振りをして、足を早めました。けれども、後ろから足音はずっと付いてきます。わたしは振り返りもせずに、ずっと歩き続けました。すると、足音が急に早くなって、すぐに『彼』がわたしに追いついてきました。
 何で逃げんだよ、と『彼』が言いました。けれどもすぐに『彼』はわたしが泣いていることに気付いて、言葉を続けることが出来なくなったようでした。その様子に、わたしはなぜかちょっと落ち着いたような気持ちになりました。
 泣いてるのよ、とわたしは言いました。見ればわかるでしょ。何であんたがここにいるのよ。恥ずかしいからもう見ないでよ。あっちへ行って。
 『彼』は戸惑った様子でしたが、立ち去ろうとはしませんでした。やがて、『彼』は言いました。
 なあ、どうかしたのか?
 どうもしないわ。もう放っといて。
 わたしはそう言うと、彼を残してさっさと歩いて行きました。けれども、そうして歩きながら、ずっとどこかで『彼』の気配を探っていました。しかし彼の足音はもう聞こえては来ませんでした。酷いことを言ったから呆れたんだろう、とわたしは思いました。そう思うと、またわたしは寂しくなりました。また涙が溢れてくるのを感じました。それで、それからは真っ直ぐ足早に、この場所に向かって歩いて行きました。

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 柔らかい風が吹いて、樹がまた大きくさわさわと音を立てた。その音は、私たちの束の間の沈默の間を流れてゆくせせらぎのように、静かに響いて聞こえた。その音が流れ去った時、イータさんは口を開いた。
 「あなたには、幼なじみは居りますか?」
 ええ、と答えかけて、私は言い澱んだ。そして、少し考えて、私は言った。「いえ、もしかしたら幼なじみと呼べるような友人は誰一人としていないかもしれません。私は子供の頃に引越しをして、生まれた土地から遠く離れた場所に移りました。最初の頃は、手紙の遣り取りなどもしていたのですが、いつの間にかそれもなくなり、没交渉になったままです。今では皆何をしているのかも知りませんし、例え偶然どこかで擦れ違うようなことがあっても、きっと気もつかないでしょうね」
 「そうですか」とイータさんは言った。そして続けた。「この島は、見ての通り小さな島です。ですから、年の頃の近い子どもはそれほど居るわけではありませんでしたが、それでもわたしには幼なじみと言える人が何人かいました。いました、という表現をしたのは、友人の大半はもう何年も前にこの世を去っているからです。そして幾人かの友人は、あなたと同じように、まだ若いうちに此の島を離れて、今ではもう生きて居るのかどうかさえ分からなくなってしまっています。それでもわたしは、そうして遠くに居る友人たちのことを、きっと幸せに生活しているのだと信じています。いえ、それは友人たちの幸せを願っているというよりは、多分自分がそう考えたいのだと思うのです。年を重ねるごとに、物事は良い方に考えたいと思うようになって来たのです
 話が少し逸れましたね。ともかく、そうした幼なじみの中に、一人の男性がいました。……『彼』の名前は内緒にさせてくださいますか?ほんのささやかな思い出に過ぎない話ですから、ごめんなさいね。そう、その『彼』とわたしとは本当に幼い頃から、ずっと仲良く育ってきました。家が近かったですし、年も全く同じだったものですから、丁度遊び相手に良かったのですね。それで、ずっと幼い頃にはわたしたちは全く性別の区別なく一緒に遊んでいました。余りに仲が良かったものですから、ある程度の年齢になっても、わたしたちはやはり変わらずにそうして仲良くしていたものでした。
 ところで、わたしたちが生まれて暫くした頃から、次第にこの島の景気も悪くなってきていました。アメリカに始まった世界恐慌の影響がこの国にも確実に届いていたのです。わたしたちの島は片田舎ですから、まだそれほど大きな影響は被ってはいなかったようですが、それでも少しづつ暗い影のようなものが近付いてきているのを感じることがありました。大人たちは懸命に働こうとしていましたが、彼等の口から、有効な対策を打てない国に対する不満を聞く事もしばしばでした。わたしも『彼』も、それに外の友達も、誰もが幼い頃から家の手伝いをしていましたが、そうして大人たちに混じっている中で、どこか暗い影のようなものの気配を確かに感じていました。もちろんそれは微細なものですが、そうしたものは意外と心の中に深く刻まれるものです。それに、わたしの場合は、両親の不仲というものが加わりました。些細なことで、父親が腹を立てることが多くなっていたのです。大きな喧嘩にまで至ることは少なかったのですが、そうして両親が互いに感情的になっている時、わたしはいつでも居場所がないような気分になって、不安でたまらなくなりました。それで、わたしが十歳のあるとき、両親が喧嘩をしている目の前で家を飛び出したことがありました。

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浄土  



「浄土」 町田康著 講談社刊

 を読む。

 面白い。忘れかけていた関西人の血が騒ぐ。目の前に道頓堀川が見える。呑んでる水は琵琶湖から来た淀川の水。そんな感じ。
 短篇集だが、後になるにしたがってどんどんと力が抜けてきて、文学だかなんなんだか、よくわからないけれども、ともかく「どいつもこいつもあほばっかりで、ほんまにまあ、でもまあしゃあないな」という気分になる。音楽的な関西の言葉が、関西人の僕にはとても心地よい。
 書名の「浄土」は、現代日本のことだろう。この短篇集に収録されている短編全てが、今の日本の伸びきった感じをちくちくと批判していると思われるあたり、随分皮肉った書名だ。

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 先日の日曜日、経堂の東京農業大学内にある「食と農の博物館」に出かけた。
 だが、本当の目的はそこに隣接する「バイオリウム」である。
 ここには、マダガスカルに生息する生物や植物が多数飼育されている。バオバブとか、キツネザルとか、そうしたものである。これを、ちょっと見たかった。

 バイオリウムそのものはそれほど大きなものではない。だが、不思議な温室である。温室内にはキツネザルの聲が響き、様々なサボテンが生え、まだ小さなバオバブがあり、イグアナがだらりと寝ている。
 
 バオバブ。
 サン=テグジュベリの小説「星の王子さま」で有名な樹。
 このバイオリウムにあるのは、樹齢が二、三十年くらいのもの。
 それだけに、拍子抜けするほど小さいが、マダガスカルにあるような巨大なものは、樹齢が軽く数千年を超えるというから、その時間感覚に圧倒される。
 


 


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 「わたしが生まれたのは、1928年のことです」とイータさんは言った。
 「1928年の或る冬の朝でした。『おまえが生まれた日はとても寒い日で、雪が降っていたんだよ』と母は口癖のように申しておりました。『一面に雪が降り続けて、本当に真っ白だったね』と。此の島に雪が降るのは滅多にないことですから、余程、印象に残ったのでしょう。母はもう四十年も前に神の御許に召されましたが、此の島にあれ程の雪が降るのを見たのは其の時が初めてで、そしてそれきり一度もないと、最後まで云っておりました。母はずっと矍鑠としておりましたし、その言葉は、いくらか話に尾鰭が付いていたかもしれないにせよ、あながち誇張とは云えないでしょう。実際、わたしは此の島で八十年以上も生活しておりますが、雪が降るのを見たことは、両手で数えることが出来るほどです。そしてその殆どは、積もる事もなくあっさりと消えてしまう雪でした。
 あなたは、雪を見たことがありますか?」
 私は答えた。「ええ、私の故郷には、それほど多くはないですが、冬には時折雪が降りましたし、多少は積雪もしましたから。雪は、それほど珍しいものではありませんでした」
 「そうですか。それではあなたは此の島よりも少し寒い国からいらしたのですね。
 わたしはこの島で生まれ育ちましたが、この年になるまで、一度として此の島の外で暮らしたことはありません。もちろん本土や、外の島に束の間用事で出かけたことは何度かありましたが、いつでも数日から数週間程度の短期間の滞在に過ぎませんでした。ですから、わたしの人生の殆ど全ての時間は、この小さな島で営んだ生活に費やされて来ました。あなたのような旅人には不思議だと思われるかもしれませんが、それを疑問に思ったことは一度もありません。もしかしたらわたしの人生というものは、この数十年の間ずっと、此の島を構成している要素の一部だったのかもしれません。此の島の樹や草や石や土や花や……そうした様々なものと等しく」
 イータさんは言葉を区切った。そしてワインを一口啜って、「美味しいですね」と言った。私は微笑んだ

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「海辺のカフカ」 村上春樹著 
新潮文庫 新潮社刊

を読む。

 この前の長編「スプートニクの恋人」が余りにつまらなかったので、何となくこの本もずっと読まずに来ていた。だが、たまたま図書館で眼についたので、借りてきて読んだ。
 相変わらずの村上節で、さっと読める。一読した感想は、これはこれまでの村上作品の集大成だなというもの。あちらこちらに、これまでの作品の断片が、おそらくは意図的に、挿入されている。ついでに言えば、「重力の虹」のような現代文学の断片も挿入されている。それに、「ねじまき鳥クロニクル」で中途半端に終わった彼の意図するものを、こんどはちゃんとやろうとしているような印象もある。
 だが、悪く言えば自己パロディに近い作品でもある気がする。それに、物語を総合的なものにしようとしている割には、さらに小さな内輪の世界の話を書いているようにも思える。その結果、思わせぶりなメタファーばかりが散りばめられてはいるものの、結果的に訳がわからない作品になっている気がする。村上春樹という作家は良い作家で、彼の考えていることはとても分かりやすい。だから意図していることはわからないでもないのだが、ちょっと間違った語り方をしているように思える。この作品を読みながら、なぜかちょっと思い出したのは、ジョン・ファウルズの「魔術師」と、それからアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」だ。つまり「魔術師」のような作品を書こうとして、失敗して、「エヴァンゲリオン」になってしまった作品のようだなと思ったのだ。もっとも、「エヴァ」に関しては、人から借りてテレビ版だけを見たにすぎないので、余り的を得ているのかどうかわからないが、あれはつまり過去作品の断片を思わせぶりにあちらこちらに挿入して、見る方の想像力の暴走に訴える部分のある作品だった。だが、言ってしまうと、そういった部分を取っ払ってしまったら、内容的には青臭いだけの、何ということもない作品だという印象だった。
 「海辺のカフカ」も、さらに言えば村上作品全体にもいえることだが、そうした宝探し的な愉しみ方ならたくさん出来そうだ。だが、物語り全体としては、全く面白くない。これは致命的な欠陥ではないかと思う。第一、この作品の読者として、誰を想定しているのだろう。ルビが多く使用されているから、もしかしたら15歳くらいの少年かもしれない。だが、それにしては無意味にセクシーすぎるし、物語の中に語られる世の中の仕組みについての隠喩も、こんな書き方だと余計に分からなくなるに違いないとも思う。では誰なのかといえば、僕にはちょっと想像がつかないのだ。
 村上春樹は、文章で読ませることの出来る作家で、だからちゃんと議論する価値のある数少ない誠実な作家だと思う。実際、ときどきハッとする個所に出会うことがある。だが、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の草稿版に出てくるブルカニロ博士のような知った顔の人物がやたらと沢山出てきて、いろいろと語り散らし、結局結論はないということの繰りかえしである「ねじまき鳥」以降の作品については、僕はちょっとついてゆけそうにない。

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 昨日の祭日、天気がよかったので、娘を連れて、二人で平和島にある「平和の森公園フィールドアスレチック」に出かけた。
 都内で尤も充実したフィールドアスレチックだということで、以前からずっと気になっていたのだが、ようやく機会を得たというわけである。
 全部で45のポイントがあり、中には大きなものも多く、確かにかなり充実している。水上を渡るコースもちゃんとある。大人が360円で子どもが100円だったから、この内容にしては結構リーズナブルである。

 フィールドアスレチック。
 小学生の頃、何度か父親にフィールドアスレチックに連れて行ってもらったことがあった。場所は忘れてしまったが、車でないと行けないような山の中にあった。
 アスレチックは山の斜面にあった。沢山のポイントがあって、難度の低いものから高いものまであった。身体を動かすことが好きだった僕は、はじめてそこに連れて行ってもらったとき、余りの楽しさに心底夢中になったのを覚えている。
 そのフィールドアスレチックには、結局三回か四回ほど連れて行ってもらったのだが、特に記憶に残っているのは、最後に連れて行ってもらったときの記憶である。詳しいことは忘れたが、無理を言って連れて行ってもらった。いつもは弟と一緒だったのだが、そのときは僕一人だった。それで、「×時になったら迎えに来るから」と、お小遣いを貰って、一人で放っておかれたのだ。それでも別にかまわなかった。此処ではとても愉しい時間が過ごせるはずだし、一人で遊ぶのは嫌いではなかったからだ。
 だが、その時にはもう僕も結構大きくなっていて、しかもたった一人ということで、時間が経つにつれて、思ったほど楽しめないことに気付いた。だが、時間はまだたっぷりとある。その場所は山の斜面にあったから、見晴らしがよかった。とはいえ、山間部だったから、眺めが特によいというわけでもない。ただ、遠くの山まで見えただけだ。
 その余った時間の大半、父が迎えにくるまで、僕は帆布で出来た揺れる大きな滑り台に寝転んで、空を見ていた。辺りからは草や樹や土の匂いがしていたのを覚えている。人も少なく、ここがどこなのかも分からない。父が本当に迎えに来てくれるだろうかと、次第に不安になってくる。だが、僕にできることは何もない。僕は辺りを見渡す。ここは愉しいフィールドアスレチックだ。だが、それにも増して、ここは山の中で、自分はたった一人なのだ。そう思った。その事を今でもはっきりと覚えている。

 娘ももう小学校を卒業しようとしている。しかも、女の子だ。だから、もうそれほどアスレチックのような遊具は愉しく感じないのかもしれない。それでも娘は、それなりに楽しみながら、一通りポイントをこなしてみせた。だが、これがもう最後の機会だろう。なんとかぎりぎりで、僕のフィールドアスレチックに対する小さなノスタルジーに付き合って貰えたようだ。

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 イータさんは微笑んだ。そして、少し腰を浮かして、ベンチの端に寄せて座った。私は軽く会釈をして、彼女に並んでベンチに腰を掛けた。その瞬間少し風が吹いて、青く葉を繁らせた樹が、ざわわと鳴った。私は手に提げたトートバックからワインと紙のカップを取り出し、手でコルクを廻して抜いた。そしてカップに注ぎながら、「実は飲みかけのワインなんですが」と言った。イータさんは小さく頷きながら、微笑んでいた。私はカップを彼女に渡した。そしてもうひとつのカップにも同じようにワインを注いだ。それから私達は軽く乾杯をして、ワインに口をつけた。
 穏やかな明るい日だった。眼下には海が見えていた。海には何艘もの船が浮かんでいた。この時間には島の漁師たちの船は殆どない。大半は観光客のための船か、物資を運ぶ船だ。島々を巡るクルーズ船も見える。見慣れた、穏やかな光景だった。
 「気持ちのよい天気ですね」私は言った。「ほんとうにいい天気ですねえ」とイータさんは相槌を打つ。それから言葉が続かない。私はカップのワインを口に含み、言葉を捜した。だが言葉はなかなか見つからない。イータさんの方は、穏やかにじっと海の方を見詰めている。
 「イータさんには、この場所は馴染みなんですよね」と私は言った。「やっぱりこの穏やかな光景がお好きなんでしょうか?」
 「ええ」とイータさんは言った。「ここは本当に見晴らしもよくて、穏やかな日にはとても心地のよい場所です。ですから、わたしは大好きなんですよ。でも、本当を言いますと、わたしがここに来るのには、もっと別の理由もあるんですよ」
 「別の理由ですか?」私は何気ない口調を装いながら、言った。「へえ、そうなんですか。あの、それがどんな理由なのか、もし秘密でなければなんですが、聞かせて頂きたいのですが」
 するとイータさんは「そうですねえ」と言ったきり口をつぐみ、遠くを見詰めた。その瞳はまるで水平線の向こうを見詰めているかのようだった。私はじっと黙ったまま彼女の言葉を待った。随分長い間彼女は黙っていた。この会話はこのまま終わってしまうのかもしれないな。そう私が思った時、風が吹いて、樹の葉がさわさわと鳴った。と、不意に彼女は手にもったカップを口に運び、それから言った。「ちょっとした思い出話で、お聞かせするほどの話でもないんですけれども、ワインのお礼に、お話させていただきましょう」
 イータさんは胸元に手を遣った。そして小さな黄色いひよこのネックレスに触れ、それを手に乗せて、ちょっと私の方に翳して見せた。
 「このネックレスについての話なんです」と、イータさんは話し始めた。

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 爽やかな映画を観たくて

「天然コケッコー」 山下敦弘監督

を借りてきて、観る。淡々としていて、爽やか。

 くらもちふさこ原作の少女漫画を映像化したもの。風景が美しい。特に何が起こるというわけでもないのだが、最後まで観れてしまうのは、郷愁という魔法のせいか。大人たちの世界は、ほんの少し窺えるだけで、まだ自分たちのことでせいいっぱいの日々。少女漫画の王道という感じ。




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 イータさんは無口な女性だった。この島に無口な人間は少ないが、それが女性ともなると、本当に珍しかった。言い換えると、彼女はその無口さによって、却って雄弁であったとも言える。知らず知らずのうちに、私は彼女と言葉を交わしたくて仕方がなくなっていた。だが、私にも多少人見知りな所もあったし、時には思い切って「今日は良い天気ですね」とか、いろいろと話し掛けたりもしたのだが、いつも彼女の答えは「ええ、そうですねえ」とか、そうした相槌の域を出ようとはしなかった。それで、私はそれ以上深い話をすることも出来ずに、擦れ違うしかなかったのだ。
 イータさんと初めて長い会話を交わしたのは、そうした私なりの地味な努力を積み重ね始めてから、数週間も過ぎた頃だった。
 この島は火山性の島だが、町を外れて暫く行くと、荒地の中に畑が点在している。栽培されているのはレンズ豆やワイン用の葡萄などだ。島の数少ない農産物だが、名産品とされていて、結構高い値がつくらしい。
 そうした畑の所々に数箇所、畑ではなく、ただ見晴らしのよい広場になった秘密めいた場所がある。島で日々暮らすうちに、私はあちらこちらを歩き回ったが、いつしかそうした小さな秘密めいた場所に好んで出かけるようになっていた。特に私が好んで出かけたのは、島の海に面した斜面にある小さな場所で、そこには一本の大きな樹があり、その近くには誰が作ったのか、粗末な木のベンチまであった。私は時々ワインを一本抱えてその場所へ向かい、ベンチに座って読書をしたり、ちょっとした書き物をしたりしながら過ごすことがあった。そこに人が来る事が余りなかったから、ゆっくりとした時間を過ごす事が出来たのだった。
 そうしたある日のことだった。私がいつものようにその場所を訪れた時、思わぬ先客がいたことに驚いた。イータさんだった。彼女はじっと粗末な木のベンチに座って、海の方を眺めていた。最初はどうしようかと思ったものの、そのまま私は彼女の方に向かって歩いていった。イータさんの方も、私に気付いて軽い会釈をしてきた。
 「こんにちは、イータさん」と私は言った。
 「はい、こんにちは」とイータさんは言った。そうして、じっと私を見詰めていた。次の言葉を待っているのだろうと私は思った。
 私は言った。「思わぬ場所でお会いしましたね」
 「ええ」と彼女は言った。だが、それきり言葉が続かない。
 私は言葉を捜した。「ここは本当に見晴らしのよい場所ですね」
 「本当にねえ」
 「ええ、本当に。私はここを見つけたとき、いい場所を見つけたと思って嬉しかったんです。で、誰も知らない自分だけの場所のような気になっていたんです。だから、イータさんにこうして出会って、驚きました」
 「わたしも驚きましたよ」とイータさんは言った。「ここは島のひとでもあまり来ない場所ですからねえ」
 「そうなんですか」と私は言った。「どうりでこれまで余り人に会わなかったはずです。でも、イータさんはよく此処には来られるんですか?」
 「ええ、時々」
 「そうなんですか」
 「ええ、若い頃からずっと。時々なんですけどねえ、もう何十年にもなりますかねえ」
 「そんなに?ああ、じゃあ私が闖入者というわけですね」私は頭を掻いて見せた。「あの、実はワインを持っているんですが、よかったら一緒にどうでしょうか?ちょうどコップも二つあるんですよ」
 「それはどうもありがとうございます。せっかくですから、少し頂きます」イータさんは言った。
 「いつ、誰と出会ってもいいように、いつも二つ持ち歩いていて」私は言った。「これまでは使う機会もなかったんですが、ようやく役に立つ機会が廻ってきました」


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 先日、クリストファー・ノーラン監督の「プレステージ」を見た。
 クリストファー・プリーストの「奇術師」を原作とした映画。
 原作が、「信用できない語り手」の手法を使ったメタフィクション的な作品であったのに対して、映画はまっすぐな、とてもストーリーが分かりやすい作品になっていた。だが、こうなると物語としての粗も目立つ気がする。テスラ役のボウイも、キャスティングを聞いたときは膝を打ったが、残念ながら映画ではキャラクターとしての存在感がまるでなかった。良くも悪くも、ハリウッドの娯楽映画。時間つぶしにはなるけれども、全く食い足りない。

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 朝、目が醒めて、やけに明るいなと思いつつ窓の外を見て唖然。一面の銀世界。
 
 午前中にヘア・カットに出かけて、その足で図書館にちょっと寄り、ついでにレンタルショップでテリー・ギリアムの「ローズ・イン・タイドランド」のDVDを借りてくる。

 映画は、ヤク中で元ロッカーの父と、多分そのグルーピーだった母を持つローズが、オーバードーズで母が死んだのを機会に、平原にある父の生家に行くところから始まる。だが、その家にいたはずの祖母はとっくにいなくなっていて、家は廃墟。しかも、到着早々に父もオーバードーズで死んでしまう・・・というもの。映画は、その後ローズがその現実を受け入れることができずに、「壊れた人たち」と共に、フィルター越しの世界の中で生きてゆく姿を描いている。

 前回の「ブラザーグリム」よりはいいけれど、何だかいまいちの映画という感想。まあ、あまり期待もしていなかったのだけれども。ただし、主役のローズの演技力は凄くて、それだけで最後まで観れてしまうという感はあった。

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「かかし」 ロバート・ウェストール著 金原瑞人著
徳間書店刊

 を読む。

 ずっと昔、この本がまだ福武書店から出ていた頃に一度読んで、いつかまた再読しようと思っていた本。初めて読んだときには酒を飲みながら読んでいて、これは傑作だと思ったものの、最後でちょっと分からない部分があった。僕にはそういう本がたまにある。一度読んだものの完全に理解できず、けれどもそれが傑作だということは分かるという本が。これもそうした本の一冊。まあ、最初理解が充分に出来なかったのは、お酒のせいなのだろうけれども。
 今回この本は、借りてきて娘に読ませ、次には妻が読んだ。そして僕が最後に読んだ。
 久々に読んだ感想として、正直小学生にはちょっと早かったかもしれないとは思ったが、やはり良い本であると思った。ブラッドベリを思わせる部分もあるが、もっと不気味で、真摯で、文学性も高い。怪奇小説の名作と言っていいんじゃないかと思う。
 この作品の著者であるロバート・ウェストールという人は、「海辺の王国」という小説を書いていて、僕は数年前に読んで随分感動した。そちらもあわせて、一読の価値がある。

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