今日は上野の森美術館で開催されている「生頼範義展」を観に行ってきました。
開催は明日までという、滑り込みだったせいか、かなりの混雑。そこまで混んでないという話だったから、油断してましたが、さすがに閉幕直前はそうはゆかなかった。入場までに30分ほど待たされ、中へ。並んでいた方々は、さすがに年齢層高め、男性率高め、でした。自分も含めて。
入場してすぐにあるのは、生頼範義さんの「自分は生活者として、肉体労働者として、絵を描いてきたのだ」という言葉。芸術家を目指すことを諦め、プロとして売るための絵を描くことに自ら徹してきたのだという複雑な心情が覗え、同時に、ちょっとした時代性も感じました。今ならば、これほどまでに悲愴な決意をする必要など、ないだろうからです。
さて、その生頼さんの言葉のある部屋には、これまでに手がけた書籍の一部をピラミッド型の展示スペースに並べた、いわゆる「生頼タワー」がありました。これが圧巻で、テンションが一気に上がりました。持っている/持っていた本がたくさんあり、なんだか、ちょっとこみ上げてくるものがありました。その部屋には、他にもポスターがたくさん展示されており、撮影も可能でした。一応撮影もしてみたのですが、テンションが上がっていたので、それどころではなく、あまり良い写真は撮れていません。ネット上には、もっとちゃんとした写真がたくさんあると思うので、そちらの方を探して頂ければと思います。
次の部屋には、ゴジラやスターウォーズの原画という、いきなりのクライマックスがやってきます。ここは、さすがに混雑していて、ゆっくり観れませんでした。それでも、これまでに何度もポスターで目にしてきた絵の実物を見れたのは、嬉しかったです。ただまあ、正直言えばこのあたりにはそれほどの思い入れもなかったんですよね。
思い入れがあったのは、どちらかといえばその後の小松左京や平井和正のカバー絵、ハヤカワ文庫のカバー絵、それにSFアドベンチャーの表紙絵などです。
絵を見ながら、いろいろなことを思い出しましたね。なんで角川文庫の小松左京作品のカバー絵にはミケランジェロの絵の模写が必ず入ってるんだろうと不思議に思っていたこととか、幻魔大戦が映画化したときに、大友克洋さんの描いたベガを見て「なんじゃこのおっさんみたいなベガは!」と思ったこととか。一時期、幻魔大戦のカバーが大友さんのものに差し替えられたことがあって、嫌だったんですが、多分いまではそちらの方がレアなんでしょうね。そうそう、生頼さんの描いたベガを竹内隆之さんが立体化したものが展示されていたのですが、これがものすごく格好よかった。やっぱりベガはこうだよな、とつくづく思いましたね。
幻魔大戦といえば、平井和正さんももう随分前に亡くなってしまいました。一時期はかなり読んでいて、好きだったんですが(いちばん好きだったのが、「エイトマン」をノベライズするにあたって、黒人を主人公に据えた「サイボーグ・ブルース」でした。これは本当に傑作だったと思います。初期のウルフガイも好きでした)、幻魔大戦の途中、GENKENが出てくるあたりからだんだんと宗教がかってきて、話がちっとも進まないまま延々と霊的なことばかり話すようになってしまい、次第に気持ちが離れてゆきました。SFアドベンチャーで連載されていた真・幻魔大戦も、途中までは読みましたが、いつ脱落したのかさえ覚えていないくらいです。結局、幻魔大戦シリーズでいちばんおもしろかったのは、新・幻魔大戦だったように思います。ウルフガイシリーズも、人狼白書あたりからそんな感じになって、読まなくなりました。ちょうど無印幻魔大戦が全20巻で終わった後くらいに、これからはあまり文庫では出したくないというようなことを言い出して、ハードカバーでの刊行が続いたことも、お金のない学生にとっては買わなくなる理由には十分だったように思います。そうした変化は、後から思えば平井さんがある宗教に傾倒していたからだったのですが、当時はそんなことは知らなかったから、いったいどうしたんだろうという感じでした。いずれにせよ、平井さんの小説はそれ以来読まなくなってしまいました。どう考えても終わりそうになかった幻魔大戦は、亡くなる少し前にまさかの完結をみているとは聞いていますが、いまさら読む気にもなれないというのが正直なところです。
SFアドベンチャー表紙の生頼美女は、安定の迫力でしたね。
さて、展示最後の部屋には、生頼さんのオリジナル絵画が数点、かなりの迫力で展示されていました。絵画作品なのですが、長年イラストレーターとしてやってきた生頼さんですから、タッチはもうイラストレーターとしてこなれた感じのままです。ただ、大きさが全く他とは違う。それに、扱っている題材も違う。仕事として描いていた絵は、どちらかといえば「格好いい戦い」といった感じのものなのですが、その部屋に展示されていた絵は、明らかに「戦いの悲惨さ」に焦点を当てて描かれたものでした。特に七年を費やしたという大作「破壊された人間」は、生頼さんはもともと兵庫県明石市の生まれなのですが、幼い頃に自ら体験した空襲などの記憶から感じた、戦いの中では人は殺されるのではなくただ破壊されるだけであるという、力強いメッセージが込められた壮絶な作品でした。
ともかく点数が多く、十分に堪能できる展覧会でした。近年では、こうしたどこか泥臭いというか暑苦しいというか、そうした絵が使われることも少なくなり、どちらかといえばデジタルで描かれたすっきりとした絵ばかりが本の表紙を飾るようになりましたが、筆で描かれた一枚の大きな絵というものの持つ意味を少しばかり考えました。生頼範義さんの誠実さは、その完璧な技術力に、計算された構図に、雄弁に現れていると思いました。良い展覧会でした。