漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

お台場アイランドべイビー

2015年07月27日 | 読書録

「お台場アイランドベイビー」 伊与原 新著
角川文庫 角川書店刊

 を読む。

 第30回(2010年度) 横溝正史ミステリ大賞受賞。
 未曾有の大地震によって壊滅寸前となった東京が舞台。大地震、といえば東日本大震災を思い出すだろうが、これは地震の起きる前年に出版された本。著者が大阪出身で、神戸大学を出ていることから、どちらかというと阪神・淡路大震災を念頭に置いて、もしそのレベルの地震が首都圏を襲ったらという仮定のもと、書かれたものだろう(ついでに言えば、タイトルはルー・リードの名曲「コニーアイランド・ベイビー」を連想させるが、まあ、それもあまり関係はなさそうです)。
 アマゾンのレビューを見ると、何かのイベントとのタイアップされたこともあるようで、そのせいか、あまり評判は良くないようだが、いや、これはとても面白い小説。横溝正史ミステリ大賞を受賞し、ハードカバー版の帯には「泣けるミステリ」として宣伝されたようだが、はっきり言って宣伝の仕方が間違っている。これはミステリというより、小松左京ら正統派SF作家の流れをついだSF作品だし、泣くために書かれた作品でもない。楽しいイベントのために読むような本でもないし(あまりにリアルな、廃墟と化したお台場などの湾岸地帯の描写に圧倒され、イベントに使うことを思いついた人がいるのかもしれないが、なにせ暗すぎる)、出版の翌年に本当に大地震が起きてしまったことも作品にとっては不幸だっただろう。だけど、地震とは関係なく、今、読む価値は大いにあると思う。色々と、考えることはあるはず。最後は、ちょっとあっけないけれども、あっさり忘れ去られてしまうにはもったいない傑作。
 
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 昨日、調布の住宅街に小型セスナが墜落したというニユースが飛び込んできたが、実は昨日、ぼくは野川公園に行ってたので、すぐ近くだったから、ちょっとした野次馬根性を出して、調布の方へと行ってみた。そして、飛行場を経由して、現場を訪れた。
 辺りには、もちろん野次馬もたくさんいたけれども、それよりも、取材の人たちや救急隊、消防士、警官らであふれていた。少し離れた場所から現場を見たけれど、真っ黒に焼け落ちているという酷いもので、その時はまだ、セスナの水色の翼も見えていた。
 ぞっとする事件だが、もし戦争にでもなれば、こんな光景は日常になってしまうのだろうとも思い、さらにぞっとした。ニュースで、「空爆を行った」とか、何気なく伝えられたりするけれども、本当に酷いものなのだと、その片鱗だけだけれども、覗った気がする。戦争ができる国にしてはいけない。

火星の人

2015年07月13日 | 読書録

「火星の人」 アンディ・ウィアー著 小野田和子訳
ハヤカワ文庫SF 早川書房刊

 久々に読んだ、ものすごく面白い、ゴリゴリのハードSF。著者が「自分はNASAオタクだ」と公言している通り、ディテールがすさまじい。
 ストーリーそのものは非常にシンプルで、いわゆる漂流記ものだが、その場所というのが、なんと火星。不慮の事故によって死んだと思われ、不毛の火星にたったひとり取り残された主人公が、次の火星探査船がやってくるまでの間、手持ちの材料と、あらゆる科学的知識を総動員して、一日でも長く生き残ることに挑戦するというもの。超生命体や宇宙人、奇跡的な現象などは何一つ出てこない。ひたすらシビアで、科学的で、現実的。淡々と一日一日、知恵を振り絞りながら、生き残れる可能性にかけて、生活を続ける。ただそれだけなのだが、「そんなことが可能なのか!」という驚きが次から次へと現れてきて、ページをめくる手が止まらない。こればかりは、SF小説でしか味わえない、ハードSFの醍醐味だろうが、書かれていることがちゃんと理解できなくても(僕にもよくわからないところはいっぱいある)、十分に楽しめると思う。ましてや理系の人ならば、そのつめ込まれたアイデアの一つ一つを味わいながら、本当に楽しめるんじゃないかと思う。
 もともとはウェブに個人的な趣味で連載されていた作品。まとめた形で出すにあたっても、著者は、最初は「別にタダでもいい」と思っていたらしく、アマゾンの電子書籍部門の最低設定価格で販売を始めたらしいが、これほどの傑作だから、周りが放っておくはずがない。あっという間にメジャーな出版社から書籍化され、ベストセラーに。リドリー・スコット監督、マッド・デイモン主演で映画化も決定されており、既に予告編も公開されている。日本においても、星雲賞の海外長編部門を受賞したが、当然と言えば当然といった風潮。
 いや、ちょっとこれはすごいです。しかも、主人公の明るさが、とてもいい。たった一人の人間を助けるために、アメリカと中国が協力をし、莫大な金と時間を費やすというのも感動的だが(もちろん、火星でサバイバルをした経験が、非常に貴重な研究資料となるということはあるわけだが)、それに対する「自らの生きる権利を微塵も疑わない」主人公の姿勢も、非常にいろいろと、思うところがあった。誰もが胸を張って、すべきだと信じることをやっていて、清々しい。「自己責任」とか「申し訳ない」とか、一言も出てこないものね。久々に強烈な「センス・オブ・ワンダー」を感じる一冊だった。

「シャーロック・ホームズたちの冒険」と「クロノス・ジョウンターの伝説」

2015年07月05日 | 読書録
「シャーロック・ホームズたちの冒険」 田中啓文著 東京創元社刊

 短篇集。巻頭の「スマトラの大ネズミ」には、実際にホームズが出てくるが(最後のmとdにも、ある意味で出てくるけれども)、後は歴史上の人物が、ホームズばりの推理を働かせる物語。どの短編も、かなり面白い。まあ、ところどころダジャレに落としこむという、作者の悪癖……いや、個性を、鼻で笑えるかどうかというあたり、好き嫌いは多少あるかもしれませんが。「スマトラの大ネズミ」には、シャーロキアンにはおなじみの、謎の日本武術「バリツ」がやたらと出てくるし。
 いちばん印象に残ったのは、「八雲が来た理由」。これはなかなか上手い一作だと思う。
 ホームズもののパスティーシュといえば、すっかり忘れていたけれども、少し前に読んだ柳広司の「吾輩はシャーロック・ホームズである」もなかなか面白かった。これは、ロンドンで神経衰弱になった夏目漱石が、自分をホームズだと思い込み、ワトソン博士を巻き込みながら、トンチンカンな推理ばかりをするという物語だった。



「クロノス・ジョウンターの伝説」  梶尾真治著
ソノラマ文庫 朝日ソノラマ刊

 「演劇集団キャラメルボックス」の演目のひとつにもなっており、タイムトラベルを扱ったジュヴナイルSFのひとつとして、有名な連作短編。SFではあるけれども、誰にでも面白く読める、軽めの作品で、何度も版元を変えて出版されているあたり、人気が伺える。
 クロノス・ジョウンターというのは、短時間しか過去に送れない不完全なタイムマシンのこと。その制限が、少し切ない恋愛ストーリーをつくり上げる。ただ、ライトな作品なので、がっつりSFを読んでいる人間からするとやや物足りないかもしれない。
 

営繕かるかや怪異譚

2015年07月03日 | 読書録
 yahooニュースに、「公安調査庁が“大学生調査官”を募集 インテリジェンス・オフィサーを疑似体験」という記事。学生にチクリ屋をやらせようということなのか。少し前には、文系学部を廃止するとか言い出したり、ぼくの大嫌いな安倍政権は、ついに隠そうともせずに、あまりにもあからさまなことをやり始めている。もともと、ぼくは政治にはさほど興味もないのだけれど、さすがにこの年になると、「やばい感じ」というのは、肌で感じる。だから、この安倍船長率いる阿呆船が、様々なハプニングの波に飲まれて、さっさと沈む、あるいは漂流することを、心から望んでいる。


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「営繕かるかや怪異譚」 小野不由美著 角川書店刊

 を読む。

 カバ―絵を、「蟲師」の漆原友紀が描いているが、内容的にもまさにそんな感じ。いわゆる「ゴーストハンターもの」なのだが、一般的なゴーストハンターとは違い、どこか飄々としてはいるが、一見は普通の親切な青年であるリフォーム業者「営繕かるかや」の主人は、家に憑く怪異を、退治するのではなく、害がないように、逸らす。怪異の正体をはっきりと暴くようなこともしない。つまり、「怪異とは戦えない、共存するものである」という感覚に貫かれている。それだけに、怖いというよりは、幻想的という感じの作品が並んでいるのだが、鮮烈なイメージを残しつつエンターティメント性も失っていないのは、さすがという他はない。
 ところで、「残穢」が映画化するという話題が出たりで、最近やや活動が活発になりつつある小野主上だが、「十二国記」の続きは、いったいどうなっているのだろう。本当に出るのかな?