漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 前回に続いて、ちょっと音楽のはなし。

 中学校に入ってすぐの頃、貸レコード屋が流行り始めた。
 僕が住んでいた垂水という町にも、ドブ川に面した古いビルの二階に、「ローリングストーン」という、小さな貸レコード屋が出来た。「ローリングストーンズ」でないところが微妙だが、そこの店のマークは、もろにストーンズのマークだった。
 僕がそこの貸しレコード屋で初めて借りたレコードは、いまでもはっきりと憶えているのだが、ビートルズの初期の作品ばかりをあつめたベスト盤と、それからEarth Wind & Fireの「黙示録」だった。
 ビートルズはともかく、アースのアルバムは、どうして借りたのか、実はよく覚えていない。多分ジャケットの長岡秀星のイラストがインパクト十分だったからだろうと思う。ただ、借りて帰って「ブギ・ワンダーランド」を聴いたとき、「あ、これはよくたるせん(高架下にあるショッピングセンター)で聞く曲だ。偶然だなあ、ものすごく印象に残る曲なんだよなあ」と思ったのを憶えている。
 だから、僕が自分の意志で聞こうと思った初めての洋楽は、アースだということになるわけだ。
 このアルバムを含め、それからアースのアルバムは数枚聞いた。かなり気に入って、随分聞いたのだが、やがてパンクやニューウェーブの波に飲まれて、高校の頃には、いつしかブラックを聞くのはやめてしまっていた。ブラックをまた聞き始めたのは、マービン・ゲイの凄みに改めて打ちのめされた、二十歳を随分過ぎてからのことだ。

 久しぶりに、アースを聞いてみる。
 スピーカーから、「After The Love Is Gone」が流れ出す。
 目の前の時間が、曖昧になってゆくような気がする。

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 すっかりと朝夕が涼しくなって、過ごしやすいが、冬に向かう寂しさも感じるようになってきた。
 AORなんて、嫌味のように甘くて、好きじゃない。そんな風に思うのだが、時々、そうでもないなとも思う。ふと聞きたくなるのは、意外とAORだったりするからだ。育った時代が時代だから、仕方がないのだろう。
 そんなわけで、ふと聞きたくなったのがBoz Scaggsの「Harbor Lights」。今、部屋に流れている。彼の曲の中で最も有名な「We're All Alone」が収録されているアルバム「Silk Degrees」の中の一曲だ。
 名曲というには、余りに甘ったるい曲。だが、東京に来てから、この曲を聴くたびに、僕は神戸のことを思い出す。今の神戸にはない、僕がまだ子供だったからこそ感じる事が出来たのかもしれない、あの頃の神戸の街の光景を思い出す。
 トア・ロードの坂道を登り、北野町へ向かう。ふと立ち止まり、振り返る。遠くには港が見えている。ポートタワーが見える。港に、青い光が、凛として輝いている。

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 写真は、9月17日に真鶴に行った時、歩いていた途中で見つけた、焼けた廃墟。
 実はその三週間前に来た時は、ここの廃墟はまだ焼けてませんでした。存在感のある廃墟だったので、憶えていたのです。
 誰かが火を点けたのでしょうか?
 それとも、侵入していた人間の、煙草の不始末?
 廃墟は、これがあるから怖いですね。

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 昨日、小津安二郎監督の「東京物語」を見た。
 名作の誉れ高い映画だが、見るのは初めてだった。実は、小津作品自体、見るのは初めてだった。
 日本映画を見る習慣が、長い間なかった。そのせいで、随分見ていない邦画がある。黒澤作品も、一作も見ていない。だが、ここ数年で面白い邦画が随分と増え、日本の映画を見る機会が多くなったから、昔の映画で名作と言われているものくらい見ておこうと思ったのだ。それに、小津作品を見ようと思った理由はもう一つあって、日経に乗っていた誰かのエッセイで、小津監督が映画のシナリオを書くときは、茅ヶ崎あたりの旅館に缶詰になっていたということを読んだからだ。湘南が好きな監督の名画なら、間違いないだろうと思った。
 実際に見ると、想像していたよりもずっと良い映画だった。全く古臭い感じがしない。特にストーリーに起伏があるわけでもないのに、淡々と、ずっと飽きずに見続けられる。なるほど、名監督と呼ばれるだけはあるなぁと、当然のような感想を持った。

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 祭りの当日は、朝からきれいに晴れ渡っていた。
 陽射しはまさに身を刺すようだった。影は濡れたように黒かった。
 祭りだというのに、町は妙に静かだった。だがそれも昼頃までで、その後は町のあちらこちらの道を封鎖したり、小さな櫓を組んだりと、皆が忙しく動き始めた。陰祭りだから、必要以上に注目を集めないようにできるだけ準備の時間を短く取るのだという。私も準備に駆り出され、忙しく立ち働かされた。

 月渡りの祭りは、日没と共に始まった。
 皆が、岬の小さな浜に集まっていた。
 そこからは、港が見える。
 どん、という太鼓の音で、一斉にあちらこちらの松明に火が点された。港の方でも、沢山の火が踊っていた。同時に、老人たちは不思議な唄を歌い始めた。それは祈りの唄のようでもあり、舟唄のようでもあった。私は浜の端のほうで、他の人々と同じように、砂の上にあぐらをかいて座っていた。見上げると、水平線の少し上に、驚くほど明るく、それでいて赤い、丸い月が見えた。月はまるで、膨れ上がった終末期の星のようだった。
 浜の中心部には、小さな丸い鉢に盛られた三色の野菜が、ぐるりと円を描くようにして、幾鉢も並べられていた。そしてその中心には、巨大な盆がどんと置かれてある。艶やかに黒く光るその盆は、驚くことに、一枚彫りだった。
 やがてその場に、何か大きな白いものを背負った松輪さんが現れた。ゆっくりと、確かめるような足取りで歩いてくる。私はじっと目を凝らした。松輪さんが近づくにつれて、その背負っているものが、真っ白い布で覆われた人間であることがわかった。疑うまでもない、京ちゃんに違いなかった。松輪さんはそうしてざくざくと砂を踏んで歩きながら、浜の中ほどの巨大な盆に向かった。盆に辿り付くと、ゆっくりとかがんで、背中に背負っていた京ちゃんに降りるように促した。寸分の隙もなく白い布で覆われた彼女は、松輪さんの背中から離れ、砂の上に立った。松輪さんは突っ立っている彼女をさらに促して、盆の真中に、海の方を向くようにして座らせた。
 松輪さんは少しだけ彼女の周りを確認したが、すぐにそこを離れて、我々の中に場所を見つけて、同じように座った。また太鼓が鳴った。すると、港から二艘の船が沢山の漁火を点して、海に漕ぎ出した。やがて沖に出た船は、海上の月の光の筋を間に介して、停泊した。
 太鼓が鳴った。歌が、熱を帯び始めた。海上では船が、ゆっくりと円を描きながら、回り始めた。目を凝らすと、船の上から時々、何かを海に向かって投げ入れていた。経文を書いた石だろうと私は思った。船は互いを追うように数周、海の上を回ると、再び港へ戻っていった。
 その後は、暫くの全くの沈黙があった。波の音だけしか聞こえない。私はじっと息を凝らして、待っていた。何を?そう思った時、太鼓が鳴った。それを合図に、全ての火が消された。闇がざっとやってきて、辺りを包んだ。
 だが、辺りが闇に覆われたと感じたのは、ほんの暫くの間だけだった。すぐに、月の光が辺りを柔らかく照らしていることに気がついた。さらに目が慣れるにつれて、離れた人々の表情まで、はっきりとわかるようになっていった。
 いまや、盆の上の京ちゃんの被っている白い布の質感まで、感じ取れた。月の光の中でその布は、ほの青い、不思議な光を放っているようだった。私はじっと彼女のシルエットを見詰めていた。
 ふと、その布がざわざわと揺れた。布の擦れる音がした。と、するりと布が滑り、盆の上に落ちた。心臓が、大きく打った。
 中から現れたのは、身体が完璧に透き通った、裸の京ちゃんだった。彼女を通して、向こうの景色が見える。目を凝らすと、内臓や血管、血液に至るまで、全てが透き通って、そこにあるのがわかる。まるでガラス細工のようだが、月の光の下で目にする彼女の印象はそうではない。透明な有機体。見方一つでは随分グロテスクで、そう、海月に近い。海月のような京ちゃんの身体が、月の光を浴びて、微かに銀色に光っている。
 涙が出てきた。だが、言葉にならない。海月の身体を持つ女は、月の光の下では、身体が透明になる。ひと月まえ、彼女はそう言っていた。そんなことがあるはずはないと、私は信じなかったが、何一つ嘘ではなかった。それから、三日前のことがある。あの時、彼女は毒出しをしていると言っていたが、多分、身体の老廃物を限界まで出すという作業をしていたのだろう。身体が透き通ってしまっても、美しく見えるように、あの神社の床に這いつくばって、空腹に耐えていたのだろう。そう思うと、とても辛かった。目の前にある彼女の身体は、私の知っている京ちゃんの身体より、一回りも小さく見えた。幾ら美しく見えていても、だからとても哀しかった。
 彼女が布を払ったのと呼応するように、月の光がさらに強くなったように感じた。しんしんと辺りに満ちて、まるで光は粒子のようだった。私は海を見た。海の上には、真っ直ぐに、月の光の道がこちらへ向かって伸びていた。明るく、翻るように輝くその道は、静かに揺れながら、彼女を誘っているように見えた。
 京ちゃんはゆっくりと立ち上がった。一糸も纏ってはいないが、身体が完全に透き通っているから、人のようには見えない。彼女が完全に立ち上がると、辺りから軽いどよめきが起こったが、また静かになった。
 彼女は足を踏み出した。痩せ細った身体は、いかにも頼りなかった。だが、構うことなく背中を伸ばし、一歩一歩海に向かって歩いた。やがて、彼女の足が海に触れた。その瞬間、空気が張り詰めたように感じた。彼女に、不思議な生命力が宿ったように見えた。
 月はもはや赤くはなく、白く、鋭く輝いている。その光がさっと彼女の足元まで伸びていた。彼女は柔らかく透明な足で、さらに一歩踏み出した。
 彼女の足は、水には沈まなかった。京ちゃんは、海の上を歩いていた。京ちゃんは、月の光の道を、沖に向かって歩いていた。しっかりとした、軽い足取りで。私は何もかも忘れて、歩み去って行く彼女に見入っていたが、暫くしてはっと気が付いた。彼女の歩んだ後の月の道が砕けて、海に浮かぶ幾つもの丸い月になっていた。さらに、よく見ると海の所々が、微かに青く光っていた。夜光虫だろうか。私は思った。だが、その光も、月の激しい輝きの中では霞んで見えた。月夜の星。そんな事を思った。
 どのくらいの時間、そうして海の上を歩んで行く京ちゃんの後ろ姿を見ていただろう。彼女の姿は、もう水平線近くにあって、視界から消えようとしていた。彼女の歩いた後には、幾つもの丸い月が、揺れながら海に浮かんでいた。
 やがて、彼女の姿が水平線の辺りでぐらりと揺れて消えた。その瞬間、月の輝きがぐらりと揺れた。そして、海に浮かぶ月が、一斉に揺れながら、海の底に消えていった。
 


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 その日を境に、京ちゃんはほとんど人前に姿を見せる事はなくなった。代わりに、毎日午後三時頃になると、古びた麦わら帽子を被った漁労長の松輪さんが彼女の家を訪れ、二時間ほどを彼女の家で過ごし、午後五時頃にそこを後にするようになった。夕陽を背負うようにして、ギシギシと坂道を下って行く松輪さんの姿を、私は何度も見かけた。普段から厳しい印象のある松輪さんだが、その時はザックリとした影がまるで刺青のように身体を這っていて、さらにそういう印象が際立っていたから、とても話し掛けることなど出来そうもなかった。
 だからといって、私が何もしなかったというわけではない。何度か彼女の家を尋ねてみた。だがいつも、どうしても会いたくないといっているのよという彼女の母親の言葉に、すげなく追い返されるだけだった。母親の口調には、何とも表現しようのない、確固とした意思と苦しさを感じ取る事ができたから、なおさらそれ以上は何も言えなかった。
 そのようにして日々は過ぎていった。
 そして今日。
 月渡りの祭りまで、あと三夜を数えるまでになった。

 私はそっと家を抜け出して、まだ薄暗い町に出て行った。港を避けて裏道を歩き、岬の方へ向かった。向かう先は、水母神社だった。京ちゃんは、四日前に家を出て、神社に移ったという。「渡り女」になるための、儀式のようなものがあるのだろう。祭りの当日まで、彼女はその小さな神社で過ごす事になるらしい。
 この時間なら、多分皆は出払っていて、いない筈だ。
 私は誰にも見られないよう、気をつけながら神社に向かった。

 神社へ続く、古く急な石段は、半ば雑草に侵食されていた。私は階段を使わず、裏手の道から水母神社に辿り付いた。案の定、辺りには誰の姿もない。神社へ辿り付くまでの道は殆ど何の手入れもされていなかったが、さすがに神社の境内は、そこだけぽっかりと開けたように、綺麗になっていた。
 敷地には本殿がひとつ、ぽつりとある。私はさらに用心深く、そちらへ向かって歩いた。そして、そっと中を覗き込んだ。
 しかし、思いがけず中がまるで見えない。どうやら中が見えないように、内側にいくつもの立て板が立てかけられているらしかった。扉も、恐る恐る手を掛けてみたが、開かない。どうしようかと、私はしばらく思案していた。どこかから、それはおそらく中からだろうが、余り良いとはいえない臭いがしてくる。微かではあるが、腐った海水と、汚物のような臭い。嫌な気がした。中で京ちゃんは死んでいるのではないか。そんなことが頭をよぎった。扉を突き破って中に入ろうか。ふとそんなことも考えたが、村の大事な祭事だということを思うと、なかなかそんな勇気は湧いてこなかった。
 ふと、中から私を呼ぶ声がした。京ちゃんの声だった。
 大丈夫か。私は言った。
 大丈夫。京ちゃんの声が中から聞こえた。心配してきてくれたのね。
 私は答えなかった。彼女は続けた。
 でも、心配しなくていいわ。それより、月渡りの祭りを楽しみにしていてね。
 中で何をしているんだ。私は言った。見えないから、不安になるんだ。 
 今は、毒出しをしているの。京ちゃんは言う。身を清めていると言う方が、綺麗な言い方かもしれないけれど。だから、とても見せられる状態じゃないわ。絶対に見ないで。
 私は黙っていた。何も言葉が出てこなかった。
 この部屋には、これまでの「渡り女」の名前がすべて刻まれているのよ。彼女は言った。この祭りが終われば、私の名前もここに並ぶことになるわ。
 私は黙っていた。
 昨日の月も、とても綺麗だったわね。京ちゃんの声が、どこか唄のように聞こえてきた。でも、祭りの日の満月は、もっとずっと綺麗なはずだわ。
 どこかで、かさりという音がした。振り向いたが、誰もいない。私は空を見あげた。そろそろ空が明るくなり始めている。
 もう行くよ。私はぽつりと言った。
 中からは、京ちゃんの声は聞こえなかった。
 私は来た道を引き返し始めた。

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 夏の盛りだったから、午後の空気は余りにも重く、まるで液体のようだった。私はその空気を掻き分けるようにして走った。息があがって、心臓が激しく打ったが、足を止めることはなかった。そうして火の見櫓の脇を通り過ぎるとき、櫓の影がゆらゆらと揺れた気がした。けれども、それはもしかしたら幻だったのかもしれない。
 やがて私は京ちゃんの家に辿り付いた。そして、息を弾ませながら、訪問を告げた。しばらくして、家の奥の暗がりに人影が見えた。京ちゃんだった。京ちゃんは、随分と痩せて見えた。
 どうしたの、と彼女は言った。体中が汗でずぶぬれじゃない。
 それからどういう風に話をしたのだろう。暑さで気が遠くなっていたから、全く覚えていない。次に憶えているのは、二人で港の近くの神社の階段に腰をかけていたという場面だ。
 今日、関川さんが家に来て、そう言ってた。
 私はそんな風に彼女に話していた。
 関川さんは、君が今度の渡り女だと。
 遠くに、海が見えていた。その海は、神社の鳥居の向こうで光っていた。
 そうなの、と彼女は言った。ずっと言えなくて、今まで来てしまったわ。でも、それは本当のことよ。
 でも、と私は言った。どうしても信じられないよ。 
 抱きしめてみて、と彼女は言った。私は彼女を抱きしめた。少し痩せたようだが、しっかりとした体の重みを感じた。
 やっぱり信じられないな。私は言った。
 私も信じたくないわ。彼女は言った。でも、それは昼の間だけ。夜になると、私は信じないわけには行かなくなるのよ。何といっても、自分の身体なんだから。自分の目で、自分の身体が透明になっているのを見ているのよ。
 私は何も言えなかった。
 司祭の人たちは、私を渡り女と呼んでくれるけれど。彼女は言った。私は自分がただのクラゲの化け物だと思うわ。
 私はやはり何も言えなかった。
 来月。彼女は言った。私は月渡りをするわ。私には、それが避けられないことだと、自分でも思うから。
 それからしばらく、私達は二人とも黙っていた。随分してから、彼女が両手で何かをそっと包み込むような仕草をした。
 見て。と彼女は言った。この手の中を。
 私は顔を寄せて、手の中を覗き込んだ。その拳の中は、とても穏やかな銀色で、まるで海のようだった。

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 月渡りの祭りが近づくにつれて、私には、自分の心がまるで土の塊のように寄る辺ないものになって、次第に沈んで行くのを止める事が出来なかった。今は明け方の四時。空が少しづつ軽くなってゆく。今夜も眠れなかった。あと、三夜。天気予報では、これから当分は秋晴れの、明るい夜空が広がるという。いくら呪っても、私には雨雲を連れてくることは出来ない。月渡りの祭りは、避けることが出来ないだろう。

 「月渡りの祭り」は、とても古い祭りだ。昔からこの港町に伝わっている暦にしたがって、数年から数十年に一度、不定期にひっそりと行われる祭りである。ひっそりと、というのは、この祭りはあくまでも閉鎖的な、「陰祭り」だからだ。
 したがって、この祭りには誰でも参加できるというわけではない。この町に古くから住んでいる人々のための祭りで、部外者は見ることさえ許されていないし、例えこの町に住んでいても、中には参加の許されない人たちもいる。参加の資格を与えられた人々には、一人一人、口から口へとその旨が伝えられる。口外は一切許されない。だからこそ「陰祭り」なのだ。遥か昔から、そのようにして伝えられてきた祭りである。
 祭りがいつ行われるのか。それは祭りの運営に関わる人々を除けば、誰にも寸前までわからない建前になっている。建前というのは、かなり前からその噂が何となく囁かれ始めるからだ。三年後には多分、月渡りがあるらしいぞ。例えばそんな風に、若い男達の間で話題になり始める。ほら、川向こうの・・・のところの・・・ちゃん、あれがどうやらそうらしい。例えばそんな風に語られる。
 実際のところは、誰もはっきりとしたことはわからない。とはいえ、そうした噂が間違っていることは殆どない。ただ、そうした噂の経ち始めた家の娘は、夜になるとしっかりと家に引きこもって、決して外に出てこようとしないから、確かめようがないだけだ。だが、そうしたことで、噂は却って真実味を帯び始める。そして、さらに噂が若い男達の間で囁かれるのだ。

 今年は、月渡りの祭りが行われる。先月の半ば、文房具屋の関川さんが、僕に直接知らせに来た。関川老人は縁側にゆっくりと腰を掛けて、切り出した。
 今年は、月渡りがあるぞ。老人は言った。来月の満月の夜だ。だから、18日だな。
 それだけ言うと、老人はしばらく口をもごもごと動かしていた。
 辛いだろうが、とやがて関川さんはゆっくりと言った。
 あのな、上畑の京ちゃんがどうもそうらしいということだ。暦にも合っているから、もはや避けることは出来そうも無い。おまえが京ちゃんと仲がいいのは知っているが、仕方ない。避けることはできないんだ。わたしを恨まないでくれ。
 関川翁は、そう言い残して、軽く頭を振ると、いかにも腰が痛むといった風にゆっくりと立ち上がり、一礼をして立ち去った。
 私は老人の姿を最後まで見送らなかった。しばらくは流石に茫然としていたが、はっと気が付くと慌ててざっと立ち上がって、一目散に駆け始めた。

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 今日は、黒崎の鼻へ。
 最近は、ここへ来るたびに、何かの撮影をしているところに出くわす。
 映画だかドラマだかの撮影、写真集だかプロモーション映像だかの撮影、等々。
 昨日も、何かの撮影をしていた。
 沢山のスタッフがいたから、商品として売り出されるものだろうが、モデルはどう見ても小学生の女の子。水着で色々なポーズを取っている。
 こういうのは、誰が見るんだろう。

 ちなみに写真は、三戸海岸に沿った道。
 この前、ラジオで「ホワイトバランスを調節すると、映画、例えば北野ブルーのような、雰囲気の映像が撮れる」というようなことを言っているのを耳にして、それはビデオの話だったのだけれど、当然カメラでも同じだろうと、一枚試しに近くの白い壁からホワイトバランスを採って、撮影してみた。確かにちょっとそんな雰囲気。リサイズ以外、加工していません。でも、こういうのなら、後から加工してもいいのかもしれない。

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 真鶴を再訪した。
 電車で行くにはやたらと遠いのだが、懲りずに。
 やはり、あの海の中の豊かな様子が、目に浮かんで仕方なかったからだ。

 かつては、スキューバをやっていたのだが、結構お金もかかるし、手間も掛かるというので、だんだんとやらなくなった。かわりに、といってはなんだけれど、スキンダイビングが楽しくなった。気軽に、どこででもできるのがいい。それで、近場の海に出かける癖が出来たのだ。

 真鶴は、伊豆に勝るとまではさすがに言えないまでも、相当楽しめる場所だ。ソフトコーラルは結構あるし、三浦半島のような海藻の海ではないから、色々と観察もしやすい。海の深さもあるので、スキンダイビングの練習場としても使われているようだ。透明度がよいので、なるほど、うってつけだろう。

 はじめの写真は、三ツ石から真鶴半島をみたところ。この森が、「魚つき保安林」と呼ばれる原生林だ。なんでも、この森が豊かな海を育てているという。ただし、その因果関係はよくわかっていないらしい。
 次の写真が、ひっそりとした、隠れ家のような小さな浜から撮った写真。
 真鶴の海岸の特徴は、ともかくゴロタの浜であるということ。番場浦の海岸は、特に、そのゴロタの石が丸いので驚く。殆どが、ピンポン玉のような球体なのだ。これは、なかなか珍しいのではないか。
 それに、全体に漂着物が多いということ。写真の浜は、特に多い。とても小さな浜なのに、流木がこれだけ流れ着くというのは、潮の流れのせいだろう。一部ではビーチコーミングのメッカとしても捉えられているというが、それもわかる気がする。
 こうしたことを、もう少し調べてみても面白そうだ。

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 今日、W.H.ホジスンの書簡や日記、写真など、貴重な文献を集めた本「The Wandering Soul」が届きました。出版元は、「Tartarus Press」という小さな出版社です。
 想像していたよりも立派な、ハードカバーの厚い本でした。ぱらぱらとめくってみると、かなりの数の写真が収録されていました。ホジスンが航海中に撮影した写真や、ホジスンのプライベートな写真などで、それだけでも相当興味深い本です。その他に、もちろん未発表作品。それに航海日記や、ボディービルについての論文なども収録されています。
 
 この本は150部限定のようで、手元にあるのは、その63番。何と見返しに、手書きで番号が書き入れられていました。それなりに高価ですが、興味のある方にはきっと満足の行く内容だと思います。
 (掲載した写真は、この本に収められていた写真の中の一葉で、「Moonlight Effects on Water」というタイトルが付けられていました)


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 9月3日のニュースなのですが、来年中に灯台守が姿を消すそうです。長崎県の五島列島にある、男女群島の女島の灯台が、最後の有人灯台になるようです。

 五島列島には、二十歳の頃に一度行ったことがあります。勿論、無人島である男女群島に行ったというわけではないのですが。素朴で、綺麗な島でした。
 木下恵介監督の映画「喜びも悲しみも幾年月」でも、かつての灯台守の仕事の過酷さについて描かれていました。何より、それだけ過酷でも、公務員だというだけで、結婚相手は簡単に見つかったというのが、驚きでもありあました。長岡日出雄氏の著書「日本の灯台」などにも、そのあたりのことは詳しく描かれていました。
 ともあれ、これで文学作品にも頻繁に登場する「灯台守」は、日本からは、姿を消すことになるようです。お疲れ様でした。

 ちなみに、ここここで、女島灯台の画像を見ることができます。

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 集英社文庫版、ジュール・ヴェルヌ著の「チャンセラー号の筏」を読みました。
 本には「本邦初訳」と銘打たれているのに、わざわざ「集英社版」と断ったのは、ヴェルヌのファンサイト「Jules Verne Page」を運営しているsynaさんによると、既に1913年に「漂流奇譚 生き残り日記」のタイトルで安東鶴城氏という方が翻訳し、フーズ・フー社から出版しているということだからです(詳しくは、ここにあります)。

 一読しての感想は、大変面白かったということです。
 こうした「漂流物」として有名な作品は、色々とありますが、発表された年代とその内容から考えても、「チャンセラー号の筏」はかなり高い評価のできる作品だと言えるでしょうね。さらに、細部に拘れば拘るほど、いろいろな発見もできそうです。

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 秋祭りの季節。
 早稲田の、面影橋の近くにある小さな氷川神社でも、秋祭りでした。
 ところで、昔から気になっていたのですが、「氷川神社」という神社は、東京のあちらこちらにあるようです。
 妻が、赤坂の豊川稲荷で巫女をしていたことがあって、同じ神社つながりだからと聞いてみましたが、どうしてこんなに沢山「氷川神社」があるのかは、やはりわからないそうです。
 そもそも、氷川神社は出雲系の神社だとか。スサノオの系統ですね。つまり、国譲り以前からの、かなり土着的な神社のようです。それが、東京に多いというのは、何か意味があるのでしょうか?

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夏月さんより、「お茶バトン」というのを、渡されてしまったらしいです。
せっかくなので、しっかり受け取りましたが、真面目に書くと、すごい事になりそうです(笑)。
でも、ものは試しで、答えましょう。

Q1. 今のお茶のストック量

 うちの冷蔵庫に麦茶。会社の冷蔵庫に、エルビーの紙パックの緑茶。

Q2. 今一番よく飲んでいるお茶

 カウントダウンで、好きなお茶を。

 5.カールスバーグドラフト
 4.ギネススタウト
 3.バス・ペールエール
 2.サッポロ黒ラベル
 1.キリンラガー・クラシック

 あと、眠る前に、ときどきカモミールティーを飲みます。

Q3. 最近買った茶葉の銘柄

 キリン秋味

Q4. お気に入りの喫茶店 5店

 これは、いろいろありますが、変わったものをいくつか。
 1.神戸元町 / 観音屋
  チーズケーキが有名。僕はチーズケーキが苦手なので、目の前で食べているのを見たことがあるだけで、実際に食べた事はないけれど、美味しいらしい。店中が観音様のグッズで溢れていて、圧倒。

 2.神戸本町 / 羅甸區
  店の中が、アンティークの時計だらけの店。
  こちらで情報があります。さっき検索して知ったのですが、まだあったんですね。

 3.東京阿佐ヶ谷 / おかりーな
  明け方の5時ころでもやっていたりした、不思議な喫茶店。狭い店内が猫のグッズだらけで、なによりすごかったのは、店内を巨大な猫が徘徊していたこと。年配の店主がその猫を「おとうさん」と呼んでいたのが怖かった。手を出すと、引っかかれる。さすがに、いまはもうないです。

 4.東京阿佐ヶ谷 / ビオロン
  店中が音響装置として作られている、凄い喫茶店。住宅街に、突然ある。聞くところでは、店主は中野の「クラシック」という、これまた凄い喫茶店の店主の弟子だとか。

 5.東京吉祥寺 / ボア
  吉祥寺の、時間の止まった喫茶店。

 こんなんでいいですか?
 あまりお茶を飲まないんで、ごめんなさい。
 バトンは、ここで打ち止めです。よかったら、だれか、自由に拾ってください。

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