漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 今年ももう終りですね。
 一年間、どうもありがとうございました。
 来年もどうかよろしくお願いします。

 僕は、明日から帰省します。
 今年は、生まれて初めて「青春18切符」というものを使って、鈍行で帰省してみることにしました。
 とはいえ、途中で一泊するつもりなので、それほどの強行軍でもありませんが。
 途中下車が自由なので、浜松で遠州灘に行こうと思います。

 東京に戻るのは、4日になる予定です。
 それでは、みなさん、よいお年を。

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 十二歳の頃まで、僕の毎日は、大体、そんな感じでした。空想と独り言を敷き詰めた部屋で、僕は夜を過ごしていたのです」
 イプシロンは言葉を切った。そして、また両手を不思議に空に這わせた。その手はとても白くて、なぜか、艶かしいと言えるほど、美しく見えた。
 「そうした日々を、僕は決して寂しいと感じていたわけではないのです」とイプシロンは言った。
 「でも、僕のそんな様子が、何時の間にか近所の人たちの知るところとなって、それが母の耳にも入ったようでした。母は、僕に一体何をしているのかと聞いてきました。僕は、素直に、妖精と遊んでいるんだと答えました。別段、何の意図も無い言葉だったのですが、母は随分堪えたようでした。それで、このままではいけないと考えたようです。
 ある日、母はどこからか、古いクラッシクギターを手に入れてきました。そして、ギターを僕に手渡しながら、言いました。
 『ねえ、イプシロン、ギターの練習をしてみない?上手くなったら、お母さんの働いているレストランで弾いて欲しいんだけど、どうかしら?』
 『お母さんの働いているレストランで?』
 『そう。上手じゃなければ駄目だけど、その代わり、お客さんに喜んでもらえたら、少しだけど、お金がもらえるわ』
 僕は母からギターを受け取り、その日から毎日、ギターを練習するようになりました。手が小さいから、苦労もしましたが、熱心に練習したおかげで、数ヶ月もすると、何とか人に聞かせることができるくらいには上達していました。最初は、ただ懸命だった練習でしたが、余裕が出てくると、音を楽しく感じることができるようになっていました。すると、その音が、まるで光の跳ねる音のように、思えてきました。僕は、その音の上に、妖精達を乗せて見ました。すると、辺り一面がさっと明るくなったかのように、華やかになりました。もちろん、部屋の中では妖精達の姿は見えません。けれども、その音の上に、確かに妖精達の明るい姿が、感じられたのです。

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 それに──」と、イプシロンは言った。
 「それに、あの丘の上では、妖精達の姿が、とても美しく見えたんです。あれほど妖精達が綺麗に見える場所は、他にはなかったな。瑞々しい光が、豊かに膨らんでいて、透き通っていました。そのゆったりとした空気の中を、転がるように跳ねている妖精達は、その動きのひとつひとつが音のようで、まるで音楽を奏でているようでした。僕はごろりと丘で横たわり、幸せに草の香りを楽しみながら、時々指を伸ばし、妖精達をからかって遊びました。僕がそうしてからかってやると、妖精たちはとても嬉しそうに、また、ころころと転がって見せるのです。
 僕は、晴れている日には暗くなるまで、そうして丘の上で妖精たちと過ごしました。
 丘の上から見詰めていると、日が暮れてくるにつれて、街が次第に夢見るような色彩に彩られ、やがては荒い粒子のようになって、闇の中に溶け込んで行くのが見えました。そして、その闇の中に、様々な色彩の灯りが浮かびあがり、その中には、僕の母が働いているレストランの灯りも、ありました。僕の目には、その灯りだけが、周りから浮き上がって見えました。
 けれども、その灯りが見える頃には、もう僕には妖精の姿は見えなくなっています。灯りを見詰めているうちに、だんだんと寂しくなってくるのですが、はっと我に返って、辺りを見渡しても、僕はたった一人だということに気付くだけです。そうすると、ますます寂しくなって、急いで丘を駆け下り、早足で家に向かいました。その頃には大抵、僕は空腹で、辺りに漂っている空気の中に、色々な良い香りが含まれているのが、酷く堪えました。家に帰れば、母が作っておいてくれた食事があるのですが、暖めなおして一人で食べなければならないんだと思うと、道すがらに漂っている香りは、余計に堪えました。
 たった一人で過ごす宵には、僕は目に見えない妖精たちと会話をして過ごすことが多く、そうすることで部屋のしんとした空気を遣り過ごしていました。毎日毎日、そんなことを続けていると、例え眼には見えなくても、グリーンが何を言いたいのかとか、ブルーが何に怒っているのかとか、レッドが何を悲しんでいるのかとか、そうしたことが分かるようになってくるのです。それで、僕は毎日、そうして妖精たちと会話をしながら──とは言っても、周りから見れば、ただの独り言にしか聞こえないのでしょうが──母の帰りを待っていたのです。

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 今日は結構暖かくて、穏やかな天気だったが、特に出かけることもなく、それでは何をやっていたのかと言うと、大掃除をやっていた。
 来週は、帰省する予定なので、今日のうちにやっておかなければ、今年はもうやる機会がなくなってしまうからだ。
 窓を拭いたり、埃を払ったり、いらないものを棄てたり。
 掃除は、僕は結構苦手。
 物の整理は、得意なんだけど。
 それでも、何とか終えて、すっきりした。

 上の絵は、二十四歳の頃に沢山描いていたタイプの絵。
 殆ど、描きなぐっていた。
 だから、このタイプの絵も、大量にある。
 クレーの影響が強いというのが、分かりやすい絵ですね。

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 ライトアップされた、氷川丸とマリンタワー。
 まもなく、閉館してしまう。

 また一枚、栞が挟まれた。
 そんな気持ち。

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冬至  


 
 日付も変わってしまったが、部屋の窓から空をパチリ。
 ささやかな冬至祭りとして。
 オリオン座が、綺麗に見えていた。

 帰りが遅かったので、かぼちゃは、食べなかったが、さっき、柚子湯には入った。
 爽やかな香りが、嬉しかった。

 時は、底にまで来た。
 明日からは、少しづつ、日が延びてゆく。

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 神戸ノート。
 ほんの一部ではあるようだけれど、密かな話題になっているのか?

 そんな風に思ったのは、地下鉄のフリーペーパー「metro mini」に、そういう記事があったから。取り扱っている店として、吉祥寺の「36(sablo)」という店が紹介されていた。
 僕は神戸出身なので、やっぱり小学校の頃は、確かにその「神戸ノート」を使っていた。ノートなんて何でも良かったのだろうけれど、どういうわけか、「神戸ノート」を使わざるをえないような空気が、あった気がする。みんな使っていたし、ノートの提出の時など、ひとりだけ違っていると、目立ったから。それに、使い始めると、結構使いやすかった。
 「神戸ノート」を使うことは、小学校の頃の僕にはあまりに当たり前のことだったので、それが全国的に見て、ちょっと変わっているということは、これまで考えたことが無かった。だが、よくよく考えてみると、確かにちょっと変わっていたかもしれない。全国の自治体で、こんなことをやっている場所が、どれだけあるのだろう。
 それに、神戸には、「神戸体操」というものもあった。神戸の公立の中学校では、ラジオ体操のかわりに、この「神戸体操」をやっていた。整理体操なのだが、腕立て伏せとかも入っている、多少ハードなものだ。今ではもう忘れてしまったが、学生時代は、一日に一度はやらされていた気がする。

 帰りに、その「36」に寄って、「自由帳」を一冊、買って来た。
 本当は算数のノートが欲しかったのだが、そこには、3、4年生用のノートしかなかったので、全学年共通の「自由帳」にした。ただし、これもA4サイズで、僕がよく使っていたのは、B5サイズ。神戸の小学生なら、この自由長に漫画を描いていたという人も結構いると思う。だから、この白鳥の自由帳に、思い入れのある人も、結構いるんじゃないか。僕も、そうだった。ヘタクソだったが、ちゃんとコマ割りをして、描いていたっけ。


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 それが当たり前のことではないと知ったのは、学校に通うようになってからでした」

 イプシロンは言葉を切って、辺りを見渡し、また手を動かした。それから、彼は言葉を繋いだ。

 「僕には、父親がいません。父親が誰なのか、今でも僕は知りません。今更、知りたいとも思いませんが。ついでに言えば、僕には、兄弟もいません。
 物心がついた頃には、母は、伯父の経営している観光客向けのレストランで夜遅くまで働いていました。だから、普段は、僕は一人でした。学校から帰ったあと、家の用事を済ませて、一人で遊び、一人で夜の食事を済ませ、僕の分と母の分のベットを整えるのです。母は、僕がまだ起きているうちに帰って来ることもあったし、僕が眠ってしまってから、そっと帰ってきて、ベッドにもぐりこんで眠っていることもありました。けれども、帰ってこないということは決してなかったから、僕はできるだけ綺麗に、母のベッドにシーツを張ることにしていました。そうすれば、母が喜ぶと思ったのです。だから、一日の終りには僕は大抵一人でしたが、それほど寂しいとは思いませんでした。気が付いたときにはもう、それが日常だったし、近所のおばさんたちも、僕を気にかけてくれて、いろいろと世話をしてくれたからです。
 僕は子供の頃から、あまり人と上手く話が出来ません。生まれつきなんだと思います。話をしようとすると、緊張してしまって、自分でも何を言っているのか、わからなくなるのです。それでも、ともかく話をしなければと思い、思いついたことを何でも話すのですが、いつも、だんだんと自分が何を話しているのか分からなくなって、そうすると相手が、だんだんと僕と話をするのが苦痛になってくるのが目に見えてくるから、次第に口数も減り、気が付くとひとりで取り残されているのです。
 学校が終わった後、母が帰ってくるまで、僕は、だから大抵、一人でした。
 別に寂しくはありませんでした。一人でいるというのは、慣れてしまうと、それはただの日常でしかありません。
 それでも、日のあるうちは特に、たった一人で部屋にいるのは、圧迫されそうな気がして、好きではありませんでした。がらんとした部屋の中で、どこか白っぽい空を映している窓を眺めていると、無性に怖くなってくるのです。それで、僕は大抵、夕方までは外をぶらぶらと歩き回っていることが多かったのです。
 特に好きだったのは、向こうの──とイプシロンは指を指した──小高い丘になったところがあるでしょう、あの丘の、オリーブの木の下でした。あそこからは、街も海もよく見えたし、それに、母の働いているレストランも、よく見えたんです。
 あの丘は、太陽の光にすごく恵まれた丘です。あそこから見渡すと、あらゆるものが、きらきらと輝いて見えます。だから、あそこにいると、暗い考えなんて、みんな吹き飛んでしまいます。だから、僕はあの丘が好きだったんです。

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膝を抱える街。
冬に向かう。
人の気配の記憶。



不穏な時間。
廻る風。
人の眼差しの記憶。

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<原文>


It was the same figure that I had just been attributing to my fancy. I will admit that I felt more than startled; I was quite a bit frightened. I was convinced now that it was no mere imaginary thing. It was a human figure. And yet, with the flicker of the moonlight and the shadows chasing over it, I was unable to say more than that. Then, as I stood there, irresolute and funky, I got the thought that someone was acting the goat; though for what reason or purpose, I never stopped to consider. I was glad of any suggestion that my common sense assured me was not impossible; and, for the moment, I felt quite relieved. That side to the question had not presented itself to me before. I began to pluck up courage. I accused myself of getting fanciful; otherwise I should have tumbled to it earlier. And then, funnily enough, in spite of all my reasoning, I was still afraid of going aft to discover who that was, standing on the lee side of the maindeck. Yet I felt that if I shirked it, I was only fit to be dumped overboard; and so I went, though not with any great speed, as you can imagine.

I had gone half the distance, and still the figure remained there, motionless and silent--the moonlight and the shadows playing over it with each roll of the ship. I think I tried to be surprised. If it were one of the fellows playing the fool, he must have heard me coming, and why didn't he scoot while he had the chance? And where could he have hidden himself, before? All these things, I asked myself, in a rush, with a queer mixture of doubt and belief; and, you know, in the meantime, I was drawing nearer. I had passed the house, and was not twelve paces distant; when, abruptly, the silent figure made three quick strides to the port rail, and climbed over it into the sea.

I rushed to the side, and stared over; but nothing met my gaze, except the shadow of the ship, sweeping over the moonlit sea.

How long I stared down blankly into the water, it would be impossible to say; certainly for a good minute. I felt blank--just horribly blank. It was such a beastly confirmation of the unnaturalness of the thing I had concluded to be only a sort of brain fancy. I seemed, for that little time, deprived, you know, of the power of coherent thought. I suppose I was dazed--mentally stunned, in a way.

As I have said, a minute or so must have gone, while I had been staring into the dark of the water under the ship's side. Then, I came suddenly to my ordinary self. The Second Mate was singing out: "Lee fore brace."

I went to the braces, like a chap in a dream.


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一、大海から現れたもの (続き)

 それはついさっき、気のせいなんだと決めつけたばかりのものと同じ奴だった。驚いたどころじゃなかった。恐怖したよ。もう夢なんかじゃないってはっきりとわかった。そいつはまさに、人の形をしてたんだ。だが、月の光が煌き、影が浮き彫りになっているにも関わらず、それ以上のことはわからない。どうするべきかと、怯えながら突っ立っていたんだが、だんだん誰かの悪ふざけなんじゃないかなんて思えてきた。どんな理由や目的があるんだか、そんなこと知ったこっちゃないが、俺はそんな風に考える始めたんだ。常識的にありえないという確証は、有難かった。それで、とりあえず、すっかり気が楽になってた。そんなこと前には思い付きもしなかった。俺は勇気を奮い起こした。想像ばかり膨らませてゆく自分を責めた。そうでなきゃもっと前に気が付いているべきだったんだ。でもな、馬鹿みたいに聞こえるだろうが、そんなふうに理屈付けてみても、まだメイン・デッキの風上側に立っているのが誰なのか確かめに行くのが恐かったんだ。とはいっても、それを避けて通ろうってんだったら、俺にはただ海に蹴落とされるのがお似合いだなんて思ってね。だから俺は進んでいった。御想像の通り、とてもゆっくりとだがね。
 半分くらいは距離を詰めていたが、あいつはまだそこにいた。ぴくりともせず、押し黙ったまま・・・その真上を影と月の光が船の揺れに合わせて踊っていた。あいつを脅かしてやろうとしたんだと思う。もし、あれが誰かの悪ふざけなら、俺が来るのがわかったはずだろ、じゃ、なぜ逃げられる内に逃げなかったんだ、さっきまで、どこに逃げてたって言うんだ。こんなことを慌しく考えた。信じる気持ちと、疑う気持ちとが、ごちゃ混ぜになったような気分だったよ。そう、そうする間にも、俺はあいつとの距離を詰めていった。甲板室を通りすぎて、奴とは十歩も離れてなかった。突然、その影は三歩で左舷の手摺りを飛び越えて海の中に消えちまった。
 俺も駆け寄って海を覗き込んだ。だけども、月に照らされた海に浮かぶ船の影の他は何も目に入ってきやしなかった。
 いったいどれくらいぼんやりと海を見おろしていたのかわからないが、多分かなりの時間だったんだろう。何かあっけにとられてしまって、ひどく虚脱感を感じた。ただの錯覚と決め付けていたことが、<超自然的な>ことだったという、忌々しい確証を得てしまったからだ。そのわずかな時間、筋を通してものを考える力が奪われていたみたいだった。俺はぼうっとしてたと思う。ある意味、茫然としていたんだ。
 さっきもいったように、舷側の暗闇を見下ろしながら、何分も過ぎていたに違いない。ふと、現実に引き戻された。 「リー・フォア・ブレース!」二等航海士の声が聞こえたんだ。
 俺はブレースに向かった。夢うつつの水夫みたいにね。

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 ここまでが、第一章です。
 スタイルを変えて、原文と併記してみました。
 kaneさんから頂いた翻訳に、僕が少しだけ手を加えて載せてみましたが、改悪になっていなければと思います。
 本当は、訳注などもつけるべきなんでしょうね。
 反響を見ながら、以降は、不定期に掲載してゆくつもりです。

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 二、三日前から風邪をひいて、まだ治らない。
 それで、いろいろと、やりっぱなしのままになっている。
 風邪をひくのも、久々だが、やはり有難いものではない。
 仕事は、しないわけにはゆかないし。

 「あの薔薇を見てよ」
 エリザベス・ボウエン著 / ミネルヴァ書房刊

 を読了。

 これは、とてもよい短編集だった。
 今年読んだ短編集の中でも、一、ニ、を争うくらい、粒揃い。
 もっと広く読まれてもいいはず。

 ボウエンは、1899年生まれのアイルランドの女性作家。
 一読して、少女を書き出すのが、とても上手い作家だと思った。『少女フェチ』の『女性』読者には、パーソナルな作家になる可能性があると思う。

 この本のサブタイトルが、「ボウエン・ミステリー短篇集」なのだが、実は、「ミステリー」というよりも、寧ろ、幻想文学寄りだ。収録作品のうち、「あの薔薇を見てよ」、「猫が跳ぶとき」、「手と手袋」、「林檎の木」の四作品は、特に良く出来た、純然たる怪奇小説だった。興味深いのは、「林檎の木」に出て来るミセス・ベタスレー。彼女は、珍しい、女性のゴースト・ハンターである。

 この短篇集には、駄作は一編もないが、特に印象深かったのは、末尾を飾る「幻のコー」。戦時下の断片を切り取って、優れた反戦文学になっていた。

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原文はこちら。

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一、大海から現れたもの (続き)


 最初の二週間が過ぎても、おかしなことなんか何も起きなかった。風も順調なままだったしな。すごく嫌だった船が、まったくのところ、こいつに乗れてついてたんじゃないか、とさえ思えてきた。他の奴らもいい噂を立てるようになって、この船が呪われてるなんてのは、ばかげたたわごとだってのがそいつらの統一見解ってことになってた。だが、ようやく気分も落ち着いてきた頃になって、目の玉をひん剥くようなことが起こったんだ。
 八時から十二時の当直のときのことだ、俺は右舷の船首楼甲板へ上がる梯子に座っていた。あの夜は満月で、すごくいい天気だったな。船尾の方で計時係が四点鐘を打ち、見張りについてたジャスケットっていう老水夫がそれに答えた。鐘を打つときに、俺が静かにパイプをくゆらしている姿が見えたんだろう。あいつは手摺りから身を乗り出し、俺の方を見下ろして、言った。
  「そこにおんのはジェソップかな」
  「そのようだな」俺は答えた。      
  「いっつもこげえ天気が良かったら、うちの婆さんでん娘っ子でん海に連れ出せるんじゃけどな」なんていって、パイプを持った手を一振りして穏やかな海と澄みきった空を指した。その意見に文句はなかったよ。老水夫は続けた。
  「もし、みんながいうごと、このぼろ船が取り憑かれっちょるちゅうんだったら、そげなもんに会ってみてえもんじゃな。考えちみない、いい飯、日曜日の堅プディング、船尾楼にはふさわしい奴ら、それに、心地よう思えること全部、そうすりゃ御自分がどこにおるのかわかりなさるじゃろうよ。この娘が呪われちゅうなんざ、くだらねえ戯事さな。今まで呪われちょるちゅう船にゃ何度も乗ってきたがよ、そこの奴らは憑かれちょったな、けどよ、幽霊なんぞたぁ御対面できなんだな。前に乗ったある船なんざ、非直になっても一睡もできんごとひどかったぜ。服もシーツも全部、寝棚からおっぽり出して、いつもの狩りば済まさんとな。時々・・・」  そのとき、オーディナリーのひとりが交替に、船首楼へ続く別の梯子を登ってきた。老水夫は振り返るとそいつに『いったい何で』もうちっと早く交替できんかの、といって、それにオーディナリーが何か答えたが俺の耳には入らなかった。寝ぼけ眼ではあったが、船尾のほうに何かとんでもないものがいるのが目が留まったんだ。そいつは人の形をしていて、右舷メインリギングの少し船尾寄りの手摺りを乗り越えて来たとしか見えなかった。俺は立ち上がり、手摺りを掴んで、じっと目を凝らした。
 後ろで誰かが口を開いた。そいつは二等航海士に交替した奴の名前を報告するため、船首楼甲板を下りてきた見張りだった。
 「相棒よ、ありゃ何だい」男は俺の真剣な様子を見て、興味深げに尋ねた。
 何だったにせよ、そいつはデッキの風下側の闇の中へと消えてしまっていた。
 俺はただ「なんでもない」と、そっけなく答えた。というのも、たった今見た物にあんまりびっくりしていて、他の言葉を思い付かなかったからだ。ちょっと考える時間が欲しかった。
 老水夫が俺を一瞥したが、何かぼそぼそと呟いただけで、船尾に行ってしまった。
 たぶん一分間も、そこに突っ立って見つめてたんだろう。でも何も見えなかった。それからゆっくりと船尾の方へ甲板室の後ろまで歩いていった。そこからならメイン・デッキの大部分が見渡せるんだが、何もなかった。当然ながら、月光に照らされて揺れ動く索具とか円材とか帆の影は別だがね。
 見張りを交替したばかりの老水夫が前に戻っていったんで、デッキのその辺には俺一人きりになってしまった。立ったまま風下側の闇の中に目をやったとたん、ふと、ウィリアムスが〈かんげ〉がたくさんあるんだ、といってたことを思い出した。それまであいつの言葉の真意がわからなくてさ。でも、そのときはっきりとわかったよ。そこにはたくさんの影があったんだからな。
 まあ、影があろうがなかろうが心の平静のためにも、こいつばかりははっきりさせとかなきゃならないって気が付いたんだ。あの海から乗り込んできたように見えた奴が本当にいるのか、それとも、たぶんあんたたちが考えてるように、単に俺の想像力が生んだ幻なのかさ。俺の理性は、そんなもの幻以外にありえないじゃないかと言う。ほんの一瞬、夢でも見ていたのさ・・・きっと俺はウトウトしてたんだと。でもさ、理性なんかよりももっと深いものが言うんだ、そんなもんじゃないってね。それで、試してみることにした。まっすぐ影の中に踏み込んでいった・・・でも、そこには何もいなかった。
 どんどん大胆になっていった。常識的に考えて、俺は幻を見ていただけに違いないんだ。俺はメイン・マストまで歩いていって、それをコの字に囲っているピンレールの後ろを覗いてみた。揚水器の闇も覗いてみた。そこにも何もいなかった。そして船尾楼のブレークの下に行ってみた。そこはデッキよりももっと暗かったな。デッキの両側を見上げたが、すぐに探しているようなものは何もないと思った。この確信ははっきりしてきた。船尾楼の梯子をちらと目をやって、どんなものもそこは登ってなんかいけやしないことを思い出したのさ。行けばきっと二等航海士か計時係が見るはずだからな。俺は隔壁にもたれ、デッキから目を離さずにパイプをふかしながら、それまで起こったこと全てに、素早く考えを巡らせた。それで、自分なりの結論を出した。「気のせいだ!」俺は大きな声で呟いた。だが、その時ふと思い浮かんだことがあって 「いや、待てよ……」と続けた。俺は右舷の舷檣から海を覗き込んだが、海面の他には何も見えなかった。それで、俺は踵を返し、船首へと歩いていった。常識の勝ちだな。どうやら俺は自分の空想に一杯食わされたらしい。そう確信してたよ。
 船首楼に通じる左舷のドアまで行き着いて、中に入ろうとしたんだが、何かが振り返らせたんだ。そうしたらどうだ、身震いしたよ。船尾の方にぼんやりとした影のような物が、メイン・マストの少し後ろ、デッキを掃いてゆく月の光の軌跡の中に立っていたんだからな。

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 僕は、二十世紀初頭のイギリスの海洋怪奇小説作家として名高い『ウィリアム・ホープ・ホジスン』のファンサイトを、細々とではありますが、やっています。サイトを始めたのは、国内にホジスンを大きく取り上げているサイトがなかったからで、それならちょっとやってみようと考えたわけです。
 もともとマイナーな作家ですから、それほどの反響があるわけでもないのですが、サイトを続けているうちに、何人も、素晴らしい方に出会うことができました。
 kaneさんもその一人で、間違いなく日本で一番ホジスンを愛している方です。彼はイギリスに手配して、あらゆるホジスンに関する資料を集めています(kaneさんの集めた資料には、ホジスンの結婚証明書!まであるのですから、その量と質は、覗えると思います)。kaneさんの作成したホジスンの船員時代の伝記は、驚くほど詳細ですし、また、彼が編纂した作品リストも、内外を問わず、僕がこれまで見てきたリストの中で最も充実したものです。
 kaneさんは、個人で、もう十年以上前に「グレンキャリッグの救命艇」、「幽霊海賊」といった、ホジスンの未訳の二大長編を翻訳されています。それで、僕に、「まだまだ直すところが沢山あるのだけれど、いいアイデアはないか」という言葉を添えて、見せてくれました。けれども、僕の英語力など知れたものです。それで、せっかくだから、一部をブログに掲載させてくれないかと頼みました。もしかしたら、もっと沢山の人が、いろいろとアイデアを出してくれるかもしれないと思ったのです。kaneさんは快く了承してくれました。
 というわけで、「幽霊海賊」の邦訳を、掲載してゆきます。もちろん、本邦初訳です。
 本当は、「グレン・キャリッグの救命艇」の方が、物語の起伏もあるし、一通りの改稿も済んでいるのですが、あえて「幽霊海賊」を選んだのは、今、ちょうど映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」が人気になっているので、その元ネタの一つであるだろうこの作品がいいだろうと思ったのです。かつて国書刊行会の「ドラキュラ叢書」から出版の企画が出たものの、立ち消えてしまったこの作品が、時流に乗って出版されないかなという気持ちも、少しあります。
 原文へのリンクも貼っておきます。もし、「ここはこうした方がいいのではないか」というアイデアがあれば、教えていただけるととても嬉しく思います。
 ただ、僕が窓口になって、とりあえずは責任を引き受けますが、あくまで著作権はkaneさんにありますので、無断転載はお断りします。また、このブログでは、全文は掲載しないかもしれませんが、ご了承ください。

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原文はこちら。

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幽霊海賊

ウィリアム・ホープ・ホジスン
      
   
      
 一、大海から現れたもの

 男は単刀直入に話し始めた。
  「俺はフリスコでモーツェスタス号に乗り組んだんだ。あの船にはおかしな噂がつきまとってるってことは、契約する前からも聞いちゃいたよ。でもさ、ずいぶん長いこと船にあぶれちまってたんで、さっさと海に出たくてさ、そんなつまらないことなんか気にもならなかったんだ。おまけに誰に聞いても、飯とか待遇とかはなかなかだってことだったしね。それで、いい船なのかいって聞いてみると、大抵の奴は何も言わなかったな。そいつらが話してくれたのは、あいつは縁起が悪りぃ、長い航海にゃ嵐を呼ぶ、分け前以上の荒天に遭う、なんてことばかりでね。おまけに、二度も帆柱をへし折られて、積荷まで動いちまったんだそうだ。この他にも、どの船にも起こるようなことだが、喜んで会いたいとは思えないようなことが山ほどあるっていうんだな。まあ、こんな話はどうってことはないし、寝床のためにはやばいことなんか承知の上さ。とはいっても、もしどれでも好きに選べるんだったら、他の船に乗るべきだったんだろうな。
 船に荷物を持って行ってみると、船の奴らは、残りの水夫の分の契約書も集めてしまってた。さて、『寝床』はフリスコに着いたとたんに空になっちまったんだが、一人だけ例外がいてさ、そいつは若いコクニーで、港で一人船に居残ってたんだ。後でそいつと仲良くなってから聞いたんだが、他の奴らがどうしようと給料は船を下りてから貰うんだ、なんていうんだ。
 船での最初の夜には、この船に何かおかしなことがあるってことは、他の奴らの間でも知れた話だってことがわかった。何かに取り憑かれてるってのが、さも当然だというように話すんだぜ。まあ、こいつらは冗談で片付けてはいたがね。皆そんな調子だったんだが、ただ、若いコクニーは・・・ウィリアムスっていうんだ・・・笑って冗談で済ます、なんてことはなくって、全部を本気でとってたようだったな。
 これにはちょっと好奇心をかき立てられてさ、それまで聞いてきたような曖昧な話の裏に少しは事実があるんじゃないかって考えるようになったんだ。そのうち機会があってね、ウィリアムスに、なぜ船の噂を信じるんだ、何か理由があるのかって聞いてみたんだよ。
 あいつ、最初はちょっとよそよそしくしてたんだが、そのうち気を変えて話してくれた。あんたが思っているような普通の意味では、おかしなことなんてとりたてて知らない。けれども、少々考えさせられるようなことは、たくさんある。まあ、あんたらがそれもおかしなことの内にひっくるめるならばだがな、とね。
 例えば、この船はいつもえらく長い航海に出るんだが、その度にひどい嵐に何回も遭うっていうんだ。それだけじゃなくってさ、べた凪とか向い風とかにもよく遭うらしい。それから、他にはこんなこともある。帆がきっちりとたたんであるのを自分の目で確かめたのに、真夜中になるといつもひらひらはためいてるんだと。その時、あいつが言った一言には、驚かされたね。
  「こん船にゃ、すげえいっぱい〈かんげ〉があってね、こいつがうるさいくらいに神経に触ってくるんじゃけんね。これまでないっていう位にな」
 あいつが一気に口に出してしまうと、俺は辺りを見回していった。
  「影がいっぱいだって、いったいどういうことだよ」そう聞いてみると、あいつは自分から説明するのが嫌だったのか、それ以上言うのが嫌だったのか、馬鹿みたいに頭を振っただけで、急にむっつりと不機嫌になったように見えた。
 わざとそんな真似をやってるってのがはっきりわかったな。事の真相はたぶん、〈かんげ〉のことをしゃべったとき、あんなふうに振舞ってしまったのが恥ずかしかったってとこじゃないかな。あの手の連中は時々、あれこれと想像をたくましくするもんだが、あいつはめったにそんなことを口に出して言ったりはしなかったよ。どっちにしろ、これ以上尋ねてもしょうがないと思って、このことは置いとくことにしたんだ。でもそれからしばらくの間、俺の頭の中には、あいつの言う〈かんげ〉というものがどういうものなのか、ずっとひっかかっていた。
 すばらしい天気と順風を享受して、俺たちは翌日フリスコを発った。おかげで聞かされていた船の奇妙な噂のことなんかどこかへ吹き飛んでしまったみたいだった。それから・・・

 男は一瞬躊躇したが、すぐに話を続けた。 



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 港の見える丘公園の、大佛次郎記念館にて。
 
 昨日撮影したこの写真は、自分では気に入っている。
 この日は、不思議なコントラストの写真が幾つも撮れた。
 中でも、この写真は、懐かしい、大好きな絵のようだ。
 例えば落田洋子とか、そんな感じ。
 このまま、一枚の絵に描けそうだ。

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 写真は、横浜の山下公園に係留され、観光施設となっている『氷川丸』。
 山下公園のシンボルとして、あるいは夏のビアガーデンとして、有名な「氷川丸」だが、マリンタワーともども、今月の25日をもって、45年の歴史に一応のピリオドを打つこととなった。
 とはいえ、どちらもこのまま無くなってしまうというわけではなく、経営が変わるということらしい。詳しくはこちら。経営難から、手放す事になったというわけだ。
 しかし、いずれにしてもこれから先の運営は全くの未定のままで、当分はどちらにも入ることは出来なくなる。

 それで、今日は『氷川丸』に行った。
 実は、これまでに僕は数え切れないくらい横浜に来ているのに、『氷川丸』に入ったことはなかったのだ。

 氷川丸にもマリンタワーにも、さすがに沢山の人が押し寄せていた。僕と同じように考えた人は、多かったんじゃないかと思う。
 初めて入った氷川丸の内部は、想像していたよりもずっと見るものも多くて、楽しめた。ただ、経営が悪かったというだけあって、老朽化は隠しようもない。それがいい味になっている部分もあるとはいえ、この点は多少手を入れなければ、維持することも難しいだろう。中の一部をギャラリーとして利用していたが、これは、実際良さそうだ。上手く整備すれば、よいギャラリーになりそう。船全体を、アートスペースとして利用するという方法も、良いのかもしれない。工夫をすれば、いろいろと出来そうな気がする。

 帰りに、いつもの「かーさん猫」を覗いてゆこうとしたが、どうやら調子が悪そうだった。それで、写真は、今回は撮れなかった。気になりますね。
 

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