漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

紫の雲…106

2011年03月28日 | 紫の雲
 それからの四年間、ぼくはインブロス島を離れることはなかったが、稀に例外的に――キリドバ、ガリポリ、ラプサキ、がモス、ロードス、 エルデク、 エレグリ、さらには一度、コンスタンチノーブルとスクタリへと――何かの必要のあるとき、あるいは仕事に疲れたときなどに、海岸線に沿って短い旅をした。だが一度たりとも害をなしたり戯れたりすることのない、創造主を畏れながらの旅だった。穏やかな魅惑がこのレバーント地方(訳注:地中海の東側沿岸)へのささやかな船旅には溢れており、それはまさに、現実のこの世界のくすんだ色彩というよりは、むしろ天使によって描かれた水彩画のスケッチの中の光のように見えた。そして自己への満足と信仰の充実感に溢れてインブロス島に戻り、誘惑を乗り越えたということで自らの良心の確認を行いながら、従順で曇りのない生活をした。
 ぼくは南側に二本の閉じた蓮の台座を持った柱を据え付け、そして基底の頂上は、磨きあげられた金と黒石の床石の効果で、すでに天国にも等しいほど素敵な見栄えだったが、ある朝ぼくは、スペランザ号の船底(訳注:喫水線の下側)が今では余りにも汚れてしまっているということに気がつくと、その場で全てを投げ出して、全力を上げて船を綺麗に掃除することにした。船に乗り込み、船倉にまで降りてゆくと、スデリーンを脱いで、バラスト(底荷)を右舷側に移し始めたが、それは船を傾けて、左舷側の清掃をするためだった。これは体力を消耗する作業で、昼頃まで働き、荷袋の上に座って、真っ暗闇に近い状態の中で休んでいたとき、何かが囁きかけてきたかのような気がした。「お前は昨夜、一人の年老いた中国人が北京に生きているという夢を見たんだよな」ぼくは恐ろしさに震え上がった。目が醒める直前までぼくはそんな夢を”見て”いたが、そのときまで、そんなことはすっかりと忘れてしまっていた。だからぼくは心底ぞっとしたのだ。
 その日はスペランザ号の掃除はせず、いや、それからの四日間というものぼくは何一つしないで、ただキャビンの中で座り、手を顎から垂れ下がった髭の中に埋めて物思いに耽っていた。そんなことを考えるのは、もしそれが万一本当だったとしたなら、ぼくにとっては死にも等しいほど忌わしいことであり、太陽の色彩、そして世界全体の様子が変化してゆくようだった。そして程なくその者に対する激しい怒りで顔が紅潮し、目が血走った。四日が過ぎた日の午後、ぼくは呟いた。「北京にいるっていうそんな中国人のジジイなんて、焼き殺した方がいい、そうでなきゃ、雲にまで吹き飛ばしてしまう方がいいんだ!」
 かくして三月四日、ふたたび宮殿の建築は放棄された。箱に入った若いライムの小枝と、保存されていたライムとジンジャーを手に入れるため、ガリポリへの短い旅をした後、ぼくは東方への長い航海に出発し、スエズ運河を通り抜けてボンベイを訪れたが、そこで三日滞在した後、街を破壊した。

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I did not leave Imbros after that during four years, except for occasional brief trips to the coast―to Kilid-Bahr, Gallipoli, Lapsaki, Gamos, Rodosto, Erdek, Erekli, or even once to Constantinople and Scutari―if I happened to want anything, or if I was tired of work: but without once doing the least harm to anything, but containing my humours, and fearing my Maker. And full of peaceful charm were those little cruises through this Levantic world, which, truly, is rather like a light sketch in water-colours done by an angel than like the dun real earth; and full of self-satisfaction and pious contentment would I return to Imbros, approved of my conscience, for that I had surmounted temptation, and lived tame and stainless.
I had set up the southern of the two closed-lotus pillars, and the platform-top was already looking as lovely as heaven, with its alternate two-foot squares of pellucid gold and pellucid jet, when I noticed one morning that the Speranza's bottom was really now too foul, and the whim took me then and there to leave all, and clean her as far as I could. I at once went on board, descended to the hold, took off my sudeyrie, and began to shift the ballast over to starboard, so as to tilt up her port bottom to the scraper. This was wearying labour, and about noon I was sitting on a bag, resting in the almost darkness, when something seemed to whisper to me these words: 'You dreamed last night that there is an old Chinaman alive in Pekin.' Horridly I started: I had dreamed something of the sort, but, from the moment of waking, till then, had forgotten it: and I leapt livid to my feet.
I cleaned no Speranza that day, nor for four days did I anything, but sat on the cabin-house and mused, my supporting palm among the hairy draperies of my chin: for the thought of such a thing, if it could by any possibility be true, was detestable as death to me, changing the colour of the sun, and the whole aspect of the world: and anon, at the outrage of that thing, my brow would flush with wrath, and my eyes blaze: till, on the fourth afternoon, I said to myself: 'That old Chinaman in Pekin is likely to get burned to death, I think, or blown to the clouds!'
So, a second time, on the 4th March, the poor palace was left to build itself. For, after a short trip to Gallipoli, where I got some young lime-twigs in boxes of earth, and some preserved limes and ginger, I set out for a long voyage to the East, passing through the Suez Canal, and visiting Bombay, where I was three weeks, and then destroyed it.

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki



夜の帰還

2011年03月22日 | 汀の画帳 (散文的文体演習)

夜が帰還する
何万もの青ざめた貌をその背中に貼りつけ
光を吹き消し音を払い
小さき動くものを見つめる

傷ついた夜の帰還を祝え
夜の仄かな彩りを
夜の微かな囁きを
夜の中で身を寄せ合うものたちを

恐ろしいのは夜ではない
夜は柔らかな微睡みなのだ
恐ろしいのは夜ではなく
すべてを飲み込む深い闇だ

夜の背中に貼りついた何万もの虚ろな貌は
夜の背中を押す闇だ
夜は街に囁きかけながら
闇を背中で押し止めようとしているのだ

傷ついた夜の帰還を祝え
そして夜とともに踊り歌え
底しれぬ闇の嬌声に惑わされるな
夜とともに朝へと滑り込むのだ

サマーウォーズ

2011年03月21日 | 映画

「サマーウォーズ」 細田守監督

を観る。ストーリー的にはライトノベルの映像化という感じ。映像はなかなか綺麗だが、これといった印象は残らないかも。


「曲がれ!スプーン」 本広克行監督

を観る。「サマー・タイムマシーン・ブルース」の監督の作品だが、面白さではちょっと劣る。でも、「しょうもなさ」に徹しているのはいい。

 今日は一日雨。写真は、井の頭公園にて先日撮った一枚。ソメイヨシノの芽も、膨らんできていた。

UMAハンター馬子―完全版

2011年03月17日 | 読書録


「UMAハンター馬子―完全版」 全二巻 田中啓文 著
ハヤカワ文庫JA 早川書房刊

を読む。

 「おんびき祭文」の語り部である蘇我屋馬子とその弟子のイルカが、UMA(未確認生物)と不老不死の伝説の存在する日本の各地に巡業に出かけるというのが基本設定の短編連作長編。典型的な「大阪のオバハン」のイメージの馬子の存在感が強烈で、しかも何か秘密を抱えている。最後にはその秘密が明かされるのだが、「ここまで盛り上げてきて、結局下ネタかよ」というのが、この作品にはふさわしく、なかなかよろしい。


 それはそうと、今日で震災から一週間。やはりというか、いろいろな問題が次々に噴出してきている。思うことはたくさんあるが、それはみんなも感じていることだろう。今はただ、被災地の方々はどれほど辛い思いをしているのかと、同情するばかりだ。明日は、ぼくの娘は中学校の卒業式なのだが、被災地の方々の中にはやはりそういう予定だった学生も大勢いるだろう。とても辛いだろう。人的な二次災害が、これからこれ以上広がらなければいいと思う。それでも、海外から、様々な応援のメッセージが届いているのを耳にすると、やはり嬉しいし、きちんとそういう気持ちを発信し、形にしようという文化的なバックグラウンドを目の当たりにしているような気がする。
 ラジオから、スズモクというアーティストの曲が流れてきたのを耳にした。被災地で速攻で作り、デモテープに近い形で吹き込んだ曲だった。ギターとボーカルだけのシンプルな曲だが、力を感じたし、心を奪われた。音楽というものは、削ぎ落せばもともとそういうものだ。音楽は感情だと思うし、ミュージシャンの本質はシャーマンだと思う。今はまだ、被災地の方々にはどんな音楽にも耳を傾ける余裕もないのかもしれないが、物質的な援助がある程度進み、少しでも日常が差し込んできたとき、どこかから聞こえてきた音楽はその片隅から心に触れてくるのだろうと思う。

地震

2011年03月12日 | 近景から遠景へ

 昨日の地震の時間には、職場にいたのだが、比較的ゆっくりと時間をかけて、揺れが高まっていったという印象だった。表に出ると、辺りの人々もみんな出てきていて、空を見上げていた。さまざまなものが揺れているのを目の当たりにした。このままみんな崩壊してゆくのではないかという危惧が頭の中を走った。まるで船に酔ったかのような感覚だった。
 すぐに家族に電話をかけるが、当然のように通じない。いろいろなことが頭の中をかけめぐる。会社の固定電話から、なんとか家に連絡がつき、一応安心する。
 仕事が終わった後、高田馬場から家に向かって歩いた。携帯でラジオを聴きながら、いつ電車が復旧してもわかるようにと。街の中には、歩く人々が溢れていた。これほどたくさんの人々が街中を歩いている姿を見るのは初めてだった。人の流れは、どれだけ歩いても途切れている場所がない。スーパーなどは、早々と店を閉めている。防犯上の理由なのだろう。だが、人々の様子は、東北のようには差し迫った印象がない。ただ切れ目のない流れとして存在していた。
 中野では、目の前をドブネズミが横切るのを目にした。一瞬驚くが、それ一匹きりだ。阿佐ヶ谷で一休みをして、そのまま荻窪へ。そしてそこからバスに乗る。だがそれは失敗だった。以外に流れていると思った道路は、その先は渋滞していて、不必要な時間を浪費した。結局、家までは四時間半ほどかかった。最短距離で、まっすぐ歩けば、三時間ほどでついたのだろう。
 今年のはじめに、ホジスンの作品とされたことのある「エンプレス・オブ・オーストラリア」の翻訳をしながら、関東大震災のことをちょっと調べたりしていた。だからだろうか、テレビなどをみていても、妙なリアリティを感じる。今の職場に入った年に、阪神淡路大震災があって、ラジオにかじりついてた。それから十六年、節目かと思われる年に、また同じようにラジオに耳を傾けている。
 様々なことを思うが、進行の途中である今の状態では、言葉で表現することはまだ難しい。被害がこれ以上広がらないようようにという気持ちがあるだけ。本当にそれだけしかない。

紫の雲…105

2011年03月07日 | 紫の雲
 都市を焼き払うのは、以前にも増してやめられない習慣と化しており――そして果てしなく悪化していた――阿片常習者よりも、あるいはアルコール依存患者よりも。ぼくはそれを自分の人生の中の重要事のひとつに数え上げていた。それはぼくのブランデーであり、バッカスであり、秘密の罪であった。ぼくはカルカッタを、北京を、サンフランシスコを焼き払った。この宮殿に矛先が向かないように、燃やし続けたのだ。ぼくは二百もの街や田園を焼き捨てた。リヴァイアサンが海で楽しむように、ぼくは陸で暴れ回ったのだ。

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 六ヶ月の不在の後、インブロス島へと戻った。それはぼくが成し遂げた仕事にもう一度視線を注ぐためだったが、その行為は、あるいは何もかもが王らしからぬ卑屈さに感じて、自らを嘲笑する結果を招くかもしれなかった。そこに佇み、立ち去った時と同じように眺めたとき、挫折と惨めさ、それに創造者の手を待ち侘びる哀れみに、感極まってくるのを感じ――なぜなら、人類の中にも神性の幾ばくかはあるのだから――ぼくは膝をついて、神に向かって胸を開き、転向者となって建てることで、神がぼくの魂を高めてくださいますように、そして最後の人間を敵から救ってくださいますようにと、宮殿の完成を祈りとともに誓った。そして、最後のわずかな黒石の玉を布で擦るという、その日の仕事についた。

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This of city-burning has now become a habit with me more enchaining―and infinitely more debased―than ever was opium to the smoker, or alcohol to the drunkard. I count it among the prime necessaries of my life: it is my brandy, my bacchanal, my secret sin. I have burned Calcutta, Pekin, and San Francisco. In spite of the restraining influence of this palace, I have burned and burned. I have burned two hundred cities and countrysides. Like Leviathan disporting himself in the sea, so I have rioted in this earth.

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After an absence of six months, I returned to Imbros: for I was for looking again upon the work which I had done, that I might mock myself for all that unkingly grovelling: and when I saw it, standing there as I had left it, frustrate and forlorn, and waiting its maker's hand, some pity and instinct to build took me―for something of God was in Man―and I fell upon my knees, and spread my arms to God, and was converted, promising to finish the palace, with prayers that as I built so He would build my soul, and save the last man from the enemy. And I set to work that day to list-rub the last few dalles of the jet.

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki


紫の雲…104

2011年03月04日 | 紫の雲
 だが結局しなかった。それでもマタパン岬を回って進路を南に保ち、もし旅をするのに適した車を見つけることができればシシリー島の町や森を破壊するつもりでいたが、それはインブロス島で船に車を積み込む苦労を嫌ったためだ。そうでなければ、南イタリアの一部を破壊するつもりだった。だがその辺りにまでやってきた時、畏怖すべき戦慄に直面した。南イタリアは、そこには影も形もなく、シシリー島も存在せず、代わりにあったものといえば、幅が五マイルもないほどの、真新しい島だけだった。目の前にはまだ噴煙が立ち上っているストロンボリ火山の噴火口が見えた。長い間信じられず、機器類がおかしくなって方向を誤ったのだろうか、あるいはぼくは完全に狂ってしまったのかと考えながら、北の方へと航海を続けながら陸地を探した。けれども見つからない。イタリアはそこにはなく、ナポリの緯度にまで到達したときにも何一つ見当たらず、どこまでもどこまでも海が広がっていた。この驚愕の事実に、ぼくは畏怖の念とともに激しい衝撃を受け、心のなかにあった悪の精神は完全に冷えきり、静まってしまった。これまでに起こったことは、そして今起きていることは、ぼくの考えによれば、地球の表面の再構成が世界的な規模である目的を持って行われているということだったが、その全てのドラマの中で、神様、ぼくは自分の存在をどこに見出すことになるのだろうか?
 それでもぼくは先へと進んだが、大胆さとは程遠い長い時間をかけた、ゆったりとした速さであり、それは何かが「誰か」の気に触るんじゃないかと考えたためだ。そしてこの馬鹿げたほどの臆病さでもって、スペインとフランスの西の海岸線に沿って五週間かけて航海したが、長期に渡って安定した天候の平穏さに恵まれ、しかしそのうちに想像を遥かに超えた嵐とともに急変して、それがカレーに戻るまで続いた。そこでようやく上陸した。
 ここに至って、ぼくはもはや自分を偽ったりはしなかった。そしてアジャンクールからアブビルの間に五平方マイルに渡って広がる広大な森を焼き払った。さらにはアミエンスとパリの間の三つの森を焼き払った。それからパリを焼き尽くした。四ヶ月に渡って、燃やしに燃やし、ぼくの立ち去った後には、どこまでも広がる煙の立ち上る破壊された地域が残されたが、それはまるで彼の炎の翼が通り過ぎた後には草木一本残らないという、地獄の穴から這いでてきた存在の仕業のようだった。

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I did not, however: but kept on my way westward round Cape Matapan, intending to destroy the forests and towns of Sicily, if I found there a suitable motor for travelling, for I had not been at the pains to take the motor on board at Imbros; otherwise I would ravage parts of southern Italy. But when I came thereabouts, I was confronted with an awful horror: for no southern Italy was there, and no Sicily was there, unless a small new island, probably not five miles long, was Sicily; and nothing else I saw, save the still-smoking crater of Stromboli. I cruised northward, searching for land, and for a long time would not believe the evidence of the instruments, thinking that they wilfully misled me, or I stark mad. But no: no Italy was there, till I came to the latitude of Naples, it, too, having disappeared, engulfed, engulfed, all that stretch. From this monstrous thing I received so solemn a shock and mood of awe, that the evil mind in me was quite chilled and quelled: for it was, and is, my belief that a wide-spread re-arrangement of the earth's surface is being purposed, and in all that drama, O my God, how shall I be found?
However, I went on my way, but more leisurely, not daring for a long time to do anything, lest I might offend anyone; and, in this foolish cowering mind, coasted all the western coast of Spain and France during five weeks, in that prolonged intensity of calm weather which now alternates with storms that transcend all thought, till I came again to Calais: and there, for the first time, landed.
Here I would no longer contain myself, but burned; and that magnificent stretch of forest that lay between Agincourt and Abbéville, covering five square miles, I burned; and Abbéville I burned; and Amiens I burned; and three forests between Amiens and Paris I burned; and Paris I burned; burning and burning during four months, leaving behind me smoking districts, a long tract of ravage, like some being of the Pit that blights where pass his flaming wings.

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki


紫の雲…103

2011年03月03日 | 紫の雲
 十七年、神よ、誤った道だった!ぼくはそうしたことへの悲嘆や苦悩に対する弁明のようなものではないことを書き記すことができる、論理的な人間は甲高い声で笑ったりはしないものだ。ぼくは町を燃やしてしまって、中央アジアのどこかで心安らかに暮らしているべきだったのだろう。だが駄目だ、ぼくは「良い人間」でなければならないのだ――無駄な見解だ。あの野性的な狂人、英国でこれから何が起こるかを予言した説教を行っていたあの男は、ぼくの側でこう言った。「人類の失敗は神の失敗だ」そしてぼくは自分に言い聞かせた。「だが、その最後の人間は心底腐っているわけではない、悪いのはもう片方の方だ」そしてぼくは働き、呻き、言った。「ぼくは良い人間になるつもりだ。何も燃やさないし、不適切なことは一切行わないし、放蕩に耽ることもしない、自分が神への冒涜の言葉を口にしないというだけではなく、『そのもう片方』がぼくの喉を通じて哄笑の声を上げることも抑え、辛い労働に汗しながら、懸命に建てるのだ」それは「空虚」だった。例えぼくが家を愛しても、どれほど愛しても、それは破棄された地球上にある、ぼくの家に過ぎないのだ。
 ぼくの計算では十二年で終わる、少なくとも十四年の内には間違いなく終わっているはずだったが、すでに十六年と七ヶ月、しかもある日のこと、南と北、そして東の基底の階段がすでに完成したという時――それは三年目の六月の、日没に近い頃だったが、ぼくは仕事を離れると、すでに夕食の準備をしておいたテントに戻る代わりに、船を停泊している方へと下ってゆき――なんとも説明はつかないが――乾いた機械的な動作で、自分に疑問を持つこともなく、唇には邪悪な意味を持つ黒い笑を浮かべていたのだ。そして真夜中に、ぼくはミティリーニを出て、三十マイル南方で別れを告げながら、これが全ての苦しい仕事への最後の別れだと考えていた。ぼくはアテネを焼き払うつもりだったのだ。

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Seventeen years, my good God, of that delusion! I could write down no sort of explanation for all those groans and griefs, at which a reasoning being would not shriek with laughter. I should have lived at ease in some palace of the Middle-Orient, and burned my cities: but no, I must be 'a good man'―vain thought. The words of a wild madman, that preaching man in England who prophesied what happened, were with me, where he says: 'the defeat of Man is His defeat'; and I said to myself: 'Well, the last man shall not be quite a fiend, just to spite That Other.' And I worked and groaned, saying: 'I will be a good man, and burn nothing, nor utter aught unseemly, nor debauch myself, but choke back the blasphemies that Those Others shriek through my throat, and build and build, with moils and groans.' And it was Vanity: though I do love the house, too, I love it well, for it is my home on the waste earth.
I had calculated to finish it in twelve years, and I should undoubtedly have finished it in fourteen, instead of in sixteen and seven months, but one day, when the south, north, and east platform-steps were already finished―it was in the July of the third year, and near sunset―as I left off work, instead of going to the tent where my dinner lay ready, I walked down to the ship―most strangely―in a daft, mechanical sort of way, without saying a word to myself, an evil-meaning smile of malice on my lips; and at midnight I was lying off Mitylene, thirty miles to the south, having bid, as I thought, a last farewell to all those toils. I was going to burn Athens.

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki



学校

2011年03月02日 | 読書録

「浪速少年探偵団」 東野圭吾著
講談社文庫 講談社刊

を読む。

 関西を舞台にした、気も強いが手が出るのも早いという、二十五歳のしのぶ先生とそれを取り巻く悪ガキたちや刑事たちの事件簿。シリーズもので、結構面白いし、軽く読むにはちょうどいい。

 
 さて、ようやく娘の高校受験が終わり、無事なんとか志望の高校に合格することができました。肩の力がやっと抜けた、胃のつかえが下りた、という感じです。受験は、親の方も消耗するということをひしひしと感じました。楽しい高校生活になればいいな。