漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 




 American McGee氏によるゲーム「Alice: Madness Returns」をちょっとづつ進めている。
 これは「アリス・イン・ナイトメア」の十年ぶりの続編で、前作に家族ぐるみでハマってしまったため、出るのを楽しみにしていた。ネットではあまり評判がよくなかったため、多少心配はしていたが、実際にプレイしてみると、がっかりしたとまでは言わないにせよ、前作の魔法のような魅力はたしかに薄らいでいるように思える。こちらの集中力も衰えているし(笑)、ゲームはほとんどやらないので、アクション部分が難しくて少しづつしか進めない。時間がとれないせいもあるけれど、まだ全体の三分の一ほど。娘は、さすがに敏捷で、見ているとあっという間に進んでゆく。放っておくと、何日もかからずにクリアしてしまいそうだ。前作は、幼い娘を膝にのせてやっていたのにね。
 今回の作品は18禁ということ。世紀末ロンドンの暗黒部を物語の背景に使っているせいだろう。別にゲームのためというわけではないのだが、昨日モニタを24インチワイドに新調した。そのままでは明るすぎて、目がつかれるので、色々と調整したりしている。モニタを変えると、サイトなども見え方が変わり、新鮮。ブログのデザインなどもちょっと見なおさなければならないなと思ったり。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





「借りぐらしのアリエッティ」  米林宏昌監督

を観る。

 スタジオジブリのアニメ作品。
 「となりのトトロ」なんかと同じで、大作というものではないけれども、日常のある一時期を描くタイプの、ささやかないい映画だった。なにより絵が綺麗。小さなアリエッティらから見た世界の感覚も、とてもリアル。アニメとか漫画とかは、やっぱり絵だとつくづく感じた。かなり好きな映画。

 映画の舞台は、おそらくは武蔵野だろうと思う。自転車などで通って、見覚えのあるような風景がところどころで見られた。あの川は野川だろうなとか、あそこはきっと天文台の裏だとか、考えながら観た。


 実は先月に職場を変わったため、どうも落ち着かず、ブログの更新は途切れがちになっていますが、飽きたわけではありませんので(笑)、どうぞこれからもよろしくお願いします。

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )




 時間を節約して、カイロの近くでは、帰航の途中で一度も停泊せず、三月七日(計算ではだ)の穏やかな夕暮れ時にインブロス島の小さな港に入り、ささやかな埠頭の輪止めにスペランザ号を係留すると、ボロボロになった自動車を中央のエア・エンジンで船倉から陸揚げすると(太平洋の真ん中で台風に遭遇し、ロープ止めが壊れて左舷に逆さまに打ち付けられてしまったせいで、傷んでしまったのだ)、窓のない村の通りを抜けて行ったが、プランテン(訳注:料理用のバナナの木)、以前からある糸杉、ナイルミモザ、桑、トレビゾンドヤシ、松、アカシア、イチジク、などが成長しており、そうした雑木林に行く手を遮られて、車から降りなければならなかった。この二年のあいだに、小道はすっかりと木々で覆われてしまったのだ。車を降りると徒歩で先を進み、板で作った橋のところにまで辿り着くと、体を乗り出して、小川を見つめた。そしてさらに芝生の中の険しい小道を、かつてさんざん苦痛の声を漏らしながら建築にいそしんでいた、起伏のある高台に向かって登っていった。半分ほど登ったところで、クレーンのアームの先端が見え、さらには片流れの屋根、そして基底が、栄光の途方もないできもののように、沈みゆく太陽の下で涙に濡れた瞳に映った。だがテントと、そしてそれに付随するさまざまなものはなくなってしまっていた。

************

++++++++++++++++++++++

Save for a time, near Cairo, I did not once stop on that homeward voyage, but turned into the little harbour at Imbros at a tranquil sunset on the 7th of March (as I reckon), and I moored the Speranza to the ring in the little quay, and I raised the battered motor from the hold with the middle air-engine (battered by the typhoon in the mid-Pacific, which had broken it from the rope-fastenings and tumbled it head-over-heels to port), and I went through the windowless village-street, and up through the plantains and cypresses which I knew, and the Nile mimosas, and mulberries, and Trebizond palms, and pines, and acacias, and fig-trees, till the thicket stopped me, and I had to alight: for in those two years the path had finally disappeared; and on, on foot, I made my way, till I came to the board-bridge, and leant there, and looked at the rill; and thence climbed the steep path in the sward toward that rolling table-land where I had built with many a groan; and half-way up, I saw the tip of the crane-arm, then the blazing top of the south pillar, then the shed-roof, then the platform, a blinking blotch of glory to the watery eyes under the setting sun. But the tent, and nearly all that it contained, was gone.

***********

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )





「モダンタイムス」 伊坂幸太郎著 講談社刊

を読む。

 以前に読んだ「魔王」の続編として、漫画雑誌「モーニング」に連載された作品。漫画雑誌に小説が連載されたというのが変わっているが、内容からみて、作者が普段は漫画くらいしか本を読まない若い読者にぜひ読んでもらいたいと考えたせいかもしれないと思ったりする。「魔王」と並んで、非常にメッセージ性の高い小説。
 「魔王」の五十年後という時代設定で、近未来。「魔王」で首相としてカリスマ性を発揮していた犬養はすでに歴史上の人物だが、何人かはまだ存命中で、重要な登場人物として出てくる。独立した作品だが、「魔王」を読んでからのほうが楽しめるのは間違いない。
 読みながら、村上春樹作品、特に「ダンス・ダンス・ダンス」以降の村上作品のことが頭に浮かんだ。登場人物の名前も、なんとなく村上春樹めいている気がした。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 それを紙の上に書き記すことは極めて不本意だ。むしろ中国への航海について、どのようにして天津の埠頭に車を上陸させたのか、激しい寒さではあるが、そのかわりになんとも魅力的なトウモロコシと田んぼの間を流れる河を、北極探検のような服を厚く着込んで遡っていったのかを書こう。二週間の間に、三度の恐ろしい地震があった。ぼくが持っていた唯一のその街の地図には、軍の倉庫の位置は記されておらず、探し回らなければならなかった。倉庫のゲートはどれも固く閉ざされていたから、入り込むための努力に三日を費やした。ぼくはそこを焼き払ったが、深い満足感もなく、南へと伸びる城壁の向こう側から、一つの呪われた平原として存在するその一帯が炎に包まれる様子を眺めなければならなかった。けれどもその瞬間には、ぼくはまだその中で生きているという年老いた中国人に向かって、野卑な冗談とトペテ(訳注:ユダヤ人がモロクという魔神への生贄として子供を焼いた、エルサレム近くの霊地。後にゴミ焼却場となった)の哄笑を大きな声で浴びせかけた。ぼくは沿岸を航行し、男も女も同じように毛深い、アイヌ民族を目にした。ある真夜中、木々がせり出している崖の下の、鏡のように凪いだ海上――そこはチェムルポの港だった――に停泊したスペランザ号のキャビンの中で眠れず横たわっているとき、こんな想念が浮かんできた。「頭上の船尾楼の上を、ゆっくりと行ったり来たりする足音が聞こえてきたとしたら――そんな気がしたら」そんな想念を打ち消すことができず、ぼくは恐怖の夜を過ごしたが、一時は本当にそんな音を耳にしたようにさえ思った。そしてどっと汗が吹き出して、眉から滴り落ちた。ぼくは長崎へと向かい、そこを焼き払った。それから大いなる太平洋を横断してサンフランシスコを目指したが、それはそこにも中国人がいたことを知っていたためで、あるいは一人くらいは生き残っているかもしれなかったからだ。そしてある穏やかな日、四月の十五か十六日のこと、ぼくは太平洋の真ん中で舵輪の側に座っていたが、不意に巨大な白い穴が走っては旋回し、旋回しては走って、海の中を、ぼくの方へとやってくるのを目にしたが、ぼくが風を揺らすその生暖かい息に気付いたとき、その温かい風そのものが、「V」という文字を発音するような深い唸りで、十億ものスピニング・トップ(コマ)のようなハミングを行い、スペランザ号は傾いて、海水が左舷のブルワークを超えて降り注いできて、ぼくはデッキと船尾手すりの間に入り込んでしまい、溺れそうになりながらも、動くことができなかった。だが全てはあっという間に過ぎ去って、海の中の白い穴、それに温かいスピニングトップの風はくるりと向きを変えて南の水平線へと去り、スペランザ号は重心を取り戻した。誰かがぼくを亡き者にしようとしていたことははっきりとしていた。こんなに熱心につきまとう台風など、これまでの経験からは考えることもできないからだ。サンフランシスコに到着すると、そこを焼き払って悦に入った。それはぼくの所有物だったからだ。トランス・コンチネンタル鉄道で大陸を横切ってニューヨークへと向かうことも考えたが、湾内にあった船はどれも難破しているか、錆びているかで、海藻に覆われて海の一部と化していたため、スペランザ号を残して行くのが不安になり、中止した。陸路と海路のことをじっくりと考えると、今では気持ちがすっかりと挫けて、引き返したが、ぼくの心の中に浮かんだ考えは、フィリピン諸島の奥地深くへと戻って土着のものとなることだった――木、あるいは蛇、あるいは古えの土着種のように、蛇の五体を持った人間のような。だがそのつもりはなかった。天国というのものは、人間の中にもあったからだ。大地と天国。再び西へと航行している最中に、冬がまたやってきて、憂鬱な落胆の気分を感じながら、虚ろな深淵と白痴的な笑いの瀬戸際で目にしたものは、ジャワ島にある巨大なボロブドゥール寺院だった。旋風のように、あるいは火山のように、心が変化した。近頃は人類の手による建築物に興味があったため、三夜にわたって寺院で眠り、昼間はそこを探査した。建物は巨大で、どっしりとした存在感を持ち、日本と中国の建築様式の特徴をすべて備えており、測定したところ、幅は五二九フィートあって、百二十あるいは百三十フィートほどの高さの檀がテラスのように六層に積み重なっていた。ここでは、仏教とヒンドゥー教の形式が、最も豊かな進化を遂げてひとつになっており、トレーサリー(装飾模様)の艶かしさとともに人を酔わせ、五つに分かれ方形檀のそれぞれの外観には、数え切れないほどの壁龕があって、それぞれにブードゥの坐像が収められており、たくさんの丸屋根が聳え、全体が荘厳なdagopを頂いていた。これを見た時、長い放浪を終えて自分の家に帰りたいという衝動にかられ、長い放浪に終止符を打ち、寺院の中の寺院、宮殿の中の宮殿を完成することにした。ぼくは思った。「帰ろう。そして神さまへの宣誓のようなものとして、それを建てることにしよう」

*****

++++++++++++++++

Singular my reluctance to put it on paper. I will write rather of the voyage to China, and how I landed the motor on the wharf at Tientsin, and went up the river through a maize and rice-land most charming in spite of intense cold, I thick with clothes as an Arctic traveller; and of the three dreadful earthquakes within two weeks; and how the only map which I had of the city gave no indication of the whereabouts of its military depositories, and I had to seek for them; and of the three days' effort to enter them, for every gate was solid and closed; and how I burned it, but had to observe its flames, without deep pleasure, from beyond the walls to the south, the whole place being one cursed plain; yet how, at one moment, I cried aloud with wild banterings and glad laughters of Tophet to that old Chinaman still alive within it; and how I coasted, and saw the hairy Ainus, man and woman hairy alike; and how, lying one midnight awake in my cabin, the Speranza being in a still glassy water under a cliff overhung by drooping trees―it was the harbour of Chemulpo―to me lying awake came the thought: 'Suppose now you should hear a step walking to and fro, leisurely, on the poop above you―just suppose'; and the night of horrors which I had, for I could not help supposing, and at one time really thought that I heard it: and how the sweat rolled and poured from my brow; and how I went to Nagasaki, and burned it; and how I crossed over the great Pacific deep to San Francisco, for I knew that Chinamen had been there, too, and one of them might be alive; and how, one calm day, the 15th or the 16th April, I, sitting by the wheel in the mid-Pacific, suddenly saw a great white hole that ran and wheeled, and wheeled and ran, in the sea, coming toward me, and I was aware of the hot breath of a reeling wind, and then of the hot wind itself, which deep-groaned the sound of the letter V, humming like a billion spinning-tops, and the Speranza was on her side, sea pouring over her port-bulwarks, and myself in the corner between deck and taffrail, drowning fast, but unable to stir; but all was soon past and the white hole in the sea, and the hot spinning-top of wind, ran wheeling beyond, to the southern horizon, and the Speranza righted herself: so that it was clear that someone wished to destroy me, for that a typhoon of such vehemence ever blew before I cannot think; and how I came to San Francisco, and how I burned it, and had my sweets: for it was mine; and how I thought to pass over the great trans-continental railway to New York, but would not, fearing to leave the Speranza, lest all the ships in the harbour there should be wrecked, or rusted, and buried under sea-weed, and turned unto the sea; and how I went back, my mind all given up now to musings upon the earth and her ways, and a thought in my soul that I would return to those deep places of the Filipinas, and become an autochthone―a tree, or a snake, or a man with snake-limbs, like the old autochthones: but I would not: for Heaven was in man, too: Earth and Heaven; and how as I steamed round west again, another winter come, and I now in a mood of dismal despondencies, on the very brink of the inane abyss and smiling idiotcy, I saw in the island of Java the great temple of Boro Budor: and like a tornado, or volcanic event, my soul was changed: for my recent studies in the architecture of the human race recurred to me with interest, and three nights I slept in the temple, examining it by day. It is vast, with that look of solid massiveness which above all characterises the Japanese and Chinese building, my measurement of its width being 529 feet, and it rises terrace-like in six stories to a height of about 120 or 130 feet: here Buddhist and Brahmin forms are combined into a most richly-developed whole, with a voluptuousness of tracery that is simply intoxicating, each of the five off-sets being divided up into an innumerable series of external niches, containing each a statue of the sitting Boodh, all surmounted by a number of cupolas, and the whole crowned by a magnificent dagop: and when I saw this, I had the impulse to return to my home after so long wandering, and to finish the temple of temples, and the palace of palaces; and I said: 'I will return, and build it as a testimony to God.'

*****

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )