一昨日は恵比寿の「LIBRAIRIE6/シス書店」で開催されていた「まりの・るうにい『月街星物園』展」の最終日でしたが、今回は妻を伴って、再訪してきました。
午前中からちょっと用事で小手指の方まで出かけていて、6時までの開館時間内に間に合うかどうか、かなり微妙だったのですが、この機会を逃すと後悔することになるかもしれないし、閉店ぎりぎりかもしれないけれども、ともかく急いで行くだけ行ってみようと、駆けつけることにしました。その思いが通じたのか、乗り換えなどがとてもスムーズに行き、5時半頃には到着することができました。
最終日ということで、画廊は賑わっており、るうにいさんも在廊されていました。改めて展示作品をひと通り鑑賞した後、前回には実物を見てしまうと発色の違いがどうしても気になってしまって買わなかったポストカードを、やっぱり買っておこうと五枚のうち四枚を購入。それから、画廊の中央に置かれたベンチに座っていたるうにいさんに、思い切って、お願いがあるのですが、この本にサインを頂けないでしょうか、と話しかけました。
実は今回、ぼくが初めてるうにいさんの絵に出会った一冊、妖精文庫の「ナイトランド」(W.H.ホジスン著)の上巻を持ってきていました。三十年ほど前に買った、思い出の一冊です。その本にサインを頂けないでしょうか、と頼んだのでした。るうにいさんは快く了承して下さり、ペンを手にしましたが、そのまま少し考えて、「ひらがなでいいんですか?」と一言。すぐに、これはきっと、この頃の絵のファンならもしかしたらサインはアルファベットの方がいいのかもしれないと、気を回してくださったのだと思いました。確かに、本当は見慣れたアルファベットのサインの方が欲しいという気持ちがありました。それで、「できればアルファベットがいいのですが」とお願いすると、るうにいさんは銀のマーカーで「M.Lounie」とサインをしてくださいました。やはり、こちらのほうがしっくりきます。
それからしばらく、妖精文庫のことから、ルフラン社のパステルのことまで、いろいろと話をさせていただきました。やっぱりかなり緊張していたので、支離滅裂な応答をしてしまっていなければいいのですが、それでも高校の頃からファンだったこと、妖精文庫の絵で展覧会を開いて欲しいということなどを、どうにかこうにか伝えました。すると、るうにいさんは言います。「わたしもぜひ開いてみたいけれど、こういうファンタジーって、今、需要があるんでしょうか?」
ぼくは何と答えれば良いのかわからなくて、なんだか色々とゴニョゴニョと言った後、「ぜひ開いてください。ぜったい行きますから」と言いました(あんな姿は見たことがないかも。声が裏返ってたわよ、と後で妻にからかわれました)。妖精文庫のようなファンタジーの需要が今あるのかどうか、ぼくにはわかりません。けれども、妖精文庫の表紙絵の数々には、他の画家の絵には感じなかった奥行きや気配が、それこそ粒子のように、濃密に浮かび上がっているように思います。足穂ワールドも素敵だけれど、しっとりと深いファンタジーの世界を、るうにいさんの独自の視点と色彩でファンタジックに描き出した絵の数々は、もしかしたらそれ以上に素敵だとさえ思っています。夜の光景なのに、夢見るような色彩で鮮やかに描き出された絵の世界は、まるで時間の彼方で、物自体が自ら光を放つ力を得て、夜の中に浮かび上がっているかのようです。このままひっそりとしまわれたままになってしまうのは、とても惜しい。
るうにいさんは、ルフランのパステルを主に使用するようです。るうにいさんによると、ルフランのパステルは、例えばゴンドラのパステルなどとはのび方が違うし、青のパステルも、濃い青は他のものでも代用できるのだけれど、薄い色の青は、替えがきかないそうです。ただし、ルフラン社は倒産してパステルもすでに入手ができなくなっており、手持ちの残りがもうわずかしかないとのことでした(指で一センチくらいの長さを示して、「もう、このくらい」と。ルフランのパステル、どこかで手に入らないものでしょうか?)。
話は、いくらでもしたかったのですが、サインを待っている方もいることですし、適当なところで切り上げて、失礼しました。それでも、どうしても伝えたいことは伝えたので、満足しました(もし今度個展をひらくことがあればお知らせします、と約束してくださいました)。
画廊を出たあと、本当はどこかで食事でもして帰りたいとも思いましたが、家で娘が待っているので、そうも行きません。それで、あまりゆっくりもしていられなかったのですが、少しだけ寄り道をして、散歩がてら、渋谷まで歩くことにしました。途中、暖かかったこともあって、休息がてら公園に立ち寄って、星のマークのビール(つまり、黒ラベルです)を一本、飲みました。ふと妻が、「ベンチから見える公園の感じが、なんだかまりの・るうにいさんの絵みたいに見える」と言いました。なるほど、確かにそんな気もします。そういえばぼくにも、るうにいさんの絵を見た後では、ずっと街の光景がどことなく、るうにいさんの絵めいて見えるように思えていたのでした。