漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 

魔王  



「魔王」 伊坂幸太郎著
講談社文庫 講談社刊

を読む。

 カリスマ的な政治家犬養と、腹話術のような超能力が使える主人公安藤の物語である「魔王」と、その続編で安藤の弟潤也を主人公とする「呼吸」が収録されていて、この二つの作品で一つの物語世界となっている。普通の推理小説や娯楽小説を読むつもりで読むと、肩透かしを食らった気分になるかもしれない。読み手は当然犬養が悪役で、それに対決するのが安藤兄弟だというつもりで読み始めるだろが、最後まで読んだところで、何が何だかわからなくなってしまうからだ。登場人物の誰もに、正しさとどこか歪なものを感じる。だが、正解は全く見えない。それは現実の世界の姿そのままのように思える。この物語はつまり、読者にハッキリとした犯人を示さないことで「考えること」を強いる、そのための小説なのだろうと思う。おそらくその解答は、著者にさえもわからないものなのだ。

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「ぼくのエリ」 トーマス・アルフレッドソン監督

を観る。

 吸血鬼もののスウェーデン映画。ハリウッドリメイクが企画されているとかいないとか。
 脚本や演出はとてもよく練られていた。映画自体が、円環を描いているようなところも、スマートな印象。残酷なシーンも多いが、そんなに嫌な感じはしない。ちゃんと描かれてはいないけれども、それぞれの人間の置かれている状況が把握できる。内容が内容だけに、強く訴えかけてくる映画でもなかったけれども、短編小説には向いているかもしれえない。

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「フォーチュン氏の楽園」
シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー著 中和彩子訳
20世紀イギリス小説個性派セレクション2 新人物往来社刊

を読む。

 日曜日、図書館で棚を見ていて、目に止まった。ウォーナーといえば、かつて月刊ペン社から出ていた妖精文庫の第二期に収録されていた「妖精たちの王国」という素敵な作品の著者。早速借りてきた。
 けれども、読み始めたのはいいが、どうも変な感じで、上手くついてゆけない感じがする。著者が何を描こうとしているのか、全く見えな感じ。寝っ転がって読んでいたのだが、これはちょっと読まないで返すことになるかもしれないなと思いつつ、五十ページほど読んだところで、気がつくと寝てしまっていた。
 夜になって、眠る前にまた開いてみた。で、読み始めたのだが、今度はすっと読める。どういう訳なのだろう。最近、スリルのある小説ばかりを読んでいたので、そのせいかもしれないが、それよりも、この小説がライトでプラトニックな同性愛の小説(もちろんそれだけではなくて、その先にある様々なものを描いている)なのだと気づいたことで、読む手がかりができたせいかもしれない。あるポリネシアの島にキリスト教を伝道しようとやってきた主人公が、ことごとくちぐはぐなことばかりして、結局国に帰ってゆくというだけの小説なのだが、それだけでは語れない、とても不思議な深さと余韻があったし、最後はかなり感動してしまった。確かに個性派だけれども、いい小説。
 あとがきを見て、ちょっと調べると、ウォーナー女史には同性愛傾向があったようで、「Summer Will Show」というレズビアン小説も書いているようだ。なるほど。読んでないので、どんなものなのかは分からないけれども、多分結構面白いんじゃないだろうかという気がする。

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 ある夜、十一月二十九日のこと、ぼくは遅めの――八時だった――食事を終え、穏やかな天気の中、左舷の船尾の隅のキャビンラグの上にしつらえたクッションに足を組んで座っていたが、目の前にはスペランザ号の金の食器が小さな半円を描いており、すぐ頭上には、緑の円錐型の油壺を持つ赤いシェードのかかったランプが下がっていて、静かな大海の真中で絶えることなく軋む音を立てており、目の前の皿の中には、温かいスープ、肉の煮込み、肉、フルーツ、スイーツ、ワイン、ナッツ、蒸留酒、銀の蒸留三脚の上にはコーヒー、グラス、調味料入れ、そうしたものが並べられており、それらは常に細心に気を配って貯蔵庫から選んできたもので、広々と、今回は特別に、太陽の上っている午前中に、きちんと並べておいたものだった。ぼくは遅くまで、七時まで、仕事に従事していた。それは、ぼくが常に必要だと感じながら延ばしに延ばしてきた船のオーバーホールの仕事で、ぼくはブラシがけをして、ロープにタールを塗り、舷側にもペンキを塗り、クランクにはオイルを注し、ドアハンドルを磨き、真鍮を磨き、キャビンの三つのランプに油を満たし、鏡と家具の埃を払い、デッキの大きなしっかりとした作りの装飾品に何杯もの水をかけ、あるいは、空高くはためいている、ひと月前に留め具が壊れてから、緩んではためいているミズン・トップ・マスト、このすべてをゆったりとしたカシミアの下に履くコットンのズボン下にし、素足のまま、髭は編み上げて、太陽は燃え上がり、海は滑らかで、強い潮流の滑らかな青さで色を失い、船はほとんど揺れず、陸は見えず、東方には海藻の作る広大な領域が広がっている――ぼくは午前十一時頃から、突然暗くなって、作業を続けることができなくなった七時頃まで働いた。なぜなら、不愉快なことは、一日のうちに全て終えてしまいたかったのだ。そうして疲れ果てて下に降りると、中央のチェーンレバーのついたランプを灯し、身体を二度洗い、寝室で着替えをすると、ダイニングホールの片隅に座って、夕食を摂った。ぼくはガツガツと、汗をかきながら、いつものように眉をしかめて、右手でナイフ、あるいはスプーンを使い、西洋のフォークは決して使わず、イスラム教徒のやりかたで、皿をきれいに舐めるように食べ、そして思いのままに酒を飲んだ。それでも疲れはとれず、ぼくはデッキに上がっていって、舵の前にある、左の肘掛けの壊れた、擦り切れた青いベルベットを張った安楽椅子に座り、Indian D boxから取り出した煙草を次から次へと吹かしながら、意識を保ちつつも、うつらうつらとしていた。月が雲ひとつない空に登ってきていて、輝いていたが、海上で航路を照らし出すほどには明るくはなく、その夜の海は、ひとつの連続したジャック・オ・ランターン(訳注:ハロウィーンのかぼちゃ)の燐光が輝く沼地のようで、星々と明るい輝きが、狂気じみてはいるが微かな光輝で入り交じって、一つのまとまりとなって東へと進んでゆく様子は、まるで強い潮流の流れの中を、重大な目的のために、果てしない数の妖精たちが急いでいるかのようだった。船尾の切り立ったその下方からは、水の跳ねる濡れた音がしていたが、固定した舵が軋んでギシギシと鳴っている場所で、微睡みの倦怠に包まれているぼくにはそれを耳にすることは出来なかった。ぼくはスペランザ号がとても速く、おそらくは四から六ノットという速度で進んでいるということに気づいてはいた。けれども、今自分が経度一七三度、緯度はフィジーとソシエテ諸島の中間にいて、前方二百マイル以内には土地などないということをよく知っていたから、気にはかけなかった。そして煙草が口からしなだれ落ちて、眠気がぼくを飲み込むと、その無限の航路の中で眠った。

*****

++++++++++++++++++

 One evening, the 29th November, I dined rather late―at eight―sitting, as was my custom in calm weather, cross-legged on the cabin-rug at the port aft corner, a small semicircle of Speranza gold-plate before me, and near above me the red-shaded lamp with green conical reservoir, whose creakings never cease in the stillest mid-sea, and beyond the plates the array of preserved soups, meat-extracts, meats, fruit, sweets, wines, nuts, liqueurs, coffee on the silver spirit-tripod, glasses, cruet, and so on, which it was always my first care to select from the store-room, open, and lay out once for all in the morning on rising. I was late, seven being my hour: for on that day I had been engaged in the occasionally necessary, but always deferred, task of overhauling the ship, brushing here a rope with tar, there a board with paint, there a crank with oil, rubbing a door-handle, a brass-fitting, filling the three cabin-lamps, dusting mirrors and furniture, dashing the great neat-joinered plains of deck with bucketfulls, or, high in air, chopping loose with its rigging the mizzen top-mast, which since a month was sprained at the clamps, all this in cotton drawers under loose quamis, bare-footed, my beard knotted up, the sun a-blaze, the sea smooth and pale with the smooth pallor of strong currents, the ship still enough, no land in sight, yet great tracts of sea-weed making eastward―I working from 11 A.M. till near 7, when sudden darkness interrupted: for I wished to have it all over in one obnoxious day. I was therefore very tired when I went down, lit the central chain-lever lamp and my own two, washed and dressed in my bedroom, and sat to dinner in the dining-hall corner. I ate voraciously, with sweat, as usual, pouring down my eager brow, using knife or spoon in the right hand, but never the Western fork, licking the plates clean in the Mohammedan manner, and drinking pretty freely. Still I was tired, and went upon deck, where I had the threadbare blue-velvet easy-chair with the broken left arm before the wheel, and in it sat smoking cigar after cigar from the Indian D box, half-asleep, yet conscious. The moon came up into a pretty cloudless sky, and she was bright, but not bright enough to out-shine the enlightened flight of the ocean, which that night was one continuous swamp of Jack-o'-lantern phosphorescence, a wild but faint luminosity mingled with stars and flashes of brilliance, the whole trooping unanimously eastward, as if in haste with elfin momentous purpose, a boundless congregation, in the sweep of a strong oceanic current. I could hear it, in my slumbrous lassitude, struggling and gurgling at the tied rudder, and making wet sloppy noises under the sheer of the poop; and I was aware that the Speranza was gliding along pretty fast, drawn into that procession, probably at the rate of four to six knots: but I did not care, knowing very well that no land was within two hundred miles of my bows, for I was in longitude 173°, in the latitude of Fiji and the Society Islands, between those two: and after a time the cigar drooped and dropped from my mouth, and sleep overcame me, and I slept there, in the lap of the Infinite.

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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「The Frozen Pirate」 William Clark Russell著
(Project Gutenberg)

を読む。

1887年に書かれた、フレデリック・マリアットとウィリアム・ホープ・ホジスンを繋ぐ作品のひとつ。かいつまんだストーリーは、嵐で難破した船から唯一脱出できた主人公が南極大陸の辺りに漂着し、そこで氷漬けになったスクーナーを発見する。それは五十年も昔に氷の中に閉じ込められた海賊船で、乗員や食料などもそのまま氷漬けになっている。主人公がその乗員の一人を解凍すると生き返り、海賊らしい粗雑な行動を取るようになるが、まもなく時間が彼に追いついて、急速に年老いて死ぬ。その後主人公は宝物がたくさん詰まった船でイギリスに帰還する、というもの。たわいのない話といえばそうかもしれないが、それなりに楽しめた。

 ところで最近ときどき思うのは、震災からの復興のどさくさにかこつけて、ナショナリズムを盛り上げようという動きがちょっとあるなということ。大変気持ちが悪い。関東大震災から十八年で戦争に突入してしまった過去のことを忘れないようにすべきだと思う。

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「ボアズ=ヤキンのライオン」 ラッセル・ホーバン著 荒俣宏訳
ハヤカワ文庫FT 早川書房刊

を読む。

 ずいぶんと昔、高校生の頃に一度読んだことがあった気がするが、入り込めなくて、さらりと読み捨ててしまったように思う。内容もさっぱり覚えていない。だから再読だけれども初読のようなものだった。ホーバンがこの作品を書いた年齢に近くなってきているせいだろうか、今読むと内容が素直によく分かる。これは、ボアズ=ヤキンの物語であると同時に、いやそれ以上に、ヤキン=ボアズの物語。だから、邦題も本来なら、きちんと原題のままに「ボアズ=ヤキンとヤキン=ボアズのライオン」とするべきだったのだろうが、ながいタイトルは嫌われたのかもしれない。村上春樹の、特に初期の作品が好きな人なら、きっと気に入るのではないかと思う。

 先週の土曜日には、行けないと思っていた吾妻ひでおのサイン会に、都合がついて行けることになったので、娘をつれて行ってきた。想像はしていたが、集まっていた人はほとんど、僕と同じくらいの年齢の方々ばかり。吾妻さんはひとりひとりていねいに、イラスト(ななこと自画像)とサインをしてくれた。丁寧な方だなあと思った。 

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 一月十八日から十月二十三日の間の四ヶ月ほどの間に、ぼくはフィジーを訪れ、そこでまだ縮れた固い髪の毛の名残りをとどめた骸骨をいくつか目にしたが、女性はベルトで紐を固定した腰蓑を身につけており、また近くのサモアでは、オウムガイの殻で作った頭飾りの冠を被り、ターメリックで身体に筋のような線を描いて、タトゥーを彫った死体が、ひとつのちいさな町の中に集まっていて、それはフェスティバル、あるいはダンスの真っ最中であったことを示唆していた。人々はみな、少なくとも何の予備知識もないままに倒れていったのだと思った。マオリの女性は、たくさんの緑の翡翠の宝飾を身に着けており、ぼくはそこで特別な種類のほら貝を見つけたが、それは今、入れ墨用の小刀やよい丸みをした木製の鉢とともに持っている。それに引き換え、ニューカレドニアの人々は裸だったと考えるべきだろうが、彼らの髪の毛への意識を見る限り、この点ではフィジー人に似ていて、何かコウモリのような生き物の毛皮で作った人工のカツラを被っているかのように思えたが、それと同時に彼らは木製の仮面と大きなリングを身につけており――それは間違いなく耳に付けるもので――それが肩にまで垂れ下がっていたに違いなかった。地球は彼らすべてを内在しているから、地球それ自体と同じように、野性的で突拍子もない多様性を持っているのだ。ぼくはひとつの場所からまた別の場所へと思うにまかせて移動し、理想的な落ち着き場所を探し求め、時にはそれを見つけたかとも思った。だが世界にはより奥深い、夢のようなことが存在するのだと考えることに疲れただけだった。そうして、この探索の中でぼくが受けた試練は、神よ、心底ぞっとするもので、ぼくはこれらの場所から逃げ出した。

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During a space of four months, from the 18th June to the 23rd October, I visited the Fijis, where I saw skulls still surrounded with remnants of extraordinary haloes of stiff hair, women clad in girdles made of thongs fixed in a belt, and, in Samoa near, bodies crowned with coronets of nautilus-shell, and traces of turmeric-paint and tattooing, and in one townlet a great assemblage of carcasses, suggesting by their look some festival, or dance: so that I believe that these people were overthrown without the least fore-knowledge of anything. The women of the Maoris wore an abundance of green-jade ornaments, and I found a peculiar kind of shell-trumpet, one of which I have now, also a tattooing chisel, and a nicely-carved wooden bowl. The people of New Caledonia, on the other hand, went, I should think, naked, confining their attention to the hair, and in this resembling the Fijians, for they seemed to wear an artificial hair made of the fur of some creature like a bat, and also they wore wooden masks, and great rings―for the ear, no doubt―which must have fallen to the shoulders: for the earth was in them all, and made them wild, perverse and various like herself. I went from one to the other without any system whatever, searching for the ideal resting-place, and often thinking that I had found it: but only wearying of it at the thought that there was a yet deeper and dreamier in the world. But in this search I received a check, my God, which chilled me to the marrow, and set me flying from these places.

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki





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 Amazon Kindleは、買って以来、本当に重宝していて、出歩くときには大抵カバンの中に入っています。最近は電子書籍の端末が増えて、電気店でもいろいろと並んでいるのを見ますが、ちょっと触ってみても、やっぱりKindleがいちばんしっくりくるような気がします。文庫本さえ開けない満員電車の中でも、Kindleなら読めたりします。
 ところで、そのKindleですが、PDFでなら日本語も表示できます。もちろん、画像としてなら、全く問題はありません。ただし、その場合には多少の不便さはどうしても伴います。Kindleは画面がIpadなどと比べて小さいですし、タブレットPCではないので、自由度もありません。なので、最初からだいたいKindleの画面サイズで表示しても問題がないような状態にしておかなければなりません。Internet Archiveなどでは、著作権の切れた本をスキャンしたものをダウンロードできるようになっています。この中にはKindle形式でのダウンロードも選べることは選べるようになってはいるのですが、OCRで抽出したもののようで、使い勝手はよくありません。なので、画像をPDF化したものをダウンロードして読むのがよさそうなのですが、これをそのままKindleにつっこんでも、いまひとつ読みやすくはありません。また、自分でスキャンした、いわゆる自炊本なども、そのままでは薄く表示されるため、読むに耐えるものとは言えません。それならPCで読めばいいのですが、PCで本を読むというのは、目が疲れるので好きではありません。できればKindleのEinkの手軽さで読みたいと思うのですね。
 その方法について、色々と試しましたが、今のところ、以下のやりかたがいちばん手軽でいいと思ったので、メモしておきます。Windowsの場合です。Linuxなどでも出来ますが、使うソフトが多少変わってきます。
 
 1. 自分でスキャンした本の場合は、スキャンする際に、できるだけ無駄のない範囲を指定してからスキャンすること。余白が多すぎる場合、後で加工するときに面倒なので。見開きの場合、画像の中心に本の中心がくるようにスキャンする。解像度は300dpiあればいいと思う。念のため、作業はオリジナルを使わず、フォルダごとコピーしたものを使う。
 
 2. 見開き画像の場合、「見開き半分子ちゃん」などのソフトで一括で半裁する。
 
 3. ネット上で落としたPDFファイルの場合、「PDF to JPG」などのソフトで一度JPG画像に変換する。
 
 4. フォトショップを立ち上げて、アクションを登録し、カラー情報は破棄、グレースケールに変更した上で、レベル補正などで一枚を画像処理。黒がはっきりと見えるようにする。その際、シャープ処理は一切しないほうがよさそう。アンシャープマスクもかけない。画像は、横のサイズが600px程度になるようにリサイズ。保存までをアクションに登録すること。残りは登録したアクションを使い、パッチで一括処理。
 
 5. 「i2pdf」などのソフトを使って、画像をまとめてPDFにする。
 
 もっとうまいやりかたもあるのかもしれませんが、とりあえずは以上です。結構簡単にできます。漫画などでは特に、かなり読みやすくなると思います。
 とはいえ、やはりスキャンしたものは紙媒体には劣ります。Kindleでは、最初からAZW形式の書籍は本当に扱いやすいのですが。電子書籍は、DTPよりもWEBに近い媒体なので、それは仕方ないのでしょうね。ちなみに、Amazonでは無料でPDFファイルをAZWファイルに変換してくれるサービスもありますが、これは今回のような場合には、上手くゆかないことがほとんどですから、期待しないほうがよさそうです。
 しかしこんな記事を書いておいて何ですが、しばらくKindleを使ってきて思うことは、以前にも書いたかもしれませんが、多分電子書籍というものはあまり流行らないだろうなということです。こうした端末を、普段本を読まない人がわざわざ購入するとはどうしても思えませんし、やっぱり本のほうが扱いやすい。利点としては、場所をとらないことくらい。普段それほど本を読まない人は、このままでは本に埋もれるのではないかという悪夢を見るはずもありませんから、読みたければ素直に本を買うでしょうね。なので、本が好きな人が補佐的に使用するというのが主な使い方になるのではないでしょうか。あるいは、本そのものは保存用として買って、読むためには電子書籍を別に買うとか。やはり、本が「物」であるという側面は大きいと思います。今のところは、買える本も限られていますが、買える本がもう少し増えたところで、実際の書籍がまずあるという状態、それは変わらないと思います。せいぜい、本に埋もれる悪夢を見るような人が、電子書籍に蔵書の一部を変えるという程度でしょう。それでも僕が手放せなくなっているのですから、読書端末に特化したKindleは、人によっては大変重宝するガジェットです。最近出たipod2は、随分と扱いやすい大きさになっていて、よさそうですが、僕はアップル製品は嫌いだし、目が疲れる、バッテリーの持ちが悪い、ファイルの転送が面倒という点はどうしようもなさそうです。あれは、読書端末というより、大きなipodですね。やはり。
 

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 ぼくはマラッカ海峡を抜けて南下したが、アンダマン諸島とボルネオ南西部の間の僅かな距離の移動のあいだに、船を三度もぶつけてしまい、その時には、こんな予測不能な大変動の中を生き延びた人間の作ったものなら、そんなことなど全く問題にはならないという気がして、かなりの悪態をつきはしたものの、海の藻屑と消えてしまうかどうかは成り行きにまかせた。その三度の事故のもたらした効果として、悪の衝動が再び解き放たれた。ぼくは言った。「ぼくは彼らの奴隷にされている。死などに手に負える相手じゃないんだ」それから数週間は、これといった村を見ることも、森に覆われた日陰の土地も見ることもなく、むき出しの土地は荒れ果てていたから、船を停泊させることはなかった。オーストラリアの北部に広がるこれらのスパイシー・アイランズ(香料諸島)のほとんどには、一年の大半をかけて、ぼくの足跡を残すことになりそうだった。次第にあちらこちらへとジグザクに船を進ませるようになってきていて、それはほんの思いつきの方向、あるいは海図の上の指針の動きにまかせていたからだ。ぼくはここの緑に覆われた常夏のどこか魅惑的な隠れ家の中で、苦痛を和らげ、休息を与えてくれるロートス(訳注:食べると家や故郷のことを忘れ、夢見心地になるという果実)を食べることを考えたりもしたが、そこの小屋の入り口から阿片の真珠のような煙の向こうに見えるものは、古い環礁の中に囚われた穏やかな礁湖で、椰子の木はうたた寝するかのように垂れ下がり、そしてパンの木が甘く飽いた夢の中で音を立て、そしてぼくは青白い環礁の礁湖の中に停泊しているスペランザ号を見つめ続けて、何年もの月日が経った後に、ぼんやりと、あれは何だろう、どこからやってきて、なぜあんなにしっかりと永遠に繋ぎ泊められているのだろうとぼんやりと考えるようになって、そうしたメランコリーの平和と重荷の至上の喜びの年月の果てに、太陽と月が回転することを止めていることに気づき、のろのろと身体を起こし、やがて重い瞼を開いて、夢とうつつの間をたゆたっていると、神が「もう十分だ」と頷きながら合図を送って寄越し、そしてその『存在』は気絶するように眠りの中へと落ちてゆくのではないかという気がした。ならば、北京で生存しているらしい中国人の老人も、一人の異様な狂人にすぎないのだと、ぼくは気を失ってしまいそうなほどの笑いの発作に襲われた。

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I passed down the Straits of Malacca, and in that short distance between the Andaman Islands, and the S.W. corner of Borneo I was thrice so mauled, that at times it seemed quite out of the question that anything built by man could escape such unfettered cataclysms, and I resigned myself, but with bitter reproaches, to perish darkly. The effect of the third upon me, when it was over, was the unloosening afresh of all my evil passion: for I said: 'Since they mean to slay me, death shall find me rebellious'; and for weeks I could not sight some specially happy village, or umbrageous spread of woodland, that I did not stop the ship, and land the materials for their destruction; so that nearly all those spicy lands about the north of Australia will bear the traces of my hand for many a year: for more and more my voyage became dawdling and zigzaged, as the merest whim directed it, or the movement of the pointer on the chart; and I thought of eating the lotus of surcease and nepenthe in some enchanted nook of this bowering summer, where from my hut-door I could see through the pearl-hues of opium the sea-lagoon slaver lazily upon the old coral atol, and the cocoanut-tree would droop like slumber, and the bread-fruit tree would moan in sweet and weary dream, and I should watch the Speranza lie anchored in the pale atol-lake, year after year, and wonder what she was, and whence, and why she dozed so deep for ever, and after an age of melancholy peace and burdened bliss, I should note that sun and moon had ceased revolving, and hung inert, opening anon a heavy lid to doze and drowse again, and God would sigh 'Enough,' and nod, and Being would swoon to sleep: for that any old Chinaman should be alive in Pekin was a thing so fantastically maniac, as to draw from me at times sudden fits of wild red laughter that left me faint.

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki



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 その航海の、五月十五日から六月十三日までの一か月ほどをずっと、ぼくはマレー半島の近くのアンダマン諸島でだらだらと過ごした。中国人の老人が北京で生存できるなどとは、今ではどう考えても馬鹿げた空想のように思えたのだ。この密林の島々へとやってきたのは、カルカッタである夜に羽目を外しすぎて、町だけではなく河にも火を放った、その余韻の残る後のことだったが、一時はここに住むことも考え、その広がりへの夢想に悦に入っていた。ぼくがいたのは、海図では「サドル・ヒル」と名づけられている場所で、その周辺では最も小さな島であるようだった。そこの深い谷間で、灼熱の太陽の下一日中ずっと横になって過ごしていると、それまでにはほとんど感じたことのないような平穏な気持ちになり、椰子と熱帯の原生林の深い影の中から、停泊しているスペランザ号を見つめていた。そこの少し沖合の海岸から谷は始まるが、ぼくの目にはココナッツの木々と共に、長く連なった稜線の一つが見え、薄い芝生の蜃気楼を除いて、空ではすべての雲が燃え上がり、海はそよ風に波打つ湖のようにどこまでも穏やかで、この場所に聞こえてくる確かな音と言えば、浜辺に寄せる波の音くらいだった。なぜなのかは分からない。哀れなアンダマンの人々は、完全な蛮人だったように思われたが、それはぼくが島々を巡っているときに彼らの遺体を何体か発見したが、骸骨に近い姿ではあったが、脊椎も五体もまだほぼそのままで、いくつかのケースでは、干からびてミイラ化した遺骸には、服を身に着けていたという形跡が全くなかったからだ。彼らの周りを取り巻いている、近隣の高度な古い文明のことを考慮すれば、これはまさに例外的なことである。彼らは小柄で、黒か褐色の肌をしていた。そして目にした人々は皆、槍やその他の武器が側に転がっているか、あるいは彼らを貫いているかしていた。彼らは熱狂的な人種であったがゆえに、予測できない闇の地球が彼らを飲み込んだとき、彼女は彼女の子供として振舞ったのだ。彼らは多くの場合、いくらか赤みを帯びた変色をしていたが、それはキンマの実の痕だったのかもしれない。なぜならキンマの実がその周りにあったからだ。ぼくはここの人々のことが気に入り、彼らの小さな木製のカヌーをギグとともに積み込んだ。ぼくは愚かだった。ギグとカヌーは、たった三夜でデッキから海のただ中へと攫われてしまった。

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A whole month of that voyage, from May the 15th to June the 13th, I wasted at the Andaman Islands near Malay: for that any old Chinaman could be alive in Pekin began, after some time, to seem the most quixotic notion that ever entered a human brain; and these jungled islands, to which I came after a shocking vast orgy one night at Calcutta, when I fired not only the city but the river, pleased my fancy to such an extent, that at one time I intended to abide there. I was at the one called in the chart 'Saddle Hill,' the smallest of them, I think: and seldom have I had such sensations of peace as I lay a whole burning day in a rising vale, deeply-shaded in palm and tropical ranknesses, watching thence the Speranza at anchor: for there was a little offing here at the shore whence the valley arose, and I could see one of its long peaks lined with cocoanut-trees, and all cloud burned out of the sky except the flimsiest lawn-figments, and the sea as absolutely calm as a lake roughened with breezes, yet making a considerable noise in its breaking on the shore, as I have noticed in these sorts of places: I do not know why. These poor Andaman people seem to have been quite savage, for I met a number of them in roaming the island, nearly skeletons, yet with limbs and vertebrae still, in general, cohering, and in some cases dry-skinned and mummified relics of flesh, and never anywhere a sign of clothes: a very singular thing, considering their nearness to high old civilisations all about them. They looked small and black, or almost; and I never found a man without finding on or near him a spear and other weapons: so that they were eager folk, and the wayward dark earth was in them, too, as she should be in her children. They had in many cases some reddish discoloration, which may have been the traces of betel-nut stains: for betel-nuts abound there. And I was so pleased with these people, that I took on board with the gig one of their little tree-canoes: which was my foolishness: for gig and canoe were only three nights later washed from the decks into the middle of the sea.

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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横浜  



 GW初日の29日、横浜に出掛けた。横浜には本当によく行くのだけれども、受験があったので、しばらく来ていなかった。地震があったせいで、受験が終わったあともしばらくは行かないままだった。
 天気もよく、フリーマーケットを覗いたりしながら、横浜の春を満喫していたのだが、「横浜開港資料館」の前を通りがかったとき、せっかくだからと、閉館時間が迫ってはいたが、入ってみた。目的は、関東大震災における「エンプレス・オブ・オーストラリア」の救助活動の資料。その乗員名簿がないかと思った。以前翻訳していた、ホジスン作とされていたこともある「RMS Empress of Australia」という作品が、本当は誰が書いたものなのか知る手がかりになるかもしれないと考えたからだ。本当は時間がないと思ったので、入らないつもりだったのだが、受付で「『エンプレス・オブ・オーストラリア』」の資料がありませんか」と尋ねたところ、司書の方が親切にも、探してくれるということで、妻と娘を置き去りにしたまま、ふらりと一人で入ってしまった。結局は見つからなかったものの、「何かがわかれば教えます」と言っていただいた。家に帰ってから、ちょっと色々と見ていて、ヒントになりそうなものも見つけたのだが、まだかなり曖昧な情報。
 その後、中華街をちょっと回ったあと、いつもの大桟橋へ。まさにかつての「エンプレス・オブ・オーストラリア」号の活躍の舞台。夜景は、多少節電のため光が少なかったけれども、やはり美しいものだった。なんだか、懐かしい感じさえした。

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