漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

カササギ義捐基金

2021年09月08日 | 試訳
カササギ義捐基金
(『The Cat's Cradle-book』より)
シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー
shigeyuki 


 一羽のカササギが、倹約と勤勉の果てに、ひと財産を築きました。そしていま、彼は死の淵にあり、その死の床にふたりの兄弟、相続人、カラスとミヤマガラスを呼びました。
 「わしはもうすぐ死ぬ」彼はか細い声で言いました。「ちゃんとわしらだけだろうな?周りには誰もいないよな?よもや猫なんぞは?」
 彼らは周りには他には誰もいないと請けあいました。
 「よろしい。それではいまからわしは遺言を伝える。わしが死んだら、おまえたちにはわしの銀のスプーンのコレクションやそのほかの貴重品をぜんぶ銀行に持っていって、現金に替えてもらいたい。銀行はすぐにやってくれるだろう。ダイヤモンドは最高の品質だし、スプーンは純銀製、どれもこれも折り紙つきの逸品だ。持ち込んだのが誰であろうと、そうした品物なら銀行は大歓迎のはずだ。わしはよく銀行に通った。だからよく知っておるんだ。むかしわしは英国銀行から半ソブリン金貨(訳注:イギリスで17世紀から20世紀初頭まで使われた1ポンド金貨)を盗んだことがあるが、巧みにやってのけたから、事務員はその日の夜には首にされたものだよ。しっ!音がしなかったか?何者かがそっと足を忍ばせてきているなんてことはないだろうな?周りを確かめろ。絶対に妨害が入らないようにな」
 「いも虫だけしかいませんよ」カラスが言いました。「それもわたしが呑み込んでしまいました」
 「それは賢明なことじゃったかもしれんな!さて、それじゃ続けることとするか。わしの財産を現金に変えたら、それはこうやって分けてもらいたい。三分のニは跡取りの長男にだ。だが息子はいささか軽率で浪費癖があるから、弟のおまえたちをその後見人に任命したい。おまえたちはそのその働きによって報酬を得ることになる」
 兄弟たちはそのようにしましょうと言いました。
 「残った三分の一は」とカササギは言いました。「等しく百等分してくれ」
 「なんと慈悲深いのだろう、パパは!」二羽は言いました。「本当に百羽もの友人たちがいるというのですか――」
 「とんでもない!それどころか百人の敵がいるのさ。汚らわしい狡猾な動物ども、大ぐらい、強つくばり、ぎゃあぎゃあわめきながら獲物を狙うハーピーども、昼夜を問わずひどいもんさ。わしが神経症や心不全に悩まされてきたのは、そいつらのせいだ。もしそいつらさえいなければ、わしはいまこうしてここに横になっていたりはせんかったかもしれん。だがまあ、これまで、わしらはなんとかうまく仕事をやってきた。さて、ここからはしっかりと聞いてくれ、複雑なことじゃからな。等しく百等分したうちの二十五をそれぞれわしのふたりの弟たちに遺す。残った五十のうちの二十四を、きみ、ミヤマガラス氏に、同じくきみ、カラス氏に遺そう。これには条件がある。きみたちは管財人となって、わしが残りのふたつを寄付するつもりの慈善基金の唯一の遺産管理人になってもらう。なんだ、いま聞こえた音は?」
 「風で枝がきしむ音を立てただけです」ミヤマガラスは言いました。
 「何かもっと悪いものじゃないかと思ってしまったよ。この慈善基金の利子(銀行で説明を受けるだろう。わしにはいま詳しく説明している時間がない)は、すべての困窮した猫たちから貧困を取り除くために使われることになっている」
 「なんですって!」みんなは口を揃えて叫びました。「猫を救済するですって?どうしてなんです、あなたは猫をこの世でいちばん憎んでいるんじゃないんですか?」
 「わしはすべての猫どもが憎い」カササギは言いました。「できることなら、あいつらのはしっこい目をつっついて、ほじくり出してやりたいくらいだ。だが、わしがもっとも憎み、恐れ、忌み嫌っている猫どもはどれも、飢えた猫どもだ。飢えた猫というのは社会にとっての脅威なのだ。カササギにとって安全な世界を作るために(せめてもう少し安全にするために)、わしはこの博愛的な計画を思いついたのだ。さあ、よく聞け!この利子はネズミを買うために使うんだ。もちろん、卸値でな。本当に困窮した猫は、ネズミの新鮮さなんて気にしやせんだろう。そうやって一週間に一匹のネズミを与えておけば、一匹の困窮した厄介者を何はともあれ黙らせておくことができるだろう。
 「だが気をつけてくれ」とカササギは語気を強めて言いました。「猫は完全に困窮していなくてはならん。わしのネズミを、もっとたくさん食べたいからといって、さらに狩りに精を出すような怖ろしい健康な猫どもに分け与えるわけにはいかん。さて、この話はここまでにしよう、わしはこんな話は好きではないからな。だが、覚えておけ!完全に困窮した猫どもでなければならんぞ」
 カササギは死にました。遺言執行人はカササギの遺志を文書にしたため、執行しました。銀行もまた、理解と協力を惜しみませんでした。ネズミを特売で購入するのに都合のよいときを待ちながらの、利子が貯まるまでの一年ほどの猶予のあと、ミヤマガラスとカラスは、困窮者救済物資の受給を申し込む困窮した猫たちの請求を検討する準備ができたことを告知しました。
 しばらくは何の反応もありませんでした。ミヤマガラスとカラスは、カササギは恐るべき勘違いをしていたのだ、猫たちのなかに経済的困窮などない、奴らは健全な大安売りのネズミなど鼻にもかけないような贅沢な動物で、困窮した猫ですらプライドが高く、助けを乞うための一歩を踏み出すことさえしようとしないのだ、ということを受け入れながら、無為に座って待っていました。だが長雨が続いて洪水があったあと、数匹の猫たちがオフィスへとやってきましたが、ぎくしゃくと歩きながら、自らを恥じているように見えました。
 カササギの臨終の言葉を心に留めて、ミヤマガラスとカラスは慎重に請求を精査しました。それは予想していた通りでした。やってきた猫どもには、一匹たりとも適切なる困窮というものを認めることができなかったのです。ある猫どもには若くて力もあり、自助が可能でした。年をとっている猫たちには、扶養義務のある、たくさんの子供たちがいました。可愛い猫たちは、人間の家庭に飼ってもらうことを期待する方が同理に叶っているように思われました。また、魚の骨を蓄えこんでるやつまでいました。
 猫という種族の狡猾さにため息をつきながら、ミヤマガラスとカラスは大量販売されていたネズミを入れた箱の上に座り、こんなにたくさん買うんじゃなかったと思いました。
 最後に、脚を引きずってよろめきつつ、どぎまきしながら、一匹の年老いた黒猫が入ってきて、救済を認可してくれないかと頼みました。それは間違いなく、偽りではないケースであるように思えました。その雄猫は目が見えず、脚が不自由で、ほとんど耳も聞こえませんでした。年を取っているうえに、子供もいません。なぜなら去勢されていたからです。とても醜いので、飼おうなどと考える人間もまずいないでしょう。魚の骨を蓄えこんでもいなかったし、ほとんど歯も残っていませんでした。
 「実際、あいつにならネズミを与えていいと思う――中ぐらいの大きさのを――週に一匹」カラスが言った。「あいつは完璧に貧窮しているから、ためらうことなく社会の脅威として分類すべきではないだろうか。そしてそれこそが、”慈善家”の念頭にあったものではないだろうか」
 「まあ落ち着いて、落ち着いて」ミヤマガラスは言いました。「もう少し彼に質問させて欲しい。
 「ネズミをどうされるおつもりですか?」ミヤマガラスは尋ねました。返事がないので、耳が不自由だったことを思い出して、もっと近くに跳ねてゆくと、ギザギザになった耳に向かって大声で叫びました。
 「ネズミをどうされるおつもりですか?」
 ひと呼吸置いて、雄猫は低く平坦な声で言いました。
 「食べるんです」
 「その骨はどうするつもりなんですか?」
 今度は猫はすぐに答えた。
 「噛み砕きます!」
 ミヤマガラスは慌てて飛んで戻ると、言いました。
 「あいつを脅威に分類できることは間違いないな。我々の親愛なる友人はなんて正しかったんだろう!なんと洞察力に優れていたことか!」
 しかしその期に及んでさえ、二羽は疑問を抱え、ためらっていました。こんな貧しく汚らしい動物のことを記載することで、クリーム色の台帳のページを台無しにし、ずいぶん長い間そのままであった大量販売のネズミの十分な総数を減らすことに、明らかに不敬さを感じていたのです。

名前:ニガー。 姓:なし。 性別:なし。 年齢:17。 住所:なし。 状態:極貧。 ネズミ一匹

 二羽はペンをとっては別のベンに持ち直したり、記録簿の蜘蛛の巣を払い除けたりして、インク壺のまわりでもたもたしながらも、目はしっかりと油断なく猫に注いでいたのですが、そのときミヤマガラスが叫びました。
 「慈悲深き神さま!我々は恐るべき過ちを犯すところでした!幸い、わたしはぎりぎり間に合ったようです。親愛なるカラスよ、この猫は我々と同じく生活に困ってなどいないのだ」
 「わたしもそう思ってたよ、最初からずっと」カラスは言いました。「生活に困っている、確かに!だが――ええと……?」
 「きみは猫の皮が市場でとても高い値段で取引されていることを知っているかね?この老いぼれの詐欺師は背中に六ペニーもの価値のあるものをしょって歩いてやがるんだ」
 「けしからんな!」カラスは叫びました。「すぐにそう言ってやれ。遠慮することはないぞ」
 「二羽の鳥たちが翼をはためかせながら大声でわめくので、猫はその見えない目のある頭をそちらへと向けました。猫はカラスたちがネズミを持ってきてくれるものだとばかり思っていました。猫は震えはじめ、お腹がぐうぐうと鳴り、尻尾は床をパタパタと叩いていました。
 「エッヘン!」ミヤマガラスは言いました。「申し訳ないのですが、ニガーさん、我々にはあなたに困窮者救済物資としてネズミを支給することが許可できません。あなたは〈基金〉の規定に合致しないのです。あなたがその毛皮を売却してしまわない限り、わたしたちにはあなたにできることなど何もないのです」

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