そうしてどれだけの距離を歩いただろう。耐え難い空腹を覚え、道の真中に座って一つ目の弁当を広げた時、ふと、太陽が少し傾いてきていることに気が付いた。これまで固定されていた時間が、再び音を立てて廻り始めたような、そんな気がした。私は辺りを見渡した。確かに少しづつ、見えている景色の色彩が変わってきていた。足元の影が、少し細長く伸びていた。空の色彩も穏やかさを増し、その下を雲が形を変えて流れていた。全てがとても美しく見えた。それで、しばらくは世界の動いてゆくさまに心を奪われて茫然としていた。しかし、このことが指し示している現実に気が付くと、我に還った。太陽が動いているということは、やがては夜がやってくるということだった。当然分かっていたはずのことだったが、いざこの広い場所でその現実に直面すると、不安にならずにはいられなかった。このままでは、このどこへ続くとも知れない道のただ中で、野宿をすることとなるのは避けられないだろう。野宿する事自体に躊躇いはないが、この平原の夜がいったどういうものなのか分からないというのは、嫌なものだった。もしかしたら、夜中には気温が恐ろしく下がるかもしれないし、昼間には姿を見せない獰猛な動物だって、いないとは限らない。できれば野宿は避けたいというのは、素直な気持ちだった。けれども、どうにもならない。できることはといえば、ただ先を急ぐ事くらいだった。運がよければ、あの銀色の塔に辿り着く事も、もしかしたら不可能ではないかもしれない。そう思って、歩き続けた。
風が吹くと、草原が波のようにうねった。風に乗って、濡れた青い草の香りがした。柔らかい音が、遠くから聞こえ、次第に近くなり、また遠ざかっていった。陽射しが、時々雲に遮られ、また現れた。そうしたことが、何度も繰り返されるうちに、辺りは次第に赤みを帯びはじめた。黄昏時が近付いていた。銀色の塔は、まだ遥か彼方に見えた。辿り着くことなど、もはや不可能だということが、明白になった。それでも私は出切る限り歩こうと思った。太陽が、西の地平近くで、真っ赤に膨れ上がっていた。その巨大な様は、腐りかけた果実を思わせた。むせ返るような芳香が、辺りに漂っている気がした。一面の草原は、黄金色に燃え上がって見えた。漂う雲が、細く長く解けて、空に架かる橋のように見えた。だが、それはどこまでも細くなって、やがて千切れてしまった。私は歩きながらその様子を見ていたが、雲が千切れた途端、辺りは休息に暗くなった。太陽が沈んだのだ。それでも暫くは残照で辺りがまだ見渡せたが、やがてそれも覚束なくなり、ついには、私は道の真中に座り込んでしまった。全く何も見えなかった。自分の足元も見えなかった。それで、先に足を踏み出すことも出来なくなってしまったのだ。
そうして長い時間、私は漆黒の夜の平原のただ中で、じっと息を凝らして蹲っていた。揺れる草の音が聞こえた。風の音が聞こえた。その中に、自分の呼吸の音が、規則正しく聞こえていた。聞こえるのは、ただそれだけだった。
だがやがて、少しづつだが、辺りの風景が見えるようになった。瞳は、ほんの微かな光さえ、慣れれば捉えることができるのだと知った。こんな星さえない漆黒の中でも、微かにだが、辺りを見ることができるのだ。
数時間が過ぎた時、空に変化が現れた。東の方が、ほんの少しだけ、明るくなった。最初は、夜明けが近付いているのかと思った。けれども、夜明けには速すぎるだろうとも思った。そう思っているうちに、空は次第に明るさを増した。その明るさは、夜明けの明るさではなかった。東の空が、群青に色づいた。その群青の色彩は、外側から次第に透明な藍色に変わり、やがて、微かに桃色めいた色彩が現れた。それは、巨大に膨れ上がった、桃色の月だった。
風が吹くと、草原が波のようにうねった。風に乗って、濡れた青い草の香りがした。柔らかい音が、遠くから聞こえ、次第に近くなり、また遠ざかっていった。陽射しが、時々雲に遮られ、また現れた。そうしたことが、何度も繰り返されるうちに、辺りは次第に赤みを帯びはじめた。黄昏時が近付いていた。銀色の塔は、まだ遥か彼方に見えた。辿り着くことなど、もはや不可能だということが、明白になった。それでも私は出切る限り歩こうと思った。太陽が、西の地平近くで、真っ赤に膨れ上がっていた。その巨大な様は、腐りかけた果実を思わせた。むせ返るような芳香が、辺りに漂っている気がした。一面の草原は、黄金色に燃え上がって見えた。漂う雲が、細く長く解けて、空に架かる橋のように見えた。だが、それはどこまでも細くなって、やがて千切れてしまった。私は歩きながらその様子を見ていたが、雲が千切れた途端、辺りは休息に暗くなった。太陽が沈んだのだ。それでも暫くは残照で辺りがまだ見渡せたが、やがてそれも覚束なくなり、ついには、私は道の真中に座り込んでしまった。全く何も見えなかった。自分の足元も見えなかった。それで、先に足を踏み出すことも出来なくなってしまったのだ。
そうして長い時間、私は漆黒の夜の平原のただ中で、じっと息を凝らして蹲っていた。揺れる草の音が聞こえた。風の音が聞こえた。その中に、自分の呼吸の音が、規則正しく聞こえていた。聞こえるのは、ただそれだけだった。
だがやがて、少しづつだが、辺りの風景が見えるようになった。瞳は、ほんの微かな光さえ、慣れれば捉えることができるのだと知った。こんな星さえない漆黒の中でも、微かにだが、辺りを見ることができるのだ。
数時間が過ぎた時、空に変化が現れた。東の方が、ほんの少しだけ、明るくなった。最初は、夜明けが近付いているのかと思った。けれども、夜明けには速すぎるだろうとも思った。そう思っているうちに、空は次第に明るさを増した。その明るさは、夜明けの明るさではなかった。東の空が、群青に色づいた。その群青の色彩は、外側から次第に透明な藍色に変わり、やがて、微かに桃色めいた色彩が現れた。それは、巨大に膨れ上がった、桃色の月だった。