漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

あなたの人生の物語

2006年02月21日 | 読書録
美しい小説

 「あなたの人生の物語」
 テッド・チャン著 ハヤカワ文庫SF


 を読了。素晴らしい短編集。

 ヒューゴ賞やネビュラ賞、ローカス賞など、SFの分野で名のある賞を総嘗めにしているという折り紙つきの短編集だが、それも十分に頷ける、粒揃いの一冊だった。過度に抑制された文体がややとっつきが悪いが(これは多分、翻訳のせいというより、元がそもそも分かりにくい文章なのだろうと思う)、一度入り込んでしまえば、読み進めずにはいられない。SF小説ならではのその想像力には感嘆するし、何より、それだけではない事に驚く。この短編集に収録されている作品群は、SF小説である以上に、現代文学としての評価を得ることができるはずだ。

 著者のテッド・チャンは中国系アメリカ人。大学で物理学とコンピュータ・サイエンスを専攻し、卒業後はフリーランスのテクニカルライターの傍ら、創作をしているという。幼い頃は中国語も話せたが、現在は全くだめだというのを聞いて、なるほど、それで幾つかの短編の中で打ち出されている「書き言葉としての完全言語」が、どこか漢字を思わせるのだと納得した。彼の作品の多くが、言語に対する探求を一つのテーマとしているのは、「表意文字文化を持つ中国」という自らのルーツを見詰めているからであり、おそらくは彼なりのアイデンティティの探求なのだろう。

 粒揃いのこの短編集の中でも、僕が特に好きなのはやはり表題作の「あなたの人生の物語」。緻密で痛切な、優れた文学作品だと言って差し支えないのではないか。この一作のためにこの本を手にする価値があると僕は思う。