ツァーヴェの脳裏に記憶が幾つも去来し、混沌とした感情の断片が降り積もった。降り積もった記憶の断片は殆どが淋しい色彩を帯びたものだったが、それを制御する術はなかった。だがその寂しささえ、どこか遠くにあるような気がした。感情がまるで他人のもののようだった。
感情がどこか他人事のように感じるのは、今に始まった事ではなかった。それは馴染み深い感覚であった。ツァーヴェにはまだ幼い頃からずっと、まるで自分が他人のように感じる事がよくあった。何が起こっても、どこか人ごとのようで、真摯になれなかった。勿論喜んだり悲しんだりはする。だがそれをどこかで醒めた自分が見ていた。少なくともそう感じた。心と頭が一つになれないという感覚は、我ながらじれったかったが、どうすることもできなかった。そもそもそう考えていること自体が分裂しているのだ。それをツァーヴェは、自分には欠けたところがあるからだと考えていた。だが生まれたときからそうだったわけではなかったはずだ、とツァーヴェは思った。まだずっと幼い頃、母と父がまだ生きていた頃には、自分はもっと完全な感情を持っていたし、今こうして感じるような、欠けたところもなかった気がする。なのに今の自分は、その頃の自分が半分に薄まった程度の現実感しかない。幼い頃のことを思い出しながら、ツァーヴェは時々そう思った。一度ならず、彼は友人にそうした自分の感じていることを話してみたことがあった。だが、まともに取り合ってくれる友人はいなかった。年長者に話してみたこともあったが、若い頃にはそうして心と身体が不安定になっている時期があるものだと、優しい言葉で諭されるだけだった。そうではないのだとツァーヴェは思ったが、いくら言っても理解されることはないだろうと、それ以上のことを言うことは一度もなかった。そしてそれも、彼が自分のことを醒めた目で見ている証拠のように思えた。
ではいつから自分には欠けたところが出来てしまったのだろう、とツァーヴェは思った。何度も自分に問い掛けた問いだったが、行き着く先はいつでも同じだった。
ツァーヴェは窓の外を眺めた。雪が次第に強くなってきていて、風景が白く霞んでいた。世界から色彩が消えてゆくようだった。そしてその色彩とともに、音も虚空に吸い込まれて消えて行くようだった。
その風景を見ながら、ツァーヴェの記憶は、いつものように同じ夜に辿り着いた。
幼い頃。母の死ぬ少し前。
明るすぎる月が煌々と輝き、雪原を照らし出していた一夜に。
感情がどこか他人事のように感じるのは、今に始まった事ではなかった。それは馴染み深い感覚であった。ツァーヴェにはまだ幼い頃からずっと、まるで自分が他人のように感じる事がよくあった。何が起こっても、どこか人ごとのようで、真摯になれなかった。勿論喜んだり悲しんだりはする。だがそれをどこかで醒めた自分が見ていた。少なくともそう感じた。心と頭が一つになれないという感覚は、我ながらじれったかったが、どうすることもできなかった。そもそもそう考えていること自体が分裂しているのだ。それをツァーヴェは、自分には欠けたところがあるからだと考えていた。だが生まれたときからそうだったわけではなかったはずだ、とツァーヴェは思った。まだずっと幼い頃、母と父がまだ生きていた頃には、自分はもっと完全な感情を持っていたし、今こうして感じるような、欠けたところもなかった気がする。なのに今の自分は、その頃の自分が半分に薄まった程度の現実感しかない。幼い頃のことを思い出しながら、ツァーヴェは時々そう思った。一度ならず、彼は友人にそうした自分の感じていることを話してみたことがあった。だが、まともに取り合ってくれる友人はいなかった。年長者に話してみたこともあったが、若い頃にはそうして心と身体が不安定になっている時期があるものだと、優しい言葉で諭されるだけだった。そうではないのだとツァーヴェは思ったが、いくら言っても理解されることはないだろうと、それ以上のことを言うことは一度もなかった。そしてそれも、彼が自分のことを醒めた目で見ている証拠のように思えた。
ではいつから自分には欠けたところが出来てしまったのだろう、とツァーヴェは思った。何度も自分に問い掛けた問いだったが、行き着く先はいつでも同じだった。
ツァーヴェは窓の外を眺めた。雪が次第に強くなってきていて、風景が白く霞んでいた。世界から色彩が消えてゆくようだった。そしてその色彩とともに、音も虚空に吸い込まれて消えて行くようだった。
その風景を見ながら、ツァーヴェの記憶は、いつものように同じ夜に辿り着いた。
幼い頃。母の死ぬ少し前。
明るすぎる月が煌々と輝き、雪原を照らし出していた一夜に。