漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 
 子供たちにとっては、夏休み最後の日。
 自転車で、多摩川へ。
 朝こそ空が怪しかったが、だんだんと暑くなり、こんなによい天気になるなら海に行くべきだったね、と話をしながら。
 雲の様子がダイナミック。
 空気も澄んでいたのか、とても空が高く見える。
 川の水は増水していたが、大潮の影響もあるのか、ゆったりと流れていた。

 途中、調布の駅前で「調布よさこい」というイベントが開かれていたので、ちょっと見る。フラダンスあり、ソーラン節あり、という、不思議なよさこい祭り。ずっと見ていたら、もしかしたらサンバも見れたかもしれない。

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「キップをなくして」 池澤夏樹著 角川書店刊

を読む。

 最近、娘はよく図書館から本を借りてくる。
 少し前までは、僕が借りてきた本を読んでいたのだが、自分で読みたい本をいろいろと物色する愉しみを覚えたようだ。
 この本も、そうして娘が借りてきた本。読み終わって、放ってあった本を、読んでみた。
 池澤夏樹というから、どんな内容だろうと思ったが、正直なところ、この本は今ひとつ。悪い本ではないけれども。
 夜、娘に「『キップをなくして』読んだよ」と言うと、「どうだった?」と訊かれた。正直に、「最初は失敗作だと思ったけれども、途中でだんだん面白くなった。でも、最後の方はあまりよくなかった」と言うと、娘は「そうそう、わたしもそう思った」とのこと。

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「蝿の王」 ウィリアム・ゴールディング著 平井正穂訳
新潮文庫 新潮社刊

 再読。
 初めてこの本を読んだのは高校生の時で、かなりの衝撃を受けた。夜中に、ベッドで読んだのだったが、登場人物の一人サイモンが、たった一人で「蝿の王」と対話し、その後少年たちによって惨殺され、海に消えてゆくシーンが忘れがたかった。当時は、子供たちの中にある残酷性を書いた小説なのだろうと思ったものだった。
 だが、今回ニ十数年ぶりに読み返してみて、それは違うと感じた。この小説の中で展開されている子供たちの世界は、そのまま彼らの外にある、大人たちの世界を現しているのだった。つまり、この小説の枠組みの外ではどうやら大戦が行われているようなのだが、その戦争に至る行程が、箱庭のような、子供たちだけの島で、いくらか象徴的に、再現されているのである。さらに言えば、この行程は、あらゆる戦争の背後に必ずあるものだ。例えば第二次大戦の中にも、凡庸な指導者ラーフも、誰よりも早くその危険に気づきながら犠牲になってゆくサイモンも、また不細工であるがゆえに不当に軽んじられるが、知性を持ったピギーも、その数すら把握できない年少者たちも、そのほか大勢のキャラクターも、確かに思い当たるだろう。また、タイトルの「蝿の王」とは、悪魔のことであるとされているが、実はそのまま「腐敗し、蝿まみれになってゆくこと」の象徴でもあるのではないかと思う。腐敗を放置しておくことが、破滅への最短距離であるというわけだ。
 物語の最後は、だから数々の漂流ものを踏まえた「大人たちによる救助」という形をとりながら、実は外の世界も全く同じであるという、皮肉なものになっている。

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タコノマクラ。
棘皮動物。ウニとかの仲間。
タコが枕にしてそうだ、というのでそんな名前になったのだとか。
最近、しょこたんのおかげでちょっと話題の、スカシカシパンも同じ仲間。

海底にいたのを、捕まえて、連れてきた。
なかなか、ずっしりとした重さ。
岩の上に置いておくと、全身の棘がくにゅくにゅと動いて、海に帰ろうとする。
ズルッ、ズルッ、と滑って行きます。

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 ムカデミノウミウシ。
 体長は、2cmくらい。
 どういうわけか、このウミウシが、浜諸磯には異常に多い。



 クロヘリアメフラシ。
 体長は、1.5cmくらい。
 形は磯にごろごろ転がっているアメフラシそのものなのだが、このクロヘリアメフラシという種は、小さいせいか、可愛い。

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「フライデーあるいは太平洋の冥界 」
ミシェル・トゥルニエ著 榊原 晃三訳
岩波書店刊

を読む。
 巻末には、ジル・ドゥルーズによる解説が併録されているが、そちらは読んでいない。

 タイトルからすぐに分かるように「ロビンソン・クルーソーもの」であるが、二匹目のドジョウを狙った作品ではなく、おおざっぱに言えば、「オリジナルのロビンソン・クルーソーを、現代文学的に語りなおした作品」である。
 やはりタイトルから分かるように、原作ではさほど重要視されなかったフライデーに大きく焦点を当てているのだが、「フライデーの側から見たロビンソンの物語」といった単純なものではない。著者の筆致は、最後までフライデーの側に立つことはない。視点は常にロビンソンの側にあり、フライデーという存在を反射鏡のようにして、常に自分自身を見詰め続けるのだから。
 また、この作品ではほぼ原作をなぞっていながら、最後で大きな転換が行われる。これについては、色々な意見が出ていることだろう。

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 篠ノ井線の姨捨駅からの風景。
 よく知らなかったのだが、余りの絶景に驚く。
 数少ないスイッチバックの駅で、しばらくの停車時間があったため、車外へ出て、撮影。夜景は、さぞ綺麗だろう。
 駅は山の高い場所にあり、眼下一面に善光寺平の風景が広がる。
 日本三大車窓(根室本線新内駅付近(狩勝峠、三大車窓の区間は1966年廃線)、篠ノ井線姨捨駅(善光寺平)、肥薩線矢岳駅付近(矢岳越え))の一つということで、息を呑んだ理由も納得する。

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花火  




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「星々の蝶」 ベルナール・ヴェルベール著 山本知子訳
NHK出版刊

を読む。

 フランスの現代SF作品で、本国のみならず、韓国でもかなり売れたというから、読んでみたのだが。
 うーん。酷いな、これは。なんで邦訳されたんだろう。オチなんて、70年代初期のレベルじゃないだろうか。

 僕の基本的な読書方針として、図書館で借りてきた場合、長編ならば最低でも50ページ、短編集なら冒頭の作品と表題作だけは、読むことにしている。それで駄目なら、読むのをやめる。この作品は、フランスのSFということで珍しかったし、読みやすいことは読みやすかったから、なんとか最後まで読んだものの、脱力してしまった。古くて浅くて破綻していて、そのほかにも色々と問題があって、どうにも救いがたい。フランスの現代SFって、これまで面白かったためしがないのだが、それは「本当はもっと面白い作品もあるのだが紹介者に恵まれない」だけなのだろうか。

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419系  




 今日の帰りに、ちょっと寄った新古書店で
「ピラミッドの秘密」 モーリス・ルブラン著 南洋一郎訳
ポプラ社文庫17 ポプラ社刊

を購入。105円。

 知っている人は知っていると思うけれども、この本は問題作として有名で、ルブラン原作と謳ってはいるけれども、本当は南洋一郎の創作なのではないかということが定説になっている作品。あとがきで南氏は、「ひと束50銭で買ったアメリカの古雑誌に掲載されていた作品の翻訳」と書いているのだが、特定できていないのだ。事実はどうであれ、ルブランの作品でないことだけは確かで、いずれにせよ、面白い作品ではある。ちなみに、現在刊行されている全集には収録されていない。

 写真は、北陸本線で乗車した電車。419系という、かつての寝台車を改造した列車で、長老。ここなどに詳しい。「食パン電車」の愛称があるという。確かに、食パンに似た顔だ。
 実は、懐かしかった。
 かつて、高校の時に修学旅行で志賀高原に行ったのだが、そのときに乗った電車が確かこれだったのだ。すっかりと忘れていたのだが、今回列車に乗って、ふと内部を見渡し、網棚のところが不自然なことに気づき、しばらく考えていたのだが、はっと思い出した。そうだ、これは昔乗ったことのある電車で、確かあそこの部分が引き出せて、ベッドになったのだった、と。




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 信越本線「青海川駅」を通り過ぎる際に撮影。
 
 「青海川駅」は、知る人ぞ知る、「海に最も近い駅」。
 以前、ドラマ「高校教師」のラストで使用されたということで、有名になったとか(妻が言っていた)。それ以降、たびたびメディアにも取り上げられ、何もない無人駅にも関わらず、人気が高い。なので、本当は一度降りてみたかったのだが、タイミングが合わず、断念。しかも、写真も上手く撮れず、これ一枚。ちょっと悔しい。
 昨年の中越地震によって、一部が壊滅的な被害を受けたと聞いていたので、どうなったのかとも思っていたのだが、ほぼ完全に復興している様子だった。ただし、海辺の様子が多少、かつての写真などとは違っていた印象を受けた。
 水は、上から見ていても綺麗で、岩場などもあり、泳ぐと楽しそうだと思ったが、叶わなかったのが残念。ここから見る夕日は、とても綺麗だという定評があるそうだ。

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 金沢は、駆け足での観光になった。
 それでも、兼六園、金沢城址をはじめ、そこそこは見れた気がする。

 写真は旧制第四高等学校。歴史的な建物を、文学館として公開してある。無料で見れる場所と、有料の場所があって、今回は時間もあまりなかったので、無料で見れるところだけを駆け足で見たが、結構楽しめた。



 写真は、館内に展示されていた「ロビンソン動物掛図 第二版 鳥類」。1855年の掛図で、ロンドンで出版されたもの。金沢大学には、このほかにも923点もの掛図が保管されているという。「天文古玩」の玉青さんの影響で、ちょっと気になって撮影。

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 なんだかんだといって、ほぼ毎年ちょっと覗く阿佐ヶ谷の七夕。自転車でも出かけられる距離なので、ちょっと散歩がてらに、というのが毎年出かけている理由なのか。それとも、一種の恒例行事のようになってしまっているのか。
 ところで、今年は、いつもよりも人出が多い気がするのだが、気のせいだろうか。
 写真は、ポニョ。



 なんだか、別のもののように見える。
 うつろな目が、ちょっと怖い。
 


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「ハローサマー、グッドバイ」 マイクル・コーニイ著 山岸真訳
河出文庫 河出書房新社刊

を読む。

 旅行中に読もうと思って持っていった本だが、結局読まなくて、帰ってきてから読んだ。
 かつてサンリオSF文庫から出ていた作品の、新訳である。一部に熱狂的なファンがいるということは知っていたが、持っていなかったため、今回が初読。期待にたがわぬ上質なジュヴナイルで、同じように甘酸っぱいファンタジーSFであるハインラインの「夏への扉」がもはや古く感じる現在でも、この小説は十分に楽しめる。殊に、中高生には、ぜひお勧めしたい。
 「夏」をタイトルに冠したSF作品には、この作品や「夏への扉」をはじめ、菊池秀行の「インベーダー・サマー」やジョン・クロウリーの「エンジン・サマー」など、挙げれば色々とあるが、どれも独特の郷愁を持った、ジュブナイルの名品が多い気もする。

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 赤塚不二夫氏の訃報、タモリさんの弔辞、それにさっき途中から見たミュージックステーションの、活動休止前のサザン特集。色々なことを思い出して、なんだか、しんみりとしてしまう。三十年前。僕はまだ小学生だった。テレビでは夏休みの午前中にはアニメ劇場と称して毎年バカボンをやっていた。エンディング・テーマがトラウマのように、忘れがたく頭に残った。タモリは眼帯にチャイナ服を着てイグアナの物まねをしながらテレビのスタジオの床を這い、気味が悪かった。サザンはピンクレディーと共にザ・ベストテンの常連で、余りの珍奇さに、最初は「この人たちはアホなのか?」と思ったものだった。でもそれからずっと、バカボンもタモリもサザンも、常に自分の近くにいた気がする。幾つもの、寄り添う思い出がある。そうか三十年か。

 写真は、富山の越中宮崎駅近くの、ヒスイ海岸。
 ヒスイが漂着することから、この名前がついたという。
 石ころの海岸だというから、愉しみにしていたのだが、浜は砂浜で、意外とそうでもない。
 水の中は確かに石だらけだった。だが、余り綺麗ではない。透明度が低いわけではないのだが、ヘドロのようなものも多く、荒れた感じである。地震の影響なのだろうか。それとも、ほかに理由があるのか。あまりちゃんと見たわけでもないが、一匹の魚も見つけることはできなかった。
 ここの海岸にはキャンプ場が併設されていて、泊まろうかとも思ったが、夜に一雨きそうだということで、止めることにした。
 

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