漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 「やみなべの陰謀」 田中哲弥著 ハヤカワ文庫JA

を読む。

 嫌いじゃないけど、確かに笑ったけど、これは何と言っていいか。。。という小説。
 一言で言えば、漫画ですね、文字で書かれた。とってもライトになった筒井康隆って感じです。

 この著者は、明石在住みたいなんですね。明石といえば、神戸の隣の市。僕の実家は神戸の外れだったんで、自転車で二十分くらい。解説を読むと、ライトノベルの作家だったようで、「大久保町シリーズ」というのがあるらしい。大久保町といえば、明石の隣の隣の駅。そこが、ガンマンの町であるという(笑)、すごい設定。あるわけないやん、そんなん。
 この本は、図書館で何となく借りたんですが、不思議なもんで、帰りに本屋を通った時、新刊のところをみたら、その「大久保町シリーズ」が、ハヤカワから再刊されていました。シンクロシニティ。でしょうね、やっぱり。買わなかったけど。

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井の頭公園にて。昨夜。



千鳥が淵にて。今日。

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 種を蒔く作業は、翌日から開始した。前日に、肥料となる砕いた書物を、塔の側に大量に用意しておいた。それを大きな袋に詰めて持ち運んだ。種を埋める穴を掘り、種をそこに落とし込み、上から書物の残骸を被せ、さらにその上に土を掛けた。それを、書物十四冊分ごとに、淡々と続けた。色を間違えないようには、細心の注意を払った。これを間違えてしまっては、全く何の意味もなくなることが分かっていたからだ。時々、ふと色の順序に自信がなくなることがあったが、そんな時は、その前の場所に戻って掘り返して調べる事までやった。
 作業は、一日では終わらなかった。日が暮れると、印を残して、翌日そこからまた始めた。淡々とした作業は、孤独だったが、全く何も目的がないよりは遥かに良かった。目に見える形で、大地に印が刻まれて行くのだから、達成感があった。空を見上げると、太陽はあくまでも白く輝き、時折吹く風は柔らかかった。空を雲がいくつも横切っていったが、雨が来る気配はなかった。延々と、同じ一日を繰り返しているようだった。
 雨が初めてやってきたのは、全ての種を蒔き終えた翌日だった。朝は晴れていたのだが、午後になって、東の方から(太陽が昇ってくる方角だから、東だろうと考えただけだが)巨大な黒い雲がやってきた。雲は渦を巻きながら、空を覆い尽くし、風景から色彩を奪った。それから、叩きつけるような雨が降り始めた。雨は大地を穿つような激しさで、突き刺さってきた。私は塔の最上階から外を眺め、慄いていた。自分がようやくのことで植えることが出来た種のことが気になって仕方なかった。この雨に穿り出され、流されてしまうのではないかと、気が気ではなかった。そう思い始めると、じっとしてはいられなかった。私は階段を下りていった。
 最下層まで降りた私は、扉を開こうとしたが、少し開いたところでざっと風雨が吹き込んできたから、慌てて扉を閉めた。この風雨が塔の中に入り込むのは、明らかに良い事ではなかった。それに、いくら気になるとはいえ、私があの種に対して出来ることなど、殆ど何もないのだった。私は階段を再び昇り始めた。だが、十メートルほども昇ったところで、足を止めた。そして、階段に腰掛けて、手近に会った書物を書架から取った。そして、雨音を聞きながら読み始めた。その書物は、いたずらな兄弟を描いた絵本だった。
 雨は、宵には上がった。空は晴れ上がり、美しい夜空が現れた。私はそっと扉を開き、種を確かめに出た。ほっとしたことに、種を植えた場所には何の問題もなかった。私は満足して、井戸に向かい、水を汲み上げた。そして水を水瓶に入れた。風が心地よかった。乾いた大地が潤った香りは、悪くなかった。私は水瓶を持って塔に戻り、その日は、階段の踊り場で眠った。
 翌日から、私の一日の大部は、最上階から地上までの階段の往復に費やされることとなった。最上階にも大地にも、行かないわけにはゆかなかったからだ。いうまでもないことだが、これは相当の重労働だった。階段の高さへの恐怖は、間もなく慣れてしまったが、労力が軽減されるわけではなかったからだ。だが鑑みれば、こうした規則正しいリズムとそれに伴う運動は、私の身体と精神を保つためには良い事だった。この塔に来た最初の宵に出会ったあの男の影は、それからは決して現れなかったし、一日中押し黙って過ごすのは、孤独への耐性がある私にとってさえ、嬉しいことではなかった。
 日々がただ淡々と過ぎていった。同じ一日が、繰り返される日々だった。この塔に住み始めてから、一体何日が過ぎたのか、分からなくなってからも久くなった。塔の書架からは、着実に書物が減っていったが、最下層の棚の書物の数さえ相当なものだったから、実感はまるで湧かなかった。
 ある朝のことだった。塔の表に出た私は、塔を取り巻くようにして、ぐるりと双葉が並んでいる光景を目にした。私が植えた種が、ついに発芽したのだった。


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 男はそれきり口をつぐみ、姿は遠い陰画のように、平坦になって、背景と溶け合い始めた。
 男の姿がすっかり消えてしまうと、部屋にはただ青い光だけが残った。
 
 翌日から、塔での生活が始まった。
 男に言われたように、私は一粒の種を窓から放り投げると、それに続いてその時たまたま部屋にあった一冊の書物を解き、風に任せた。それから七色の種を袋に詰め、今度は塔の壁に沿った階段を選んで、下を目指すことにした。階段に踏み出す時、下を見ると、登りの時以上に恐ろしく、目眩がした。私はできるだけ書棚に沿って、下を見ないようにして降って行った。下りながら、私の右手は常に書架か、書物に触れていた。書物はどれも酷く古くて、背表紙に触るだけで手が汚れた。時折、私は休憩しながら書架から書物を取り出し、読んだ。そこには実際、高尚なものから下世話なものまで、ありとあらゆる書物があった。これらの書物が、私の手によって解体され、失われるのだと思うと心が痛んだ。それで、私は時間が許す限りできるだけここの書物を読み、読み終えたものから風に放とうと思った。
 そのようにして下りながら本を抜き出しては眺めているうちに、すぐに気が付いたことは、塔に収められている書物は、ほぼ年代順に並んでいて、上に行くにしたがって新しくなっているということだった。階下にゆくにしたがって、書物の酸化の度合いは増し、次第に手にとって頁を繰ることも難しくなり、ある地点からは手にした書物を開くことも、そればかりか書架から書物を抜き出すことさえ、満足にできなくなった。いくら気をつけても、本を壊してしまうのだ。それはもはや、書物の形を奇跡的に保っている塵でしかなかった。私は心の中で線引きをし、この辺りから下はもうただの肥料でしかないのだと結論づけた。失われて行くものに対する寂しさは感じたが、どうすることもできなかった。それに、これほど莫大な書物を目の前にしては、それは健全な心を保つ方便でもあった。
 塔の最下層の直径は、二百メートルほどもあるだろう。つまり、周囲は六百メートルを超えることになる。ということは、三百六十四粒の種を蒔くためには、二メートル弱の間隔を置いて蒔けばよいのだろう。だが、それはあくまでも目分量にすぎない。正確さを要求される時に、それは許されない。だが、私は物を測るものを持っていない。では、どうすればよいのか。
 考えた末、私は一冊の書物を単位とすることにした。考えるだけでうんざりする作業だったが、塔の周囲がその書物何冊分かを、実際にその書物を使って測るのだ。そして、その冊数を364で割るわけだ。
 私は塔の周囲に沿って書物を転がし、五冊分ごとに印をつけた。原始的で、思った以上にうんざりとする作業だった。背中や腰も痛くなるし、とても一日で終わる仕事ではなかった。だが、焦る必要もないのだと私は自分に言い聞かせ、淡々と作業を進めた。塔の周りには、実のなる草や井戸もあり、生活には困らなかった。いつも同じ食事では飽きがくるが、それは諦めるしかなかった。
 作業を終え、計算の結果、種は14冊ごとに一粒蒔けばよいということになった。

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 時間の旅?
 そうだ。
 それは、どういう旅なのでしょうか。
 為すべきことを為す旅だ、と男は言った。座標軸は固定されたのだから、為すべきことを為し、時が重なるのを待たねばならない。云わば、佇み続けるという旅だ。お前には出来るだろうか?
 他に道がないのであれば、と私は思った。しかし、為すべきこととは、いったい何を為せばいいのでしょうか?
 キャビネットの引き出しを開け、と男は言った。そう、一番上の引き出しにある沢山の種を、毎日一粒づつ、違った窓から外に向けて蒔け。それから、書物を数冊、砕いて撒け。それが肥料となる。一番上の引き出しが終わったら、次へ移れ。
 その種というのは、先ほど私が齧ろうとした種ですか?
 そうだ。とても食えたものではなかったろう?男は少し愉しそうに言った。それから、一番下の引き出しを開けてみろ。そこにも沢山の種が入っているはずだ。
 男は、僅かに動いた。そして、続けた。
 その種は、先ほどの種よりはやや大きい。種には様々な色の種がある。全部で七色の種があるはずだ。それが、それぞれ五十二粒づつある。だから、全部で364粒あるということになる。それを、紫、赤、青、緑、黄、橙、白の順に、塔の周囲に等間隔で蒔け。厳密でなくてもよいが、きっちりと環の中に、その順で蒔くんだ。これは、間違ってはならない。それぞれの間隔が、広すぎたり狭すぎたりしてもならない。いいか、紫、赤、青、緑、黄、橙、そして白の順だ。計算をして、正しく蒔くんだ。そして、その種の寝床には、書物を砕いたものを敷き詰めろ。さらに、毎日、その上に水を撒くように、書物を砕いたものを撒きなさい。
 紫、赤、青、緑、黄、橙、それから白……。
 そうだ、間違えるな。それから、書物を撒くことも忘れるな。毎日だ。時が来るまで、一日も欠かしてはならない。
 その時は、いつ来るのでしょうか?
 ずっと先のことだ、と彼は言った。だが、その時がきたら、必ず分かる。それまでは、疑うな。ただ繰り返せ。
 わかりました。わかりましたが、そうすれば……
 そうだ、と彼は言った。そうすれば、日輪の城郭は現れる。そしてそこで、おまえは求めている人と再び出会うこともできるだろう。
 再び彼女と出会う。私は彼女の姿を瞼に描いた。心が騒いだ。
 私には、他に選択肢がなかった。

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「泥の河」 小栗康平監督 1986年 東宝

を観る。

宮本輝のデビュー作の映画化作品であり、小栗監督の初監督作品でもある。
この作品は、モスクワ映画賞銀賞をはじめ、様々な賞を受賞している。

まだ戦争の爪あとが残る昭和三十年代の大阪を舞台にした作品。
僕は昭和四十三年に大阪で生まれたのだが、何となくまだこの映画のような雰囲気は子供の頃にはあった。
祖父の友人らが集まれば、戦争の話になったり、繁華街には戦争で不具になった人たちが物乞いをしてたりした。大阪の河は、酷く汚く、街もいまよりもずっと煤汚れていた。

この映画は、よい映画なのだが、DVDはボックスセットでしか発売されていない。
僕は古いビデオで観たのだが、同じ監督の「死の棘」などとともに、早くDVDレンタルで見れるようになればいいと思う。


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 人の気配は、果たして気のせいではなかった。部屋の中心に位置している机に向かい、項垂れるようにして椅子に座っている人影が見えた。部屋の中の色彩のせいだろうが、酷く青ざめた印象の、年老いた痩せた男だった。その男は、私が彼に眼差しを注いでいると、さも最初からそのことは存じていたというかのように、こちらも向かず、ただ一言、夜も深くなった、と呟いた。私は黙っていた。好きで黙っていたのではなかった。私は意識だけの存在になっていたので、言葉が出なかったのだ。するとその男は、言葉に出さなくとも思えば伝わる、と言った。思えば伝わるのですか、と私は思った。伝わる、と彼は答えた。
 私が頭で思い、彼が口で答えるという遣り取りが始まった。
 私は思った。あなたは、誰ですか?
 彼は答えた。わたしはこの塔の主だった男だ。
 主だった?では、今はそうではないと?
 そうだ。もう随分前にわたしは縊れて死んだ。
 それから彼はちらりと上の方を見た。
 ほら、あそこにわたしが揺れている。見えるだろうか?あれがわたしだ。もはや干からびて、ただの骨になってしまってはいるが。
 私は上を見上げた。だが、暗くて上の方は全く見えない。
 でも、あなたはそこにいるではありませんか?私は思った。
 私は幽霊のようなものだ。彼は答えた。だから、意識だけのお前に見えるのだ。我々の時間が、束の間交差しているのだ。
 何故、自ら縊れたのですか?私は思った。
 何故?さあ、わからない。気がついたら、わたしはあそこで揺れていたんだ。彼は言った。
 ここは、一体どこなんでしょうか?私は思った。
 ここか?見たままの場所だ。塔であり、図書館でもある。そして、城でもある。
 この塔の名前は?
 名前か。ここは、様々な名前で呼ばれる。彼は言った。そして、こう付け加えた。日輪の城郭とも呼ばれることもある。
 日輪の城郭!
 そうだ。おまえが目指している場所だ。だが、正確には、今のこの場所は、日輪の城郭ではない。日輪の城郭とは、この城の別の時間の別の状態を指す呼び名だ。この城は、様々な名前と状態を、重ね合わせて持っているのだ。
 重ね合わせて?
 そうだ。この塔は、日輪の城郭になりうる。だが、そのままではこの塔が日輪の城郭として確定することはない。この塔が日輪の城郭となるためには、おまえという観測者が必要なのだから。お前は、日輪の城郭を目指しているのだろう?
 ええ。
 ならば、おまえにはしなければならないことがある。お前の、距離の旅は終りだ。これからは、時間の旅をしなければならない。

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  どのくらいの時間階段を上り続けているのか、一段上がる毎にそれに比例して恐怖心も増してゆくという状態は、時間の感覚を麻痺させてしまう。私はただ上だけを見つめて、昇り続けた。
 やがて終点がやってきた。階段を昇りきった時、私は円形の広間に立っていた。
 そこは、直径が四十メートルほどの、円形の広間だった。決して狭くはない。むしろ、唖然とするほど広く感じた。見渡すと、冷たい灰色をした石の床には、四つの穴が穿たれ、それぞれが階段の出口になっていた。私はその中の一つからこの場所に辿り着いたのだった。上を見上げると、天井はさらにずっと高く、絡みあうリブと共に、壁面はゆったりとした曲線を描きながら、数十メートル先で収縮している。だが、その収縮している地点は薄暗くなっていて、そのさらに先となると、この部屋の中の光では、もはやはっきりとは見えない。ただ、ずっと上の方で、何かがぶら下がって、揺れているように見える。それが何なのかは、分からない。
 広間には、いくつもの窓が開いている。大きさも様々で、銃眼ほどの小さなものもあれば、私の身長ほどの高さがあるものもある。けれども、どれもどこか歪な印象を受ける。窓は、部屋をぐるりと取り囲んでいる。あらゆる方位からの光が、部屋には差し込んでくるようになっているが、その光は決して上方には向かないようになっている。私は窓に寄って、外の風景を眺めた。午後も深く、弛緩したような光が降っている。見えるものは、一面の草原と、空だけだ。空には雲が漂っているから、これまでは思い至らなかったが、もしかしたら雨が降る事もあるのかもしれないと思った。これだけの平原があるのだから、それはむしろ当然なのだろう。だが、もしそういうことがあるとしても、それは今ではない。空には少し色づきかけた雲の断片が、流れているだけだった。私は窓を覗きながら、部屋の中をぐるりと歩いた。私がやってきた方向にも目を凝らしたが、ここからでは駅も列車も見えなかった。
 部屋の中心には、どっしりとした机と、椅子があった。机の上には、過剰な装飾に彩られた古いランプが乗っている。部屋の中を見渡すと、片隅に甕があり、中を覗くとその中には油がたっぷりと入っている。この油は、ランプに光を灯すために使うのだろう。
 部屋にあるのは、それだけではない。木製の食器棚もあるし、毛布の掛かったベッドもある。それらはすべて、部屋の中心にある机を取り巻く衛星のように、配置されている。私は部屋の中のものをあちらこちらと漁ってみたが、食料はどうやらないようだった。辛うじて見つけたそれらしいものといえば、キャビネットの引き出しの中に詰められた、大量の何かの種だけだった。だが、それはとても食べるものではなさそうだった。一粒口に含んでみたが、何ともいえない苦さで、私は種を吐き出し、窓から外に向かって投げた。種は、すぐに視界から消えてしまった。私は空腹だったが、もう一度下まで降りて果実を収穫してくる気力はなかった。私は律儀に持ち運びつづけている自分のスーツケースの中を覗いた。そして、食べられそうなものを漁ったが、人魚の肉くらいしか見当たらない。それなりの値段で仕入れたものだったが、少し食べることにした。仕方が無い、どうせ効き目なんてあるはずはないのだ。肉はパサパサとしていて、美味いとはとても言えないものだったが、一口だけでも、不思議な満足感があった。それで、私は少しは満足して、ベッドに潜り込み、埃の匂いを嗅ぎながら、眠った。
 
 次に目が醒めたのは、夜半過ぎだった。
 そのことは、後になって、時計を見て知ったことだ。
 眠りから還りながら、最初に目に入ってきたものといえば、まるで深海のような青さだった。それはまるで、失われた時の底にいるかのようだった。音が、とても遠かった。身動きが取れない。意識が混濁していて、焦点を結ばなかった。
 誰かの気配がしていた。身体が動かないから、その気配だけを朦朧とした意識の中で追うだけだったが、それでもはっきりと感じていた。その頃には、自分がどこにいるのかも思い出していた。だから、その気配は異質だった。こんな場所にほかに誰かがいるなんて、信じられなかった。何とかして確かめたいと思った。恐怖心が突き上げてきた。だが、どうしても身体は動かなかった。
 ところが、ふっと身体が軽くなった。気が付くと、私はベッドの上に座っていた。しかし何か妙だった。まるで、体中が電気に痺れたような、不安定な感じだった。私は何気なく振り返った。唖然としたことに、ベッドには私が眠っていた。
 私は、自分の意識だけが目を覚ましたのだということを悟った。だが、私にできることは、そこまでだった。ベッドの上の自分の身体から離れてまで意識を保つことはできなかった。それで、私はそのまま、辺りを見渡した。

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 葛西海浜公園は、東京湾に面した人工の海岸線。
 風の強い時が多く、
 スポーツカイトの練習場にもなっている。
 大潮の干潮時、
 現れる砂浜はどこか汚らしいが、
 見詰めていると、
 時々、不思議な気分になる。
 そのことについては、
 上手く言えそうにない。

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昨日、

「婦系図」 三隅研次監督 1962年 大映

を観た。

 「別れろ切れろは芸者の時に言う言葉……」で有名な、泉鏡花原作の物語の映画化作品。主演は市川雷蔵。
 映像がどうだとかいうより、原作が良く出来ているというタイプの作品で、さすがに飽きない。尾崎紅葉の「金色夜叉」、徳富蘆花の「不如帰」と並んで、三大メロドラマと言われるだけのことはある。この三つの作品については、明治生まれの祖母が、子供の頃から散々聞かせてくれたので、読んだ事はないけれど、よほど人気があったのだということは、肌で知っている。
 この映画の市川雷蔵が、とても男っぷりがいい。よく知らなかったのだけれど、さすが二枚目の代名詞になっているだけのことはあると思った。

 ところで、この映画を見ていて、魚屋をやっている役者が船越英二であることに気が付いた妻が、「うわあ、若っかい!」とはしゃいでいたのだが、今日、その船越さんが亡くなったという訃報が流れた。シンクロシニティ。合掌。

 写真は、先月、白梅を見るために訪れた湯島天神。

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カルメン故郷に帰る 木下恵介監督 1951年 松竹

を観る。

この映画は、好きです。
日本で初めてのカラー映画ということ。
同時に、極めて上質の人間喜劇。

以前、同監督の「喜びも悲しみも幾年月」を観たときも思ったけれど、日本の風景を、まるで外国のように見せますね。「喜びも・・・」は、観音崎がまるで地中海のように見えたし、この「カルメン・・・」は、まるでヨーロッパの山間部か、そうでなければアメリカのようでした。登場人物は着物を着ているし、どう考えてもそう見えるはずはないのですが、そう見えるというのは、凄いことです。
あと、観ていて、何度も「あ、谷内六郎」とも思いました。
「あ、しりあがり寿」とも思いましたが。。。
そういう映画でした。

ところで、最近、別ブログ「Sigsand Manuscript」で、W.H.ホジスンの未訳短編「ホーンテッド・<パンペロ>」の翻訳をやっています。素人仕事で、訳してはアップするという形なので、殆ど推敲もしていないのですが、いずれまとめてするつもりです。それで、このブログの更新がやや滞りがちになっていますが、もし興味があれば、覗いて見てください。

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「雨月物語」 溝口健二監督 1953年 大映映画

 を観る。
 面白かった。

 ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞したというこの作品は、上田秋成の雨月物語から「蛇性の婬」と「浅茅が宿」をベースにしたもの。原作とは印象が違うけれど、映像も美しく、夜も遅いから途中までにしょうと思いつつ、最後まで観てしまった。
 この映画は、京マチ子が凄い。つい、魅入ってしまう。

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「流れる」 成瀬巳喜男監督 1956年 東宝映画

 を観た。とてもよい映画だった。

 最近、日本の昔の映画を、たまに観る。
 ハリウッドの映画に食傷しているからかもしれない。

 この映画は、芸者の置屋を舞台にした、幸田文の小説を映画化したもの。本当に良く出来ていて、これといった事件は起こらないのだが、観てしまう。
 ところで、この映画に主演している田中絹代は、三浦半島の浜諸磯に家を構えていた。故郷の下関に似た雰囲気のあるこの地を選んで移り住んだのだという。この気持ちは、とてもよくわかる。時々思うのだが、海の側で育った人は、年を重ねると、海の側に帰りたくなるのではないかという気がする。
 名女優として名を馳せた田中絹代だが、晩年はそれほど恵まれてはいなかったらしい。この浜諸磯では、最初の家を失ったあと、もう一つ、小さ目の家を購入したらしいが、そこには殆ど住むこともなく、他界したらしい。

 写真は、浜諸磯から三崎、海外町方面を見たところ。
 かつて田中絹代が故郷を思い出しながら過ごした景観の中心には、巨大なクレーンが立ちはだかっている。

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 銀色の塔は真下に立つと、天を刺しているかのように高く、鋭かった。見上げても、どれほどの高さか、容易には想像できない。塔の肌は、鈍い銀色で、そこにまるで血管のように、枯れて色を失った蔦のような文様が浮き出ていた。それは、装飾なのか、それとも年月による侵食のせいなのか、図りかねる風合いだった。私は塔に触れた。ひんやりとした冷たさだった。拳で叩くと、軽い音がした。
 塔には小さな扉が一つだけあった。水色に塗られた、観音開きの金属の扉である。扉には、幾何学的な文様が彫りこまれてある。私は扉に手をかけた。錆び付いているかと思ったが、思いのほか軽く、扉は開いた。
 中に踏み入ると、その内部の空洞の、圧倒的な存在感に、圧倒された。塔の中には、四つの階段があり、全てが螺旋状に上に向かって伸びている。塔の底面は、円形をしている。階段のうちの二つは、その対角からそれぞれ始まり、互いに塔の壁に沿って平行に進んでいる。残りの二つの階段は、塔の真中で、互いに絡み合う螺旋を描いて、真っ直ぐに上を目指している。
 塔の壁は、一面に書架になっていて、書物が並んでいる。塔の壁に沿って上に伸びて行く二つの階段は、その書物のための階段であることがすぐに理解できた。私はかつて、こうした巨大な塔の図書館の話を聞いたことがある。それはただの伝説だと思っていたのだが、あるいはこれがその図書館なのかもしれないと思った。私は壁の方へ歩いた。そして、書架に並んでいる書物を見た。だが、どの書物も、くすんだ皮の背表紙で、もう文字もよく見えない。試しに私はその中の一冊を引き抜いたが、本は、私の手の中で、ぼろぼろと崩れて、塵になってしまった。手にする書物が崩れてしまうようでは、図書館は図書館としての役割を果たしてはいないと私は思った。ここは、図書館ではなく、書物の墓場なのかもしれない。
 私は中央の、絡みあう螺旋階段に向かった。その階段は金属製で、全く支えもなく、上に向かって伸びていた。私は恐る恐る最初の段に足をかけた。冷たい音がしたが、足場はしっかりとしていた。私はもう少し上がってみた。全く問題はないようだった。それで、私はそのまま、ずっと階段を上がりつづけた。塔の中は、壁一面の書架の中に、沢山の明り取りの窓があって、その窓には片方の階段からしか行けないようではあったが、そのせいでかなり明るかった。だから、足場が見えなくて困るということはなかった。むしろ、その逆だった。上がれば上がるほど、その余りの高さに、足がすくむようになった。それほど幅の狭い階段ではなく、風が吹き込むということもないから、気にしなければ何でもないはずなのだろうが、手摺りさえない階段は、下を見ると恐怖に顔が引きつった。やはり壁際の階段を上がるべきだったと思った。壁を這う階段には、所々に踊り場となる広い場所もある。けれども、手摺のないことはどちらにしても同じだし、時間はこちらの方が確実にかからない。とりあえず今は早く上に上がってみたいのだから、止むをえないだろう。私はそう自分に言い聞かせ、次第に這うような体勢になって、上を目指した。見上げると、まだ遠くにだが、終点も見えていた。

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 桃色の月は、形が定かではなかった。確かに丸い形はしているのだが、震えるようにその輪郭が揺れていて、くっきりとした形を取ることがなかった。じっと見つめれば見つめるほど、その輪郭が曖昧に感じるのだった。
 月は、そのようにして明確さを欠いたまま、地平から中天へと昇った。雲が月を横切ると、雲の縁が藍色に輝き、平原は陰影を深くした。星の光は見えない。真っ暗な空を背景にして、膨れ上がった桃色の月が、辺りを深々と照らしていた。見つめていると、熟れきった月が落ちてきて、平原でパシャンと爆ぜるのではないかと思えた。そのくらい、月はぶよぶよに膨れて見えていた。そして、輪郭が確定しなかった。常に揺れていた。月が揺れると、全ての光景も夢と現の間で揺れた。それは、光の生み出す魔術なのだろうと思った。振り返ると、道の上に私の影が長く伸びていた。その影の暗さは、落ち着かなくなる暗さで、私は何かに追われているような気になった。だが、足を速めても全く何の意味もないのも明白だった。
 歩いていると、不思議なことに気が付いた。脇の草原の中に、所々、柔らかく光るものがあった。とても淡い光で、月の光の下では、よく目を凝らさないとわからないが、確かに輝いていた。私は立ち止まり、そっと足を草原の中に踏み入れた。それは勇気のいる行動だったが、一度足を踏み入れてしまうと、後はいくらか気が楽になった。そしてその光るものの方へ行った。
 光るものは、果実だった。キウイに似た形の果実。私はそれを手に取り、ナイフで切った。汁が滴り、柑橘系の、甘い香りがした。私は、恐る恐るその果汁を舐めてみた。とても甘く、思いがけず美味しい果汁だった。私は果実を齧ってみた。洋梨に似た口ざわりだった。私は夢中になって、あっという間に平らげてしまった。果実を食べ終えた後、私は、これで自分が当面は飢えることはないと思った。果実だから、水分にだって困らない。差し当たっての心配が消えると、心が強くなった。私はどこまでも歩くつもりになっていた。
 銀色の塔までは、一週間かかった。

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