漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

天地明察

2012年06月27日 | 読書録

「天地明察」 冲方丁著 角川書店刊

を読む。

 映画化が決定されている作品。ライトノベル出身で、「マルドゥク・スクランブル」などで有名なSF作家、冲方丁が時代小説を書いた、というので読んでみたが、面白かった。いわゆる時代小説というのは、僕はあまり得意ではないのだが、こういうのなら喜んで読む。時代小説であり、ある意味ではSFであり、ライトノベルでもある作品だと思ったが、何よりも楽しい物語だった。

紫の雲・・・130

2012年06月15日 | 紫の雲

 久しく心の底まで楽しんではいなかった。ぼくの人生を守ってくれているのは「白」なのかもしれない。だが、ぼくの魂を支配する「黒」は確かに存在した。
 
 古都スタンボウル、ガラタ、トファナ、カシム、壁を超えてファナとイヨーヴに至るまでが、盛大に火の手に包まれ、燃えさかった。ガラタのほんの一部の地域を除けば、あらゆる場所が午後八時から午前一時までの五時間で燃え尽きてしまった。ぼくは城壁の外に広がるオスマンリリスの墓の周りに鬱蒼と広がる糸杉の先や、カシムの墓地の中、イヨーヴの神聖なるモスクの周りなどが、まるで炎に捉えられたか細い髪の毛のように、あっと言う間に溶けるように消えるのを目にした。ガラタのジェノアの塔が、ロジャー=ド=カヴァリー卿のように、野生のハナダイコンのように、曲線を描きながら斜めに頭をもたげ、大音響とともに砕け散るのを見た。一組、そして三組、四組と、十二あるいは十四の青いキューポラ(訳注:円屋根)を持つ巨大なモスクが耐え切れずに陥没するのを、あるいは舞い上がって降り注ぎ、巨大な尖塔が首をもたげて倒れるのを見た。そして手を伸ばした炎が、がらんとしたエソメディアンの全幅――三百ヤード――を横切って、その外にある、中央に赤いエジプトの花崗岩のオベリスクを抱いている六つのアクメットのモスクの尖塔に届くのを見た。炎はセライ・メイダーニの中を横切って、セラグリオとサブライム・ポルトに達した。それから館と巨大な壁の間に広がっている、漠然とした荒廃した土地を横切った。そして七十、あるいは八十の、大きな天蓋のあるバザール(市場)を横切り、全てを包み込んで、火の手が伸びていった。火の精霊はぼくには手に負えなくなってきた。なぜなら、ゴールデン・ホーン湾自体が炎の舌のようになっていたからで、ガレー船の港の西は、爆発する戦艦、トルコのフリゲート船、コルベット艦、ブリッグ船でひしめきあっており――そして東は、ものすごい数のファルーカ船、カイーク、ゴンドラ、そして真っ赤に燃え上がった商船で、込み合っていた。左手では、スクタリの全土が焦土と化していた。そしてその夜の六時から八時の間には、彷徨う炎でマルモラ海を輝かせるために、三十七隻の船に導火線と午後十一時に合わせた時限装置をつけて、空力の弱いところに送りだした。真夜中までには、ぼくは巨大な竈と炎の湾が一体化した中に取り囲まれ、海と空は燃え上がり、大地は焦土と化していた。左手の方向のそれほど遠くはないところに、巨大なトファナのカンノニアスの兵舎と、砲台が見えたが、随分と粘った後に、名残惜しそうに、ともに消え去った。そして三分後には、砲兵の兵舎と兵士学校が共に、ゆっくりと、水面下に沈んだ。それから右手の方には、カシムの谷の中に、アーセナル(武器庫)があった。日の光が煙ったような空が広がっていて、海と陸からは、何マイルにも渡って、昼間の明るさというものが抜け落ちていた。ゴールデン・ホーンの上に浮かんだバーグ・ブリッジとラフト・ブリッジのあたりに、二つの赤く燃え上がるラインが見えたが、あっというまに焼け落ちた。その広大な光景はまたたく間に、どんどんと速度を増して――熱を帯び――激しさを増し――一斉に狂水病にとりつかれたかのように、燃え尽きた。そしてその無限の空間に吹き荒れた赤い唸りと、燃え上がるような心の力には、重力、存在感、興奮があり、そしてぼく、その従順な妻は――そのまま頭を垂れ、唇をゆがめて、まるで最後の吐息のようなため息をつき、力なくよろめいて、仰向けに倒れ込んだ。

**************

**************

 おお、何という神の御心か!計り知れない天の狂気か!今から書くことを、ぼくはこれまでに書いておくべきだったというのか!そんなもの、書くつもりはない……

****************

 そのシューッという音!それは狂った夢にすぎない!サトゥルヌスの荒れ狂う嵐の上にまき散らすために、根元から髪の毛を引き抜くような!ぼくの手が、それを書くことなどない!

*****************

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

It is long since I have so deeply enjoyed, even to the marrow. It may be 'the White' who has the guardianship of my life: but assuredly it is 'the Black' who reigns in my soul.

Grandly did old Stamboul, Galata, Tophana, Kassim, right out beyond the walls to Phanar and Eyoub, blaze and burn. The whole place, except one little region of Galata, was like so much tinder, and in the five hours between 8 P.M. and 1 A.M. all was over. I saw the tops of those vast masses of cemetery-cypresses round the tombs of the Osmanlis outside the walls, and those in the cemetery of Kassim, and those round the sacred mosque of Eyoub, shrivel away instantaneously, like flimsy hair caught by a flame; I saw the Genoese tower of Galata go heading obliquely on an upward curve, like Sir Roger de Coverley and wild rockets, and burst high, high, with a report; in pairs, and threes, and fours, I saw the blue cupolas of the twelve or fourteen great mosques give in and subside, or soar and rain, and the great minarets nod the head, and topple; and I saw the flames reach out and out across the empty breadth of the Etmeidan―three hundred yards―to the six minarets of the Mosque of Achmet, wrapping the red Egyptian-granite obelisk in the centre; and across the breadth of the Serai-Meidani it reached to the buildings of the Seraglio and the Sublime Porte; and across those vague barren stretches that lie between the houses and the great wall; and across the seventy or eighty great arcaded bazaars, all-enwrapping, it reached; and the spirit of fire grew upon me: for the Golden Horn itself was a tongue of fire, crowded, west of the galley-harbour, with exploding battleships, Turkish frigates, corvettes, brigs―and east, with tens of thousands of feluccas, caiques, gondolas and merchantmen aflame. On my left burned all Scutari; and between six and eight in the evening I had sent out thirty-seven vessels under low horse-powers of air, with trains and fuses laid for 11 P.M., to light with their wandering fires the Sea of Marmora. By midnight I was encompassed in one great furnace and fiery gulf, all the sea and sky inflamed, and earth a-flare. Not far from me to the left I saw the vast Tophana barracks of the Cannoniers, and the Artillery-works, after long reluctance and delay, take wing together; and three minutes later, down by the water, the barrack of the Bombardiers and the Military School together, grandly, grandly; and then, to the right, in the valley of Kassim, the Arsenal: these occupying the sky like smoky suns, and shedding a glaring day over many a mile of sea and land; I saw the two lines of ruddier flaring where the barge-bridge and the raft-bridge over the Golden Horn made haste to burn; and all that vastness burned with haste, quicker and quicker―to fervour―to fury―to unanimous rabies: and when its red roaring stormed the infinite, and the might of its glowing heart was Gravitation, Being, Sensation, and I its compliant wife―then my head nodded, and with crooked lips I sighed as it were my last sigh, and tumbled, weak and drunken, upon my face.

O wild Providence! Unfathomable madness of Heaven! that ever I should write what now I write! I will not write it....

The hissing of it! It is only a crazy dream! a tearing-out of the hair by the roots to scatter upon the raving storms of Saturn! My hand will not write it!

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki


ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語

2012年06月07日 | 雑記

「ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語」 ゾラン・ジフコヴィッチ著 山田順子訳
黒田藩プレス刊

を読む。

 福岡にある、日本の小説の英訳出版を主に手がけている小さな出版社「黒田藩プレス」から出版された、ペーパーバックタイプの本。
 ゾラン・ジフコヴィッチはユーゴスラビアを代表するSF作家。とはいっても、作風はどちらかといえばボルヘスのような幻想文学に近い。
 この小さな本の中には、日常からスリップしてゆく三つの短い小説が収められていて、どれも独特の香気を持っている。かつてのブラッドベリにも似た・・・

 というところで、一昨日の夜にブラッドベリの訃報が入って驚いた。ネットを見ていた娘が、Twitterに流れている情報を教えてくれたのだ。
 そうか、ついに、という感じ。最後の伝説が消えてしまった、という感じか。
 ブラッドベリの作品を最後に読んだのも、もう随分と昔のことになる。ブラッドベリは十代とともにあって、それからは忘れかけていた作家の一人になってしまっていた。
 火星年代記、華氏451、刺青の男。まさに魔法のような読書体験だったのを憶えている。合掌。

きつねのつき

2012年06月03日 | 読書録

「きつねのつき」 北野勇作著 河出書房新社刊

を読む。

 図書館で「SFが読みたい2012」をぱらぱらとめくっていて、ちょっとタイトルが気になったので借りてきた。
 帯に、「3・11後の世に贈る、切ない感動に満ちた書き下ろし長編」とあったので、なるほどそういう内容なのかと思って読み始めたが、そう思えばそう思えるが、関係なさそうといえばなさそうな作品。
 小説の中の世界は、何かが変ってしまった世界であるというのは冒頭から分かるものの、はっきりとさせないまま物語はどんどんと進んでゆく。なにせ、主人公は家で何かの仕事をしているらしい父親で、娘と妻と三人ぐらしなのだが、その妻はどろりとしたものになって天井にはりついているのだから。けれどもそれが日常として、受け入れられている。
 物語が進むにつれて、まるで「風の谷のナウシカ」に出てくる巨神兵のような、巨大な生物兵器の事故かなにかで変容してしまった地域で営まれている日常を描いているらしいというのがわかるのだが、このあたりが「3.11以降の原発問題」と絡んでくるように感じられる。ただし、どうやらこの作品は震災の二年も前に書かれていて、ボツをくらっていたもののようで、震災後に出版されることが決まったあたり、多少狙った感は感じられるが、それでもこの不思議な作品は、そのゆるやかな文体とともに印象的で、出るべくして出た作品だという気はする。カバーイラストは、マンガ家の西島大介で、もし漫画化するならこのひとしかいないというくらい、相性はぴったり。
 ちなみに、この作品の舞台は大阪あたりのようだ。この作品を読んだ後、橋下市長らの茶番劇を思って、嫌な気分になった。政治家といい、東西の電力会社のお偉いさんといい、自分のことだけを一方的に語り、あとは恫喝してみせるしか能がないんだろうか。まあ、そういう人は、多いけれども。