漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 「ティアラの街角から」を、サイトの方にアップしました
 あまり手を入れていないのですが、いずれまた手を入れるかもしれません。

 この連作について、少し。
 
 「ティラテヴィック・ティアラ」というのは、架空の街です。正確には、多分、北半球のなかでも比較的南の方にある、美しい海に浮かぶ小さな島にある街です。
 この島を着想したのは、僕が二十代に入ってすぐの頃。その頃に描いていた僕の絵のタイトルには、全てこの島の名前が続き番号で入っていました。つまり、僕の描いた絵はすべて「ティラテヴィック・ティアラ」だったわけです。
 それから随分時が流れましたが、今でも僕の絵の舞台のかなりの部分は、この島の光と影に負っています。
 この連作短編は、そもそもは長編として起想しました。最終的には、それは例えばアントニオ・タブツキの初期作品のようなものになる予定でした。しかしそのアイデアは次第に自分のなかで光彩を失い、結果として、このような形で街の一部と人を切り取るものとして書くことにしました。成功するかどうかは、全くわかりません。そもそも、誰に向けて書いているのか、よくわからないものなのです。
 結局のところ、これも僕の絵の一部なのだと思います。僕はティアラに含まれているし、ティアラは僕の一部なのだと、そんな気がします。

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 多少、興奮しています。 
 理由は、三十年近く、ずっともう一度観たかった映像を見ることができたから。
 何かというと、かつてNHKの「みんなのうた」で放映されていた「アスタ・ルエゴ」。歌は研ナオコ。彼女の麻薬スキャンダルのせいで、再放映されなくなったというものです。
 どうしてみることができたのかといえば、最近話題の「You Tube」に投稿されているのを見つけたから。
 アドレスは、
http://www.youtube.com/watch?v=hihpV6NG438
 どう考えても著作権法違反なので、いつ削除されるか分からないですが、今ならまだ見ることが出来るはずです。
 誉められた投稿ではないでしょうが、僕には本当にありがたかった。
 このサイトには、ほかにも「みんなのうた」が多数投稿されています。「キャベツUFO」とか「ポケットの中で」とか、そんなものも見ることができました。

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 三浦半島を散歩していると、あちらこちらに戦争の負遺産が見られるが、真鶴も、大戦中は本土決戦の重要地点として捉えられていたらしく、戦争の爪あとが散在する。「三ツ石」の名前で知られる笠島にも砲撃の的という役割が与えられていたようだし、「ケープ真鶴」の前の海を臨む岬には、砲台跡もある。
 写真は、番場浦の、海を臨んで右手の岩場にある場所。実際に行くと分かるが、ここには明らかに人の手が加わっている。ここに隠れて、砲撃をしようとしていたのか。戦争が終わって60年ほど経った今では、あまりに稚拙な考えにしか思えない。

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 真鶴半島のモアイ

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 真鶴半島の尻掛海岸へ足を伸ばしました。
 魚影の濃い場所だと聞いたので。

 細い裏道に入り、ものすごく急勾配の坂を下って、ようやく海岸へ。
 とても小さな海岸でした。それで、秘密の海岸めいた場所だったらよかったのですが、貸しボート屋のプライベートビーチのようになっていて、地元のおじさんや釣り客がひっきりなしにうろうろとしているため、とても落ち着ける場所ではありませんでした。残念。とはいえ、べつに海岸をうろうろしていても、海に入っても、特に何か言われるわけではないので、とりあえず少しは泳いでみました。確かに魚影は濃い場所でしたが、これだけ落ち着けないと楽しめないかもしれません。逆に、釣りに来るにはいい場所でしょうね。
 写真は、その海岸の岩の上にいた水鳥。
 傷ついているのか慣れているのか、ごく近くまで寄っても動じず、そこから終始動こうとはしませんでした。

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 先日、「水中ハウジングが欲しくなった」と書きましたが、
 買ってしまいました。
 僕の普段使っているデジカメは、コンパクトデジカメの
 Canon Powershot A520
 という機種なんですが、少し前のものなので、ウォータープルーフケースはもうなかなか手に入れにくくなっています。定価も、本体と同じくらいします(まあ、これはどのカメラでも同じですが。下手すると、ケースの方が高いこともよくありますね)。
 ところが、ふらりと寄った新宿のMap Cameraという店で、状態のよい中古品が8400円で売っていました。箱とリストストラップは無かったけれど、代わりに、替えのOリングが二つ、オマケについてました!。
 これで、水深40メートルまでの写真は撮れます。
 というわけで、今度は水中写真に挑戦してみようと思います。
 カメラの水没は怖いですが。。。
 こうなると、久々にスキューバもしたくなります。
 素潜りだと、水中で身体を固定するのが難しいので。
 明日も、実はどこかへ出かけようと思っているのですが、僕のカメラを持って妻子が家出中なので(嘘です。義父と一緒に、親戚の家に泊まりに行っているのです)、水中写真は撮れません。残念。

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Pluto  




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惑星  


 太陽系の惑星が12個になるかもしれないということを聞いたとき、「えーっ」と思ったけれど、どうやら冥王星を外す方向になりそうだということ。そりゃそうだろうと思った。もしこの調子で増やせば、この先いくつまで増えるか分からないし、どう考えても冥王星を外して、カロンやセレスなどと一緒に「準惑星」という位地にした方がスマートだ。そうでなくとも、冥王星はずっと惑星として疑問視されていたのだから。
 でも、そうなると、占星術や漫画などに、微妙な影響が出そうですね(笑)。

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 あがた森魚の
 「噫無情(レ・ミゼラブル)」
 を聴いている。
 この前、「乙女の浪漫」を久々に聴いたのに続いて、やはり久々に。
 
 このアルバムの中の「永遠のマドンナK」が、沁みる。
 
 十代の頃、大阪の「ミューズホール」というライブハウスで観たのが、唯一の「生あがた」だった。ミラーボールの下で、稲垣足穂の「星のふる郷」にメロディをつけた曲を延々とやっていた。

 あがた森魚は、ものすごく好きというアーティストでもなかったのだけれど、考えてみれば、節目節目で縁があるという、不思議なアーティストである。最近、テレビで偶然見かけたのだが、相変わらずだった。そうでなくっちゃと思った。



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真鶴  


 
 昨日の日曜日は、家族で真鶴へ。
 一人では去年も通ったけれど、家族を連れて行ったのは初めて。
 写真は、番場浦のあたりの岩場。娘は、泳ぐのは得意なのだが、念のため浮き輪を持たせてのエントリー。
 
 最近は、ホームグランドが三浦半島から次第に真鶴に移りつつある。
 何と言っても、海の透明度も魚影の濃さも、全く違うから仕方がない。三浦では、透明度が良い時でもせいぜい10メートルほど。悪いとまるで味噌汁状態になる。見ることの出来る魚の数も、運次第になってしまう。
 しかし、真鶴は透明度がいつで10メートル近くはあるし、15メートル以上あることも少なくない。魚も群れで見ることが出来る。その数も多様である。海の中の様子も、なかなか表情がある。水中写真家の中村征夫さんは、真鶴で水中写真に目ざめたというのを著書『海も天才である』で読んだことがあるが、さもありなん。そんな感じである。問題はちょっと遠いことだが(電車とバスで、片道3時間かかる)、毎週行くわけでもないから、それほど苦にはならない(中村さんは、夏冬晴雨問わず、東京から10日に一度は通ったらしい)。
 魚を眺めているのも愉しいが、水の中に潜って、水面を眺めているのも好きで、とても幸せな気分になる。それだけのために、何時間もかけて通うかいがあるという気がしてくる。
 水中写真を撮るための、ハウジングが欲しくなってきた。

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 先日、「ドッジボール」というアメリカのコメディ映画を見た。
 下らないだろうなあと思いながら、新聞の紹介記事がどうしても気になって見たのだけれど、これが予想を大きく上回るつまらなさで、軽く頭に来た。まあ、アメリカのコメディ映画で面白かったためしはないし、「下らないだろうなあ」と思って見たわけだから、最初から分かっていたことなわけで、文句を言うのも筋違いなのだろうけれども。

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 小さな鳥が囀りながら繁みを揺らしている。そのささやかな音に混じって、よく転がる歌声が聞こえてきた。歌声は高くなったり低くなったり、太くなったり細くなったりしながら、風の中で転がっている。私は細い路地の階段を下っている途中だった。早く走る雲に、辺りの色彩が柔らかくなったり、鋭くなったりしている。声は、そうした不安定な光景を貫いて、流れてくるのだった。私はすぐ脇のアパートの敷地を覗き込んだ。簡素な中にも緑を上手く配置してある敷地の中に、美しいシルエットのデニムを履いたスタイルのよい女性が一人、鼻歌を歌いながらロープに洗濯物を干している姿が、青い空を背景にして見えた。
 「こんにちは、デルタ」私は足を止めて言った。一心に洗濯物を干していたデルタは、手と歌を同時に止めて、私を見た。癖の強い、黒く長い髪が、振り向きざまにふわりと広がって見えた。
 「あ、こんにちは」デルタはそう言って、私に向かって勢いよく手を振った。そして、手元の洗濯物を、ぱんっと鳴らし、ロープに掛けた。
 「歌が上手なんですね」
 「歌?」デルタは笑った。「全然上手じゃないわ。でも、つい歌っちゃうのね。歌うの好きだから」
 「とても綺麗な声でしたよ」
 「そう?嬉しいわ。ありがとう」
 「ところで、雲が速く流れてゆきますね」私は空を見上げた。
 「ホントに速いわ」デルタも空を見上げ、眼鏡の奥で目を細めて、眩しそうな表情をした。「見る見る雲が流れて行くわね。でも、天気は悪くないわ。明るい一日」
 「ええ。暑い一日になりそうですね。空の方があんなにざわめいているのに、地上は穏やかなのが不思議です」
 私は辺りを見渡した。少しは風もあるが、辺りは穏やかで、明るい。光が瑞々しいから、風景の色彩も綺麗だった。島のどこからも騒がしい音は聞こえてこない。正午まではまだ少し時間がある。皆は朝の仕事を終えて、一息ついている時間なのだろう。
 「あなた、随分と機嫌が良さそうじゃない?」デルタが不意に言った。
 「そう見えますか?」私は言った。「でも、別に何があったと言うわけでもないんです。ただ、こういう美しい日は、不機嫌になるほうが難しいんです」
 「いい性格ね。それは大事なことだわ」デルタは言った。「ねえ、どこへ行こうとしているの?」
 「別にどこにも」私は言った。「ただ、ぶらぶらと散歩をしていただけなんです」
 「ああ、そう。丁度よかった」デルタは言う。「ちょうど私は洗濯が終わったところなのよ。で、やっぱり気分がいいの。ちょっと寄ってゆかない?コーヒーを飲もうと思っていたんだけど、一人じゃ寂しいから」
 「あ、嬉しいな。頂きます。丁度コーヒーを飲みたいなって思ってたところなんです」私は言った。そして、白い小さな門を開いて、中に入った。

 「実はね、あたしは明後日、この島を発つつもりなのよ」デルタは言った。
 「明後日?」私は口をつけかけたカップを戻し、言った。
 「そう」
 私達はテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。デルタは薄いオレンジのタンクトップを着ていたが、多少大きめで、そのうえ下着はつけていなかったから、胸元から時々、日に焼けた乳房がそっくり見えた。
 「せっかく仲良くなれたのに、急ですね。」私は言った。
 「急といえば急だけど、あたしはいつもそんな感じだから、自分の中ではそうは思っていないわ」
 「次はどこへ?」
 「もう少し南の方」デルタは言った。「実は、アフリカに入るつもりなの」
 「アフリカへ?」
 「そう」デルタはコーヒーを一口、飲んだ。「本当のことを言うとね、あたし、本当の目的地は最初からアフリカだったのよ。ただ、時間を待っていたの。自分の中で、『今だ』と感じる瞬間が来るのを」
 「それで、デルタは今そう感じているんですか?」
 「そうよ。今しかないわ。多分ね」
 「それで……どうしてアフリカへ向かおうと決めたんですか?」 
 「分からないわ」デルタは笑った。「あたしはいつでも、なんにも分からないのよ」
 それから私達はしばらく世間話をしながら、コーヒーを飲んだ。風が時々強く吹いて、辺りの空気を揺らした。太陽の陽射しは強かった。だが、絹の切れ端のような雲が時々太陽を下から撫でて、ブルーグレイの光を散らせた。
 やがてふと会話が途切れた。図ったかのように、風もまったく吹くのをやめた。真空地帯のような沈黙が私達の周りに降った。
 「ところで、さっきの歌は、何ていう歌なんですか?」
 「さっきの?ああ、あれね」デルタは言った。「ごめんなさい、分からないのよ」
 「分からない?」
 「そう。まったく、あたしはほんとに何も分からないのね。あの歌は、昔どこかで数度耳にして、それ以来何となく忘れられなくなっている歌なの。特に好きでもないんだけどね、頭の片隅に棲み付いちゃってて、つい口をついて出てしまうことがあるわ。でも、覚えているのはサビの部分の数小節だけ。だから、歌うのもいつもそこだけ。誰の何と言う曲なのかも知らないけど、別にそれほど知りたいとも思っていないの。だから調べようとしたこともないわ」
 「デルタにとってその歌は、『名前のない歌』なんですね」
 「そうね」デルタは言った。「いい表現ね。『名前のない歌』の、その切れ端」
 「そういう歌は、私にもあります」私は言った。「いくつか、そんな歌がある気がします」
 「誰にでもあるんだろうね、多分」デルタがぽつりと言った。「あのさ、ふと思い出したんだけど、あなた、『声のない歌』を聴いたことがある?」
 「声のない歌?」
 「そう」
 「それは不思議な言葉に聞こえますね。どういうものなのか分からない」
 「そうでしょうね」デルタは言った。「でも、あたしはあるの。ねえ、聞いてくれるかしら。この話を、あたしはあなたにしたいわ」
 「ぜひ聞きたいです」
 デルタはほんの少しの間、言葉を捜していた。それから、口を開いた。

 「あたしが育ったのは、大きな河の流れる町だったわ」とデルタは話し始めた。
 「斜陽化の道を辿る、工業の町。とはいっても、あたしがその町にいた頃はまだそれほど酷い状態でもなかったんだけど、今思い出してみると、それでもやっぱりそういう兆しというか、空気は拭い難かった。なんだかしみったれた空気が町に上から覆い被さって、そのままべったりと貼り付いているみたいだった。あたしがその町で暮らしたのは、十二歳の夏まで。町を出ることになったのは、両親の離婚のせいだけど、いろいろ複雑な話だし、それはまあ、どうでもいいことね。
 町は河と不可分だった。町は河に全てを負っていたと言っていいかもしれない。河は町の西を、北から南へ流れていた。ゆったりと流れる、とても大きな河だった。
 河はいつでも濁っていたし、力強くうねっていて、じっと覗き込んでいると怖くなったわ。その頃あたしは子供だったしね、河がいったいどれだけ深いのか想像することも難しかったし、それに、なんだか正体の知れない生き物がいきなり姿を現しそうな気がして、気味が悪かった。奇形の魚を釣り上げたという話を聞いたこともあったし、河辺に猫が大量に死んでいたこともあった。時には、人の死体が流れ着くこともあったわ。子供の頃のあたしは、それらを全て、河の中に棲む怪物のせいにしていた。あたしにとって、河はどこか得体のしれないものだったから。
 それでもあたしも含めて、その町の子供たちはみんな、河辺で遊ぶことが多かった。河辺では、様々な遊びが出来たから。それに、河は確かに私にとっては怖い部分もあったけれど、同時に、未知の世界への憧れを掻き立ててくれるものでもあったから。この河の緩やかにうねる流れに乗って行けば、全く新しい緑の世界を通り抜けて、その先の広く青い海へ辿り着くのだろう。幼いあたしはそんなことを考えて、うっとりと河の流れを眺めていた。巨大な河は、あたしの幼い憧れと河の中の得体の知れない怪物と町の中に滞り始めていた鬱屈を一まとめにして、下流へ下流へと流れていた」
 
 デルタはふと口をつぐんで、コーヒーを一口、すすった。雲が太陽にかかり、すぐに通り過ぎていった。私は空を見上げた。雲が、さまざまな切れ端になって、空に散っていた。

 「あれはあたしが十歳のときのことだったわ」とデルタは言葉を続けた。
 「あの日のことは、いつまでたっても忘れられない。これまでのあたしの人生をいくつかに区切るなら、あれは確かにその区切りのひとつだと思う。それまでにあたしはそんな経験をしたことはなかったし、あれ以降も、そんな経験をしたことは一度もない。あれはたった一度だけの経験だった。そう、あれは幻ではなく、確かに経験だったと思う。どうしても、そうとしか思えないから。……この話を始めると、どうしてもこんな風に混乱してしまうわ。先を急ぐわね。
 あの日、あたしは一人で河辺にいたわ。子供の頃のあたしは今よりもずっと内気で、そんふうに友達を誘えないで一人で遊んでいることも多かったのだけれど、その時あたしが一人でいたのは、あたしが内気だったからというよりも、家に入れなかったからだった。学校から帰って、家のドアをノックしても、いつも出てきて迎えてくれるはずの母は、その日に限っていつまでたっても出てきてくれない。家の周りをぐるりと回っても、開いている場所もなく、家の中の様子も良く分からなかった。それで最後には、きっと何かの急用で出かけているのだと考えるしかなかった。
 あたしはしばらくどうしようかと考えていたわ。でも、ここにじっとしていて、母の帰りを待つのも退屈で嫌な気がしたから、それならいっそこのまま遊びに出かけようと思った。それであたしは踵を返して、そのまま河に向かったの。河に行けば、誰か友達がいるかもしれなかったから。
 その時も、こんな風に空で雲が幾つもに千切れながら、流れていたわ。倉庫の並ぶ通りを抜け、ガソリンスタンドの前を通り過ぎて、あたしは堤防に辿り着いた。眼下には、まだまだずっと先の方に蛇行する巨大な河が横たわり、左手の方には工場が建ち並んでいた。そしてそのずっと下流の方には、火力発電所の煙突が黒く見えていた。何年も経った今でも、あの日に一人で河辺に向かっていた時の光景は、はっきりと思い出せる。不思議なことに、あたしの記憶の中では、その風景の中に自分の姿さえ見えているの。なんでもない光景の記憶なのに、どうしてこんなにも忘れられないのか、自分でも分からないわ。
 そうして河辺に辿り着いても、友達どころか、普段は何人かはいるはずの散歩している人さえ、誰もいなかった。誰もいないとうことなんて、想像もしていなかった。あたしはどうしていいのかわからなくなって、しばらく茫然としていたわ。でも、最初の驚きが過ぎてしまった時、あたしはその孤独な感じが決して嫌ではないことに気が付いた。もしあたしがこのままたったひとりになってしまうとしたら?そんなふうに考えてみたけれど、それは怖さと背中合わせの甘美さのような気がしたわ。あたしは河に沿って、上流の方に向かって歩き始めた。別に目的地などなかったけれど、ただ、河をしばらく遡ってみたいという気がしたの。歩きながら、遠くに見えている河辺の繁みにまで歩いてみようと思った。
 でも、実際に歩き始めてみると、思った以上に遠いことがわかった。幾ら歩いても、逃げ水のように、なかなか辿り着けない。途中からは、あたしは半ば意地のようになって、息を弾ませながら歩いたわ。やめるということは頭に浮かばなかった。何としても辿り着こう。あたしはそう思いながら、せっせと足を運びつづけた。
 辿り着くのには、多分、四五十分はかかったと思う。距離にすると、大体ニマイルほどかしら。そこまで足を伸ばしたのは初めてだったから、あたしは目の前で絡み合っている細い枝の樹々にしばらく目を奪われていた。どうしてこんなところにこんないじけた樹が何本も絡み合っているのだろう。そんな風に思ったわ。その辺りには一面に葦が繁っていた。葦は、草は踏み荒らされた跡があって、それを辿れば幾らかはその先へも行けるようだったけれど、とりあえずはここで行き止まりだとあたしは思った。あたしは振り返って、随分歩いてきたと思った。工場の影が、遠く見えた。あたしはしばらくそこで佇んでいたわ。
 でも少しして、あたしはもう少しだけ先に行ってみようと思った。葦を踏み分けて、その少しだけ向こうに。ここまできたのだから、こんなに簡単に進むのをやめてしまうのは嫌だったのね。それで、足元を確かめながら、少しづつ先へ進んだ。足元は、所々で湿ったところがあったから、一歩一歩足場を確かめながら先へ進んだわ。それは、まるで迷路の中を歩いているみたいな感じだった。
 ところが、不意にその迷路は途切れたわ。そして、思いがけず剥き出しの土の上に出た。葦で守られた、秘密の隠れ家のような場所だった。そんな場所を見つけたことで、あたしはまるで自分が別の世界に迷い込んだかのような気がして、とても嬉しくなった。ここは自分だけの秘密の場所だわ。あたしはそう思った。
 けれども、辺りを見渡したあたしは、すぐに凍り付いてしまった。
 河の水の中に体半分を任せたままの、一人の若い男がそこに倒れているのを見たから」

 「若い男?」私は訊いた。
 「ええ」
 「死んでいたの?」
 「いいえ」デルタは言った。「あたしも最初は死んでいるのかと思ったのだけれど、生きていたわ。いえ、多分、生きていたと思う」
 「多分?」
 「そう」
 「それはどういうこと?」
 「今からそのことを話すわ」デルタは言った。

 「あたしは思わず逃げようと思った。死体を見つけたと思ったから。そうでなくとも、こんなところで若い男と一緒になるのは、怖かった。でも、思いとどまったわ。ぱっと見ただけでも、それほど悪い男には見えなかったし、それに、死体という印象を受けなかったから。それで、思い切ってじっと見てみた。細い顔をした、けれどもしっかりとした顎を持った、優しそうな二十代の青年だった。幾つも指輪をした手が、土を握っていた。あたしはその手をじっと見た。その手が、微かに動いた気がしたから。それは気のせいではなかったわ。あたしが見詰めていると、その指が何度も土を掴もうと動いたから。
 あたしは言った。「あの、どうしたんですか」反応はなかった。あたしはまた言った。「あの、大丈夫ですか」やはり反応はなかった。あたしは恐る恐るその男に近づいた。そして、手に触れてみた。手は恐ろしく冷たく、死体にでも触れた気がして、あたしは思わず手を引っ込めた。その途端、若い男は少しだけ唸るような息をした。
 やはりまだ生きている。あたしは思った。それで、とりあえず河から引き上げようと、男の手を持って、引っ張った。男は長身で、重かったけれども、必死で引っ張ったわ。このままでは体が冷え切ってしまうし、流されてしまうかもしれないと思ったから。
 ようやく男の体を完全に岸に引き上げる事が出来た時は、ほっとして、あたしも思わず座り込んでしまった。男は、上にはTシャツを着ていたけれど、足には重そうな黒いブーツを履いていた。どう考えても、泳ぐ格好ではなかった。もし自らこんなものを履いて河に入ったのだとしたら、浅はかだとしか言いようがない。子供のあたしにさえそのくらいのことは分かったから、そのブーツのことはとても印象に残ったわ。
 その時、男はうつ伏せだったのだけれど、あたしはなんとか彼を仰向けにさせた。苦しそうだったし、その方が、きっといいはずだと思ったから。仰向けになった男は、ぜいぜいと苦しそうな息をした。それは大きな息で、あたしは心配になったけれども、すぐにその息も落ち着いたものに変わった。それであたしは少しほっとした。よかった、切り傷や擦り傷だらけだけど、それほど酷い外傷でもないし、何とか助かりそうだ。そんな風に思った。そしてそれと同時に、どうしよう、誰かを呼んでこなくちゃと思った。とてもじゃないけど、あたし一人じゃどうしようもないから。そんなことを考えながら、男の白い顔を見ていると、突然彼は目を開いた。少し緑がかった瞳だった。そしてあたしを見詰めた。あたしは体を硬くした。彼はあたしを認識すると、唇を震わせて、何かを言おうとした。
 けれども、彼の唇は震えるだけで、いつまで経っても言葉が出てはこなかった。彼は苦しそうな顔をして、さらに唇を動かそうとするのだけれど、彼の口からは荒い息が漏れるだけで、言葉にならない。彼がそのことに動揺しているのが、あたしにははっきりと分かった。彼は、自分が声を出す事が出来ないということが、どうしても理解できないようだった。
 『声が出ないの?』あたしは言った。彼は、絶望的な表情であたしを見詰めた。あたしはその表情に息が詰まったわ。それまでに、あたしはあんなに打ちひしがれた表情の人間を見たことがなかったから。あたしは言った。『誰か呼んで来るから、待ってて』そして、安心させようと彼の手に触れた。
 その時、彼は手に触れたあたしの手を掴んだ。あたしは驚いたけれど、その手の冷たさと弱々しさに、かえって振りほどくことができなかった。あたしは体を硬くして、いつでも逃げ出せるように体を半分退きながら、じっと彼の顔を見た。彼もあたしを、じっと瞬きもしないで見詰めていた。そのうち、彼は空いた方の手を持ち上げて、自分の喉に触れる仕草をした。そして、あたしをじっと見詰めつづけた。
 喉が苦しいのかしら、とあたしは思った。それであたしは言った。『喉が苦しい?』でも、彼はその言葉が聞こえなかったかのように、ただ手を喉に当てる仕草を続けていた。どうしよう、とあたしは思った。逃げ出したかったけれど、このまま彼を放っておくわけにもゆかなかった。彼が何かを伝えようとしているのを感じていたから、なおさらだった。あたしは迷った末に、思い切って彼の喉に触れてみることにした。あたしは屈みこんで、空いた方の手を彼の喉に伸ばした。その様子を見て、彼は微笑んだように見えたわ。
 あたしは彼の喉に触れた。細く冷たい喉に、大きくて暖かい喉仏を感じた。あたしは手のひらでじっとその喉仏を包んでいた。それはとても官能的で、脆いもののようだった。
 歌が聞こえてきたのは、その時だった。
 遠くから、あたしの中に流れ込んでくるように、小さな歌が聞こえてきた。
 最初は余りにも小さかった。囁くというよりも、鼓動のような音。脈動のような、振幅を持った音だった。ささやかすぎて、始めはそれが歌だとは思わなかった。緊張しているあたしの気持ちのざわめきだと思った。けれども、その歌は次第に強い抑揚を得て、大きく揺れながら、聴こえ始めた。
 あたしの腕を伝って。
 歌は、若い男の喉に触れている腕を伝って、あたしの中に、直接聴こえていた。
 その歌は、細くなったり太くなったり、高くなったり低くなったり、わめいたり、すすり泣いたり、後悔したり、恨んだり、諦めたり、自分を責めたり、求めたり、突き放したりしていた。あたしは怖くなって、そのまま震えていた。男は一言も喋らない。けれども、声を失ったその悲しさが彼の喉を突き破って、溢れていた。その歌を、あたしは無視することは出来なかったわ。それで、震えながら聴いていた。
 歌は長いひとつなぎの歌だった。あたしはその歌を半ば以上聴いたわ。でも、ついには耐えられなくなった。それで、手を彼の喉から放した。歌は、すっと遠くに退いて、消えてしまった。
 『誰か呼んで来るわ』あたしは言った。彼はじっと動かなかった。『すぐに帰ってくるから、じっとしておいて』あたしは言った。そして、彼をそこに残したまま、来た道を戻った。最初は早足で、やがて、次第にあたしは走り始めていた。あたしが向かっていたのは、自分の家だった。大人なら誰でも良さそうなものだったのだけれど、あたしはどうしても母に知らせたかった。日がそろそろ傾いてきていた。急がなければ、日が暮れてしまう。そうなったら、もう間に合わない。あたしはそう思いながら、目に入って来る汗を拭いながら、懸命に家に向かって走った」

 デルタはそこで口を閉ざした。不意に吹いた風に、さっき干していたタオルが舞うのを見たからだ。きちんと止まっていなかったのだろう。デルタは席を立って、慌てて走っていった。そしてタオルを捕まえると、ぱんっと大きな音を鳴らしてしわを伸ばしてから、またロープに、今度は丁寧に干した。
 席に戻ってきたデルタを待ち構えるようにして、私は訊いた。
 「それで、その人はどうなったんですか?」
 「どこかへ行ってしまったわ」デルタは言った。
 「その場から居なくなってしまったんですか?」
 「そう」デルタはコーヒーを一口飲んだ。「あたしが家に戻ったときには、母はいたわ。あたしは母に、慌ててそのことを話した。死にかけている男の人を見つけたってね。母は慌てて、あたしと一緒に家を出たわ。そしてその場所に辿り着いた。けれども、そこには彼の姿はなかったの。
 あたしは母に、絶対に嘘じゃないって言い張った。母も信じてくれたけど、多分、一人でどこかへ行ってしまったんでしょうと言った。『多分、あなたのおかげで動けるだけの力を取り戻したのね』と。あたしは何も言えなかった。だって、他にどんな説明もできなかったから。
 母と一緒に、夕暮れの河原を歩いて帰ったわ。辺りが赤や青や、様々な色彩に彩られていて、とても綺麗だった。こんなふうに母と河原を歩くのも、そういえば久しぶりだなとあたしは思った。あたしは母と手を繋いだ。母の手は、かさかさと乾いていたけれど、しばらくすると、暖かく、湿ってきた。
 歩きながら、あたしはあの男の人のことを考えた。あの人の歌った歌のことを考えた。あたしは河を見詰めた。そして、もしかしたらあの人はまた河に還ってしまったのかもしれないと思った」
 「河に?」
 「ええ。そう思う方が、自然なことのように思えたの。多分、彼にとって声を失うことは、何よりも辛いことだったんじゃないかしら。あの歌を聴いた後では、あたしはそういうこともあると思えるの」
 「でも」と私は言った。デルタはそれを遮った。
 「そうね。言いたいことはわかるわ。でも、人はいつでもかならず正しい選択をするわけではないわ」
 私は言葉を飲み込んだ。そして空を見上げた。空では、相変わらず雲が激しく揺れていた。
 「ねえ、デルタ」私は言った。
 「何?」
 「その歌を、歌ってくれませんか?」
 「あたしが?」デルタは笑った。「無理よ。あたしにはあんな歌は歌えないわ」 
 「覚えているだけでいいんです」
 「覚えているだけでね」デルタは少し考えて、言った。「いいわ。でも、これはあの歌ではなくて、あたしの歌よ」
 「ええ」
 デルタは立ち上がった。そして、海の方を見詰めた。その視線の、ずっと先にはアフリカがあるはずだ。
 やがて、柔らかいデルタの声が、細く太く、低く高く、聴こえてきた。
 その歌は、ふるさとを思う歌に聞こえた。

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油壺  



 昨日の日曜日(8月6日)は、油壺へ。
 三浦半島デジカメ便りのshuさんの記事を読んで、久々に行きたくなったからだ。
 しかし、油壺は、やはり人が多い。
 途中の道も、混雑していて、なかなか車が進まない。
 分かってはいたが、多少うんざりしてしまう。
 横堀海岸から胴網海岸へ向かう岩礁の道の途中には、なかなかよいシュノーケリングポイントがあるのだけれど、そこには釣りをしている海水浴客が何人もいて、うっかり釣り上げられたらたまらないので、残念ながら、その間を、嫌味のように少し泳いだだけだった。
 ピーク時の油壺は、三浦海岸に比べれば少しはマシかもしれないが、このように人だらけである。それに、狭いところに沢山の人がいるので、余計に「うわっ」という感じがする。
 この時期のこの辺りのお勧めは、荒井浜から胴網海岸へ向かう途中である。この辺りは、ざっと開けていて、眺めがよいのだが、人は少ない。面倒臭がって、皆は来ないようだ。砂浜はないけれど、シュノーケルがあれば普通に泳げるし、何より居心地がよい。主に僕はその辺りを拠点にして、泳いでいた。
 上の写真は、胴網海水浴場の近くにある、三浦道寸義同の墓。北条早雲に滅ぼされた豪族、三浦氏最後の当主である。油壺の由来は、油を流したように静かな湾だというところから名がついたとも言うが、一説には、この三浦道寸の最後の戦いで死んでいった三浦一族の血で、湾が油を流したように真っ赤に染まったということろから来ているともいう。
 
 

 写真は、油壺湾の入り口付近。
 油壺湾は、上から見下ろすと、本当に静かな緑色の湾。
 ヨットハーバーがあるのも、その穏やかさが重宝だからだろう。
 ところで、この付近からエントリーして、ちょっと油壺湾を潜ってみた。
 が、近くを絶えずクルーザーが行き来しているし、水の中も透明度がほとんどない状態だったので、すぐに諦めた。 
 

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 ところで、阿佐ヶ谷にある吉沢商店というお肉屋さんには、”あの肉”という、有名な商品があります。どんなものかというと、こんなものです。
 僕は食べた事ありませんけど。

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 今日(8月5日)は、仕事の帰りに阿佐ヶ谷の七夕まつりへ。
 近所なので、毎年のようにちょっと顔をだします。
 今年はバリ舞踊が神社の境内で行われていたりして、独自色を出そうとしていたようです。
 写真はパールセンターの「たらこキューピー」来襲図。
 隣のアンパンマンも怖い。

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