漂着の浜辺から
囁きのような呟き。
 



 おとといの話だが、仕事に向かう途中、早稲田の面影橋の近くを歩いていたとき、ふとマンションの前のゴミ収集所に数冊の本があるのに気がついた。普段ならそんなものをいちいち見ないのだが、目に入った本は、見覚えのある真鍋博の絵が表紙に描かれた文庫本だった。筒井康隆の「家族八景」だ。元々は数冊の本が紐でまとめられていたようだったが、誰かが解いたらしく、ばらばらになっている。思わず屈んで、よく見ると、「七瀬ふたたび」と「エディプスの恋人」もある。つまり「七瀬三部作」がそっくり揃っていた。実家にあって、今は手元にないが、僕が筒井康隆を読み漁ることとなった記念すべき三冊である。急に読みたくなり、これも何かのめぐり合わせだろうと、思わずそのまま拾ってきてしまった。
 それで、早速読んだ。全集まで揃えた後となっては、筒井作品のベストがこの三冊だとは全く思わないが、それでも小学校の六年生の時に読んだ「家族八景」から続く七瀬三部作の衝撃は忘れがたい。「七瀬ふたたび」の最後の場面なんて、その美しい描写に感動し、何度読み返したかわからないほどで、暗記していたくらいだ。
 久々に読むと、ちょっとがっかりするかなとも思ったが(時々そういう本がある。ハインラインの『夏への扉』とか・・・)、もちろん多少古くなった感じは否めないにせよ、やはり面白く読めて、嬉しかった。
 それにしても、今日は「エディプスの恋人」を読んだのだが、この終りはやはりなんとも切ない。子供の頃、最初に読んだときは、余りのショックに呆然としてしまったのを思い出す。「七瀬ふたたび」の最後は、悲しいけれど、感動的だった。だが、「エディプスの恋人」には、どう考えていいのか分からなかった。気持ちの持って行きようがなかった。
 これほどの虚無、無力感に突き落とされたヒロインは、なかなかいないだろうと思う。何せ、手も足も出ない。出しようがないのだ。こうなってしまうと、前二作は、このオチのための念入りな仕込みだったのではないかとさえ思えてきてしまう。安易なヒーローものへの、強烈なしっぺ返しだ。
 「七瀬ふたたび」の平岡正明の解説がとても上手くて、他に付け加えることも余りなさそうだが、ともかくこの三部作は順番に読むことに意味があるのは間違いないと思う。最初の二作で、どれだけ七瀬に思い入れられるかで、最後の作品の衝撃度が決まってくる。これをどう感じるのかは、それぞれだと思うけれども、筒井康隆という人は、臍が曲がりすぎていて、一体どうなっているのかさっぱりわからないという人なので、そこが好きだという人ならきっと納得するはずだ。
 色々と書こうと思えば、幾らでも書けそうな気がするが、分かりやすい作品だし、余り余計なことは言わないほうがよさそうだ。だが一つだけ書くなら、僕は、この「エディプスの恋人」があるからこそ、(この作品への「とまどい」があるからこそ)七瀬三部作は飽きずに読まれているのだろうと思っている。若い読者の、筒井康隆の作品の入門作としては、この三部作はもってこいなのではないか。

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 今度はいくらか知能と思慮を働かせて、七日の間、明るく見通しのよい場合を除いて夜は決して走行せず、時速も二十から二十五マイル以上は出さず、トンネルの中では徐行し、調子良く進んだ。ぼくは列車が一体どこを走っているのか分からなかったが、それというのは、カンタベリーを出てからすぐに幾つかの支線に入ったことが間違いなかったからで、駅名の表示は、その駅がロンドンとどのような位置関係にあるのかということがぼくには確信が持てない以上、ほとんど役には立たなかったのだ。さらには、何度も列車の進行が線路の上の列車に妨害されたが、そうなると分岐点か側線まで逆走しなければならず、二度ほどは、その場所が余りに遠かったため、列車を乗り換えたりもした。初日には昼まで何にも妨害されずに進み、開けた田園風景の中で停車した時には、長い間誰も住んでいなかったかのように思え、ただ左手の半マイルほど彼方には、影になった芝生の上に、木製の切妻造りの屋根に赤いルアボンタイルを敷いた、彩色を施された芸術的なデザインの大きな石造りの家があった。ぼくは火を消して新しい火種の準備を整えると、そこに向かって歩いたが、明るく穏やかな日で、空には大きな白い雲があった。家には外側と内側に一つづつホールがあり、三つの応接間と大きな台所、それにまるで美術館のように、素晴らしい油彩画が沢山あった。階段を上がったところにある寝室には、家政婦の帽子を被った女性が三人と下男が一人いて、頭と頭を突き合わせ、星の光を思わせる奇妙に対称的な形で配置されていた。佇んだままその様子を見ていた時、誰かが階段を上ってくる音を、確かに聞いたように思った。だがそれは家の中に入り込んだ微かな風の音が、鋭敏になったぼくの耳には百倍に増幅されただけだった。長い年月を経て、今では永遠の沈黙の中にあるこの場所では、あらゆる音がまるで補聴器を通したかのように聞こえるのだった。ぼくは階下に降りて食事をした後、ブランデー、砂糖、シナモン、ローズ水で作ったクラーリー水が沢山あるのを見つけ、少し飲み、屋内の広間にあるソファに横たわって、真夜中近くまでぐっすりと眠った。
 ぼくが表に出たときは、まだロンドンへ辿り着こうという無謀な考えに固執していたので、エンジンを整えた後、世界を覆う澄んだ黒い空の下を出発したが、水の中に撒かれた魚たちの卵の一部は、多分このぼくのように、唯一の住人がそれを見詰め、沈黙を聞く静寂の海の中で、溺れて沈んでゆくのだろうと思った。長い夜を駆け抜けながら、ぼくは二度しか停車しなかったが、一度目は進行の邪魔をするエンジンから石炭を取るためで、もう一度は水を飲むためだったが、ぼくはいつでも水道水には気をつけていた。眠気が襲ってきて、目を閉じたのは朝の五時で、ぼくはちょうど草や花で覆われた土手の上のトンネルのアーチの外に身体を投げ出した時、東の方から夜明けがやってきた。ぼくはそこで、十一時近くまで眠った。
 目覚めた時、ぼくはそこがケント州というよりはサリー州のように思えることに気付いた。そこには規則的な大地の起伏があった。だが、実のところ、どちらかには違いなかったが、どちらでもないように思えたのは、既に全てが大自然へと回帰しつつあったからで、少なくとも一年間は、土地にまったく手が入っていないようだった。ぼくのすぐ前には伸び放題となったルーサンが広がっており、ぼくはその日ずっと見て回って、ある程度詳細に植物の状態を調べることに成功したが、球根を生じるあらゆる植物の成長を調べたところ、ほとんどあらゆる所で、イグサ類の中ではとりわけ葉状体に、苔、地衣類、あらゆる隠花植物、ミツバなどには確かに雄蕊、副萼、果皮、それに雌蕊に肥大の傾向が見られ、クローバーといくつかの蔓草では特にそれが著しかった。多くの収穫場では、明らかに準備はされていたものの、蒔種はされていなかった。まだ収穫されていないものもあった。いずれにせよ、そうした植物の状態、そしてノルウェイでの経験から覗えたのは、驚くべきことに、酸欠を引き起こした毒はあっという間に地球を横断したのであろうということだった。ただぼくに結論できることは、大気の低い層の中に大量に含有されている期間は、多かれ少なかれ一時的なもので、ぼくの観測した繁茂の傾向は、より自由度の高いエネルギーを伴った自然活動によるある種の原理のおかげによるもので、人間の不在の中で広い範囲に渡っていた。
 目が醒めた時、レールから二ヤード離れた辺りにあった、フェンスの腐った部分の脇の小川は、不潔で淀んだ菌類の密集した場所の下からちょろちょろと流れ出ていた。そしてここで、突然パシャリという水の跳ねる音がして、生命の気配を感じた。ぼくは若いカエルが水に飛び込む後足を目にした。歩いて行って腹ばいになり、澄んだ美しい僅かな水の上から覗き込んで子細に調べると、すぐに二匹の小さな淡水魚を目にしたが、川底の石の揺れる水藻の間をすいすいと泳いでおり、ぼくはその魚のどちらかになれたらどれほど嬉しいかと考え、自分の家がその藻を屋根にした日陰にあるのだと、自分の生命を魚たちの中に投影し、その大きな目を通した光景を夢想することに没頭した。どんな割合かはわからないが、これらの小さな生物や両生類は生きており、さらには翌日に見つけた何種類もの昆虫の繭や蛹も同様で、さらに深い感動を誘ったのは、バットレイという名前の田舎の駅の花畑の上を、小さな白い蝶がひらひらと飛んでいるのを見たことだった。
 
 *****

****************


Now I went with more intelligence and caution, and got on very well, travelling seven days, never at night, except it was very clear, never at more than twenty or twenty-five miles, and crawling through tunnels. I do not know the maze into which the train took me, for very soon after leaving Canterbury it must have gone down some branch-line, and though the names were marked at stations, that hardly helped me, for of their situation relatively to London I was seldom sure. Moreover, again and again was my progress impeded by trains on the metals, when I would have to run back to a shunting-point or a siding, and, in two instances, these being far behind, changed from my own to the impeding engine. On the first day I travelled unhindered till noon, when I stopped in open country that seemed uninhabited for ages, only that half a mile to the left, on a shaded sward, was a large stone house of artistic design, coated with tinted harling, the roof of red Ruabon tiles, and timbered gables. I walked to it after another row with putting out the fire and arranging for a new one, the day being bright and mild, with great masses of white cloud in the sky. The house had an outer and an inner hall, three reception rooms, fine oil-paintings, a kind of museum, and a large kitchen. In a bed-room above-stairs I found three women with servants' caps, and a footman, arranged in a strange symmetrical way, head to head, like rays of a star. As I stood looking at them, I could have sworn, my good God, that I heard someone coming up the stairs. But it was some slight creaking of the breeze in the house, augmented a hundredfold to my inflamed and fevered hearing: for, used for years now to this silence of Eternity, it is as though I hear all sounds through an ear-trumpet. I went down, and after eating, and drinking some clary-water, made of brandy, sugar, cinnamon, and rose water, which I found in plenty, I lay down on a sofa in the inner hall, and slept a quiet sleep until near midnight.
I went out then, still possessed with the foolish greed to reach London, and after getting the engine to rights, went off under a clear black sky thronged with worlds and far-sown spawn, some of them, I thought, perhaps like this of mine, whelmed and drowned in oceans of silence, with one only inhabitant to see it, and hear its silence. And all the long night I travelled, stopping twice only, once to get the coal from an engine which had impeded me, and once to drink some water, which I took care, as always, should be running water. When I felt my head nod, and my eyes close about 5 A.M., I threw myself, just outside the arch of a tunnel upon a grassy bank, pretty thick with stalks and flowers, the workings of early dawn being then in the east: and there, till near eleven, slept.
On waking, I noticed that the country now seemed more like Surrey than Kent: there was that regular swell and sinking of the land; but, in fact, though it must have been either, it looked like neither, for already all had an aspect of return to a state of wild nature, and I could see that for a year at the least no hand had tended the soil. Near before me was a stretch of lucerne of such extraordinary growth, that I was led during that day and the succeeding one to examine the condition of vegetation with some minuteness, and nearly everywhere I detected a certain hypertrophie tendency in stamens, calycles, pericarps, and pistils, in every sort of bulbiferous growth that I looked at, in the rushes, above all, the fronds, mosses, lichens, and all cryptogamia, and in the trefoils, clover especially, and some creepers. Many crop-fields, it was clear, had been prepared, but not sown; some had not been reaped: and in both cases I was struck with their appearance of rankness, as I was also when in Norway, and was all the more surprised that this should be the case at a time when a poison, whose action is the arrest of oxidation, had traversed the earth; I could only conclude that its presence in large volumes in the lower strata of the atmosphere had been more or less temporary, and that the tendency to exuberance which I observed was due to some principle by which Nature acts with freer energy and larger scope in the absence of man.
Two yards from the rails I saw, when I got up, a little rill beside a rotten piece of fence, barely oozing itself onward under masses of foul and stagnant fungoids: and here there was a sudden splash, and life: and I caught sight of the hind legs of a diving young frog. I went and lay on my belly, poring over the clear dulcet little water, and presently saw two tiny bleaks, or ablets, go gliding low among the swaying moss-hair of the bottom-rocks, and thought how gladly would I be one of them, with my home so thatched and shady, and my life drowned in their wide-eyed reverie. At any rate, these little creatures are alive, the batrachians also, and, as I found the next day, pupae and chrysales of one sort or another, for, to my deep emotion, I saw a little white butterfly staggering in the air over the flower-garden of a rustic station named Butley.

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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 最近、昔読んだ本の中で、もう一度読んでみようかと思う本を読むということをたまにやる。特に、割とよかったのだけれど、どうも内容に関しては記憶があいまいだというような本を中心に。何となくそういう気分になっている。
 で、この「アメリカの鱒釣り」。
 ブローティガンは、「ハンバーガー殺人事件」と「西瓜糖の日々」がとても好きで、この二つは何度か読んでいるけれど、代表作とされているこの「アメリカの鱒釣り」に関しては、確か古書店で二束三文で買って(どこで買ったのかも忘れてしまった)、遥か昔に一度読んだきりで、それきりだった。それから本を開いたことも、あまりなかった気がする。
 今日、ふと朝書架からこの本を取り出して、もう一度読もうと思ってカバンに入れた。それで、僕の読書は最近は大抵通勤時だけなのだが、電車の中で開いて、はっと思った。扉のページに、ボールペンで書き込みがある。よくよく読んでみると、これはどうもブローティガンの献本の署名のようだ。本の中に、作者の字がそのまま印刷されているところがあって、比べてみると、書体がそっくりだから、多分間違いない。この本を買って、もう二十年以上になると思うけれども、全然気がつかなかった。何で気がつかなかったんだろう。
 こんなこともあるんだな、という話。

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はっきり言って失敗作。
というより、何となく描き始めて、どうしようもなくなった(笑)。
袋小路。
全然描き込んでないけど、これはここまででおしまい。
永遠の未完成作品。
何となくアップしてみたものの、本来なら塗りつぶしてしまうと思う。

でも、久々に絵筆を取ったということで、それも忍びなくなった(笑)。

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 娘が新型インフルエンザに感染。学校で流行してるようだったから、覚悟はしていたが、ついに、という感じ。二日ほど前から風邪っぽいと言っていたが、それほど深刻な症状ではないと思っていた。幸い、比較的軽めのようだ。

 「妖霊ハーリド」 F・マリオン・クロフォード著 船木裕 訳
 ハヤカワ文庫FT 早川書房刊

を読む。

 十九世紀末の大衆作家クロフォードによる、アラビアンナイト風の物語。
 解説に、「当時はこうしたエキゾチックな物語が流行したが、ベックフォードの『ヴァセック』やジョージ・メレディスの『シャグパットの毛剃』と並んで、今でも読むに値する数少ない作品の一つ」という紹介があったが、これはちょっと言いすぎだろう。その二つに比べると、明らかにガクンと格が落ちる。面白く読めるものの、これは単なる軽めの娯楽作品以上のものではないと思う。

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 デイン・ジョン大聖堂から、そこがぼくにも馴染みのあるカンタベリーの街だということがすぐに分かった。ぼくはキャッスル・ストリートからハイ・ストリートへと向かいながら、初めて喉の奥から込み上げてくる啜り泣きとも呻きともつかない嗚咽を漏らしていることに気が付いた。月のない夜で、古い通りはとても薄暗く、足元を確かめながら歩かなければならず、もし死者を迂闊にも踏みつけたりしようものなら、起き上がって来て、非難の叫び声とともに追いかけてくるのではないかと思えた。だが、ここでも死者たちの数は少なく、その大半はやはり外国人だった。そうして目の前に広がる、喪の暗い夜陰に包まれた歴史のある英国の古都が神の怒りの毒に侵された光景、それに荒廃した街への嫌悪感は、悲嘆と胸の痛み、それに哀悼の心を一度に呼び起こし、ぼくは完璧に打ちのめされて、涙を抑えることが出来なかった。
 大聖堂の西の入り口に立った時、識別することができたものといえば、広大な暗い身廊、カンテラ、聖歌隊、幻影の群れのような影だけだった。ぼくは少し中へ入り、マッチを三本使って、もう少し近い場所に目を凝らした。二つの翼廊もまた、人で一杯に思えた――回廊の出入り口はふさがっていた――南西のポーチは人でいっぱいで、彼らは死の運命に見舞われる少し前にここに群れ集まったに違いなかった。
 ここでぼくは、毒の残り香は単純に大気中に残存しているわけではなく、多かれ少なかれ、死体から放出されているのだと確信するようになった。というのも、この教会の花の咲くような香りはほかの匂いを圧倒しており、全体がシーダーで防腐処置を施した黴臭い古いリンネルの匂いがしていた。
 ぼくはそっと早足にその場から離れ、底知れぬ静寂に包まれた教会から走り去ったが、パレス・ストリートの近くまで来た時、不意に凄まじい音がして、ぼくにはそれが宇宙の怒りの音のように思えて縮み上がり、思わず命乞いをしてしまった(列車の騒音とは訳が違い、あの時は自らの意思で疾走していたのだが、今は一人の捕虜が逃走しているようなものだったからだ)。パレス・ストリートを進んでいる途中、ぼくは小さな照明器具店を見つけ、カンテラが欲しかったので中に入ろうとしたが、ドアには鍵がかかっていた。それで少し歩き、警官から警棒を奪うと、窓ガラスを壊すために戻った。凄まじい音が響くだろうことは分かっていたから、十五分から二十分ほどそこで躊躇っていた。感情的で、威圧的で、暴き立てるような、「そんな」音はかつて夢見たこともなく、だから随分と時間がかかった。惑星の弱い部分を打ち付けたかのように、長く尾を引く破壊音とともに突然砕け散った。中に入る決心がつくまでにたっぷりと一時間かかった。だが、すぐに自分が必要としている、オイルの入った巨大な缶を数缶見つけた。それで明け方の一時か二時まで、カンテラに火を灯して、薄暗い街の隅々までを片っ端から見て回った。
 舗装された小路に架かっている、深く古いゴシック様式のアーチの下で、ぼくは粗石で出来た小さな家の小さな窓を見たが、二つの菱形をした窓ガラスのサッシにはボロ布でしっかりと目張りがされており、明らかに毒を締め出そうとした工夫のようだった。中へ入った時、ぼくは開いていた部屋のドアもやはりその隙間が塞がれていたことを知った。敷居の所には一人の老人と女性が倒れ臥せっていた。ぼくは、こうして守られた部屋の中でなら彼らは生残ることは出来たのだが、空腹か、密閉された部屋の中で酸欠を起こしたかで、外へ出ようとしたところ、まだ活性のあった毒によって瞬時に息の根を止められたに違いないと推測した。その後、この空気を締め出すという方法は、広く行われたということを知った。それは多分有効なアイデアだったのだろうが、新鮮な空気と食料が、毒の持続性に見合うだけ確保できればの話ではあった。
 疲れがたまっていたが、病的なほどの粘り強さを発揮して、休まなかった。朝の四時頃、ぼくは再び駅で煤だらけになりながら、一生懸命、旅するための新たなエンジンを手に入れようと格闘した。蒸気が吹き上がった時、ぼくはエンジンからキャリッジの連結を解くことに成功し、朝がやってくる頃にはぼくは軽やかに大地を滑走し、行き先の確証は持てないままで、ロンドンを目指していた。

****************


By the Dane John and the Cathedral, I immediately recognised it as Canterbury, which I knew quite well. And I walked up Castle Street to the High Street, conscious for the first time of that regularly-repeated sound, like a sob or groan, which was proceeding from my throat. As there was no visible moon, and these old streets very dim, I had to pick my way, lest I should desecrate the dead with my foot, and they all should rise with hue and cry to hunt me. However, the bodies here were not numerous, most, as before, being foreigners: and these, scattered about this strict old English burg that mourning dark night, presented such a scene of the baneful wrath of God, and all abomination of desolation, as broke me quite down at one place, where I stood in travail with jeremiads and sore sobbings and lamentations, crying out upon it all, God knows.
Only when I stood at the west entrance of the Cathedral I could discern, spreading up the dark nave, to the lantern, to the choir, a phantasmagorical mass of forms: I went a little inward, and striking three matches, peered nearer: the two transepts, too, seemed crowded―the cloister-doorway was blocked―the southwest porch thronged, so that a great congregation must have flocked hither shortly before their fate overtook them.
Here it was that I became definitely certain that the after-odour of the poison was not simply lingering in the air, but was being more or less given off by the bodies: for the blossomy odour of this church actually overcame that other odour, the whole rather giving the scent of old mouldy linens long embalmed in cedars.
Well, away with stealthy trot I ran from the abysmal silence of that place, and in Palace Street near made one of those sudden immoderate rackets that seemed to outrage the universe, and left me so woefully faint, decrepit, and gasping for life (the noise of the train was different, for there I was flying, but here a captive, and which way I ran was capture). Passing in Palace Street, I saw a little lampshop, and wanting a lantern, tried to get in, but the door was locked; so, after going a few steps, and kicking against a policeman's truncheon, I returned to break the window-glass. I knew that it would make a fearful noise, and for some fifteen or twenty minutes stood hesitating: but never could I have dreamed, my good God, of such a noise, so passionate, so dominant, so divulgent, and, O Heaven, so long-lasting: for I seemed to have struck upon the weak spot of some planet, which came suddenly tumbling, with protracted bellowing and débâcle, about my ears. It was a good hour before I would climb in; but then quickly found what I wanted, and some big oil-cans; and till one or two in the morning, the innovating flicker of my lantern went peering at random into the gloomy nooks of the town.
Under a deep old Gothic arch that spanned a pavered alley, I saw the little window of a little house of rubble, and between the two diamond-paned sashes rags tightly beaten in, the idea evidently being to make the place air-tight against the poison. When I went in I found the door of that room open, though it, too, apparently, had been stuffed at the edges; and on the threshold an old man and woman lay low. I conjectured that, thus protected, they had remained shut in, till either hunger, or the lack of oxygen in the used-up air, drove them forth, whereupon the poison, still active, must have instantly ended them. I found afterwards that this expedient of making air-tight had been widely resorted to; and it might well have proved successful, if both the supply of inclosed air, and of food, had been anywhere commensurate with the durability of the poisonous state.
Weary, weary as I grew, some morbid persistence sustained me, and I would not rest. About four in the morning I was at a station again, industriously bending, poor wretch, at the sooty task of getting another engine ready for travel. This time, when steam was up, I succeeded in uncoupling the carriages from the engine, and by the time morning broke, I was lightly gliding away over the country, whither I did not know, but making for London.

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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 その間も、僕は図書館に通い続けた。そして自らの内面に降りてゆくかのように、ひと月に二フロアーづつ潜っていった。地下深くの薄暗い書架の間を、僕はオルラとたった二人で彷徨うように歩いた。そして目を書架に並ぶ書物の背に這わせ、折に触れて書架から本を取り出し、開いた。その大半は、僕には何の興味も持てないものだったが、時折は開いた本の行間にふと心を打つ文章を眼にすることもあった。そんな時には、暫くの間、とても心が穏やかになった。図書館の全貌は、とてもではないが、計り知れなかった。一体誰がこれほど様々な書物を必要とするのだろうと思った。ここにある本の大半は、この先もずっと決して開かれることもなく、いずれやってくる朽ち果てる時を待っているだけなのだ。だがそれでも僕には、ここにある書物を保存するということに関して、確かに責任があると感じた。そういう思いがなければ、とてもこの本の山に対峙することは不可能だった。
 ある時、僕はオルラに訊ねた。
 「オルラさんは、《太陽》について、どう思いますか?」
 「《太陽》ですか?」オルラは不意を突かれたような顔をして言った。「さあ、余り考えたことがないので、何と言っていいのか……」
 「存在していたということは信じますか?」
 「それは、信じるわ。むしろ、無かったと考える方が不自然だと思うから」
 「それは、どうしてです?」
 「どうしてって」オルラは困った顔をした。「よく分からないけど、きっとあったんだろうなって、ごく自然に感じるから……」
 「自然にですか?」
 「ええ、そうよ。ホープスンの本を読んだときも、何も疑問は感じなかったし。当然のことだとと感じたわ。疑う理由もないし、それに、夢を見たこともあるのよ」
 「夢を?」
 「そうよ、太陽の夢。世界を眩しく照らし出す光の夢。たった一度だけれどね。素晴らしい夢だったわ」
 一瞬、言葉が出なかった。まさかオルラさんが太陽の夢を見たことがあるなんて、考えても見なかったのだ。
 「それで、どうしました?」僕はやっとそれだけを言った。
 「どうって」オルラは言った。「別に何も。それだけのことよ。まだ十五歳の頃だったわ。いい夢だったので、覚えているけれど」
 「太陽は、どんな感じでしたか?」
 「とても明るい、白い玉って感じだったかしら。あまり細部まではもうはっきりとは覚えていないの。そう、あなたは太陽が好きだったのよね。でも、それ以上のことは言えないわ。内緒にしたいんじゃなくて、余りよく覚えていないから」オルラはそう言って、しばらく考える様子を見せたが、ふと思いついたように言い添えた。「ヴァレックさんなら、もっと詳しく話せるかもしれないわね。何でもよく知ってる方だから」
 「確かにヴァレックさんは博学な方ですよね。一度ゆっくりとお話を伺いたいものです」僕は言った。「しかし、オルラさんが《太陽》の夢を見たことがあるなんて、考えてもみませんでした」
 「そんなに珍しいことかしら?太陽の夢を見たことがある人は、結構多いと思うけど。誰にとっても、明るい世界というのは憧れだと思うし、だから決して珍しい夢じゃないと思うわ」
 「そうですね」僕は少し傷ついた気持ちになったが、そう言った。「確かにそうかもしれませんね」
 それからしばらくした頃、僕はヴァレックさんを捕まえて、太陽の話を聞いてみた。
 「わたしは、太陽の夢は、見たことがないなあ」とヴァレックは言った。「オルラが言うのも、正しいんだろうが、わたしは見たことがない。だからけっしてありふれた夢というわけではないと思うよ。オルラは、あれで色々と感じやすいところがあるたちだから、そういう夢を見たとしても、わたしは驚かんが」
 「ヴァレックさんは《太陽》について、どう思われますか?」
 「存在についてかね?それはもちろんあったはずだよ。この世界に存在する生命のかなりの割合が光を必要とすることから、ホープスンも言うとおり、なかったと考える方が不自然だろうね。ただ、どうして《太陽》がなくなってしまったのか、そして《太陽》がなくなった直後をどうして乗り切ることができたのか、さらにはその後、現在の《太陽》の存在しない世界に移行しても、生命が安定した存在できているのはなぜなのか、そのどれにも明確な説明が出来ていないのは確かだ。色々と言われてはいるが、はっきりしたことは分かっていないんだね。だが、はっきりとしていることは、この現在の環境を安定して維持するために、いにしえの人々は莫大な労力を注ぎ込んだということだ。そうでなければ、この世界は氷に覆われ、生命など存在しないだろう。例えば、世界のあちらこちらに、《火口》と呼ばれる巨大なヒーターが口を空けている場所があることは分かっている。それは明らかに環境維持装置の一つだろう」
 「《火口》……」
 「そう。それに、その《火口》の中でも特に大きいものがいくつかあって、それが《大火口》と呼ばれていることも分かっている。だが、その仕組みはわたしにはわからないから、詳しく聞かないでくれ。ともかく、こうした《火口》だけではなく、他にも色々と人の手によって作られた環境維持のための仕組みがこの世界にはあるのだろうが、わたしにはそれも分からない。多分、そうした設備について保守整備する人々もいるのかもしれないが、あるいはもう既に完全に忘れられているのかもしれない。もし完全に忘れられているとしたら、この世界はそうした一連の複雑な仕組みが壊れてしまうまでしか持たないだろうね。まさに、世界はとても危うい状態の上に存在している、《黄昏の時代》なのかもしれないよ」
 そこまで話したヴァレックは、一息ついた。そして続けた。「だが、今はまだ快適な世界だ。気候は温暖で、安定している。わたしは、かつて読んだ本の中に、現在の環境のことについてこう記述しているのを読んだことがある。《エンドレス・サマー》――『《ミッドナイトランド》の《終わらない夏》』と」
 「《終わらない夏(エンドレス・サマー)》?」
 「そう。『夏』という言葉の意味するところが、よく分からないが、どういうわけか印象に残っていて、仕方がないんだよ」

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 湘南のモンサンミッシェル……というわけにはゆかないか。
 
 江ノ島は、年々観光に来る人が増えている気がする。
 十年前は、そんなに人はいなかったと思う。今の三分の一くらいだったんじゃないか。近くて、旅行気分が味わえる場所として、注目を集めているのだろう。
 元々は、精進落としの場所だったとか聞いたことがあるけれど、そういう意味では今の状態も本来の姿なのだろうか?

 湘南は、いつ来ても明るいと感じるところがいい。
 真夏だけは、人が多すぎてちょっと足が遠のくけれども。

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 五時、あるいは少し過ぎた頃だろうか、ぼくは上体を起こし、小雨に煙った朝の鈍い光の中で目を擦った。昨夜事故を起こした列車が目に映ったが、客車はひっくり返り、車体はボロボロで、酷い有様だった。ぼくの左手には、垣根の間に五本の横木を渡したゲートがあって、キシキシを軋んだ音を立てて揺れていた。足元から二ヤードの所に、毛のふさふさとした小さなポニーが、青く膨れた腹を出して、横たわっていたが、それは絵に描いたような死の姿であり、さらには、ぼくの周りには沢山の死んだ鳥が、濡れそぼって横たわっていた。
 ぼくは起き上がり、ゲートを通って、その突き当たりにある家まで並木道を歩いていった。家は納屋を併設した小さな田舎の居酒屋だったが、納屋の占める割合が酒場の部分よりも大きかった。ぼくは裏口の小さな扉から酒場へと入り――店へと入り――小さな階段を上って――二つある部屋へと入った。だが誰もそこにはいなかった。それでぼくは石畳で舗装された場所を通って納屋へと回ったが、そこには雌馬と仔馬が死んでいて、鶏が数羽と、二頭の乳牛も一緒だった。梯子が床から、閉じられている上げ戸へと伸びていた。上ってゆくと、干草の敷き詰められた中に、五人の男と四人の女の、合わせて九人の人々が――間違いなく労働者だ――群れ集まり、最後の蒸留酒が入った小さな容器とともに、浮かれ騒いだ姿のままで死んでいた。
 ぼくはそこで三時間眠り、それから酒場に戻って、新しい缶を開けてビスケットを少し手に入れ、ハムとジャム、それに林檎を添えて、ペミカンに代わる素晴らしい食事とした。
 その後、衝突した列車のエンジンは両方とも壊れてしまっていたため、線路に沿って歩いた。太陽の位置から、ぼくは自分が南から北へと向かっているということが分かった。途中、あちらこちらの家や線路に沿った土手で休息をしながら、夜の十一時頃、大きな栄えた町に到着した。

****************


About five, or half-past, in the morning I was sitting up, rubbing my eyes, in a dim light mixed with drizzle. I could see that the train of my last night's debauch was a huddled-up chaos of fallen carriages and disfigured bodies. A five-barred gate on my left opened into a hedge, and swung with creaks: two yards from my feet lay a little shaggy pony with swollen wan abdomen, the very picture of death, and also about me a number of dead wet birds.
I picked myself up, passed through the gate, and walked up a row of trees to a house at their end. I found it to be a little country-tavern with a barn, forming one house, the barn part much larger than the tavern part. I went into the tavern by a small side-door―behind the bar―into a parlour―up a little stair―into two rooms: but no one was there. I then went round into the barn, which was paved with cobble-stones, and there lay a dead mare and foal, some fowls, with two cows. A ladder-stair led to a closed trap-door in the floor above. I went up, and in the middle of a wilderness of hay saw nine people―labourers, no doubt―five men and four women, huddled together, and with them a tin-pail containing the last of some spirit; so that these had died merry.
I slept three hours among them, and afterwards went back to the tavern, and had some biscuits of which I opened a new tin, with some ham, jam and apples, of which I made a good meal, for my pemmican was gone.
Afterwards I went following the rail-track on foot, for the engines of both the collided trains were smashed. I knew northward from southward by the position of the sun: and after a good many stoppages at houses, and by railway-banks, I came, at about eleven in the night, to a great and populous town.

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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 ぼくはロンドンへ行くつもりだった。だが動き出すと不安が募ってきた。ぼくは路線のことも切替のこともフェーシング・ポイントのことも待避線のことも操車のこともその複雑さについても、何も知らなかった。さらに言えば、ロンドンに向かっているのか、それとも遠ざかっているのか、それさえも確信は持てなかった。だが最初に感じた不安は、エンジンへの信頼と自分への自信を深めるにつれ、意識的に、考えないように努めることにして、スピードを上げていった。
 単なる徐行運転から、ついには飛ぶようなスピードにまでなったが、その間ずっと、何かがからかうように僕にこう囁いているかのように思えた。「他の列車がきっと線路を塞いでいるに違いないぜ、駅とか、その辺とか、どっかでさ――これはキチガイの運転、死の疾走、《フライング・ダッチマン》の狂騒だ。思い出せよ、お前の乗客の、暗い深淵にいる五人の仲間は、互いにゴロゴロとぶつかり合い、苦しんでるぜ」だがぼくは意地でも耳を貸さなかった。「みんなロンドンへ行きたがっているんだ」ぼくは興奮し、強い活力はなかったものの、思い出せる限りでは、狂気に侵されてもおらず、邪悪な暗い輝きにも、不合理な衝動にも駆り立てられることなく、ひたすら火を燃やし続けながら、時々漠然と見える大量の死んだ馬や畜牛の影を眺め、木立や野原の中を駆け抜けたが、闇に沈んだ農家や深い眠りの中にある牧場は、暗い大気の中を幽霊のように彼方へ飛び去って行き、まるで酔っ払いの見る「歩く樹のようなやつ」のようだった。
 長く走ったが、最後までは辿り着けなかった。ドーバーから二十マイルも行けないうちに、長く伸びた真っ直ぐな路線の行く手の、踏み切りの向こう側に、防水布に包まれた塊があるのに気がついたのだ。ぞっと背筋に冷たいものが走った。ブレーキをかけたものの、遅すぎた。ぼくはタラップに急ぎ、右側の柵で衝撃を和らげようとしたが、八頭から十頭の牛が線路に横たわっていたことによって引き起こされたこの強い衝撃によって、後ろに投げ出されてしまった。身体を起こして飛び降りたが、衝突の前にいくらかスピードが緩和されていたようで、骨折はしないで済んだものの、半ば気を失ったようになって、黄色いハリエニシダの花が咲く平坦な大地に横たわり、四十ヤード先の線路の上の炎を気にしながら、一晩中、虚ろな雷の音がどこかで響いているのを聞いていた。

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My aim was London. But even as I set out, my heart smote me: I knew nothing of the metals, their junctions, facing-points, sidings, shuntings, and complexities. Even as to whether I was going toward, or away from, London, I was not sure. But just in proportion as my first timorousness of the engine hardened into familiarity and self-sureness, I quickened speed, wilfully, with an obstinacy deaf and blind.

Finally, from a mere crawl at first, I was flying at a shocking velocity, while something, tongue in cheek, seemed to whisper me: 'There must be other trains blocking the lines, at stations, in yards, and everywhere―it is a maniac's ride, a ride of death, and Flying Dutchman's frenzy: remember your dark five-deep brigade of passengers, who rock and bump together, and will suffer in a collision.' But with mulish stubbornness I thought: 'They wished to go to London'; and on I raged, not wildly exhilarated, so far as I can remember, nor lunatic, but feeling the dull glow of a wicked and morose Unreason urge in my bosom, while I stoked all blackened at the fire, or saw the vague mass of dead horse or cow, running trees and fields, and dark homestead and deep-slumbering farm, flit ghostly athwart the murky air, as the half-blind saw 'men like trees walking.'

Long, however, it did not last: I could not have been twenty miles from Dover when, on a long reach of straight lines, I made out before me a tarpaulined mass opposite a signal-point: and at once callousness changed to terror within me. But even as I plied the brake, I felt that it was too late: I rushed to the gangway to make a wild leap down an embankment to the right, but was thrown backward by a quick series of rough bumps, caused by eight or ten cattle which lay there across the lines: and when I picked myself up, and leapt, some seconds before the impact, the speed must have considerably slackened, for I received no fracture, but lay in semi-coma in a patch of yellow-flowered whin on level ground, and was even conscious of a fire on the lines forty yards away, and, all the night, of vague thunder sounding from somewhere.

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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 久々に逗子から江ノ島までを歩いた。
 正確には、逗子から鎌倉まで歩き、そこから江ノ電に乗って江ノ島まで行ってしまったのだった。逗子から披露山を経て鎌倉まで、かなり寄り道をしていたので、時間がなくなってしまったのが第一の理由。面倒になったというのが第二の理由。
 すっきりと晴れ渡ったとても気持ちの良い一日で、たのしい散歩になった。途中、久々にアオダイショウの子供を見たり、十五歳くらいという猫に出合ったり。(ミーという猫だとかで、近所の通りすがりのおばあさんが、「この猫は運のない猫で、飼い主が五人くらい代わっているのよ。でも、器量がいいから、みんなに可愛がられているおばあさん猫なのよ」と教えてくれた)
 海岸は、先日の台風の爪あとがそこかしこにあった。江ノ島の岩屋も、台風の被害のために閉鎖されていた。

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「K-20 怪人二十面相・伝 」 佐藤嗣麻子監督

を観る。

 科学冒険活劇といった感じで、かなり面白かった。ちょっと宮崎駿風。
 遠藤平吉役の金城武がとてもかっこいい。多少良い人に描かれすぎている感もあるし、やってることが甘すぎる感も無いわけではないにせよ。
 映画の中で、ニコラ・テスラが大きくクローズアップされていて、すっかりテスラもオカルトすれすれの科学者として有名になった感じだ。
 

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 台風が通り過ぎて、星がよく見える。街の光もとてもクリアに思える。金木犀の匂いが風に織り込まれている。夜の深さを思い出す。そんな気分になる。

 「ねじの回転」 ヘンリー・ジェイムズ著 蕗沢忠枝訳 
 新潮文庫 新潮社刊

 を再読した。

 考えてみれば、何年ぶりだろう。初めて読んだのは高校に入ったばかりの頃。まだ翻訳の文学作品をそれほど読みつけていなかったから、なんだか読みにくくて、それでも立ち上ってくる不穏な雰囲気に引き込まれ読了したが、結局のところどういうことだったのだろうと、しばらく考え込んでしまったのを思い出す。この小説を手に取ったのは、確か小松左京の小説の中で、『これまでに読んだ中で最も後味が悪かった小説』として、登場人物が紹介していた本がこれだったからだったと思う。小松左京の小説では、「死んだ男女が、幼い兄妹の身体を借りて、忌まわしい肉欲を続ける」というような紹介がされていたはずだ。実際に読んでみて、なるほどそうなのかもしれないけれども、そうじゃないような感じもするという印象を受けた。でも、よく分からなかった。ただ、その何とも嫌な雰囲気だけは強烈だった。
 その後、僕がちゃんと分からないという印象を受けたのも当然で、様々な解釈がされている作品だということを知り、別に頭が悪かったわけじゃない(いや、実際にはそうかもしれないけれども)ことが分かって、ほっとした。
 改めて再読して、作品の隅々にまで気が配られ、手がかりとなるような部分が念入りにぼかされているということに改めて感心した。
 実際には、この物語の中でどのようなことが起こったのだろう?
 これに関しては、ちゃんとした肉体を持って出てくる人物の中で、物語の謎に直接関わっているのは、語り手の家庭教師と少年マイルズの二人だけだと僕は思った。他の登場人物はこの幽霊騒ぎには無関係だと考えて良いと思う。では、いったい真相はどういうことなのだろう?
 これに関しては、全くわからない。はっきりとしていることは、マイルズが何らかの理由で学校を放校されたこと、前任者の家庭教師が庭師と関係があったこと、家庭教師には幽霊が見えるがお手伝いさんには見えないこと、最後にマイルズが死ぬこと、これだけである。ただし、手がかりとなるような暗示は沢山あって、一つには複雑に絡まりあったセックスの暗示があり、これがこの悲劇の引き金となったことは明白であるように思える。解説には同性愛が仄めかされているとあるが、それだけではなく、もっとどろどろとしたものが、色々とありそうだ。
 この物語では、語り手の家庭教師に最も疑惑が集まりそうだ。最後にマイルズが死ぬという部分、これはおそらく、わざわざ二人きりになれる状況を作り出した家庭教師によって殺されたと考えるのが自然なのではないかという気がする。マイルズと家庭教師の間には、性的な緊張感があるように読めるし、庭師のクイントが取り憑いた人物がいるとしたなら、それはマイルズではなく、家庭教師なのではないかと思える。ついでに言うなら、マイルズがすれているのは確かだが、それはむしろ、ふしだらな女性のような印象を受ける。この辺りからも、この小説の倒錯した感覚がうかがえる気がする。

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 ここまで読んでしまうと、残りの記事には目を通さず、長い時間そこに座ったまま、『永遠』の中で余りにも無力な少女が時の欠片を抱いて座っている部屋の隅の方の、ワックスのかけられた床板の上に染みのように見える紫色の灰を見詰めていた。その時は多少の好奇心以外には何も感じなかったが、後になって、その雲あるいは煙の、記者の語っている日付、起源、性質などの詳細についてもっと知りたいと、心の底から思うようになった。その後ぼくは外に出て、他の家にも入り、他の新聞がないか探したが、見つからなかった。やがてぼくは外に雑誌を吊るしている新聞販売店を見つけたが、人の気配はなく、新聞の発行はぼくが既に読んだ辺りで止まってしまったようで、そこにあったたった三誌の新聞はどれも日付はずっと前のものだったから、読まなかった。
 雨と強い風の吹き荒れる秋の一日で、大気がかき混ぜられ、花の香りと腐敗の忌まわしい悪臭が常に鼻を刺した。だが、ぼくには余り気にならなかった。
 スパヒ(訳注:オスマン・トルコの騎馬兵)とバシ・バゾーク(訳注:トルコの不正傭兵)、ギリシャ人とカタロニア人、ロシアの『ポーポ(訳注:教皇)』とコプト教徒、通訳とカルムイク人、エジプトのマウライとアフガニスタン人のムッラ(訳注:イスラムの学者)、ナポリ人とシャイフ(訳注:王族家長)、そして思い思いの格好、肌の色、容姿、服装をした悪夢、黄緑色のベドウィンのケフィー(訳注:スカーフのようなもの)、、バグダートのターバン、襞になったローズシルクの女性用タブ、フェイス・ベール、硬直してねじれた裸体、文様のあるモスリンの飾り帯、労働者のコーデュロイのズボン、赤いターブーシュ、そうした中を、ぼくはくたくたになるまで歩き回った。四時頃になって、疲れ果ててドアのステップに座り込み、雨宿りをした。だがまたすぐに立ち上がり、この変わり行くバザーの同一性、その組み合わせと順列の妙、それから単調さの中にある目新しさ、そうしたことに確かに魅了された。五時頃、ぼくはハーバー駅に到着したが、辺りには大勢の人々が倒れているだけで、列車の姿はなかった。ぼくはまた座り込んで休んだが、立ち上がり、またとぼとぼと歩き始めた。六時を過ぎた時、ぼくは『プリオリー』という別の駅に到着した。ここには長い車両を持った列車が二台あって、どちらも人を沢山乗せており、一方は待避線に、もうひとつはプラットホームに差し掛かっていた。
 両方のエンジンを調べると、それらがマンホール、ヒーター、オートクレープ(圧力釜)、給水ポンプ、などからなる、イギリス以外の西洋の国々では今では珍しい古いボイラースチームシステムであるということがわかった。一方には水が入っていなかったが、プラットホームにあった方はフロートレバーが、むきだしになってフロートの方に傾いており、ボイラーの中にはいくらか水があるのが見えた。こちらの方の機械類をオーバーホールすると、錆びてはいるものの、使えるということが分かった。燃料やオイルは、近くの店からたっぷりと調達した。それから九十分に渡って、頭も手も、まるで自動制御されているかのように、フル稼働した。駅と通りの間を三回往復した後、炎は順調で、圧力計が動くのを確かめた。ガスを半分だけ明るくして取り付けた安全弁のレバーを持ち上げ、飛び降りて、エンジンからのキャリッジのロングストリングを止めようとした。しかし、連結の児童処理をぼくは知らなかったので、失敗した。だが気にしなかった。辺りは既に暗くなっていた。標的とランタンのためのオイルはまだあって、ぼくはそれに火を点けた。何も忘れたことはなかった。ぼくは運転手と火夫を兼ねて――車掌はやらなかった――一方をプラットホームへ、一方をレールの上に導いた。そしてその場所に落ち着けた。八時半頃、ぼくはドーバーから旅立ち、スロットルバルブは高く長い音を響かせ、暗く侘しい夜を引き裂いた。
 
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When I had read this, and the rest of the paper, which had one whole sheet-side blank, I sat a long hour there, eyeing a little patch of the purple ash on a waxed board near the corner where the girl sat with her time-pieces, so useless in her Eternity; and there was not a feeling in me, except a pricking of curiosity, which afterwards became morbid and ravenous, to know something more of that cloud, or smoke, of which this man spoke, of its dates, its origin, its nature, its minute details. Afterwards, I went down, and entered several houses, searching for more papers, but did not find any; then I found a paper-shop which was open, with boards outside, but either it had been deserted, or printing must have stopped about the date of the paper which I had read, for the only three news-papers there were dated long prior, and I did not read them.

Now it was raining, and a blustering autumn day it was, distributing the odours of the world, and bringing me continual mixed whiffs of flowers and the hateful stench of decay. But I would not mind it much.

I wandered and wandered, till I was tired of spahi and bashi-bazouk, of Greek and Catalan, of Russian 'pope' and Coptic abuna, of dragoman and Calmuck, of Egyptian maulawi and Afghan mullah, Neapolitan and sheik, and the nightmare of wild poses, colours, stuffs and garbs, the yellow-green kefie of the Bedouin, shawl-turbans of Baghdad, the voluminous rose-silk tob of women, and face-veils, and stark distorted nakedness, and sashes of figured muslin, and the workman's cords, and the red tarboosh. About four, for very weariness, I was sitting on a door-steep, bent beneath the rain; but soon was up again, fascinated no doubt by this changing bazaar of sameness, its chance combinations and permutations, and novelty in monotony. About five I was at a station, marked Harbour Station, in and about which lay a considerable crowd, but not one train. I sat again, and rested, rose and roamed again; soon after six I found myself at another station, called 'Priory'; and here I saw two long trains, both crowded, one on a siding, and one at the up-platform.
I examined both engines, and found them of the old boiler steam-type with manholes, heaters, autoclaves, feed-pump, &c., now rare in western countries, except England. In one there was no water, but in that at the platform, the float-lever, barely tilted toward the float, showed that there was some in the boiler. Of this one I overhauled all the machinery, and found it good, though rusted. There was plenty of fuel, and oil, which I supplemented from a near shop: and during ninety minutes my brain and hands worked with an intelligence as it were automatic, of their own motion. After three journeys across the station and street, I saw the fire blaze well, and the manometer move; when the lever of the safety-valve, whose load I lightened by half an atmosphere, lifted, I jumped down, and tried to disconnect the long string of carriages from the engine: but failed, the coupling being an automatic arrangement new to me; nor did I care. It was now very dark; but there was still oil for bull's-eye and lantern, and I lit them. I forgot nothing. I rolled driver and stoker--the guard was absent--one to the platform, one upon the rails: and I took their place there. At about 8.30 I ran out from Dover, my throttle-valve pealing high a long falsetto through the bleak and desolate night.

* * * * *

"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki








 ちゃんと調べてないし、分からないところもあったので、ここはかなり適当な訳文だと思います。また見直さないと。


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 記事の一部をぼくは切り抜き、手元に置いた。
 『ティルジット、インスターバーグ、ワルシャワ、クラコワ、プシェミシル、グロス・ワーディン、カールスバーグ、並びに東経二十一度線以東の小さな町との相互通信が昨夜から途絶えている。少なくともそのうちのいくつかに関しては、オペレーターがまだ職務を遂行しており、西へと向かう巨大な人の波の中に身を投じてはいないようだ。だが、西ヨーロッパからのあらゆるメッセージは、ちょうど三ヶ月と二日まえに世界を震撼させた東ニュージーランドのケースと同じく、ぞっとするほど不思議な沈黙を守っており、我々に出来ることと言えば、それらの町もまた長い悲劇のリストに付け加えることになったようだと推測するより他はない。なるほど、昨夜のパリからの通信で、我々はいくつかの確かなことを、それは災厄に対抗する方法ではなく、単にその到着の時についてだが、予想できるかもしれない。地球をゆったりと巡っている雲の速度が一定なのはもはや疑いなく、クレーブン教授によってその速さは一日に百と二分の一マイル、あるいは毎時四マイルと三百三十ヤードと確認されている。その性質、原因、遺体のこと、そうしたことはもちろん、推測するしかない。それが通り過ぎた後に生命は存在しないからだ。今の我々には何もわからないままである。噂ではアーモンドの香りを思わせるということだが、当局の発表では、ありえないということである。だがその迫り来る暗雲の不気味な紫色のことは、渦巻きながら煙り来る雲からなんとか逃れた人々によって証言されている。
 これが終末なのか?我々にはそのつもりはないし、信じることも出来ない。今我々が見上げている爽やかな空は、九時間以内に《暗黒の奈落》から立ち上る煙によって侵されてしまうのか?科学者たちはそう断言するが、我々にはまだ信じられない。もしそうだったとしたなら、《脚本家の手》によって紡がれたと思われるこの長い歴史のドラマは、いったい何だったというのだろう?確かに終幕であることは疑う余地もなく、あるいは誰かの感性にとっては完璧に満足の行くものだったのかもしれない。だが今日までの長い歴史は、終幕というよりは序幕のように思える。もしかしたら、支配人にしてみればとても満足のゆくものではなく、全てを振り出しに戻すことにして、永遠に『打ち切って』しまったのではないか?確かに人類の罪は緋色のようだ。この公正なる地球が地に落ちたなら、その時はささやかな脅威である地獄の噴煙を遣わすのかもしれない。だがそれでも信じられない。世界には至る所に慎ましい人々もいて、微笑みと静寂を糸のように紡いでおり、最後の時にもプラカードにはこう大きく書き記すだろう。「なぜあなたは恐れるのか?」崇高なる希望は、つまり――この瞬間にも我々は、死のコンドルの世界を覆う翼の影の下に怯えている――我々のものでもある。そして実際、我々は心で泣いている人々の中に、人類として最も謙虚な態度を見る。『主は私の命をお奪いになるが、それでも私は主を信頼しよう』おお、そうだ、主よ!主よ、どうか慈悲を垂れ、我々を救い給え!
 だが、我々がそうして希望を書き連ねたところで、結局は、「愚かなり」と囁くのを耳にするだけだろう。そして無常にもこの地球の上空に留まっているのだ。ニューヨーク港にはもはや一隻の船もなく、我々のいる場所では週に十万ずつ人が死んで行っているが、海の遥か彼方では、百万単位で死んでいるのだ。金持ちでさえ危ういというのに、貧乏人がどうして生きて行けよう?既に七億から十億もの人類が死に、文明の帝国は、秩序を欠いた恐怖によって砂の城のように崩れ去った。何千もの死者の上に、何千もの人々が、更なる雲の到来という深刻な運命を恐れて車で乗り付けて押し寄せ、それは途切れることなく、ロンドン、マンチェスター、リバプールの通りを埋め尽くしている。僅かばかりの食べ物のために、父は子供を刺し、妻は夫を刺すのだ。世界は荒れ果てている。暴徒は教会で、大学で、宮殿で、銀行で、それから病院で、乱痴気騒ぎを繰り広げている。我々は昨夜遅く、マンスター、ロチアン、東ランカシャーの三つの連隊が、暴動を起こし、二人の将校を射殺したのを知っている。伝染病は、我々がよく知るように、あっという間に広がってしまう。警官がいなくなった町も少なくなく、その大半では、秩序さえも消えうせてしまった。結果として、突然解放された受刑者たちが、それぞれの場所で我が物顔となっている。たった三ヶ月の間に、地獄がこの星を完全に掌握したかのようで、凶暴な狼のように恐怖を、悲惨な空のように絶望を、送り出して、この世を貪り、そして苦しめている。耳を傾けてください、神様、そして我々の邪悪を許し給え!神様、どうか聞いてください!慈悲を垂れ、神よ、どうか許し給え!
 
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It said in a passage which I tore out and kept:
'Telegraphic communication with Tilsit, Insterburg, Warsaw, Cracow, Przemysl, Gross Wardein, Karlsburg, and many smaller towns lying immediately eastward of the 21st parallel of longitude has ceased during the night. In some at least of them there must have been operators still at their duty, undrawn into the great westward-rushing torrent: but as all messages from Western Europe have been answered only by that dread mysterious silence which, just three months and two days since, astounded the world in the case of Eastern New Zealand, we can only assume that these towns, too, have been added to the long and mournful list; indeed, after last evening's Paris telegrams we might have prophesied with some certainty, not merely their overthrow, but even the hour of it: for the rate-uniformity of the slow-riding vapour which is touring our globe is no longer doubtful, and has even been definitely fixed by Professor Craven at 100-1/2 miles per day, or 4 miles 330 yards per hour. Its nature, its origin, remains, of course, nothing but matter of conjecture: for it leaves no living thing behind it: nor, God knows, is that of any moment now to us who remain. The rumour that it is associated with an odour of almonds is declared, on high authority, to be improbable; but the morose purple of its impending gloom has been attested by tardy fugitives from the face of its rolling and smoky march.
'Is this the end? We do not, and cannot, believe it. Will the pure sky which we to-day see above us be invaded in nine days, or less, by this smoke of the Pit of Darkness? In spite of the assurances of the scientists, we still doubt. For, if so, to what purpose that long drama of History, in which we seem to see the Hand of the Dramaturgist? Surely, the end of a Fifth Act should be obvious, satisfying to one's sense of the complete: but History, so far, long as it has been, resembles rather a Prologue than a Fifth Act. Can it be that the Manager, utterly dissatisfied, would sweep all off, and 'hang up' the piece for ever? Certainly, the sins of mankind have been as scarlet: and if the fair earth which he has turned into Hell, send forth now upon him the smoke of Hell, little the wonder. But we cannot yet believe. There is a sparing strain in nature, and through the world, as a thread, is spun a silence which smiles, and on the end of events we find placarded large the words: "Why were ye afraid?" A dignified Hope, therefore--even now, when we cower beneath this worldwide shadow of the wings of the Condor of Death--becomes us: and, indeed, we see such an attitude among some of the humblest of our people, from whose heart ascends the cry: "Though He slay me, yet will I trust in Him." Here, therefore, O Lord! O Lord, look down, and save!
'But even as we thus write of hope, Reason, if we would hear her, whispers us "fool": and inclement is the sky of earth. No more ships can New York Harbour contain, and whereas among us men die weekly of privations by the hundred thousand, yonder across the sea they perish by the million: for where the rich are pinched, how can the poor live? Already 700 out of the 1000 millions of our race have perished, and the empires of civilisation have crumbled like sand-castles in a horror of anarchy. Thousands upon thousands of unburied dead, anticipating the more deliberate doom that comes and smokes, and rides and comes and comes, and does not fail, encumber the streets of London, Manchester, Liverpool. The guides of the nation have fled; the father stabs his child, and the wife her husband, for a morsel of food; the fields lie waste; wanton crowds carouse in our churches, universities, palaces, banks and hospitals; we understand that late last night three territorial regiments, the Munster Fusiliers, and the Lotian and East Lancashire Regiments, riotously disbanded themselves, shooting two officers; infectious diseases, as we all know, have spread beyond limit; in several towns the police seem to have disappeared, and, in nearly all, every vestige of decency; the results following upon the sudden release of the convicts appear to be monstrous in the respective districts; and within three short months Hell seems to have acquired this entire planet, sending forth Horror, like a rabid wolf, and Despair, like a disastrous sky, to devour and confound her. Hear, therefore, O Lord, and forgive our iniquities! O Lord, we beseech Thee! Look down, O Lord, and spare!'

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"The Purple Cloud"
Written by M.P. Shiel
(M.P. シール)
Translated by shigeyuki




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